第80話、巨大魔獣を討伐する錬金術師。

対処に向かう事を決めると、リュナドさんが兵士達に指示を出していた。

なのでそれが終わってから魔獣に向けて移動を始め、途中で荷車を出せば良かったと気が付く。

でも今から戻っても無駄な所まで来ていたので、足は止めずにそのまま門前に向かった。


幸い明日の為にと湿地側に近い宿を取っていたので、そこまで走る事無く門の傍まで辿り着く。

ただ門は兵士の手によって閉められている様で、更に太いかんぬきがかかっていた。

大型の魔獣は少し離れている様だけど、どうやら小型はもう門前まで来ているらしい。

バンバンと揺れる門を抑え、その背後に門が破られた時の為に武器を構えている者も居る。


「・・・取り敢えず結界張った方が良さそう」


あの様子だと魔獣を倒しに行くという発想は無さそうだ。

となるとこのままでは門が破られるか、大型が門を飛び越えて来るだろう。

小型はともかく大型にあの門は何の意味も無い。まずは安全確保が先だ。


手持ちの結界石の半分を手に取り、全て混ぜて大きな水晶にして魔力を圧縮。

重ねの結界ではなく、大きく強力な結界で街を覆う。これで街は大丈夫だろう。

・・・帰ったらまた沢山作らなきゃ。倉庫に予備が有るから急がなくて良いけど。


「おい、呆けるな! 結界が有っても万が一が有る! 早く避難指示に向かえ!」

「「「はっ!」」」


どうやら兵士さん達は魔獣の脅威に驚いていたのか、足が止まっていた様だった。

だけどリュナドさんの叱咤で正気に戻り、門前に居る兵士達に声をかけに行く。

門前の兵士達も突然の話に驚いていた様だけど、すぐに住民の避難指示に向かった。

私は声量にちょっとびっくりしていたけど、彼の言葉だったのですぐに力は抜ける。


「この結界で万が一なんて無いと思うけど、心配し過ぎじゃないの?」

「だとしてもだ。魔法の良し悪しなんか解らない一般人が、知らない誰かが張った結界を見て『絶対安全だ』なんて思うかよ。住民の心的安全も考えたら、後方に避難させた方が良い」

「ふーん。それにしたって律儀ね。別にこの街の兵士じゃないのに、あんた」


そうだよね。やっぱりリュナドさんは凄いし優しい。

ただ目の前の問題への対処だけじゃなく、今怖い目に遭ってる人たちの事も考えてる。

それはただ仕事だからじゃできないと思うし、仕事ならやる必要も無いはずだもん。

この街は彼の仕事場じゃないんだから。本来そこまで徹底する必要は無いもの。


「別にこの街の連中だって好きでこんな目に遭ってる訳じゃない。それなら少しでも安心出来る様にしてやった方が良いだろ。出来る手段が有るならな」


・・・うん、やっぱり仕事だけじゃないよね。この人は。本当にとても優しい人だ。


「大体な、この状況になっている一番の要因はアスバだろうが。気にするに決まってんだろ」

「う・・・それを言われると弱いけどさぁ・・・ごめん・・・」

「あ、いや、俺もすまん。これに関しては蒸し返すのは止めよう」

「・・・そうしてくれると助かるわ・・・ありがと」


あ、な、なんか重い雰囲気になっちゃった。あ、アスバちゃん、げ、元気出して。

その気持ちが伝わったのか、彼女は「ふぅ」と小さく息を吐いたらきりっとした顔を見せた。


「さって・・・こっから先は私が任せて貰って良いのかしら?」


あ、良かった。大丈夫そうだ。立ち直り早くて凄いなぁ。私ならもう少しへこみそうなのに。


「・・・大きいの一体居れば良いから、他は前みたいに消し炭にしても良いよ」

「それだとまた大きいのが現れるんじゃないの?」

「・・・こうなった以上、最低限街に向かって来ている分は駆逐しないと。出来れば湿地に居る分も少し減らしておいた方が、今後の安全の為には良いかもしれない」


この魔獣は数が増えると住処を広げる為に、ある程度の群れで移動を始める。

それも雨を降らし、地面をひっくり返し、自分達の住みやすい環境に変えながら。

それが街まで来たのなら殲滅した時の影響なんて言ってられない。駆除するしかない。


「そう、なら二つ聞きたいんだけど・・・あの大きいのも地面に逃げる可能性はあるのかしら」

「・・・逃げるまでに時間がかかると思うけど、危機を感じれば逃げると思う」

「じゃあもう一個。小型魔獣を倒してあれが逃げようとした後、逃げる前に仕留められる?」

「・・・一撃で仕留めろって事だよね。出来るよ」


ここからだと街の門を壊しちゃうから、外に出ておきたいけど。

・・・あ、いや、門の上の方が見晴らしが良さそうだし、攻撃し易そうかな?


