第83話、早速素材を取り出す錬金術師。
見覚えのある街を通過し、そのまま家に向かう。
わが家が見えた所で少し速度を落として貰い、ゆっくりと庭に降りて行く。
庭にはライナと山精霊が居て、そして家精霊が嬉しそうに跳ねながら迎えてくれた。
魔獣を地面に付けると家精霊が胸に飛びついて来たので、優しく頭を撫でて返す。
やっぱり寂しかったんだろうな・・・予定外に時間がかかった事を謝らなくちゃ。
「・・・ただいま。ごめんね、時間かかって」
だけど家精霊はフルフルと首を横に振り、笑顔を見せてからギューッと胸に抱きついて来た。
きっとこの子は「私が無事に帰って来てくれた」という事で満足なんだろうな。
魔獣から荷車を外すのをリュナドさんにお願いし、私は家精霊の気が済むまで抱きしめて返す。
それぐらいしか今この子にして上げられる事は無いし、それこそがきっと嬉しいだろう。
「外れたぞー」
「んじゃ、下に降ろすわよ」
リュナドさんに応えたアスバちゃんが荷車を地面に降ろすと、ライナが笑顔で迎えてくれた。
「ただいま、ライナ」
「お帰り、セレス。怪我は無い?」
「うん、問題無し。ありがとう、この子の様子を見に来てくれて」
「貴女の頼みだし、良い子だからね、その子」
多分リボンで位置を把握しているんだろう。ライナは優しく笑って家精霊を見つめている。
家精霊はそこでやっと落ち着いたのか、ちょっと照れた顔で回りを見ていた。
そしてすすっと離れると、腰を曲げて家主の帰りを迎え入れる。今更なのが可愛い。
「アスバちゃんとリュナドさんも怪我は無いかしら?」
「まあ、何とかな・・・」
「私は当然。リュナドとは違うもの!」
「・・・反論しにくい事を言うなよ。自覚してるから少しへこむんだぞ」
「ふふっ、どうやら本当に皆無事みたいね。良かったわ。おかえりなさい」
その後はそんな風に雑談をしてたけど、少ししてライナは「店に戻らないと」と帰って行った。
その際「今日の夕食は作りに来てあげるから、家でゆっくりしてなさい」とも。
家精霊の事も有るし、数日ぶりのライナの食事を家で食べられるのはとても嬉しい。
そのままアスバちゃんとリュナドさんも一緒に帰って行った。
アスバちゃんはゆっくり寝たいと宿に、リュナドさんは領主に報告だそうだ。
皆を見送ったらさてどうしようかと、家精霊を撫でながら魔獣を見つめる。
「少しでも解体しちゃおうか。まだお昼前だし、日が沈む前には皮ぐらいは剥げるよね」
家精霊に大型の刃物を持って来てと頼むと、これでもかという程に喜んで取りに行った。
やっぱりこの子は家主の為に何かをするのが一番楽しいんだろうな。
「ん、ありがとう。さて、何処から行こうかな・・・まずは頭から行こうか」
大き過ぎて一撃で落とす事は無理なので、絨毯で飛びながらぐるりと首回りを切って行く。
そして首の骨に辿り着いたら隙間にノミを突っ込んで、ハンマーで思い切り叩いて壊す。
暴れる魔獣もそのまま飲み込む為なのか、首の骨が特殊で異様に頑丈なんだよね・・・。
骨が外れたら頭を降ろして皮を剥ぎ、残った顔の肉は削いで保管しておく。これは食用。
後は頭蓋を叩き割ったら内側から目玉を綺麗に取り、湿らした布で包んで保存しておく。
蛙の魔獣は目が魔法を放つ為の主要機関らしく、この大きさなら触媒としては優秀だろう。
この目玉を上手く使えば、多分土と水系ならアスバちゃんの雷以上の魔法も放てる。
「私の魔法石と合わせればもっと威力が出るはず」
これは余程危険な存在との対峙に備えて置いておこう。
今の私に使える最大火力になるかもしれない。
魔力がかなり内に内包されているから、乾燥さえさせなければ長期間置いておける。
今度これの為だけのツボか何かを用意しよう。その方が長期間保存しやすいし。
問題は死後の目は一回使いきりって事なのと、切り刻むと一気に効果が薄れる事かな。
生きた状態の目ってのも出来ない事は無いけど、色々と難しいので今は無理だ。
「やっぱり脳はちっちゃいな・・・体の大きさと全然合って無い」
図体は大きいけど、小型の蛙の魔獣と大きさが変わらない。サイズ差がおかしい。
脳を頭蓋が守るんじゃなくて、骨の内側を肉で覆っているのは大分おかしいと思う。
