第86話、絡まれたのはアスバ以来の錬金術師。

アスバちゃんは出かける段になったら帰るのかなと思っていたけど、付いて来るつもりらしい。

別に私としては反対は無いので「良いわよね?」と問いかける彼女に頷いて返した。

何時もの装備をしてフードを被り、外に出たら山精霊に荷車を取って来る様に指示を出す。


「あら、絨毯じゃないのね」


首を傾げながら問うアスバちゃんに、これも頷いて返す。

そういえば荷車で行く様になってからは、一緒に街に行くのは初めてだったっけ。


「絨毯だと・・・人目が、気になるから」


最近絨毯で街に向かうと、物凄く視線に晒される様になってしまった。

何故か誰かが私を見つけると、そこから勢い良く皆が私を見上げ始めてしまう。

以前はそこまで空に気を向けていなかったのに、最近は街に出向くと必ず見つかる様になった。


なのでどうにかそれを避けられないかと思い、至った結論が幌を付けた荷車で向かう事。

勿論私が作った車は貴族が使う様な物では無く、前後を開けていた普通の荷車だ。

だけどそれでは視線を防げないので、今は前後にも開閉可能な幌を付けている。

更には吸音性もそれなりに有るので、街中に入っても外の音は余り入って来ない。


『『キャー』』


皆が荷車に乗ると幌を閉じ、後は二体の山精霊に酒場に行く様に指示して操縦を任せる。

ただし今までの様に上空からではなく、なるべく陸路を進む様に。

一度上空から向かったら、人が集まり過ぎて降りれなくなった。

流石に無理矢理降りる事は出来ず、退いて欲しいとも言えず、そのまま帰った悲しい話だ。


「乗り心地良いわね、この馬車・・・精霊車?」

「まあ牽いてるのが精霊だから、馬車じゃないだろうな」


牽いているというか、少し浮かして移動しているというのが正しい。

だから普通の荷車と違って全く揺れないし、飛んでいるのとほぼ変わらない。

難点を言うのであれば、安全の為に速度をかなり落としている事ぐらいだろうか。

人を撥ねる様な事でも有れば大変だし、この辺りは仕方ない。歩くよりは早いし。


「床に敷いているの・・・絨毯、で良いのかしら。これ何なの? やけに弾力有るわね」

「ぁ、これは幌に使った物と同じ蛙の魔獣の皮だよ。弾力が有るし滑り止めにもなるから、荷物を置くにも人間が座るにも使えるの。幌に使っても大分余ってるから、せっかっくだし贅沢に使おうかなと思って。元々が大きな一枚皮だから、繋ぎ合わせる必要も無いし」