「成程、じゃあ―――」

『『『『『キャー』』』』』

「――――え、あんた達もやるの? ま、まあ別に良いけど・・・じゃあ小さいの残す?」

『『『『『キャー』』』』』

「あ、そ、そう、大きいのやるの・・・まあどうにか出来るなら良いけど・・・大丈夫?」


何やら精霊達が魔獣退治をしたいらしい。皆リュナドさんの足元で拳を振り上げている。

ただ精霊達の実力に不安が有るんだろう。アスバちゃんは不安そうだ。

多分精霊達がこの様子なら大丈夫だと思い頷いて返すと、渋々といった様子で彼女も納得した。


実力を隠す人間や、土地神になる様な魔獣ならともかく、相手は大きくなっただけの蛙の魔獣。自身の生態の有り方そのままだし、ここに『精霊』が居るのに方向転換すらしない。

あの魔獣なら純粋な実力差を精霊が測り間違える事は無いだろう。


精霊にとって私みたいな存在は異端だから、私の強さを測るのは難しいだろうけど。

私は道具が無かったら精霊に絶対勝てないからね。

だから私という存在を測り切れず、精霊達は私に畏怖の感情を持ったんだと思う。


『『『『『キャー』』』』』

「え、何、混ざっ―――――はぁ!?」


リュナドさんに付いていた精霊達は許可を貰えた事に喜ぶと、一か所に集まって混ざり始めた。

その様子は正直ちょっと気持ち悪かったけど、途中で白い何かになったのでまだマシだろうか。

最終的にアスバちゃん位の子供が顕現して『キャー』と鳴いた。普段より少し声が低い。


「え、何それ、あんた達一体化できるの!? え、っていうか大きさがおかしいでしょ。あの数が混ざっても、どうあがいたってその大きさにはならないでしょ!?」

「・・・精霊って、そういう物だから」

「どういう物よ!? コイツ意味不明な精霊の中でも殊更意味不明過ぎるわよ!?」


わ、私に怒鳴られても。私だって意味が解らない精霊だと思ってるのに。

そもそも個体なのか群体なのかも曖昧だし、精霊の中でも特に変な精霊だとは思う。

ただこんなに半端な融合も出来るとは思ってなかった。てっきりもっと数が居ないと駄目だと。

初めて戦った時もう一度大きくならなかったのは、大半が戦意喪失してたからなのかな。


「なあ、驚くのは解るし、俺も同じ気持ちなんだが、そろそろ動かないとヤバくないか?」

「え、あ、ああ、そうね。もう大型が結界に体当たりしてるわね。はぁ・・・問い詰めるのは後にして、先に魔獣を駆除しましょうか」


あの程度なら多分一日ぐらいは大丈夫だと思うけど、早めに片付けた方が良いのは違いない。

リュナドさんが言っていた通り、闘えない人にとっては不安な光景なんだから。

私も彼に頷いて返すと、精霊も『キャー』と楽しそうに両手を上げて応えていた。


「じゃあ、行くわよ。門の上が見晴らしが良さそうね。よっ」


アスバちゃんは靴に魔力を通して飛び、さっきの私と同じ考えで門の上に陣取った。


『キャー』

「うおお!? い、いきなり抱えて飛ぶなよ! びっくりしたぁ! ってか高い! 怖い!」


精霊も嬉々として追いかけ、リュナドさんは荷物の様に抱えられていた。

私も上に登って眼下を見下ろすと、やっぱり小型魔獣も大量について来ていたのを確認する。

・・・これを接近戦で狩るのは少し危ないな。兵士さん達は門を閉じて正解だった様だ。


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眼下を見下ろし、蛙だらけの状況に少しうげっという気分になる。

