第81話、後始末は全部任せる錬金術師。
魔獣を倒したのは良いんだけど、あの大きさだと解体に時間がかかりそうだ。
なのでとりあえず解体は後回しにして、血抜きを済ませてしまおう。
脳を先に潰してしまったので、急いで魔法を撃ち放って心臓傍を打ち抜く。
うん、もう死んでしまっているから、威力の弱い魔法でも簡単に通る。
血を吹き出す魔獣を確認したら、元に戻った精霊達に荷車を取って来る様に指示を出した。
何故か頭の上の子も指示を出す様に鳴いて、指示を聞いた精霊達は敬礼を返している。
多分リュナドさん達の真似だろう。楽しそうに見えたんだと思う。
「・・・あの大きさを解体してから持って帰るのは、小型を同じ質量解体するより大変だと思う。だから血抜きだけして、荷車に縛って持って帰ろうと思う」
「あ、なら荷車が来たら俺を降ろしてくれ。街の住民からロープ貰ってくるから」
「は? 何言ってんのよ。これぐらい降りれるでしょ」
「降りれたら降りてんだよ!」
『キャー』
「いや、魔力通してる通してないとかじゃなくてな。怖いんだよ。高過ぎるって」
確かにこの高さは下手な落ち方したら危ないと思うけど、そこまで高いかな。
普段絨毯や荷車で飛んでる高度の方がよっぽど高いと思うんだけど。
とは思うけど、怖い物は怖いんだから仕方ないだろう。人がどう思ったって本人は怖いんだ。
普通の人が当たり前に出来るコミュニケーションが、私にとっては怖いのと同じ様に。
なので荷車が来るのを待っていると、やって来た荷車には何故か三人の兵士も乗っていた。
「精霊使い殿、住民の避難は兵士達に任せ、状況確認に参りました」
「あ、ああ。もう終わった。この通りな」
リュナドさんは兵士に応えつつ荷車に乗り、私達もそれに続く。
兵士達は門の向こうを見つめ、消し炭になった魔獣達を確認していた。
「それであの大きい魔獣なんだが、片方は彼女が持って帰る。そしてもう片方は街にくれてやるから、あれを荷車に縛れるだけのロープを貰って来てくれ。あ、事態終結の連絡もな」
「はっ! すぐに!」
荷車で地面に降りると兵士達は走って街中に向かい、程なくして住民と共に門まで戻って来た。
ただ何故か住民達が私に話しかけて来たので、怖くてリュナドさんの背中にずっと隠れている。
何と言われたのかは、大量の人と大きな声が怖くて全然覚えてない。
とにかく声の大きさと勢いが怖かった。それしか記憶に無い。
ロープを貰ったら逃げる様に荷車で魔獣の上に乗り、精霊達と一緒に魔獣を下に括りつけた。
最初は上に乗せるつもりだったけど、アスバちゃんに反対されたのでこうなっている。
「魔獣の死体の上に座って帰るなんて嫌よ!」
という事らしい。私はどっちでも良いし、この大きさなら素材が壊れる事も無いので構わない。
何故か街の人にもう少し街に居てくれと引き留められたけど、早く帰りたいので断った。
・・・リュナドさんが断ってくれたので、私が断れた訳じゃないけど。
私はただ彼にどうするかと聞かれ、震えながら首を横に振っただけだ。
だって視線が物凄く多くて怖いんだもん。何か皆物凄く騒ぎながら私を見てるんだもん。
正直言ってその場では何の確認をされたのかも解らずに首を振っていた。
ただそれでやっと帰れる、と思ったけどそうもいかないらしい。
「一旦領主の屋敷に終了報告に行かないと。兵士達も返さないといけないしな。脱落した連中は自力で帰って貰うとしても、最後までついて来た彼等をそのままって訳にはいかないだろう。後・・・言い難いんだが、多分もう一泊しないと駄目だと思う」
どうやら兵士さんから、今後の対策の為に領主との話し合いをお願いされたらしい。
早く終わればすぐに帰る事が出来るけど、多分それは難しいだろうと。
リュナドさんを置いて帰る訳にもいかないので、もう一日だけ我慢か・・・早く帰りたいなぁ。
気分が沈みつつ領主館へ戻ると、驚いた様子の領主に歓迎された。
ただその後の話し合いはリュナドさん達でやる様なので、私は特にする事が無い。
なのでその間に解体をと思ったけど、今は現物が有った方が助かると言われてしまった。
仕方ないのであてがわれた部屋に向かい、ベッドに転がって丸まる。
