第84話、守られている錬金術師。
何だか少し長くかかった気がする杖の製作が終わり、他の依頼品も酒場に納品して暫く経った。
その際に新しい依頼を渡されたけど、ライナの店に向かう以外ではまだ一度も出かけてない。
単純に最近人目に付き過ぎて暫く引き籠りたかったというのも有るけど、暫くは家精霊の傍に居てあげたいなと思ったからだ。
勿論家の居る間何もしてなかった訳じゃなく、蛙の素材を使って色々作ってはいた。
だからこそ家精霊も私を外に出す理由もなく、ご機嫌に過ごしていたんだろうし。
・・・あの子は寂しくても、意味なくずっと引き籠る事は許してくれないんだよなぁ。
そんな感じでのんびり過ごしていたのだけど、ある日ライナの店の山精霊から伝言が届いた。
『マスターから手紙を預かってる。店に来た時に渡す』
一体の手紙なのかとか、どういう様子だったとかは、山精霊に訊ねても首を傾げられた。
君達もう少しちゃんと話そうよ。私が言えた義理じゃないけど。
マスターが態々手紙って、いったいどういう事だろう・・・。
「んー・・・まあ良いか。今から行く所だったんだし、行って来るね?」
伝言に来た時間が既に遅かったので、家精霊に声をかけてから絨毯を飛ばす。
防寒具のおかげで体は全く寒くないけど、顔面が冷たいから何か対策出来ないかなぁ。
・・・あ、仮面でも作ろうかな。なんて考えているとすぐに到着。
「ライナー・・・いるー・・・?」
「あ、いらっしゃいセレス。待ってて、今手紙取って来るから」
「あ、う、うん」
笑顔で出迎えてくれたので、おそらく叱られたり怒られたりじゃなさそう。
大人しくテーブルで待っていると、ライナはすぐに戻って来た。
「はい、これ。読んでいる間に料理を作って来るから」
「あ、う、うん、わかった」
ライナが離れていくのを見届けてから手紙に視線を落とす。それはただ畳まれただけの紙。
一体何だろうと思って開けてみると、杖を納品した依頼先からの感謝だった。
「あ、良かった・・・」
喜んで貰えたらしい事が良く解る内容で、泣きそうなぐらい嬉しくなった。
自分が良かれと思ってやった事が、ちゃんと喜ばれて、本当に嬉しい。
ただ『これぞ本物の神具。この村で末代まで大事にさせて頂きます』とあるのは困る。
あれは別に材料さえあれば、錬金術師なら作れる物だし・・・。
という所でライナが料理を持って来てくれたので、意識は完全に持って行かれた。
何時も通り美味しい料理にがっつき、5分目という所で落ち着いて来る。
「手紙、どうだった? マスターからは感謝の手紙って聞いてたけど」
「あ、うん・・・すっごく感謝されてた。嬉しいな。私でも、人に感謝されるんだね」
「当たり前でしょ。セレスの薬や道具で、この街のどれだけの人が助かってると思ってるの。感謝なんて沢山の人がしてるわよ」
「そ、そう、なの、かな・・・」
どうなんだろう。感謝していると言われた事は殆ど覚えが無い。だから私には解らない。
ただこの解らないという感覚が普通じゃない、って事だけは解っている。
「ああ、ごめんなさい、セレス。暗い顔をさせたいんじゃないのよ」
「う、うん、大丈夫、解ってるよ」
ライナは本当に善意で言っただけだ。それは信じてる。信じているから大丈夫だよ。
「そういえば、あれから暫く遠出はしてないの?」
「うん。最近はしてないよ。討伐依頼もアスバちゃんがやってるみたいだから」
「あはは、あの子も今じゃ有名人よねぇ。元々一部の街では有名だったらしいけど」
アスバちゃんはあれから討伐依頼をこれでもかという程受けているらしい。
ただし遠くの面倒な依頼だけだそうだけど。
それと何やら領主の食客という立場にもなったと言っていた。
領主の要望が有れば応えるスタイルらしい。
今のアスバちゃんの仕事っぷりはその一環だそうだ。良く解らないけど。
「まあ、有名って意味では、リュナドさんが一番有名になったけど」
「そうみたい、だね」
私は街には余り来ないし、噂話とかは良く知らない。
ただ最近はアスバちゃんが仕事が終わる度に家に寄って来るで、少しは話に聞いている。
どうやら彼は蛙の魔獣の時の話が膨らんで、色々なとこで知られる有名人になっているらしい。
辺境の領主が見出した英傑だー、なんて噂が街では当たり前になっていると言っていた。
最近では彼と彼の連れている精霊を見に来る観光客が居る程との事だ。
「本人は項垂れてたけどね。俺は見世物じゃないんだが、って」
「あう・・・大丈夫かな、リュナドさん・・・」
「まあ概ね好意的な感情むけられているみたいだし・・・彼は元が街を守る為の兵士だって事を考えてなのか、むしろ平和を保つ為の御神輿として諦めてるみたいね」
凄いなぁリュナドさん。私なら絶対逃げだすのに、そんな状況。心の底から尊敬する。
「でも、大変そうだね・・・」
「そうね・・・そのおかげでセレスも守られているし、何かしらのお礼はした方が良いわよね」
「ふぇ、私を守る?」
守るって何の事だろう。むしろ最近討伐依頼をしてないし、余り会えてなくてちょっと寂しい。
「ああ、ごめんなさい。気にしないで。そうね・・・頑張っている彼に何か喜ぶ差し入れぐらいは、してあげても良いんじゃないかしら。今度結界石や爆弾を取りに来た時にでも」
