第74話、依頼交渉をする錬金術師。

眼下から沢山の視線が向けられているけど、余り動じていない自分を確認する。

多分リュナドさんの背中に隠れてるからだろうな。ここ落ち着く。

でも地面が近づいて来ると流石に視線を強く感じ、彼の背後にしっかりと隠れる。

出発前に面倒は任せておけって言ってくれたし、ここも任せて大丈夫・・・だよね?


「・・・あれ?」


大分近づいているはずなのに、庭の兵士達は何故武器を引かないんだろう。

この距離ならもう魔獣じゃないのが目で見て解る距離だと思うんだけど。

・・・あ、魔獣と思ってるんじゃなくて、この荷車を危ない物と思ってるのかな。


「リュナド、あいつら引かないわよ」

「解ってる」


アスバちゃんも私と同じで疑問を持ったみたいだけど、リュナドさんは一切動じていない様だ。

私には良く解らないけど、彼が解ってるならきっと大丈夫だろう。

そう安心して門番さんの袖を掴み、成り行きを見守る事に決めた。


「領主の正式な依頼で来た者に矢を向けるのが、この地の正規兵の礼儀か!?」

『『『『『キャー』』』』』


元から私の前に居た門番さんは、私を周囲の目から塞ぐ様に立って兵士達に訊ねる。

その際に彼のポケットに潜んでいたらしい精霊達が楽しそうに声を上げた。

声の大きさに遊んでくれると思って出て来たんだろうか。今は邪魔しちゃ駄目だよ?


「下ろすつもりが無いのならば、私達はこのまま帰らせて頂く。返答を頂きたい」


え、い、良いの? 帰って良いの? 

じゃ、じゃあ早く帰ろう。元々早く帰りたかったんだし。

帰るついでにあの大きい魔獣だけ狩って帰ろう。うん、それが良い。

そう思ってリュナドさんの判断を待っていると、屋敷の方から声が聞こえた。


「お前達、下がりなさい! 大事な客人だぞ!」


彼の背中ごしに様子を窺うと、身なりの良いおじさんが馬で駆けて来るのが目に入る。

そしてそれが合図だったかの様に兵士達が全員「指示の直前に」武器を下げていた。

何だかちょっと演劇を見てる様な気分でぽけーっとそれを眺める。


あれ、おかしいな。こんなに人が沢山居るのに、どこかぽやっとしている自分が居る。

あ、そうか、視線が殆どリュナドさんに向かってるんだ。私あんまり見られてない。

リュナドさんが居てくれて本当に良かったぁ!


「失礼をした。私がこの地の領主だ。兵達は最近起こった事件から少し気が立っていてな。容赦して貰いたい。それで君が連絡にあった・・・精霊使い、背後の者が錬金術師で相違ないか」


