第78話、やっと目的地傍に辿り着いた錬金術師。
「はぁ・・・」
宿の一室から窓の外を眺め、思わず溜め息が漏れる。今日も湿地に辿り着かなかった。
一応現在湿地に一番近い街に泊まっているけど、ここまで三日もかかっている。
本当なら一日かからないはずなのにと思うと、溜め息が出るのは当然だろう。
だって実際に湿地に向かうのは明日になるので、実質四日かかっているのだから。
「・・・でも、やっと終わる」
後は湿地に向かって魔獣を倒してしまえば良いし、日数をかける事は無い。
それもこれもリュナドさんのおかげだろう。彼が居なければ未だ湿地に辿り着けていない。
「ほんっと、やっと終わるって感じよね。リュナドのおかげで早く着いて良かったわ。あのままゾロゾロ連れて街道歩いてたら、ここへの到着だけで十日以上かかってたわよ」
「・・・うん」
私の呟きにアスバちゃんがベッドに転がりながら応え、本当にそうだと思いながら頷き返す。
今ここに居られるのは全て彼のお陰だ。彼が居なければまだこの街に辿り着けていない。
家精霊を褒めに帰りたくて、ライナに会いたくて仕方ない私には、この三日間は苦痛だった。
だけど彼が居たからこの日数で湿地傍まで辿り着けたんだ。本当に感謝しないといけない。
私があそこで頷いてしまったが故の出来事を、全て彼がどうにかしてくれた。
「しっかし、中々根性有ったわね、領主の兵士達。もうちょっと早く脱落すると思ったんだけど、優秀な兵士っていう点は本当だったのかもしれないわね」
彼女が言った脱落というのは、別に死亡したという話じゃない。
ここまでの道中で疲弊し、付いて来れなくなった兵士達の事だ。
さっきリュナドさんのおかげだと言ったのは、彼が兵士の数を意図的に減らしたからだ。
彼は兵士に「俺に付いて来る事が出来ないのでは護衛にならないから」と言っていた。
つまり私達について来れる人間を厳選していたという事らしい。
でも確かにそうだよね。護衛対象の行動について来れない護衛とか役に立たないもん。
勿論護衛される側が何も出来ない非戦闘員なら別だけど、私達は今から戦いに行く。
なのにその私達に付いて行けない人が『護衛』だと言われても、ちょっと首を傾げる話だ。
兵士達にそう言っていた彼を見て、流石リュナドさんだなぁと感心した。
「優秀・・・なのかな」
ただ兵士達が優秀という点には少しだけ疑問に思ってしまう。
領主の屋敷から出発した後、リュナドさんは兵士達を率いる為に陸路を走った。
そして彼らを先導する様に、走る速度に合わせてアスバちゃんが空を飛ぶ。
そんな日が三日続き、最終的に三人になったのが三日目の夕暮れ。
つまり今日の夕暮れに兵士は残り三人になり、その三人を荷車に乗せて街までやって来た。
だけどその行進は私にしてみればそこまで無茶とは思えず、少々大変程度だったと思う。
訓練を毎日している様な兵士達が、あの程度で潰れるのは私にとっては不可解だ。
「そりゃそうでしょ。リュナドの奴わざと体力を無駄に消費させる様な事を繰り返してたのに、半分以下になったの二日目よ? 魔獣の群れに突っ込まなかったらまだ日数かかってそうだわ」
「そうなんだ・・・」
どうやらリュナドさんは私には解らない方法で兵士達の体力を削ぎ落していたらしい。
やっぱり凄いな。本当に彼が居て良かった。彼と出会えて本当に良かった。
家精霊の大事さを噛み締めたのと同じぐらい、彼との出会いも良い物だったと思う。
あの街に住み着いてからは、もしかしたら誰よりも助けて貰っているかもしれないなぁ。
「今頃最初に脱落した連中ってどうしてるのかしらね。リュナドの意図に気が付いて怒り狂ってるのかしら。領主も怒ってそうよねぇ」
え、怒られるの? リュナドさんの言ってる事は正しいと思うんだけど。
「・・・リュナドさん、後で怒られるの?」
「へーきへーき。大丈夫だからあいつはやったんだし、あたし達が気にする事じゃないわよ。あれはあいつの仕事なんだから。あんたの補助っていう大事なお仕事よ」
「・・・そっか」
お仕事か。そうだね、お仕事だもんね。そこは解ってる。
だけどそれでも、私が何時も助かっているのは事実だ。感謝しているのは事実だ。
やっぱり何時かちゃんと、何かしらお礼をしておかないとだね。
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普通に考えれば地獄の様な軍隊行進を二日半続けた結果、残ったのは三人。
意外な事に貴族の子弟の兵士が残っている。正直出来れば脱落していて欲しかったんだが。
どうやら本当に真面目な軍隊兵士君だった様で、素晴らしいまでに行軍に食らいついて来た。
「・・・っかしいなぁ」
一日目の行進で既に彼の根性の片鱗が見えていたのを覚えている。
他の連中の多くがひいひと言っている中、彼は鋭い目つきで俺について来ていた。
