第77話、軍隊行進を見る錬金術師。

え、何これ、沢山人がこっち見てる。あ、あう、りゅ、リュナドさんに隠れないと。

まさか外に出たらこんなに大量に人が居るとは思わず、彼の背中にいつもの様に隠れる。

焦っている間に此方を向いていた領主はまた兵士に向き直り、何か指示を飛ばしていた。


その様子をリュナドさんの背中から眺め、深呼吸をして心を落ち着ける。

落ち着いて来るとやっと思考が回り始め、同時に物凄く嫌な予感がして来た。


「・・・まさか、この人数連れて行くの?」

「あの様子だと、どうやらそのつもりみたいだな」

「ムカつく笑顔してるわねぇ、あの領主」


彼の背中を掴みながら口から出た言葉は、彼によって肯定されてしまった。

出来れば否定して欲しいと思ってだったけど、流石にそれは希望が過ぎたらしい。

だって私が見ても解るもん。あれはあの人数を連れて行くんだって。


「で、どうすんの、リュナド」

「どうって・・・はぁ・・・んー・・・」


アスバちゃんの疑問に対し、リュナドさんは少し悩む様子を見せている。

出来ればこの人数はどうにかして欲しいけど・・・あ、でも引き受けたの私だ。

あ、あうぅ・・・。


「彼らは我が領の優秀な兵士です。今回の依頼で目的地に到着する前に、錬金術師殿に何か有っては困りますからな。彼らを護衛として上手く使ってやって下さい。食料と水も用意させておりますので、その辺りはご心配なく」


私が項垂れていると領主がやって来て、にこやかにそう言って来た。

その笑顔を曇らせる様な事は私には言えず、ただ口を噤むしかない。

だって私が頷いたんだし・・・ここでやっぱり嫌は私の我が儘だもん・・・。

でも移動する程度に護衛とかいらないんだけどなぁ。


「・・・彼らはこの依頼の為の護衛、という認識で宜しいか、領主殿」


ただそこで、リュナドさんが何か難しい顔で領主に訊ね始める。

領主は彼の言葉に少し片眉を上げた後、またにこやかな顔に戻って口を開いた。


「ああ、その認識で構わない」

「では依頼の間は、彼女の指示に従って貰う、という事は了承して頂けますね?」

「基本的には護衛対象に従う事は命令している」

「・・・ではその命令の権限を私に置くようにして頂きたい。彼女は軍隊の指示などはした事が無い。だがこれでも私は領地で特殊部隊の指揮権限を持っている。この依頼が終わるまでの間、事を円滑に進める為に一時的に彼らの上官としての立場を頂きたい。宜しいか」