あ、あう、ぽやっとしていたら視線がこっちに向いて来た。

視線に慌てながらも錬金術師は私の事だと思い、リュナドさんの背後ごしに頷いて返す。

リュナドさんはそれを確認する様に頷き、領主に向かって口を開いた。


「我が領主の命により参じました。礼はとるなと言われておりますので、こちらもご容赦を」

「っ、か、構わん。先ずは歓迎を。屋敷に案内をしよう。荷車は――――」

「移動であればこちらで致します。特殊な道具ですから、下手に触って怪我人を出しては大事です。領主様も余り近寄り過ぎない方が宜しいかと」

「――――わ、解った。おい、案内して差し上げろ!」


領主が近くの兵士に声をかけると、恐る恐るといった様子で「こちらに」と誘導を始める。


「アスバ」

「ちっ、解ってるわよ」


リュナドさんに不服そうに舌打ちを返し、ゆっくりと荷車を浮かせるアスバちゃん。

もしかして精密操作したくなかったのかな。嫌なら代わるんだけどなぁ。

彼女は兵士の指示に従って屋敷の傍に荷車を動かし、屋根のある場所に荷車を置かせて貰う。


ただその際に彼女に視線が集まっていた気がした。荷車にではなく彼女に。

何でアスバちゃんに集まるんだろう・・・良く解らないけど私に視線が来ないなら良っか。

あれ、でも、これもう帰れないよね。領主は歓迎するって言ってたし。残念。


「・・・はぁ」


帰れるかと思っていたので溜め息が漏れ、するとリュナドさんが気不味そうな顔を見せた。

何で彼がそんな顔をと思ったけど、良く考えると行動を全て任せたのは私だ。

それに対し溜息を吐けば優しい彼は気にするだろう。


耳元でしちゃったからもう誤魔化せない。溜め息をした瞬間にびくってしてたし。

あ、謝らないと。は、早く謝ろう。


「あー、その、気に食わないのは解ってるけど・・・」

「・・・気にしないで、ごめんなさい」

「そ、そうか、なら良かった」


私の謝罪を聞いてホッと息を吐くリュナドさんに、物凄く申し訳ない気分になる。

うう、もう今回はちゃんと我慢しよう。いや、そうだ、考えを変えよう。

今回はリュナドさんが楽な様に頑張る! そうだ、そうしよう!


・・・でも具体的にどうしよう。と、取りあえず今は素直に後ろを付いて行けば良いよね。


「・・・付いて行けば良い?」

「ああ、そうだな。取り敢えず誘導に従おう。・・・流石に魔獣を倒す前なら下手な事は仕掛けて来ないだろうしな」

「はっ、まるで帰りは何か仕掛けてくるみたいな言い草ね、リュナド精霊兵隊長様」

「さあな。ただあの領主がうちの領主を嫌っているのは確かだ。その上錬金術師にただ働きをさせる気だった事を考えれば、愉快じゃない考えが有りそうだと思ってな。後その呼び方止めろ」


ふむ? あの領主さんが何かしてくるの? でもさっき歓迎する客って言ってたよね。確か。

後は私をただ働きって何の話だろう。そんな話されたっけ?


「まあ、取り敢えず行くか・・・そうだ、誰か一人この荷車守ってくれないか。念の為に」

『キャー』


リュナドさんの言葉に精霊の一体が応え、両手を上げて荷車の中央に陣取った。

多分この子達の性格上、絶対じっとしてるのは無理だと思うけど。


「ありがとう。じゃあ、頼むな。帰ったら何か好きなもの食わせてやるよ」

『『『『キャー』』』』

「いや、狡いって言われても、お前らやるって言わなかったじゃん・・・」


どうやら精霊が文句を言っているらしいけど、お願いに応えなかったんだから仕方ないよね。

精霊達に言い聞かせる様に語りかけるリュナドさんに、兵士がとても怪訝な顔を向けている。

気持ちは解る。彼が『キャー』で解るのが不思議だよね。

私も精霊達が意志を伝えられるって知らなかったら、同じ様な顔で見ていたと思う。


「で、ではご案内致します。どうぞこちらに」


兵士の言葉にリュナドさんは頷いて付いて行き、その後ろを私とアスバちゃんが付いて行く。

精霊達はもう外に出て良いんだとばかりにリュナドさんの足元で踊っていた。

屋敷の玄関に着くと案内が使用人の女性に変わり、屋敷の奥まで通される。

大きな客間に通されたら領主が既に席に着いていて、私達に座る様に促して来た。


「どうぞ、お茶の用意が出来ていますので、先ずはごゆっくりと休憩を」


休憩して良いならお茶よりも早く狩って帰りたい。

だけど事前に出来ないと言われているし、面倒臭いけど我慢だ。

さっきリュナドさんの為に我慢するって決めたんだから。


・・・でも何でこういう無駄な時間が要るのかな。こういうの本当に良く解らない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