多い少ないとかじゃなく、密集してウジャウジャ居る光景は流石に嫌なものだ。

もう蛙の魔獣とかじゃなくて、そういう塊の生き物に見えて来る。


しかしさっきから煩い。後ろは街の住民の悲鳴で前は蛙の大合唱。

更にはびたんびたんと結界に体当たりしていて、余計に煩さが増している。


・・・結界か。流石にこの結界には驚いた。街を一瞬で覆う結界なんてね。

正直言ってまだ甘く見てたわ、あんたの事。本当に情けない話だけど力量を見誤っていた。

本当に私はまだまだだと、あんたといると痛感させられるわ。


これでも強者を見極める目は有ったつもりだったんだけどね。

認めるわよ。あんたは私の想定以上を行く相手だって。私の想定が当てにならないって。


「――――だからって、魔法では負けらんないのよ!」


ここまで見せて来なかった無詠唱を使い、魔法結界を構築。

対象は大型三体のうち二体。奴らを結界の中に閉じ込め、宙に浮かせる。


「道具無しの無詠唱魔法・・・それもこんな強固な大型結界を同時に・・・凄い・・・!」


―――――思わず口角が上がるのが解る。やっとだ。やっと魔法で驚かせる事が出来た。

今までの様な些細な物じゃない。私の魔法で彼女の心を誰が見ても解る程に動かしたんだ。

魔法使いとして純粋に認めた言葉だと、はっきりと解る声音で彼女の口から聞けた。


「あの二体は残すからね。ちょっと隔離させて貰ったわ。他を殲滅したら結界を解くから、その後はあんた達に任せるわよ。良いわね?」


錬金術師と精霊に確認を取り、二人が頷いているのを見てから視線を魔獣に向ける。

その際リュナドが落ちない様にしゃがんで、手も使って耐えている光景に少し気が抜けた。


『我が手に集いしは根源たる力。我は全ての力の上に立つ存在。我が魔力の前に全ての存在は等しく塵に帰す』


あえて無詠唱を使わず、詠唱して魔力を練っていく。ゆっくりと丁寧に、師の教えの通り。


『我が名はアスバ。その名の下に理よひれ伏せ。我こそが全ての理となりし者』


アスバの名の下に。偉大なる我が師の名の下に、全ての理を叩き伏せる為に。


『雨雲は汝らが従えし物に非ず。大地は汝らが従えし物に非ず。理は我が意志の下に覆る』


魔獣の魔法を乗っ取り、作り換え、更に私の魔法を上乗せする。

空を覆っていた雨雲が更に増えていき、暗雲が湿地帯まで広がっていく。

けどもう雨は完全に止み、ただひたすらに暗く不穏な雷雲に変わっている。


『我が眼前に立ち、我が理に背くが愚かを呪え。汝らが理を我に向けた不遜を悔いろ』


地面には簡単には逃がさない様に、奴らがひっくり返していった土を固めながら。


『裁きの雷よ、我が理に立ち阻む悉くを打ち滅ぼせ!』


詠唱を終えると同時に轟音が鳴り響き、一瞬光が世界を支配する。

光が晴れた後に残るのは、雷によって消し炭になった魔獣達。

元々この魔獣が居た湿地帯にも向けても放ったから、大半の魔獣は吹き飛んだはずだ。


「ふふん、ま、こんなもんよね! さ、後はあんた達の番よ!」


自分の魔法の出来に満足してから錬金術師と精霊に声をかける。

フードでせいで表情は読めないけど、彼女の反応はいつも以上に遅かった。

今の光景に驚いているのかもと思うと、返事が遅い事は全く気にならない。

彼女の反応を待つ間にふとリュナドを見ると、口を開けて呆けていたので笑ってしまった。


「・・・うん、何時でも」

『キャー』

「そ、じゃあ、結界を解くわよ。お手並み拝見さ――――」


二人の頷きと鳴き声を確認してから結界を解いた刹那、錬金術師の前に大きな水晶が現れ、そこから魔力の圧縮された巨大な氷の槍が生えて魔獣の頭を貫いた。

結界の時と同じ様に無詠唱で、一瞬で強力な圧縮魔法を撃ち放ったのに疲れた様子は無い。

それに驚く暇もなく精霊から巨大な手が顕現し、魔獣の頭を掴むとそのまま握り潰した。


「――――――はっ、そう来ないと」


ええ、そうよ、当たり前よね。あんたならそれぐらい出来て当然よね。

あれだけの結界を張れるんだもの。攻撃だって相応の事が出来ないとおかしいわ。

それに精霊の使った魔法の様な物。成程、あんたはあれに勝ったって訳なのね。


『キャー♪』

「及第点。もうちょっと狙いを細かく出来たら良いかな」

『キャー・・・』


そして当たり前の様に素材の状態採点か。本当にあんたは凄いわね。

認めるわ。あんたは私が出会った中では、師匠の次に凄い魔法使いだと。

だからこそ―――――。


「絶対に、負けない」

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