第82話、待つ存在の居る家に帰る錬金術師。

結局領主との話は長引いたらしく、帰るのは翌朝になってしまった様だ。

・・・あの後夕食の誘いも気が付かずに寝ていたので、朝起きてから知ったのだけど。


ただ話し合い自体にというよりも、領主の判断待ちに時間がかかったと言っていた。

良く解らないけど難しい事を話し合っていたんだろう。領主という仕事は大変そうだ。

でも問題も無く無事に話は終わったという事なので、さっそく帰ろうと準備を終わらせた。


朝食にも誘われたけど、それも断って屋敷を出て荷車に向かう。

まあ、何時も通り断ってくれたのはリュナドさんだけど。

私が「早く帰りたい・・・」と呟いたのを優先してくれたらしい。


外に出ると慌てた様に領主がやって来て、湿地傍の街に向かった兵士も一緒だった。

リュナドさんの背後に隠れて話を聞くに、見送りに来てくれたそうだ。


「この度は錬金術師殿に対し、多大な失礼を働いた事を謝罪したい。申し訳なかった」


その際何故か領主に謝られてしまい、私はそれをポカンと呆けた顔で見つめてしまう。

更には「屋敷に仕掛けた物の解除をお願いしたい」と言われ、一層訳が解らない。

私はここに来てから謝られる様な事をされた覚えは無いし、何かを仕掛けた覚えもない。

ただ黙っていると領主は私を見つめて動かないので、リュナドさんで視線を切って口を開いた。


「・・・私は、何もされた覚えは無いし、何もしていない・・・と思うけど」

「―――――っ、そ、そうですか・・・そうですな、失礼致しました・・・私の勘違いですね」


領主が何を言っているのかさっぱり解らないので、何とかおずおずとそう訊ねた。

すると領主は勘違いと言ったので、きっと何か行き違いが有ったんだろう。

別に領主が悪い訳じゃないのに、再度謝られてしまって少し居心地が悪い。


「まあ、こういう人間なので・・・今後とも宜しくお願いする、領主殿」

「・・・ああ、了承した。精霊使い、殿」


すると何故かにこやかな笑顔でリュナドさんが手を差し出し、領主がその手を取った。

ただ領主の態度は少し気に食わなさそうな感じだ。眉間に少し皺が寄っている。

でも了承するって言って握手してるし、多分大丈夫なのかな。何の話なのか解らないけど。


「精霊使い殿。此度の事、感謝致します。貴方のおかげで我々は良い経験をさせて頂きました。何時か貴方の率いる部隊と対等に立てる様、一から鍛え直します」

「あ、ああ、そう・・・まあ、程々に」

「はっ!」


最後にそんな感じで兵士さんがリュナドさんにお礼を言っていた。

リュナドさんは少し視線を彷徨わせながら返していて、何だか私みたいだったな。何でだろう。


それで本当に話は終わりとの事なので、皆で荷車の上に飛び乗る。

精霊達も皆乗るとアスバちゃんが荷車を飛ばし、自宅に向けて移動を始めた。


「ねえ、セレス。実際の所、屋敷に何か仕掛けたの?」

「・・・何で? 何も仕掛ける必要無かったと思うけど」


別に魔獣が屋敷に攻めて来たわけでもないし、何も対策する必要無かったよね?


「あっははははは! そうよねぇ! くくっ、あはははは!」

「こういう所が怖いんだよなぁ・・・どこまで考えてやってるのか」


・・・え、何の事なのか全く解らない。何処までも何も、今の私は何も考えてないよ。

二人の反応が良く解らず呆けていると、問いかける前に別の話が進んでいた。

何で笑われたのか聞きそびれた・・・後で聞けば教えてくれるかな・・・。


「あ、そうだ、アスバ。今回の件お前がやったと思われてないけど、良いのか?」

「別に良いわよ。最初からそうなると解っていてやったんだもの。あの魔法は錬金術師が放ち、大型魔獣の来襲を退けたのは錬金術師。そういう筋書きで良いわ」

「成程。まあこっちとしては、お前が良いなら別に良いが・・・結構な手柄だぜ?」

「要らないわ。筋は通すべきよ」


え、それって、街を助けたのが彼女じゃなく、私って事になっちゃったって事かな。

い、良いのかな、それ。アスバちゃんの手柄を取ったって、なんか凄く悪い気がする。

だって私、素材が必要な魔獣仕留めただけで、後は何もしてないよ?