強い魔獣の脳も何かしらの触媒か材料になるはずなんだけど、こいつはまるで役に立たない。
・・・知能の低い魔獣というか、同型の他の魔獣よりも身体性能が高いはずなのに、行動がまるで変らない魔獣はこの傾向が有る。大体は体に比例するはずだから、こっちが例外だろう。
蛙の魔獣は間違いなく本能のままに行動していたし、危険察知能力がとても低かった。
弱い魔獣なら解るけど、あれだけ自在に魔法を使っている魔獣なら精霊に気が付くのが普通だ。
「次は体の皮を剥ぐ・・・」
かなり巨大だけど、やる事自体は小型と変わらない。
刃を深く入れすぎない様に気を付けながら、腹に切り込みを入れる。
そこから足にも切り込みを入れ、中と外両方の皮を残す様に気を付けつつ剥いでいく。
ただ流石に大型だった事も在り、皮を剥ぐだけで日が傾き始めた。
「あ・・・乾燥どうしよう。この大きさじゃ庭に広げられない。うーん・・・」
使いたい大きさに切ってから加工するしかないか。
乾燥前と後で大きさが変わるから、出来れば先に乾燥させたかったけど仕方ない。
取り敢えず畳んで出来るだけ小さくして倉庫に入れておこう。
山精霊に頼むのは怖いので、指示を待っている家精霊に頼んで運んで貰う。
・・・指示を出す度に嬉しそうにされると、無駄に指示を出してあげたくなるなぁ。
「さて、一番の目当ての物を取り出さないと」
腹を掻っ捌き、はみ出る内臓を引きずり出す。
この内臓類も食べれるけれど、下処理をしないと先ず食べられない。
むしろこいつらの内臓は食べるよりも、乾燥させて衣服に使う方が良いだろう。
いや、日常の道具に使う方が良いかもしれない。伸縮性が有る上に頑丈だし。
作ろうと思えば武器にもなるはずだ。腸なんかは鞭の素材にはきっと良いだろう。
なのでとりあえず横に置いておくと、山精霊達が嫌そうな顔をした。
どうやらこれは彼等の好みでは無いらしい。
繋がっている内臓を切り離してどかしていくと、背中側に大きな白い球体が見つかる。
これが今回求めていた物だ。大きさは目玉と同じ程度か。これはかなり大きい。
小型なら指先で摘まめる程度の大きさしかなかっただろう。
「・・・本当はこっちを残しておきたいけど・・・お仕事だから良い方使った方が良いよね」
目玉よりもこちらの方が触媒としては優秀な道具だ。
これは乾燥させても問題無いし、分割しても殆どロスが無い。
むしろ乾燥させた状態の方が使い勝手が良いだろう。
この素材は素材自体が魔法を放っている様な物だ。なら発動と停止の鍵をつけるだけで良い。
そもそも蛙の魔獣はこの器官を使って魔法を放っているんだと思う。
だから頭を使わず、本能だけで魔法を使えるんじゃないかな。
「・・・そうだ、せっかくだし、依頼主の要望にもちゃんと応えた方が良いかな」
最初に依頼されていた杖の素材になる木は、以前の木材確保の際に残っている。
態々残したつもりは無かったけれど、あれを使って杖にして、素材をはめ込んでしまおう。
「乾燥させて、必要数を杖に埋め込んで・・・儀式用って言ってたからそれなりの装飾に見える様に削って・・・念の為に予備も作っておいた方が良いだろうし、二本作るか・・・」
ああでも今日はもう無理そうだ。そろそろ完全に日が沈む。
「内臓と肉、このまま放置は出来ないけど、内臓はともかく肉は解体してないから倉庫に入らないよね・・・仕方ない、凍らせよう」
氷系の魔法を詰めた魔法石を三つ取り出し、解体前の肉に当てつつ発動させる。
水晶から魔力が放たれると瞬く間に肉が凍っていき、ついでに内臓も凍らせた。
「今は寒いから良いけど、暑い時期に備えて氷室とか欲しいな・・・」
常時魔法で凍らせるのも手間だし、今度材料集めて作ろうかな。
氷は魔法で作り過ぎると他の素材に変に影響しそうだから、井戸の水でも凍らせよう。
断熱材は海の傍に生える木の樹皮が欲しいな。
炭化させればいい断熱材になる種類が在るはずだ。
石綿でも良いけど、あれは加工する時いろいろ気を付けないといけないから面倒臭い。
後でリュナドさんに海がどっちか教えて貰おう。まだ内陸以外行った事無いし。
「今日はこのぐらいで良いか・・・」