泣き言を言わず、無駄に息を荒げず、呼吸を出来る限り整えながら黙々と。
二日目の魔獣の群れに遭遇した時も、彼は慌てる様子を見せなかった。
精霊が教えてくれたから連中が死なない様に伝えたが、彼はただ無言で武器を構えただけ。
他の連中がどうするのかと問いかける中、既に突き進む覚悟を決めていた。
その際の負傷や疲弊で数は半分以下になったが、彼は無傷のままその日を終えている。
三日目はもっと数を減らす為に、兵士の数が減ったという事を理由に速度を上げた。
兵士の数が多い場合、余り速く移動するとはぐれる可能性が有る。
はぐれた数が一人二人なら良いが、大量にはぐれた場合は指揮官に問題有りとなるだろう。
故に数が減ったならその心配も減るだろうと、はぐれないギリギリで速度を上げた。
「た、たすけて・・・」
「く、くるし・・・」
「何で俺、こんな事してるんだ・・・」
なんて言葉を残しながら足を止める連中は容赦なく脱落させた。
何せ錬金術師は俺より強いんだ。彼女の作った道具を装備しても間違いなく彼女の方が強い。
なのにそんな俺について来れないなら役に立たないと、真実を少し伏せて告げた。
「彼女は俺より出来るぞ。護衛対象について来れないなら役立たずだ。貴様らに誇りが有るならついて来い。無理だと思うのならば置いて行く。事実として役に立たん」
冷たく兵士達にそう告げたが、彼等からの反論は無かった。
道中の疲弊で頭が回って無かったのも有るだろうが、明らかに俺に余裕が有る事が原因だ。
優秀な兵士諸君が脱落していく中、名も無い兵士が余裕粛々で進んでいくんだからな。
彼等にしてみれば本来俺は「精霊使いなどと呼ばれているうさん臭い男」なんだから。
とはいえ脱落者を置き去りにはせず、近くの村か街で自主脱落の選択肢を委ねている。
自ら役に立たないと認める事は苦痛だったようだが、脱落者は全員自ら頷いた上での脱落だ。
脱落する前に俺を見上げ、一切息を切らしていない様子に諦めが付いたんだろう。
『まだ加減をしてくれている。まだ速度を上げられる。そうなれば絶対に付いて行けない』
そう考えたんだろうと思う。事実人が減る度に速度を上げ、最終的に残ったのが三人だけ。
その三人も限界ギリギリだったが、まだ付いて来ると言うので荷車に乗せた。
一日かからず湿地傍まで辿り着いた時の彼等の呆けた顔には思わず笑いそうになったな。
「私達に護衛なんて要らないって事は解って貰えたかしら。解ったら明日は大人しく私達の仕事を見てなさい。あんた達だって無駄に死にたくはないでしょう。あんた達が死なない様にしてくれたリュナドに感謝しなさいよ。本当ならさっきの行軍より酷い目に遭ってたんだから」
街の手前で荷車を降ろして兵士達に引かせ、荷車に転がりながらアスバはそう言っていた。
まだ子供に見える娘に上から言われたにも関わらず、彼等には一切の反論が無かった。
あの貴族の子弟もだ。むしろ彼はアスバに言われた事を噛み締めている様にすら感じる。
兵士達を篩い落としたのは単純に移動を早くする為だけじゃない。
帰りに何か企んでいるのではと思い、少しでも危険を減らそうと思っていたからだ。
実際領主は兵士の正式な借り受けを「魔獣討伐まで」と言っていた。帰還までではなくだ。
何か領主に命令でもされているのかと思ってたんだが・・・あの様子だと気にし過ぎだったか?
「失礼致します!」
領主の意図に頭を捻っていると、ノックの音と共に兵士の声が部屋に響く。
「精霊使い殿、夕食をお持ち致しました!」
「あ、ああ、そこに置いておいてくれ」
食事を摂ろうかと口にしたら、何故か「私が持ってきます!」と彼は言い出した。
別に持って来て欲しいと言ったつもりは無く、単純にそろそろ腹が減っただけだったんだが。
だが彼は俺の言葉に率先して動き、今はまるで本当に尊敬する上官に対する様な態度に見える。
止める暇なく動かれたのだが、残った兵士達もそれが当たり前の様に見送っていた。
そんな訳で彼の行動に戸惑いつつも、宿の一室で待っていたというのが現状だ。
「はっ! 他に私が出来る事はございますか!」
「いや、良い、今日はもう体を休めておけ。明日は早朝に出る」
「はっ! 御用の際は何時でもお呼び下さい!」
・・・おかしい。疲弊してくたばっているどころか生き生きしてる。
残った他の二人もキラキラした目で俺を見ているし。
疲れ切ってやってられるかっていうのか、畏怖の目を向けられる事を想定してたんだけど。
後半に脱落した連中も似た様な目を向けていた様な気がする・・・何故だ。
「・・・何でこうなった。俺なら初日でうんざりした気分で脱落してるぞ」
人生本当に想定通りに行かねぇ・・・
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