第75話、盗聴される錬金術師。

何か色々言われたけど、結局帰る事は出来ないらしい。とても残念。

今日は一日屋敷でゆっくりしていってくれと言われ、使用人の女性に客室へと案内された。

どうやら一人一部屋らしい。とはいえ精霊が居るので正確には一人じゃないけど。


それにしても領主は何で私に訊ねたんだろう。ここに居るのは私の意志じゃないのに。

リュナドさんに頼まれたから居るんだし、出来れば判断は彼に投げて欲しい。

だって私に判断を任せたら「じゃあ帰る」と答えてしまうだけだもん。


でも帰って良いのかどうか解らなかったし、判断はリュナドさんに任せた。

とはいえその結果やっぱり泊まる事になったので残念ではある。


『キャー』

「うん? そうなの? 何が嫌だったの?」


頭の上の精霊が『あの男嫌い』と伝えて来た。

態々足下に降りて来て、ムーっと頬を膨らませている。

たったあれだけの会話だけでどうやって嫌えるんだろう。良く解らない。


『キャー』


いや『嫌いは嫌いなの』って言われても・・・山精霊達って気分屋だしなぁ。

何となく気に入らなかった、っていうだけの気もする。

ただこのままだと不満で暴れ出しそうだし、そこだけ注意しておこうかな。


「好き嫌いは仕方ないけど、暴れちゃ駄目だよ?」

『キャー』


うーん、一応頷いたけど不服そうだなぁ。何がそんなに気に食わなかったんだろうか。

ただ一応精霊の気持ちだけは覚えておこう。でないと何するか解らないし。


「失礼致します、セレス様。リュナド様とアスバ様がお訪ねです」


コンコンと小さなノックの後に、扉の前に立つ使用人の女性の声が耳に入った。

何か有ればいつでもお呼び下さいと、彼女はずっと扉の前に立っている。

二人が来たなら勝手に入れてくれたら良いんだけどなぁ。

態々外に顔出して、知らない人と会う可能性を増やしたくない。


「・・・入って」


とはいえ無視する訳にもいかないし、二人を放置はもっと出来ない。

なので扉を少し開けて応えると、二人共扉を余り開けずに滑り込む様に入って来た。


「・・・何だ、別に何かしてる訳じゃないのね」

「みたいだな・・・とはいえ何かをしていると思わせるのも手だろう」

「ああ成程。暫くは心が休まらないでしょうね、あのオッサン」

「おいおい、おっさんが事実でもそんな言い方は不味いぞ。相手は貴族なんだからな」


何だか二人が小声で楽しそうに話しているけど、言ってる内容は良く解らない。

オッサンって誰の事だろう。貴族って言ってるから・・・領主の事なのかな?

今の所領主以外と会ってないけど、他にも貴族が居るんだろうか。


「えっと・・・二人は何しに来たの?」


部屋に来た理由の方が気になったので訊ねると、アスバちゃんがキョトンとした顔を向ける。

え、な、何かな、変な事言ったかな。普通に来た理由は気になると思うんだけど。


「あんた普通に喋れたのね。眉間に皺寄ってない顔も、寝起き以外では初めて見たわ」


・・・そういえば私、彼女相手にはいつも遠慮気味に喋ってたっけ。

でもアスバちゃんは大声で返して来る時が有るから、どうしても少し構えちゃうんだよね。

今平気なのは、今の返事も含めて彼女が小声だからだと思う。


「普段はアスバがギャーギャー喧しい事が多いからだろ」

「・・・私、普通に話してるだけなんだけど」


リュナドさんはその辺り良く解ってくれてるらしい。なんだか嬉しい。

ただアスバちゃんの返事から察するに、別にわざと大声上げてるつもりは無いんだろうな。

この辺りは私がただ会話が苦手なせいだから、別にアスバちゃんが悪い訳じゃないと思う。


「お前の声が大きいと、セレスの眉間の皺が深くなってんだよ。何度か見てるぞ、俺は」

「ええぇ、普段はフード被ってるから、そこまで見てないわよ・・・基本俯き気味だし」


リュナドさんの言葉を聞いて少し困った顔になり、ちらっと私を見るアスバちゃん。

ごめんね、人見知りな上会話ベタで。どうしても大きな声とか身構えちゃうんだ。

こればっかりは相手がライナでもやっちゃう事が有るからなぁ・・・。


だからアスバちゃんが嫌やって訳じゃないんだ。ごめんね。

そう申し訳ない気持ちで少し顔を伏せ、自分より身長の低い彼女に下から窺う様に見つめ返す。


「わ、悪かったわよ。次から気を付けるから・・・ただ、声が大きいのは無意識だから、いつも気を付けてられるか解らないけど・・・静かに重苦しく会話みたいなの苦手なのよ、私」

「あ・・・き、気にしないで。私も気にしない様にするから」


だけど彼女は自分が悪かったと謝り、気まずそうに目を逸らした。

それが余計に申し訳なくなる。だって彼女は本当に何も悪くないんだから。

だから気にしないで欲しいと思ったんだけど、彼女は驚いた様な眼を私に向けていた。


「―――――気にするわよ。ええ、心に留めておくわ」


そしてにっこりと、とても嬉しそうな笑顔を見せた。

笑顔の意図は良く解らないけど、彼女がそう断言するならこれ以上は不要だろうか。

実際私も助かるし、普通に話せる方が気楽で嬉しい。大きい声はどうしても苦手だ。


「あー・・・話が逸れたな。何しに来たか、だったか」

「あ、うん、そうだね」

「来た理由は精霊達だ。あの領主の事が気に食わないらしくて、理由を聞いても『嫌いだから』しか言わないんだよ。止めるの無視して行く事は無いけど、万が一暴れたら怖くてな」

『『『『『キャー』』』』』


リュナドさんに答える様にキャーキャーと鳴き始める精霊達。

内容はさっきと同じ『だって嫌い』という、詳しい材料が何もない内容だった。

多分嫌いって気持ちが強過ぎて、私達に意図を伝える気持ちが薄いんだろう。


それにしても山精霊全員があの領主を嫌っているのか。何故だろう。

何か精霊が嫌がる成分でも出てるのかな・・・あれ?