「成程、指示に従わない可能性を考えての確認か。良いだろう。ただし魔獣討伐までだ」

「了解した。では魔獣討伐までの間、貴方の兵士を正式に借り受ける。ただ急な話で書類は用意していないでしょう。お互いに同意をしたという簡易念書の用意を」

「良いだろう。おい、紙とペンを持って来い!」


リュナドさんの言葉ににっこりと笑う領主。兵士達はその成り行きを見守っている。

ただ少し気になるのが、アスバちゃんが物凄く気に食わなさそうな顔をしている事だろうか。


「・・・リュナド、どういうつもり。本気であんなの連れて行くの?」

「行くしかないだろ・・・面倒だけどな・・・」


あう、やっぱり連れて行かないと駄目なのか・・・。

項垂れているうちに使用人が紙とペンを持って来て、領主とリュナドさんが書き込み始める。

最後にリュナドさんが書いた内容を確認をすると、その紙を懐に仕舞い込んだ。

私はその間邪魔をしない様に手を放していたのだけど、再びつかむ前に彼は移動を始めた。


「兵士諸君、これで私はこの部隊の指揮権限を正式に頂いた事になる。魔獣討伐までの間だが、私は諸君らの指揮官だ。上官だ。短い付き合いではあるが宜しく頼む」

「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」


隠れる所が無いのでアスバちゃんの背後に隠れたけど、全然隠れられられずに固まってしまう。

このままでは怖過ぎるので、意識を意図的に内に向けて感覚を鈍くさせる。


「あいつ、何考えてんのかしら・・・」


アスバちゃんがボソッと呟いたので視線を下げたけど、私には何も応える事が出来ない。

そのまま暫く俯いてリュナドさんを待っていると、唐突に領主の大声が聞こえて顔を上げる。

何か有ったのか、領主がリュナドさんに掴みかかる勢いで怒鳴っていた。

怖さを誤魔化す為に意識を内に向けていたので、何が起きたのかさっぱり解らない。


「な、何を言っている、話が違うだろう!」

「話が違うのはこちらも同じ事。だからこそ正式に部隊を借り受けたまでですが」

「だ、だが、それは」

「彼らは彼女の護衛として借り受けた。そして彼女の頼まれた依頼は『巨大魔獣の討伐』であり、他の魔獣に関しての依頼は受けていない。ならば彼等に巨大魔獣迄の道を開いて頂く事に何の問題が有りますか。それに護衛という事は、彼女より強いと思って貸し出したのでしょう?」


リュナドさんが何だかさっきと違い、ニコニコしながら領主にそう語っている。

領主は焦った様にリュナドさんに待てと言うが、リュナドさんは聞く様子を見せない。


「ならば貴方が言った、指示に従うべき護衛対象に訊ねましょう。セレス、彼等はお前を守りたいと言って来た勇敢な者達だ。ならその願いを叶えてやろう。巨大魔獣までは彼等に任せる。それで良いよな?」


え、そ、そうなの、かな。ひぅぅ! 目、目が、兵士の目がこっちに全部向いてる!


「―――――っ」


息を呑みながら何とか頷いて返すと、リュナドさんは一層笑顔になって兵士達に振り向く。

そのおかげか兵士の視線は全て彼に向いたので、何とか息を吐く事が出来た。


「荷車をアスバの所まで持って来てくれ!」

『キャー』


だけどリュナドさんは兵士にではなく精霊に向けて声をかけ、精霊が荷車をアスバちゃんと私の前まで持ってくると、彼女は「そういう事」と言って荷車に乗った。

私は良く解らず困っていたのだけど、彼女に「早く乗りなさいよ」と言われて慌てて乗り込む。


「では出発するが、貴様ら護衛を名乗り出たんだ、まさか彼女の行進速度について来れないなどとふざけた事を言ってくれるなよ。貴様らも足が用意されているんだからな」

「ま、待て、まだ話はまだ――――」

「行くぞ、アスバ!」

「はいはい、任せなさいって!」


にたっと笑うとアスバちゃんは荷車を飛ばし、兵士達はそれを少し驚いた顔で見つめている。


「何を呆けている! 貴様らは彼女の護衛だろうが! とっとと移動準備をしろ!」

『『『『『キャー』』』』』


今までで一番大きな声にびくっとして固まり、こんな声出すんだと知らない面を見た事に驚く。

隊長さんってああいうの出来ないといけないのかな。普段優しい人だから大変そうだなぁ。

ただ足下で精霊が楽しそうだからか、迫力が少し減っている気がするけど。


兵士達はリュナドさんの指示に従い慌てて準備を整え、アスバちゃんはその上を通過していく。

何時もよりだいぶ遅い、馬がそれなりについて来れる速度だ。


・・・あれ、リュナドさん荷車に乗らなくて良いのかな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「行くぞ、遅れずについてこい!」


