第76話、家の大事さを噛み締める錬金術師。
精霊に暴れない様に言い聞かせた後、二人はそれぞれ部屋に戻って行った。
何だか二人は色々話していたけど、つまりは大人しくしていようって事だよね。
という訳でベッドに腰を落ち着けると、またノックの音が響いて思わず立ち上がる。
「失礼致します。本日歓迎の為の夕食会を開く予定でしたが、急遽領主様に仕事が入ってしまった為中止となりました。夕食は自室と食堂のどちらが宜しいでしょうか」
そんなの予定に有ったんだ。知ってるのが当然の様に言われても知らなかったんだけど。
まあそれは良いか。結局無くなったんなら知ってても知らなくても関係無いし。
となれば私の返事は決まっている。自室一択だ。だって食堂に行ったら人に沢山会うもん。
「・・・自室で」
部屋の扉が閉まったまま答えてから「しまった、これじゃ聞こえない」と気が付いた。
「承知致しました。では夕食が出来次第、お持ち致します」
だけど焦る私とは対照的に、扉の向こうからは了承のしっかりした声が響く。
「・・・今ので聞こえるんだ」
「――――――っ」
ん、扉の向こうで息を呑むような、警戒をする様な空気を感じた。
あれ、おかしいな。私も体が警戒してる。何でだろう・・・使用人の女性に警戒している?
「し、失礼致します」
だけどそれはすぐに霧散し、使用人の女性は静かに、だけど少し焦る様に離れて行った。
「・・・何か焦らせるような事したかな?」
『キャー』
返事してる様でしてない返事をありがとう。
楽しそうに両手上げて返されても、意味が解るようにしてくれないと解らないよ。
「まあ、良いか」
取り敢えず夕食まで何もする事は無いし、ベッドに腰を落ち着けぽけーっとする。
手元に素材や道具が有れば適当に何か作るのも良いけど、残念ながら今は手持ちが無い。
最低限の道具は有るけど・・・あ、でもここの調度品、素材になりそうなものが並んでる。
「これ、使えるな・・・」
『キャー』
何でそこで「別に使っても良いんじゃないかな」って言うのかな。
駄目だよ。食べるのも駄目だからね。人のお家の物を勝手に使ったら泥棒です。
「・・・ん?」
部屋の外の気配が少し増えた。日が暮れると警備を増やしてるとかなのかな。
でも周囲の部屋にも人の気配が増えたし、他にもお客さんが居るのかもしれない。
という事は、外の気配はその増えた分の護衛とかかな?
そんな事を疑問に思っていると、コンコンとノックが響いてまた立ち上がってしまう。
どうやら夕食だったようで、使用人さんが部屋の中まで持って来て広げてくれた。
彼女が出て行ってから精霊と一緒に食べたんだけど・・・不味くはないという感じだろうか。
やっぱり私はライナの料理が一番好きだなぁ。精霊も同じ様でもそもそ食べていた。
食事が終わったら片付けて貰い、その後はベッドに転がって就寝。
ただ何だか余り寝心地が良くなくて、寝付くのに少し時間がかかりそうだ。
「・・・何だか、少し、寂しいかも」
何時もの山精霊達のダンスを見ながらの食事じゃない。
ライナの優しい料理じゃない。家精霊の暖かい料理でもない。
眠る前に優しくベッドに連れて行ってくれる家精霊も居ない。
静かなのは同じだけど、あの暖かな空気の在る部屋とベッドじゃない。
「ああ、そうか・・・もうあの家が、私の家なんだなぁ・・・」
勿論あの家は私の拠点だ。雨風を防げて気持ちよく眠れる大事な拠点だ。
だけどもう、あそこは私にとって『帰りたい家』なんだ。
まだそんなに長く住んだ訳じゃないけど、こんなに帰りたいと思う家になってたんだ。
「・・・それが解っただけでも、今回の遠出は良い事なのかも」
既にすいよすいよと眠る精霊を見ながら、少しだけ気分良くなって眠りについた。
帰ったら家精霊をぎゅっと抱きしめて、めいいっぱい褒めてあげようと思いながら。
翌朝は精霊の鳴き声で目を覚まし、直後にノックの音で慌ててフードを着込む。
どうやら朝食の時間らしく、今日は領主も一緒なので案内すると言われた。
食堂には既にリュナドさんとアスバちゃんが席に着いていて、私は二人の傍に促される。
「皆さんの舌に合えば宜しいのですが」
そう言った領主には申し訳ないのだけれど、私はライナの料理で舌が慣れてしまっている。
どうにもこう、酸っぱ過ぎたり辛すぎたり甘すぎたりする料理が多くて、ちょっと。
不味い訳じゃないんだけど、美味しいかと言われると頷けない。
「ところで少し、私から頼みが有ります。お願いと言っても良いでしょう。これは今回の事を無事に終わらせる為、そして貴女への依頼を私共が行ったと、そう周囲に知らせる為にです」
もそもそと食べていると、領主が何やらそんな事を言って来た。
色々長々と言っていたけど、要するに領主の兵士を連れて行って欲しいという事らしい。
ただそれをまた自分に言われてしまったので、ちらっとリュナドさんに目を向ける。
「あー・・・セレスの判断で構わないぞ」
え、そ、そうなの? けど今回って出来れば断らないで欲しいって事を何回も言われてるよね。
