第79話、魔獣の強襲に応戦する錬金術師
宿に泊まった翌朝、早朝に準備を整えて食堂に向かう。
朝食は宿の厨房を借りてアスバちゃんが皆の分も作ってくれた。
少し薄味の味付けだけど美味しい。
「私に作らせたんだから、不味くても文句は受け付けないからね」
料理を出した時はそんな事を言っていたけど、そんな事言う様な味じゃないと思う。
「俺、素直に告白すると、こんな真面な物が出て来ると思ってなかった」
「ふふん! 材料と調味料さえあれば私だってこれぐらいは出来るわよ。見直したかしら?」
「でもお前、普段の行動がマイナスだからなぁ・・・」
「ちょっと、どういう事!?」
今日もアスバちゃんは朝から元気いっぱいだなぁ。
因みに兵士さん達の分も作っており、彼等は黙々と食べている。
視線が基本的にリュナドさんに向いているので。近くに居ても余り気にならないで済んでいる。
「あら、雨降って来たわね。面倒臭い」
「マジかよ。でも雨音の感じは小雨だな。本降りにならないと良いが」
・・・雨? おかしいな。昨日の天気から考えると、今日雨は降らないと思ってたんだけど。
まあ私の天気予測も完璧じゃないし、こういう時も有るよね。
「・・・なら、早めに終わらせよう」
「そうね、ずぶ濡れは勘弁だわ」
「頑張れ二人共ー」
「何を他人事みたいに言ってんのよ! リュナドも来るのよ!」
『『『『『キャー』』』』』
「解ってるよ。ただの冗談だって」
雨脚が強くなる前に出ようと、食事を終えて「さあ出発」という所で異変を感じた。
早朝だというのにやけに外が騒がしい。それも悲鳴の類の騒がしさだ。
「・・・何か有ったのかな」
「でないとこの騒ぎはおかしいだろ。馬鹿が街で暴れてるとかか?」
「こんな朝っぱらから迷惑ねぇ・・・」
二人が外に確認しに行こうと扉を開き、外から入って来た臭いに状況を理解した。
雨の湿気に乗った生臭い匂い。湿地で嗅いだ蛙の魔獣の臭いだ。
「・・・魔獣が街に近づいて来てる」
その呟きが聞こえたのか、二人は一瞬動きを止めてから外に出た。
私も二人の後を追いかけると、思った通り魔獣が街に向かって来ている。
・・・そうか、この雨はあの魔獣の仕業か。通りで予想が外れた訳だ。
「おいおいマジかよ、街に迫って来てるじゃねえか」
「しかも大きいのが増えてるわね。前に見た時は一体だけだったのに三体居るわ」
ここからでは大きい魔獣しか見えないけど、移動して来たという事は小さい魔獣も居るはず。
あれが三体になっているという事は、小さい魔獣もそれ相応に増えていると思った方が良い。
「・・・でも何で、こんな短期間で」
あの魔獣は一回の繁殖量は確かに少なくない。だけどこんなに短期間では増えないはずだ。
前回湿地に来た時も数が増えていたけど、あれは隠れているのが出て来ただけだと思っていた。
大きい魔獣のおかげで危険が無くなり、全て表に出ているのだと。だけど違うとすれば・・・。
「小さい個体も環境対応の為に変化していた?」
・・・そうか、良く考えればこの街は蛙の魔獣を常に狩っている街だった。
狩り易いが故にそれなりの数が狩られ、だけどそれでも絶滅していない魔獣達。
それは狩る側の調整ではなく、魔獣が狩りに負けない程の繁殖をしていたからとすれば。
湿地の魔獣達は一切変化していなかった訳じゃなかったんだ。
狩られる環境に緩やかに対応し、繁殖能力という点で特化していった。
ただしその代わり一回の繁殖量が落ちている様なのが幸いか。
多分一回の数も変化前のままなら、今頃街は完全に呑まれているだろう。
一気に増やすのではなく、こまめに何度も子孫を繋げる事があの魔獣の出した回答。
それが現状の危機を生んでいるけど、そのおかげでギリギリ街は呑まれずに済んだ。
「・・・アスバちゃん、リュナドさん、行く、よね?」
人が沢山居る所に出て行くのは怖い。けどあれを放置したら戦えない人が酷い目に遭うと思う。
それはきっと、多分良くない。きっと、嫌な気分に、なると思う。
だけど自分一人じゃ踏ん切りがつかなくて、二人に判断委ねてしまった。
「ええ、任せておきなさい!」
「あれの傍に寄るのは怖えなぁ・・・俺留守番してても良い?」
『『『『『キャー』』』』』
「はいはい、解ってるよ、行くよ。冗談だよ」
二人はあっさりと行く事を決め、私も覚悟を決める。
ただ街の人は逃げまどっていて私には目もくれない。みんな逃げる事に必死だ。
・・・これならきっと行ける。人の多さに少し震えるけど足を踏み出せ。頑張れ私。
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「で、でかい・・・!」
それは見るまで実感出来ない存在だった。その威圧感を理解していなかった。
確かに湿地、最早沼地と言って良い所に存在する魔獣は戦い難い相手だろう。
足を取られ、だが相手は自由に動け、そして今やその魔獣は巨大な個体が存在する。
だけど我ら領主直属の隊ならば、厳しい鍛錬の中選ばれた我々ならば対処出来ると思っていた。
勿論戦いなのだから、犠牲がゼロという事は難しいだろう。
例え選ばれたと言っても、全員が同じ能力で無い以上完勝というのは難しい。
『とは言ってもしょせん蛙の魔獣だろう。多少の犠牲は有るかもしれないが・・・兵士を動員してどうにもならないとは思えない。今回の事は犠牲を嫌がっての事だろうな』
それは誰が言った事だったか忘れたが、仲間内の雑談で耳にした覚えが有る。
俺も同じ気持ちで居た。領主の判断としてはそれが妥当なのだろうとも思う。
他に対処出来る者が居るなら、兵隊の数を減らさない為にやらせるのは理に適っている。
もし戦争等が起これば、俺達はそちらに割かれなければいけない存在だ。
もしくはもっと危険な魔獣が現れた際に対処する為に、無用な消耗を抑えたいと。
「なんて甘い考えだ・・・あれは、使える者を総動員しなければいけない化け物だ」
報告で聞いていた以上に大きい魔獣が街に迫っていた。
雨を降らし、街を湿地に、沼地に変えようとしながら突き進んでいる。
街の建物すら一飲み出来そうな巨大な蛙の魔獣が・・・!