「あ、そ、そう・・・相変わらずあんた、道具とか材料の時だけやたら喋るわね・・・」


え、あれ、な、何かアスバちゃんの眉間に皺が寄ってる。う、煩かったかな。


「・・・ぃ、嫌、だった?」

「何でよ。そんな事一言も言ってないでしょ。単に口にした通りの事しか思ってないわよ」

「ぅ、そう、良かった」


良かった別に何か気分を悪くした訳じゃない様だ。

ホッとして息を吐いていると、彼女はごろんと寝転がった。


「ふあぁ・・・ちょっと寝るから、着いたら起こして」

「お前自由過ぎるだろ」


リュナドさんが呆れた様に言うも、彼女は全く気にせず目を閉じた。

寝転がるのは良いんだけど、スカートで足を大きく開くのはどうかと思うよ、アスバちゃん。


思い返してみると、高い所に登った時も全然気にせず大股開きしてた気がする。

そういう感情は余り無い年頃なんだろうか。単純に彼女が気にしないだけだろうか。

なんて考えている間に、彼女の呼吸が寝息と言って良い物になっていた。


「もう寝たのか。この車の静かさと床の柔らかさは寝るには良さそうだが、少し早すぎないか」


もしかしたら疲れていたのかな。後で栄養剤でも渡してあげた方が良いかもしれない。

アスバちゃんの体躯だと大人用の物は体に悪いし、成長促進になる様に専用で作ってみよう。


「あ、そうだ、この間セレスに貰った水袋と槍なんだが・・・」


暫く車内をアスバちゃんの寝息が支配していたけど、ふと思い出した様に彼が話かけて来た。

水袋というのは蛙の魔獣の素材を使った物で、杖に使った余りで作った特殊な水袋だ。

中身が無くなると水袋の中に水が発生し、満杯になると止まる様になっている。


槍の方も同じ素材を使い、槍の中に条件付けをして組み込んでいる。

流石に鍛冶場が無いので槍その物は作れなかったから、彼に街で買って来て貰ったけど。

ただこっちに仕込んだのは土と水を合わせた魔法で、蛙がやっていた泥濘を作る物だ。


槍が地面に触れると、そこから地面が緩んでいく様になっている。

彼に渡した靴と相性の良い、有効に使える武器になったはずだ。地上戦のみの話だけど。


「えと・・・何か、問題、有った?」


どちらも魔法の発動条件を付けて組み込んだ物なので、魔法の使えない彼でも使えるはず。

渡す前に何度も試験をしたので、問題は無いと思うんだけど・・・。

それに私が魔法を構築して固定したとかじゃないから、すぐに使えなくなる事も無いと思うし。


「あ、いや、そうじゃないんだ。貰った時は礼をちゃんと言えてなかったから、言っておこうと思って。水袋は特に助かっているからさ。ありがとう」

「ぁ、そっか・・・良かった」


良かった。喜んで貰えているようで何よりだ。

ただ彼の話はそれだけではなく、少し気不味そうな顔で続けた。


「それで、だな。物は相談なんだが、同じ物をもう少し作れないか? 精霊兵隊の人員分は欲しいなと思ってるんだけど・・・無理かな」


ああ成程。彼は隊長さんだし、そういう事も考えるよね。でもなぁ・・・。


「・・・ちょっと難しい。あれはあの素材が有ったから出来た物だから。もう素材が無いし、同じ物を作ろうと思ったら同じ程度の素材が必要。小さな素材でも作れない事は無いけど・・・質の落ちる物になるのは確か。特に槍に限っては、リュナドさんに渡した様な効果は望めない」