「あ、そ、そうだね。うん、そうする・・・!」
何を渡せば良いかな。やっぱり実用的な物の方が良いよね。
明日になったら倉庫の中身を眺めながら、何か出来ないか考えてみよう。
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「どうしてこうなっったんだろうな・・・」
精霊使いの兄ちゃんがカウンターに突っ伏し、もう何度目か解らない嘆きを口にする。
理由は単純で、自分が以前では考えられない程に有名になってしまった事だ。
錬金術師と共に立ち、たとえ巨大魔獣の群れでもその前に出る精霊使い。
その力は数百数千の軍隊でも容易に打ち砕くだろう、みたいな噂が大量に流れている。
実際錬金術師の前に立つ事が多いせいで、余計に噂が膨らんでいるんだろうな。
「俺はただ自分の仕事やってただけなのにさぁ・・・何で俺はいっつもこんなに思い通りに行かねえの? 唯一全部話せて愚痴も言える酒場だったのに、噂のせいで居心地が悪いし」
「新顔も大分増えたからなぁ。連中にとっちゃ、お前はどうしても見ちまう存在だろう」
ただこの噂、信じている奴は勿論居るけど、信じていない奴も少なくない。
何せ噂っていうのは尾ひれがつく。特に数百数千とか馬鹿げていると思うのが普通だ。
だから完全に英傑扱いされている、っていう訳でもない。
・・・だからこそこいつは嘆いているんだけどな。
「ああもう・・・俺の安らぎの場はどこに在るんだ・・・!」
嘆きながらグイッと一杯煽り、そこで新しい客が入って来た。
目を向けるとその客は厳つい男で、精霊使いの兄ちゃんを見るとニヤッと笑った。
「残念だったな。来たぞ」
「ああもう・・・ほんとふざけんなよ・・・!」
同情の目を向けながら面倒が来たと伝えると、兄ちゃんの表情が死に始める。
男はカウンターまで近づいて来ると、精霊使いと精霊達をゆっくり見てから口を開いた。
「見たら解るって話は本当なんだな、精霊使い殿?」
「帰れ。俺は酒を飲んでるんだ」
「そうはいかない。錬金術師に話を通すには、あんたを倒さなきゃいけないんだろう?」
これが、彼の新しい面倒だ。錬金術師の知名度は今回の事で更に跳ね上がった。
ただ優秀な薬を作れる錬金術師という以上に、この土地では未知の道具も作り出せると。
あの杖の噂がかなり出回っている。あれは流石に物が良すぎた。
細工の美麗さも相まって、神秘性が有る様に見えてしまったんだろう。
だから彼には新しく命令が下った。錬金術師の防波堤になれと。
今までの様にやんわりとした補助ではなく、迫る奴は叩き潰せと言う命令だ。
そして精霊使いの活躍の噂を上手く使い、彼をどうにかしなければ錬金術師は話を聞かないという噂を『意図的に』流す事によって、この現状が出来上がっている。
「・・・帰れ三下。話にならん」
「―――――言ってくれるねぇ」
剣抜きやがったか。馬鹿が沢山釣れるな。
街中で武器抜いて衛兵が黙ってると思ってんのか。相手は領主お抱えの特殊部隊の隊長様だぞ。
まあ、こういう馬鹿から壁になる為に兄ちゃんが居る訳だが・・・本当に同情するよ。
「オラ、立てよ。それとも酒が入っているから勝てませんってか?」
「・・・ああもう面倒臭い」
兄ちゃんは男の挑発にわざと乗って、精霊に小さく声をかけてから立ち上がる。
「はっ、やっとやる気に――――――」
それを見て楽しそうに笑う男だったが、次の瞬間には片手で持ち上げられ、そのまま床に叩きつけられた。おい、床が割れたぞ。ちゃんと弁償しろよ。
「―――――げはっ!?」
「・・・まだやるか?」
倒れた男を見下し、静かに告げる精霊使い。状況だけ見れば圧倒的だ。
「っ、こ、この――――」
だが男はそれを認められず、起き上がりつつ武器を振るおうとして、出来なかった。
剣はピクリとも動かず、手からすっぽ抜けてしまう。
男が視線を剣に向けると、そこには剣をしっかりと握ってカジカジと食べる精霊の姿が在った。
「おい、新顔の兄ちゃん。今日は帰んな。それなら武器を抜いた事は衛兵に黙っておいてやる。こいつもゆっくり気分良く酒を飲みたくて店に来てるんだ。邪魔しねえ方が利口だぞ」
この辺りで良いかと俺が口を出し、男は首を縦に振ると逃げる様に店を出て行った。
事情を知らない人間にとっては凄まじい実力に、わぁっと歓声が沸く。
ただその熱気とは真逆に兄ちゃんの表情はどんどん死んで行っているが。
精霊達は武器を食べ終わると精霊使いに『キャー』と不満そうに鳴き、兄ちゃんは「不味いんだったら途中で食べるの止めろよ・・・」と項垂れている。
そして大きな溜息をついてからカウンターに戻り、頭を抱えながら口を開いた。
「マスター、もう一杯。今日はもうそれで帰るよ・・・」
「おう。床の修理代は今は持ってねえだろうからツケといてやる」
「え、あれ俺が払うの?」
「お前が壊しただろ?」
「・・・ソウデシタ。あああああああもうやだああああああああ」
頑張れ若人。俺が出来るのは面白そうに眺める事だけだ。
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