第85話、引き籠り環境が整い始める錬金術師。

「最近討伐の依頼が本当に減ったなぁ・・・近隣の依頼は完全に無くなったし」


家精霊に入れて貰ったお茶を啜りつつ、終わった依頼を確認しながら呟く。


街周辺の魔獣に関しては、街が広がった事による人員増加で他の移住民に回っているらしい。

今まで荒事を主軸に生活するには平和過ぎて、そういう仕事をする人達が殆ど居なかった。

けど今は需要が増えた事で、その手の仕事を生業にする人間が増えたそうだ。


平和って良いと思うけど、停滞していたという事でも有るから良し悪しと言っていた。

余り良く覚えてないけど多分そんな感じだったはず。

報酬貰うの待ってる間のマスターの雑談なので、記憶に少し自信が無い。


「酒場に行くの、最近前より居心地悪んだよねぇ・・・」


視線が多過ぎて緊張して、半分ぐらい何したか覚えてない。

最近の酒場は私が入るととても静かになるので、騒がしい事への恐怖心は減った。

ただその代わりとでも言う様に、視線が全部私に向くのはとても居心地が悪い。


「私を見て小さい声でヒソヒソ言ってるから、余計に怖いようぅ・・・」


とはいえ聞いてしまうと余計に怖そうなので、意図的に周りの声を聞かない様にしている。

そのせいでマスターの話もあんまり覚えてないんだけど。


項垂れていると家精霊が良し良しと頭を撫でてくれた。ほんのり頭が暖かい。

山精霊もキャーキャーと励ましているように聞こえるけど、何言ってるか解らないな。

踊っても解らないよ。いやこれ単に騒いでるだけだ。


「君達は凄いよねぇ・・・やりたい事への欲求に正直で・・・」


空を飛んでいると山精霊達がちょろちょろと街中で遊んでいるのを本当に良く見かける。

人怖じしないのは精霊だからだろうか。それともこの子達の性格だろうか。

どちらにせよ私の場合は私に問題が有るんだけど。


「・・・アスバちゃんも凄いよね。私が人に助けを借りてやってる事を、全部自力でやってるんだから」


討伐依頼が減った大きな理由として、彼女が多くを引き受けているからというのが有る。

遠くの魔獣は優先的に彼女へと回されているらしい。

その上彼女は全部一人で行動しているらしく、交渉等も全部自力で行っていると聞いた。

仕事も居場所も何もかも、彼女は自力で手に入れている。私には到底真似出来ない。


「素材も持って来てくれるし、ありがたいよねぇ・・・」


彼女は『討伐』のみの依頼の時は、仕留めた魔獣を持って来てくれる様になった。

なので討伐依頼は減った割に、手に入る素材の量は減っていない。

勿論貰っている訳じゃなく、買取という形ではあるけど。


『下手なとこに売りに行って交渉するより、あんたに渡せば適正価格で買い取るでしょ』


彼女はそう言っていたけど、私としては引き籠れるので少し高めでも大歓迎だ。

とはいえそれを彼女に言うと怒られるけど。実際最初に金額提示した時に怒られた。


『はぁ!? あんた馬鹿じゃないの!? こんな額で買い取ってたら金が幾ら有っても足りないわよ! ちょっと書き直すからペン貸しなさい!』


と、提示した額を軒並み下げられた。良かれと思ったんだけどなぁ。

やっぱり私はこういう所は駄目な様だ。人付き合いって難しい。

本当に何が正解なのか解らない。


因みに私に討伐依頼が全く来ないかと言えば、そういう訳でもない。

偶に急ぎの仕事が複数来た時に、リュナドさんが依頼書を持ってやって来る。

ただ数が減った事で、彼と顔を合わせる機会が減ったのは少し寂しい。


ああでも、もう一つだけ彼と顔を合わせる機会が増えている。

今日はその顔を合わせる機会の日で、依頼の品を確認しながら待っている所だ。


「酒場にもついて来てくれるのは、本当に助かるなぁ・・・」


ちょっと前から酒場の依頼品を届けに行く時も、彼が一緒について来てくれる様になった

先の通り最近の酒場は何だか変な緊張感も有って怖いので、ずっと彼に縋っている。

多分そうでなかったら、マスターの言葉は全部頭に残って無いんじゃないだろうか。


「あ、来たみたい」


外に居る山精霊の楽しそうな鳴き声が大きくなって来た。とても解り易い。

家精霊が頷いて玄関を開けると、庭にリュナドさんとアスバちゃんの姿が在った。

あれ、アスバちゃんも一緒なのは最近にしては珍しい。


彼女は私が見ている事に気が付くと、可愛い笑顔を見せて手を振って来た。

振り返すと満足そうな顔で、機嫌良さそうに口を開く。


「あんた最近外出てないでしょ。偶には仕事以外で出なさいよ?」

「・・・あ、うん」


第一声から応えにくい事を言われてしまった。笑顔なのが余計に返事しにくい。

確かに蛙の魔獣以降、大きな物を作る時以外あまり外には出ていないし。


あ、でも一応庭で訓練とかはしてるんだよ。鈍ったら戦えなくなるし。

いくら結界石が有るとは言っても、反応出来なかったら殺されちゃうからね。

魔法の訓練は魔法石の作成が訓練代わりになっているし。


「お前は逆に少しは大人しくしていた方が良いと思うぞ。昨日も騒ぎを起こしたんだし」

「あれは向こうが絡んで来たって何度も言ったじゃないの」

「お前が起こした騒動が一回二回なら、俺も何も言わねえよ」