「・・・寝よ。もうなんか人一杯で疲れた・・・」
兵士達との移動の間も、街の住民が迫って来た時も、ずっと気が休まらなかった。
なのでは私は声を掛けられるまで部屋に引き籠ります。寝ます。もう本当に疲れた。
「・・・起きたら、やっと明日、帰れる」
以前数日かけて採取に出かけた時は、こんなに家に帰りたいと思わなかったな。
ライナへ渡すお肉も大量に有るし、帰って依頼の品を作ったら、暫く家に引き籠ろう・・・。
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それは、天の裁きかと錯覚する光景だった。少なくとも俺にはそう感じた。
だがきっと大仰な言葉ではないと、その場に居た人間なら同意してくれるだろう。
俺は住民の避難指示をして、門から出来るだけ、戦場から出来るだけ一般人を遠のけていた。
きっとあそこは戦場になるだろうから、激しい戦場に非戦闘員が巻き込まれない様にと。
ただ、異変に気が付いたのは雨が止んで暫くたった頃だろうか。
慌てふためく住人を宥めている時、ふと空を見た。雨が止んでいる事にそこで気が付いて。
だがそこに青空は無く、在るのは空が怒り始めているかの様な不穏な気配を感じる黒雲と稲光。
それはまるで今から始まる戦いの予兆を知らしめている様な、そんな気にさせられた。
―――――――だが、それは大きな間違いだった。
強烈な、雷が落ちた。轟音と共に世界を光で支配し、情けなくもそれに怯んでしまった。
だから音が止み、恐る恐る目を開け、大型の魔獣の一体が黒い炭になっていたのを見て、そこで初めて理解する事が出来たんだと思う。
あれは、魔法だと。広範囲に向けた魔法を使い、小型も大型も纏めて殲滅したのだと。
そしてそれは住民達も感じていたんだろう。
俺と同じ様に呆けた顔で、暗雲立ち込める空が綺麗に晴れて行くのを見つめていた。
だから、あの光景はきっと、街の住民の殆どが見ていたと思う。
宙に浮いていた・・・いや、きっと浮かされていたんだろう大型二体。
その残った大型魔獣の頭を、巨大な氷の槍が貫き、巨大な腕が潰す様を。
晴れ渡る青空の光に照らされながら、魔獣を下す強大な力を。
「・・・戦いに、なっていない」
あれは戦いなどという物ではない。一方的な、強者に挑む愚か者への制裁に近い。
あの光景は口でどう説明した所で、実際に見なければその脅威が真に伝わる事は無いだろう。
それぐらいに、精鋭であるはずの自分の力が惨めに感じる程に、強大過ぎる力。
「たす・・・かった・・・?」
誰が言い出したのかは解らない。その言葉はゆっくりと、だけど確かに浸透していった。
そうだ。助かったのだ。助けられたのだ。こんなにも簡単に。
凄まじい戦いになるという予想など、全くの見当違いな結末によって。
「あれが、彼の錬金術師と精霊使いの、真の力」
―――――余りに、格が違う。
「領主殿には、正確に、事実を、きっちりと報告せねば。領地と領民を想うのならば、あれには手を出さない方が良い・・・いや、むしろ、出来れば素直に協力をするべきだったか・・・」
だがそれは結果論だ。あんなもの、実際に実力を見なければ信じられる訳が無い。
あれを身内に取り入れようとした精霊使いの主は、あるいは優秀な領主だったのかもしれない。
あの力を誰よりも先に見出したのだから、世間の評判という物は中々当てにならない物だ。
「だが、あの魔獣がこれで二度と出て来ないとは思えん・・・精霊使い殿に頼み込み、今後の対策も領主殿と話し合って頂こう。それで少しでも繋がりを保てると良いが」
我が領主とて別に阿呆ではない。だからこそ錬金術師を手に入れる為の手段を講じたのだ。
あれを手にする事が出来れば領地が潤うと。自領の消耗も抑えられると。
だが、それは悪手だ。あれは犯罪者には『してはいけない』存在だ。
もし犯罪者に仕立て上げれば『枷』が無くなる。それは余りに危険過ぎる。
・・・我々の報告を受け、領主が最善を取る事を祈ろう。
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