もう真っ暗だし、ニコニコしながらそわそわしている家精霊を構う事にしよう。
「家に入ろうか」
家精霊に声をかけると、わーいという様子で近づいて来た。
その様子が少し山精霊っぽくて、クスッと笑いながら頭を撫でる。
すると家精霊が満面の笑みで手を抱きしめたので、そのまま手を繋いで家に入った。
「ただいま」
自然と、そう口にしていた。だからこそ自分の心に染みた。家に帰って来たと。
今更、本当に今更だけど、そう感じた。
「・・・ただいま。お留守番ありがとう」
だからもう一度家精霊に告げた。ここが私の家なんだと。帰る所だと。
家精霊は一瞬ポカンとしていたけれど、すぐに嬉しくて堪らないという顔を見せた。
それがとても嬉しくて、とても心地良い。この家が心地良い。
―――――ああ、ここが私の家だ。
ねえお母さん。私、ちゃんと自分の居場所を手に入れたよ。
色んな人に助けて貰ってだけど、仕事もそこそこやれてるし、友達も新しく出来たよ。
・・・今なら、今の私なら、お母さんも半人前ぐらいには認めてくれるかな。
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街に着いたらライナとアスバとは別れ、住人に「最近見なかったから死んだのかと思ったぞ」や「さっきのとんでもないの、やっぱり錬金術師か」などと言われながら領主館に向かう。
領主館に着くと即座に対応してくれたらしく、全く待たされる事無く執務室に通された。
「良く帰った。無事そうだな。首尾はどうだった?」
「まあ、何時も通りと言えば何時も通りですね・・・」
そう、何時も通りだ。何か問題があろうとも、錬金術師は結局片付けてしまう。
とはいえ今回は色々と要素が入り組んでいたので、要点は抑えて顛末を伝えた。
「細かい報告は後で書面で出すとして、大体こんな所ですかね」
「成程、了解した。少しばかり予想と違ったが、大方上手く行ったようで何よりだ」
そう、上手く行った。むしろ上手く行き過ぎたかもしれないぐらいに。
一番の要因は兵士が領主を結構脅したからっぽい気がする。
出発前の歓迎と帰還後の話し合いじゃ、俺に対する態度がまるで違ったからな。
「しかし、錬金術師の行動を探ろうとして、逆に怯えさせられる、か」
「おそらく領主が勘違いする様な独り言を、わざと聞かせておいたんでしょうね。確かにあいつが「使えるな」なんて言ってたら、俺も正直怖いですし」
「同感だ。屋敷に何を仕込まれたのかと思うよ」
「とはいえこれも結果論ですけどね。もしかしたら本当に仕込む気が有って、必要がなさそうだから止めただけかもしれませんし」
結局の所、真実は錬金術師の胸の内だ。領主は今頃あの部屋慎重に調べてそうだよなぁ。
「ま、これで奴相手には少しやり易くなったな」
「恨まれて暗殺とかされないと良いですね」
「もしそうなったら多分この領地は住み難くなるぞ。俺だからこんなに緩いんだからな。しかも今この街は金のなる木状態なんだから、下手な貴族が来たらどれだけ搾り取られるか」
「・・・回りくどい脅し方止めてくれませんか」
「脅してない。事実だ」
そりゃ確かにその可能性高いんでしょうけど・・・俺にしたら脅しだよなぁ。
まあ、出来るだけ頑張りますよ。自分が死なない程度に。
「それは良いですけど、アスバの件はどうするんですか」
「彼女は自分の力を認める真面な貴族を探してたんだろう? 俺は認めるぞ。というかだ、変な連中にとられる前に欲しいとは思う。彼女さえよければな」
「そして何か他の領地で騒動が有った際、戦力として貸し出す、って訳ですか?」
「そうなるな。やり過ぎると危険視されるだろうが、彼女の目的なら望む所だろう。取り敢えず彼女には話してみてくれ。断られたら仕方ない。最悪錬金術師さえ手放さなければ良い」
そりゃそうなるか。別に単純に戦力が高いだけの人間は、居たら助かる程度だよな。
戦争も暫く無いし、元々この辺り平和だったし、今は精霊と錬金術師が居る。
ま、その辺りの事情も踏まえてちゃんと話してみるか・・・。
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