領主の兵達に命令を告げ、アスバの後を走って追いかける。

と言っても精霊に頼んで靴に魔力は通して貰ったから、たいして力は入れていない。

それでも馬より早く走れるんだから、この靴の性能は凄まじいの一言に尽きるな。


アスバは馬が付いて来れる速度で荷車を飛ばし、俺もその下を付いていく様に走る。

背後からは馬の足音や馬車を引く音が響くが・・・何処まで何人付いて来れるかな。


取り敢えず先ずは領主の家の庭を出て、街道をまっすぐに進むアスバを追いかける。

そして街道が無くなった辺りでアスバは目的の湿地に「まっすぐに」進路を向けた。

当然俺はその後について行くので、見失わない様に獣道に突っ込もうとする。

ただ突っ込んだ後に背後から「お待ちください!」と聞こえたので足を止た。


「・・・ま、解ってたけどな」


上空では荷車が停止しているので、アスバは俺の意図が解っているだろう。

この行進で最低でも荷車に乗せられる数までふるい落とす。

引き受けた物は仕方ないが、護衛対象に付いて来られないんじゃ護衛失格だとな。

領主にはああ言ったが、実際にこの人数を湿地まで連れて行くのは面倒だし邪魔だ。


完全無視して置いて行くのも有りだろうが、そうなると荷車さえなければと思われかねない。

領主に何か意図がある以上、全員ただ置いて行くのも得策じゃない。

ならこいつら自身に「自分達じゃあいつについて行くのは不可能だ」と叩きつけてやる。

俺達がただ置いて行ったんじゃなく、連中自らに脱落の意志を持たせるつもりだ


「どうした、何故ついて来ない!」


山林の手前まで戻り、そこでまごついている連中に問いかける。

俺も大概図太くなったもんだ。何故なんて聞かなくても解ってるのにな。


「こ、この先は勾配の激しい山道となります。馬では厳しいかと・・・それに山林を突き進む形になりますので、魔獣や危険な獣と遭遇するかもしれません。護衛として――――」

「なら馬を捨て自分の足でついて来い。魔獣など出てきても切って捨てるつもりで突き進め。俺がそうしているのが見えないのか」


実際は靴の力だから大嘘だ。けど言わなきゃ彼等には解らない。

いざとなったら精霊に完全に頼るつもりだし、見事なぐらい他人頼りだな、俺。


「護衛を引き受けたんだろうが。依頼主より弱い護衛しか寄こさないのかここの領主は。それともわざわざ足を引っ張る為に用意させたのか? 真意はどうあれ貴様達がその様では、そう思わざるを得ないぞ」

「なっ、それは無礼だろう! 貴様は貴族でもないただの兵士だろうに、ただ指揮をとるだけならばともかく、我らに対し侮辱の言葉を吐くのは許されんぞ!」


あ、貴族が居た。あー・・・そうか、貴族子弟に良いとこ作ってやろうって腹も有ったのか?

この兵士の数はそういう理由もあっての事なのかもしれないな。


「無礼はどちらだ。貴様がどれだけの階級に居るのか知らんが、今の貴様は俺の部下だ。それは先程領主殿との話で決まった事のはず。そして今の私は領主代行。つまりは我が領主への言葉とみなす。上官と領主への反抗がどれだけ馬鹿げた行動か、理解していない等と言う気か!!」


まあ相手が本当に貴族の子弟だった場合、ややこしい事態になるから下手な事出来ないけど。

言うだけならタダだ。これで怯めば俺の勝ちだ。はったりだらけだけど知った事か。

とはいえ全部が全部はったりって訳じゃない。だからこそ多少の効果は有るだろう。


「それに貴様らは領主の勧めた護衛としての誇りも無いのか! 貴様らの誇りを想っての言葉にすら無礼だとぬかすのか! 貴様らの力量はそんなものでは無いだろうと想っての言葉に!」

「――――っ、し、失礼致しました、上官殿」


やった。真面目な軍隊兵士君だったお陰ではったりがあっさり通じた。

いや、冷静に考えれば何かおかしいと思うはずなんだけど、多分彼らは今思考力がマヒしてる。

飛ぶ荷車や俺の動きのせいも大きいだろう。こうなればこのまま押し切る。それしかない。


「ならば馬は放棄し、持てる荷物を持って付いて来い! 徒歩になった以上速度は落としてやるが、のんびりと歩いて行けると思うなよ! この程度で足を止める貴様らの軟弱な性根を叩き直してやる! ただし馬をただ放棄するには忍びない。よって数人は馬の返却に残す。良いな!」

「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」


隊長なんて柄じゃ無いって辛かったけど、隊長としての立ち振る舞いの練習してて良かった。

人生何がどんなタイミングで役に立つか本当に解らないな。

さて、何処まで何人残るかな。3,4人になった辺りで荷車に乗せてしまおう。


死なせても面倒だし、上手い事街か村に近い所でくたばる様に仕向けるか。

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