それなら連れて行く程度は頷いた方が良いのかなぁ・・・でも知らない人とかぁ。
だけどお願いって言ってるしなぁ。断って何か言われるのも嫌だしなぁ。
それに今回の事はリュナドさんからもお願いされてる事だし・・・引き受けた方が良いよね。
「・・・良いよ」
「それはありがたい!」
私の了承に領主は嬉しそうに大きな声で礼を言い、使用人に何かメモを渡している。
食事が終わると「随行の兵士の準備をさせるので待っていて欲しい」と言われた。
なのですぐ動ける様に三人で一緒に私の部屋に戻る事にした。
「なーに企んでるのかしらね、あのオッサン」
「さてな。俺としてはセレスが了承する方が意外だった」
え、うそ、引き受けた方がリュナドさんが良いかと思ったのに・・・。
「・・・駄目、だった?」
「あ、いや、違うんだ。全然駄目じゃない。ただ普段なら断りそうだなと思ったんだよ」
ああ、そうか、そういう事か。リュナドさんは私の人見知りを解ってるもんね。
でも今までもお願いされた場合は、どうしても嫌な時以外は頷いてたと思う。
だって、お願いされた事を断る方が、大体大変だし・・・。
「ま、大人しく待つとしよう。それで後は魔獣をぱっと狩って終わりだ」
「うん」
そうだ、早く終わらして帰ろう。うん。ちゃんと『私の家』に帰るからね。
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食事を済ませたら一旦部屋にと言われたが、そのまま三人で錬金術師の部屋に向かう。
そして室内に残った精霊に声をかけ、誰か入って来たかを訊ねた。
『キャー』
返事は「部屋中を調べていた」という物だ。やっぱり調べに来やがった。
錬金術師の道具の一つでもと思ったか、何かを仕掛けていないか探りに来たか。
だが残念ながら彼女はずっとフードを深く被っているし、道具も一切手放していない。
仕込みも別にする必要は無いし、彼女の現在の方針上する訳もない。成果はゼロだろう。
「リュナド、やっぱり来たの?」
「ああ、予想通り過ぎて笑うな」
「この部屋では何も見つからなかった。さて一体次は何をしてくるかしらね」
「さあなぁ・・・正直何もしないでいるのが一番だと思うんだけどな」
「それが解らないから探って来てるんでしょ」
そうだな。解らないから探りに来る。解らないっていうのは恐怖だ。
俺も錬金術師と初めて会った頃は、出来れば二度と関わりたくないと思ったし。
だって怖いもんこいつ。何考えてるのか解らなくて。
・・・でも今はある程度理解して慣れたから、まあまあ良い仕事相手になっている。
この手袋や靴のお陰で仕事は増えたけど、安全性も増したんだしな。
無事平穏に歳をとって老衰で終わりを迎える可能性が上がった、と言えるだろう。
「・・・嘆く事も多いけど・・・そう考えると良い出会いだったのかもな」
「何両手を見つめて固まってんのよ。どうするの、リュナド。こっちから何か仕掛けるの?」
少しぐらい感傷に浸らせろよ・・・こいつは本当に少し間を置くって事が出来ないな。
「こっちから何かする必要なんてないだろ。セレスだって面倒だろう?」
「え、ん・・・うん、何もしなくて良いならしないよ」
錬金術師は依然方針変わらず、好きにやらせて墓穴を掘るのを待つと。
とはいえこれは彼女が全部ひっくり返す手段を持ってるから出来る事だが。
「そ、りょーかい。それにしてもリュナド、あんたも領主相手に中々強気よね」
「んー、一応今回俺は自分の領主代行的な位置だからなぁ。だから来た時に言ったろ、礼は取らないって。何が有っても俺のせいじゃないから気楽に構えてるだけだよ」
「汚いわね、あんた」
「どうとでも言え。俺は三下なんだよ」
というか、それぐらいの身の安全保障が無かったらやってられるか。
「失礼します。セレス様、アスバ様、リュナド様、兵士の準備が整いました」
コンコンとノックの音の後に、扉の向こうから使用人が準備の終了を伝えてきた。
取り敢えず俺が出迎え、後ろを見ると二人共立っていたので使用人に頷いて返す。
「では、ご案内致します」
使用人はそう言って先導し、俺達を玄関へと連れて行った。
てっきり客間で顔合わせをするのかと思ったが、どうやら外に行くらしい。
「えっ、ちょ、まさかこの人数連れて行くとか言わないよな・・・」
「・・・うわー、これじゃ現地に着くのに何日かかるか解んないわよ?」
外に出ると兵士達が整列していて、昨日よりは少ないがそれでも仰々しいと言って良い数だ。
兵士達の前には領主が立っており、とてもにこやかな笑顔を俺達に向けた。
「お待ちしておりました。彼らは我が領地の誇る優秀な兵士です。現地までの護衛もかねていますので、どうぞ上手く使ってやって下さい」
護衛? 監視の間違いだろ。平穏に帰れるかどうか大分怪しくなって来やがったな・・・。
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