出されたお茶を啜りつつ、にこやかに対応する領主に胡乱な目を向ける。


「はっ、茶番ね・・・」


誰にも聞こえない声で小さく呟く。けど溜め息をしたし気が付かれているでしょうね。

でもそれで良い。意図に気が付かない馬鹿だとは思われる訳にはいかないわ。


兵士達が引かなかったのは、引くなと命令されていたから。

でなければ領主が引けという前に武器を降ろす訳が無い。

あれは指示で下ろしたように見せていたけど、どう見ても事前に決められていた動きよね。


おそらく錬金術師が攻撃的な行動を取る事を少し期待したんでしょう。

武器を下げない兵士に我慢を切らして攻撃し、これ幸いと犯罪者に仕立て上げる為に。

多分湿地の件を鑑みてでしょうけど、悪いけどあれ私なのよ。こいつが気にする訳無いのよね。


「以前の件を水に流して私共の要望を聞いて頂き、錬金術師殿には感謝しております。いたずらに兵を投入して被害が増えれば更に大変な事になりますから。貴女なら問題無いのでしょう?」


貴様のせいで兵を投入しないといけないかもしれない。しかも犠牲がどれだけ出るか解らない。

良くもやってくれたな。きっちりと片付けて行けよ。

感謝のふりして上手く毒を吐くものね。これだから典型的なお貴族様は嫌いなのよ。


どう出るのかと錬金術師に視線が集まると、彼女はお茶をのんびりと飲んでいた。

そして飲んでいる体勢のまま動かなくなり、明らかにおかしな返事の無い時間が続く。

動かない彼女に焦れて領主が口を開こうとした瞬間、彼女がカップを置く音が強く鳴った。


「・・・私は、彼のお願いを、聞くだけだから」


はっ、あんた中々意地が悪いわね。自分の意志で来た訳じゃないって言う訳ね。

リュナドの意志で来たって事は、すなわち領主の依頼で来たという事。

つまりそんな態度で来るのなら、お前の依頼も別に受けなくても構わないと。

しっかしあんた、本当に相手の言動に一切の興味を見せないわね。


「――――っ、そ、そうですか、それは参りましたな、約束では魔獣の排除を確約して頂いたと思うのですが。契約を全うして頂けなければ、こちらも対処は難しいのですが」


まさか『否』という言葉が帰って来るとは思ってなかったんでしょうね。

かなり焦った様子で領主は契約を口にし、先程の様な嫌味を混ぜた言い方が出来てない。


いや、ある意味では今の方が酷い。回りくどいのが良い訳じゃないけど内容が直接的過ぎる。

貴様がやらないのならこちらもやる気は無い。有利なのはこちらだぞと言っている様な物だわ。

思わず笑いそうになったのをぐっと堪え、錬金術師の反応を見守る。


「・・・なら、別に、良いよ」

「―――――――っ」


あ、駄目、我慢出来ずに笑いそう。挑発も嫌味も文句も何も通じてない。

解っていて無視しているんだろうけど・・・あんた本当に相手の感情逆なでするの上手いわね。


「くっ・・・領主として、魔獣の討伐を錬金術師殿に依頼します・・・こちらの願いとして、早急な解決をお願い致します・・・!」


あ、折れた。もっと粘るかと思ったんだけど。

でもそれで正解ね。あんまり絡んだら多分こいつ帰るわよ。興味が無いもの。

彼女は視界に入れる意味の有る相手か、話を聞く意味の有る相手の話しか聞かないから。


「・・・リュナドさん、良いの?」

「え、俺? あ、いや・・・んんっ、領主殿、契約通りに仕事はさせて頂く。ただこれは錬金術師個人に対する依頼では無い、という事を留意して頂きたい」


うわぁ厭らしい。そこでリュナドに言わせるんだ。本気で交渉するとこんなに上手いのね。

今回の依頼を一個人に対する物じゃなく、領主同士の正式な依頼だと本人に言わせるつもりだ。


「・・・承知した。我が領民にこれ以上の被害が出ない様に、こちらも全力を尽くそう」


ま、この辺りが妥当でしょう。向こうにとっても利点が有るんだから。

なあなあで誤魔化すのを許さず、きっちり口にしないなら帰ると言われちゃ仕方ないわよね。


あー・・・笑うの我慢してお腹痛いわ。

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