「さっきより増えてる・・・?」

「あ、それ私についてきた奴よ。ちょっと前から懐かれてんのよね」

『キャー』


そういえばこの子達、アスバちゃんが遊んでくれるとか何とか言ってたっけ。

家精霊の意見を聞いた時だったけど、あれは確実に山精霊の言葉だと思う。

となれば懐いているのが一体ぐらい居てもおかしくは無いか。


そもそもライナの店には大量に居るし、街の人にも懐いている可能性だって有る。

この子達ってその場の気分で生きてるから、街の子供達に混ざって遊んでたりもするのかも。


「別にあの領主が嫌いなのは良いんだけどな。俺も好きじゃないし」

「ええ、嫌いって意味なら全面同意ね」


え、二人も嫌いなの? 二人共あの人とは初対面じゃないの?

別に嫌う様な事何もなかったよね。怒鳴られる事も無かったし。

私は初めて会った人だけど、もしかして二人は会った事が有るのかな。

それなら何か嫌な所を知ってるのかもしれないけど・・・。


「二人は、何で嫌いなの? あの人何もしてないのに」


二人はその質問に目を丸くし、少ししてアスバちゃんはけらけらと笑い出した。

え、何で笑われたんだろう。普通に疑問に思っただけだったんだけど。


そう思ってリュナドさんを見ると、彼は考え込む様に俯いている。

二人の反応に自分が変なのかと不安になっていると、リュナドさんは顔を上げてニッと笑った。

そうして二人はお互いに顔を見合わせて、同じ様に笑顔を見せながら口を開く。


「くくっ、そうよね、あんたには領主も貴族もどうでも良いわよね。相手が何を言ってこようが何を思おうが知った事では無いわ。その方が相手は腹が立つでしょうけど」

「まあ貴族なんて大抵は良くも悪くも自尊心の塊みたいな物だからな。徹底的に『興味が無い』と言われたら、そりゃあ傷つくよなぁ。とはいえ興味が無い物は仕方ないよな」

「ふぇ?」


だけど待っていた答えは無く、何故か声量を上げて楽しそうに語り出した。

その上二人の意識は、何故か部屋の外や隣の部屋であろう方向に向いている。

まるで使用人の女性と隣の部屋にいる人に聞かせる様に。


え、あの、私の質問の答えを、教えて欲しいん、だけど。

ん、あれ、待って、私貴族を怒らせてるの? え、何で。えうぅうう、解んないよぉ。

いやでも、それなら何で二人は楽しそうなんだろう。もしかして特に問題無いのかな?


・・・なら良い、のかな?

良いや、良く解んない。叱られてないみたいだし大丈夫だよね。多分。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


初めて錬金術師が動揺を見せた。心が動かないと思っていた女の顔が崩れた。

たったそれだけの事が嬉しくて仕方ない自分に思わず苦笑してしまう。


「―――――気にするわよ。ええ、心に留めておくわ」


おそらく忘れようと思っても簡単には忘れられないだろう。

こんな簡単な事で、こんな容易い事で彼女の心が動くなんて。


かと思えばあのお貴族様には一切興味が無いと、解り易いまでに言葉にされた。

こんな物を笑わずにいられるだろうか。少なくとも私には無理だわ。


「・・・流石の私でも、貴族相手にここまで強気に出ないわよ。ふふっ」


今だってこの部屋は盗聴されている。壁の向こうからも扉の向こうからも。

それでも彼女にとっては一切合切「興味が無い」んだ。


好きにやれば良い。好きに聞けばいい。好きに言質を取れば良い。

だからどうした。お前が何をやろうと知ろうと全てがどうでも良い。

何をしても意味がないのだから、それは何もしていないのと同じだと。


『どうとでもなる存在など、何をしようがどうでも良い。死にたければ好きにしろ』


貴族でもない。男でもない。実績を国に大きく認められた人間でもない。

ただ少し田舎街で領主に認められただけの、名も知れぬ平民の女の錬金術師。

そんな人間に完全に下に見られているなんて、その怒りは交渉に負けた時以上でしょうね。

何せお貴族様だもの。得た情報を聞いて歯ぎしりするのが目に浮かぶわ。


「ま、おかげで方針は良く理解した。でもやっぱり暴れられると困るから、こいつらに暴れない様に言っておいてくれないか。セレスの言う事なら聞くだろうから」

「・・・んー? うーん・・・んー・・・解った」


錬金術師はリュナドの言葉に少し首を傾げていたけど、特に何も言わずに了承で返した。

何処まで伝わっているのか、本当に伝わっているのかという疑問だろうか。

でもどちらにせよ、それも彼女にとってはどうでも良い。


この後領主がどう動こうが、自分が困る事なんて絶対にあり得ないと思っているんだから。

ああいう絶対の自信が有るからこそ、彼女は周囲に興味が無いんでしょうね。


「暴れたら駄目だよ。身を守る為なら良いけど」

『『『『『キャー』』』』』


精霊達はそれぞれ不服ですという態度を見せながら、渋々といった様子で頷いた。

私としてはむしろこの子達が暴れた展開の方が、ちょっと楽しみな気がするわ。


・・・錬金術師も『身を守る為なら』と言ったし、その可能性を考えてるんでしょうね。

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