彼に渡した槍ならば、地面に触れた次の瞬間には土が緩む。

だけど小さな魔獣の素材で同じ物を作れば、同じ効果が出るまで10倍は時間がかかるだろう。

槍で戦闘をする距離に入って、そんな悠長に地面に槍を突き刺していられない。


「あー・・・駄目か。あ、いや、でも同じ素材が手に入れば出来るって事だよな?」

「え、まあ、うん、それはそうだけど・・・」

「成程。じゃあもし手に入る機会があれば、その時は頼んでも良いか? 勿論報酬はそれなりの額を用意する様に、領主に掛け合うからさ」

「ぅ、うん。それなら、勿論」

「良かった。ならその時はお願いするよ」


リュナドさんが嬉しそうだ。良し、その時が来たら全力で作ろう。

そうだ、他に良い素材が手に入ったら、また別の武器をプレゼントしようかな。


『『キャー』』


話が纏まった所で精霊から声がかかり、酒場に到着した事が伝えられる。

なのでアスバちゃんを起こして荷車を降り、酒場の横に付けて精霊の見張りを立てる。

ただ降りた瞬間視線が襲って来るので、そそくさと酒場の中に入った。


「だからよぉ、別にあんたに迷惑はかけねえって言ってんじゃねえか。なぁ?」

「俺を介して、という時点で迷惑だ」

「別にあんたを人質にしたって良いんだぜ、こっちはよぉ!」

「それでこの街を無事に出られると思っているならやれば良い」


すると酒場ではいつもと違って私に殆ど視線が向かず、客の視線はカウンターに向いていた。

カウンターでは何やらマスターとお客さんが揉めている様だ。声が大きくて怖い。

ど、どうしよう。は、端っこで待ってたら良いかな。

流石にあの大きな人の傍に座るのは怖いよぅ・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


寝ぼけ眼で酒場に入ると、マスターに絡んでいる男の怒鳴り声で頭が覚める。

見た感じカタギには見えない。少なくともまっとうな人間の気配がしない男ね。

武器に手はかけていないものの、何時でも抜く気の腕の位置だわ。


ちらりと錬金術師の様子を見ると、凄まじい形相で男を見つめて動かない。

ただ暫く様子を見ていると、彼女の表情の理由が良く解った。

あの男は『噂の錬金術師と直接交渉させろ』と言っているからだ。

ただマスターは何を言われても『否』と答え、男は苛々が増している様に見える。


「ふんっ、成程、迷惑な奴ね」


男に向けてそう口にすると、リュナドに『何言ってんだこいつ』って顔を向けられた。


「何よ、何か文句でも有る訳?」

「お前が言えた話じゃねえだろ」

「あんなのと同じにしないでくれる? あれ、明らかに良からぬ事考えてる口よ」

「初対面の人間にいきなり勝負挑む奴も大概迷惑だっつの」


なんでよ。私は正々堂々真正面から勝負を挑んで力を示したいだけよ。

彼女を使おうとか、彼女の力を利用しようとか、そんな事一切考えてないもの。

あいつはどう見てもそういう類の輩でしょ。


「ねえ、事情が解った以上、見つかる前に一旦退散しない?」

「そうだな。熱が入ってこっちに気が付いてないし、マスターも目線で帰れって言ってるしな。セレスもそれで良いか?」


リュナドが問いかけると錬金術師はこくりと頷き、私達は全員外に出――――。


「おっと、あんだぁ、酒場はガキンチョ連れて来るところじゃ・・・お前、まさかこの街の精霊使いって奴か?」


傷だらけの顔の厳つい男達が数人店に入って来て、完全に出入り口を塞がれてしまった。

しかもリュナドに目を付けたって事は、カウンターで揉めている男と同じ目的の可能性が高い。


「おい! いつまで馬鹿やってんだ! こっち来い!」

「え、あ、兄貴?」


どうやらカウンターで揉めている男の仲間だったらしい。

一際厳つい男が声をかけると、カウンターの男は慌てた様にこちらに寄って来た。

もしかすると帰りの遅い弟分の様子を見に来たとか、そんな話なのかしら。


「どうすんの、リュナド」

「どうすんのって、もうやるしかねえだろ、これ」


小声でリュナドに聞くと、やって良いという返事を貰った。

なら私は何も遠慮する気は無い。領地側の許可の下で力を振るわせて貰うだけ。

権力側に付いていると、馬鹿共を気兼ねなくぶちのめす事が出来るから気持ち良いわね!


「精霊使いの噂を聞いてどんな化け物かと思ってたんだが・・・想像を遥かに下回るな。何でこんなのにあんな大層な噂が付いてんだ。片手でぶちのめせそうだぞ」

「そいつはどうも。どうやら噂が独り歩きしているみたいでね。俺としてもせめて見た目ぐらいは正確な噂が流れて欲しいと思ってるよ」


兄貴分らしき男とリュナドの視線が絡み、一触即発の緊張感が走る。

ただその空気は男達とリュナドの間だけの話で、酒場内の空気はどこか緩い。

私やリュナドが何度もこういう連中をのしたせいで、何時もの事だとでも思っているんだろう。


「ぎゃぁああああ!」

「―――――へ?」


突然背後から聞こえた叫び声に、思わず呆けた声を上げながら視線を向ける。

武器を持った腕が血飛沫を巻き上げながらぼとりと落ち、腕の持ち主に投げられる石。

いや、大きな水晶が、凄まじい魔力を放ちながら解放されるのが、目に入る。


――――――錬金術師の魔法が、酒場に炸裂した。

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