「・・・アスバちゃん、本当に良いの?」

「あんたまで聞くの? 良いのよ。私が良いって言ってんだから良いの!」


強く言われてしまったので、それ以上何も問えなかった。

だけどその声は、いつもよりちょっとだけ優しかった様に感じる。

だから怖くて問えなかった訳じゃない。・・・嘘。少しだけ怖かった。


でも、これは優しい言葉なんだと、そう思ったんだ。

私の為に彼女は自分の手柄を無くて良いと、彼女自身が私に言っているんだから。

友達が私の為を想って言ってくれている事だって、そう思ってる。


「・・・ありがとう」

「ふ、ふんっ、別に礼を言われる程の事じゃないわよ!」


礼を言われる程の事じゃない、か。うん。その気持ちは私にも少し解る。

友達の為に何かをした時、欲しいのはお礼じゃない。

勿論お礼も貰えると嬉しいけど、一番欲しいのは喜んでくれる事だ。


「・・・それでも、ありがとう」


多分今なら笑えていると思う。普段の様におどおどしていないと思う。

友達の好意が本当に嬉しくて、笑顔で嬉しかったと伝えられているはずだ。


「―――――っ」

「おわぁ!? ちょ、おち、落ちるっ! おいアスバ!」

『『『『『キャー』』』』』

「あ、しまっ!」


何故かアスバちゃんは一瞬だけ魔力操作を途切らせ、傾く荷車を慌てた様に立て直した。

リュナドさんが落ちる所だったけど、その前に精霊が掴んで引っ張り上げている。

私もちょっと驚いたけど、反射的に絨毯に魔力を通したので問題無い。


「きゅ、急に揺らすなよ! また落ちる所だったろうが!」

「っさいわね! 私だって好きで失敗した訳じゃないわよ!」


・・・話しかけたせいで集中途切れちゃったのかな。それなら悪い事をしてしまった。

ん、でも、さっきまで割と雑談しながらでも安定して飛んでたよね。

何か気を取られる事でも有ったのかな。いや、もしかして調子悪い?

大丈夫かな。無理してるなら何時でも代わるんだけど。何なら精霊にやらせても良いし。


「・・・代わろうか?」

「だ、大丈夫よ! ちょっと驚いただけよ!」

「・・・そう」


・・・何に驚いたんだろう。後ろを見ても特に気になる物は見えないけど。

まあ良いか。彼女が大丈夫と言うのなら帰りつくまで任せよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


セレスに頼まれた通り、彼女が居ない間は毎日家精霊の様子を見に向かった。

私には家精霊は見えないけど、歓迎してくれているのは何となく解る。

だって家に着くと扉は自動で開き、ここまで護衛してくれている山精霊達がはしゃぎだすから。


「今日もお邪魔するわね」


そう言って中に入ると必ず椅子が引かれ、その上に赤いリボンがふよふよと浮いている。

見えなくてもそこに居るというのが解るだけで、案外落ち着くものだと最初は思った。

促された通り素直に椅子に座ると、家精霊は台所に向かっていく。

そのまま暫く待つとお茶が出されたのでお礼を言う。これが何時もの流れになっている。


「お茶を待っている間に黒板を出しておいたわ」


私と家精霊だと一方的に私が語るだけになるし、私はそこまで話題の多い方じゃない。

なので対話を出来ないかと思い、初日に小さい黒板を持って来た。

家精霊は私のレシピを読めるそうなので、おそらくこれで対話出来るだろうと思って。


だろうという予測なのは、今まで家精霊から伝えられた事が全て、山精霊越しの言葉だからだ。

セレスが好きな料理を教えて欲しいと言っていると伝えられ、それならばとレシピを渡した。

ただ後から「精霊って、文字読めるのかしら」と遅まきに気が付いたけど、セレスからレシピを見て作っていると聞いて安心したのを覚えている。


『ありがとう』

「ふふ、このぐらい気にしなくて良いわよ。さて、じゃあ今日は何を話しましょうか」

『主の事、もっと聞きたい』

「セレスの事? 昨日の昔話の続き? それとも街に来てからの事が良いかしら」


果たして文字での対話は、この通り思った以上に上手く行った。

私が話しかけると家精霊は綺麗な字で返してくれる。私より綺麗な字だ。

勿論文字なので表情は読めない。本心は何を考えているのか探る事も出来ない。

それでも家精霊は『楽しい』『ありがとう』と家を去る際に何時も伝えてくれる。


ただそれでも、家主が帰って来ない日々は辛い物なんだろう。



『寂しい』



チョークが宙で暫く動かない事に首を傾げていると、そう書かれてしまった。


「――――」


何も返せなかった。下手な慰めなんて私には出来ない。同意の言葉も出せない。

だってこの子の事が見えるのは、家の主のセレスだけなんだから。

唯一自分の事が見える人間が、この子にとって大事な存在が、何日も帰って来ないんだから。

自分を認識出来る人が家に居ない。それがどれだけ苦痛なのか、私には想像も出来ない。


勿論山精霊達には見えているらしいけど、この子にとって大事なのは、家に来る『人間』であり『家主』と言っていた。

この子にとってはセレスこそが本当の意味で自分を認識してくれる人なんだ。


だけど家精霊は私が言葉に詰まってしまったのを察して文字を消すと、すぐに『気にしないで』と綺麗な字で伝えて来た。

たったこれだけで、この子がとても優しい精霊なんだというのが、本当に良く解る。


『帰って来た』

「・・・え?」


唐突に、それこそさっきの寂しいと同じぐらい唐突に書いたと思う。

だけどその文字から、いつもと違う崩れた文字から、喜びが滲み出ているのを感じる。

山精霊も急にきゃーきゃーと騒ぎだし、赤いリボンがふよふよと家の外に勢いよく出て行った。

私も家精霊を追いかけると、山精霊達が騒ぎながら見つめる方向に目を向ける。


「・・・何あれ」


何だか物凄く大きい何かがこっちに向かって飛んで来ている。

まさかあれが蛙の魔獣なのかしら。いくら何でも大き過ぎない?


「・・・ま、良いか。お帰り、セレス」


良いや。今日は細かい事は気にしないでおこう。セレスが無事に帰って来た事の方が大事だ。

ぴょんぴょんと跳ねる様に動くリボンを見つめながら、親友の帰りを笑顔で出迎えた。

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