「ふんっ、そういうあんただって一回二回どころの話じゃないじゃない、精霊使い様?」

「俺は仕事なの! 嫌々やってんの! お前と違って本当はこういうの好きじゃねーの!」

「私だって別に好きでやってる訳じゃないわよ! 向こうが私を馬鹿にして絡んで来るから致し方なくぶちのめしているだけでしょーが!」


あ、何だか良く解らないけど喧嘩が始まってしまった。

ちょっと怖いのでテーブルに避難すると、家精霊が二人の分のお茶も用意していた。

それに気が付いたのか、二人共言い合いを止めてテーブルに着く。お茶強い。


「相変わらず美味しいわね、この子の入れるお茶は」


アスバちゃんの言葉に家精霊はニコーッといい笑顔だ。

多分リボンが無くてもある程度認識してくれるのも、あの笑顔の理由だろう。

実際彼女はリボンを見ずに、家精霊の体の中心辺りを見ている。


「ホントにな・・・こいつらと交換して欲しいな」


幾らリュナドさんの言葉でもこの子は譲れない。この子のおかげで家が快適なんだから。

あ、山精霊がリュナドさんに不満そうに鳴いている。

でも君達自由だし、私も逆の立場だったら多分同じ事思うよ?


そんな感じでのんびりお茶をしてから、本来の目的通り酒場に向かう事になった。


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「げっ」


錬金術師から連絡を貰い、彼女の家への横道に着いた所でアスバと鉢合わせてしまった。

心の声が口から漏れ、彼女の眉間に皺が寄る。相変わらず見た目は全く迫力が無い。詐欺だ。


「げって何よ、げって。そんなに私に会えた事が嬉しいのかしら?」

『『『『『キャー』』』』』

「あんた達はいつも元気そうね・・・また数が増えてない?」


増えたよ。また増えたよ。日に日に数が増えて困ってんだよ。

いや役に立つ事も有るんだけどさ、基本的には困る事の方が多いんだよ。

数が増えたから部隊の人数を確保する為に使えるかと思ったら、それも駄目だったし。


『自分達はリュナドと一緒だから駄目』


という謎の理論で拒否された。ならせめて俺の言う事をちゃんと聞け。家具を食うな。

ただ何とか最近精霊に協力して貰える奴が出始め、今は一応部隊と言える体になっている。


・・・まあ五人しかいないけど。一人はまさかの先輩だったから即戦力だ。

ただ残りの四人はまだ新人だったせいで、実力が余りに足りない。

とはいえ彼らにしてみたら、俺が強いという事らしいが。


『隊長は何でそんなに強いんですか?』


訓練中にそんな事を言われたが、多分俺の強さは単純な実力が理由じゃない。

危険に慣れちまったんだ。錬金術師と一緒に出掛けていたせいでな。

言ってしまえば『武器を振られる恐怖』というのが昔と違って温く感じるんだ。


だから無意味な恐怖心が体を止める事無く、躊躇なく踏み込む事が出来る。

度胸の差が大きいんだよ。実力の差じゃない。だって考えたら解るだろう。

自分の何倍もの大きさの魔獣が近づいて来るのと、下っ端が振る訓練用の槍とどっちが怖いよ。


「セレスの所に行くの?」

「ああ、今日は酒場に付き添いだ。護衛みたいなもんだけどな、一応」

「彼女にそんなもの必要無いと思うけど」

「あいつには必要無いよ。街の住民の為に必要なだけだ」


実際の所、その辺の連中に錬金術師が捕らえられる想像が出来ない。容易く撃退するだろう。

ただあいつの今までの戦闘法を知っていると、街に被害が出そうなのが怖いってのが本音だ。

・・・切れて爆弾でも投げられたらたまった物じゃない。


「流石街の治安に一役買ってる、精霊兵隊長様ね。かっこいー」

「はっ、どっかの問題児食客とは違うんだよ」

「問題児って何よ児って! 子供扱いしないでくれる!?」


そっちに文句言うのか。予想外だわ。だからって訂正はしないが。


「もうちょっと身長伸びてから言え。おこちゃま」

「~~~~~~っ、将来絶対アンタ見下ろしてやるんだから! 見てなさいよ!」


まあ見た所成長期真っ盛りって所だろうから、早ければ三年もすれば確かに追いつくだろうな。

だからって今がちんちくりんなのは変わらないが。


「お前そんなに大きくなるまで俺と関わり持つ気なの?」

「ここの領主の扱いと、ここより良い条件が出るかどうか次第ね」


出来れば心の底から早く別の雇い主を見つけて欲しい。

だって現状コイツが問題起こした時の尻拭いも俺の仕事なんだもん。


「つーかお前、セレスとの勝負はどうなったんだ?」

「今はお預けよ。私はあれで借りを返したつもりは無いわ」

「めんど臭い性格してるな、お前」

「あんたに言われたくは無いわね」


俺のどこが面倒臭いんだ。ただ単に平穏に老衰したいだけの男だぞ。

襲って来る馬鹿どもを投げ飛ばす事に慣れ始めている自分に、最近とても悲しくなるけど。


「はぁ・・・まあ良いや。問題が無いに越した事は無いしな。俺としてはこれ以上の騒動も変化も無い事を祈るよ・・・」


・・・どうせ祈っても叶わないという諦めが頭に有るのが辛い。

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