油断が有ったんだろう。この領地に住む者にとってあの魔獣の存在が身近過ぎたんだろう。
街の住民が困っているというのは知っていた。近づいた者が悉く食われたのも知っていた。
だけどそれでも『所詮今まで狩り続けていた蛙の魔獣だろう?』という想いが有ったんだ。
その気になれば何時でもどうにか出来ると、そんな気持ちが心のどこかに在った。
「あれはこの人数で挑んで良い物じゃない・・・!」
だけど実物を見た今ならそう言える。たった六人で挑むような魔獣じゃない。
その上六人のうち一人の実力は飛びぬけているとはいえ、二人の実力は依然不明のまま。
たとえ精霊使い殿の実力であっても、最初に居た兵士全員を連れて挑むべき化け物だろう。
せめて一体だけならばともかく、複数相手は危険過ぎ――――――。
『あんた達が死なない様にしてくれたリュナドに感謝しなさいよ。本当ならさっきの行軍より酷い目に遭ってたんだから』
いや、違う。小さい娘が言っていた事を思い出せ。あの内容の意味を考えろ。
彼は最初からこの事態を理解していたんだ。解っていて数を減らしたんだ。
あれに挑んで兵士達が死ぬのを避ける為、わざと兵士の数を落とした。つまり勝算が有るんだ。
「・・・アスバちゃん、リュナドさん、行く、よね?」
「ええ、任せておきなさい!」
「あれの傍に寄るのは怖えなぁ・・・俺留守番してても良い?」
『『『『『キャー』』』』』
「はいはい、解ってるよ、行くよ。冗談だよ」
俺達は完全に呑まれていた。その巨大さと圧力に。だが彼は、彼等はまるで違う。
目の前の出来事に動揺する事無く、ただ淡々とその事実を受け入れ行動を始めている。
やはりこの方は解っていた。全て承知の上での行動で間違いない。
「お前達は住民の避難を。領主直属の兵士なら街の者も安心するだろう。俺達はあれ以上の侵入は防ぐ。早朝故に動けていない連中が居るかもしれんし、外に居る者だけでなく家屋も叩いて声を掛けろ。手が足りなければ街に常駐している兵も使え」
「「「はっ!」」」
呆けた意識を戻し、彼の指示に従うべく魔獣側の家屋から声をかけて行く為について行く。
近づいて行けば行く程魔獣の巨大さに圧迫感が強くなるが、彼等は気している様子が無い。
街の端近くまで来た所で錬金術師が足を止め、懐から何かを取り出し――――。
「――――」
今目の前で起こった事が全く理解が出来なかった。見たはずなのに意味が解らない。
確かに錬金術師が結界石という道具を売っているのは知っている。
それは人間数人を守れる程度の物で、その辺の魔獣に対しては有効程度の物。
だが今目の前で張られた結界は、彼女が張った結界は、街を全て覆っている。
何だこれは。こんな大規模結界をたった一瞬で、個人で構築出来る物なのか!?
「おい、呆けるな! 結界が有っても万が一が有る! 早く避難指示に向かえ!」
「「「はっ!」」」
精霊使い殿の声で我に返り、仲間達と慌てて住民の避難指示に向かう。
「・・・これは、どう考えても無理だな」
俺達は領主からとある命令を受けていた。それは今回の事を領主の手柄にする為の情報操作だ。
勿論錬金術師の悪評を取り除く予定だったが、それ以上の成果は彼女に渡さない様にと。
・・・更に言えば、全てが終わった後に彼女達の拘束も、機会が有ればと言われている。
だがこの状況を見て、そんな機会などどこに在るだろうか。
彼は、彼女は本物だ。本物の強者であり、時代が時代ならば英雄と呼ばれておかしくない。
もし戦争の多い時代であれば、きっと彼らは国中に名を轟かせていただろう。
「あの噂は全て真実だったという事か・・・!」
巨大精霊を打ち倒した錬金術師。その錬金術師と常に共にある精霊使い。
どんな魔獣でも彼らに敵う事は無く、悉くが地に伏せる。
――――――死にたくなければ、あの二人の不興は買うな。
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