第73話、別の土地の領主に会う錬金術師。

「んん~・・・はぁ・・・」


まだ日が出る前の早朝に目を覚まし、のっそりと起き上がり服を着替える。

下に降りると既に台所からは良い香りがしていて、当然そこには調理をする家精霊が居た。

腕には昨日ライナに相談した通り、目立つ赤いリボンが付いている。

嫌なら良いよと言った上でだったけど、嬉しそうに腕を差し出して来たので結んであげた。


「おはよう」


挨拶をするといつもの様に手拭いを渡してくれたので、お礼を言って井戸に向かう。

風が冷たいな・・・井戸から家までに風よけの道でも作ろうか。

そういえば雨が降った時の対策、まだしてなかった。一応井戸周辺は屋根大きいけど。


「帰ってきたら、家まで続く屋根でも作ろうかな・・・」


顔を洗ったら朝食を摂り、準備を始めた所でアスバちゃんとリュナドさんがやって来た。

二人は途中から一緒になって来たらしい。昨日喧嘩してたけど、やっぱり仲が良いなぁ。


「・・・二人にもあげる。防寒具」

「あら、ありがとう」

「え、俺の分も有るのか?」


二人にも防寒具を渡し、ついでに手袋類も全部渡す。

皆で服を着こんで最後にローブを着ると、大中小のローブ集団が出来た。

友達とおそろい気分でちょっと楽しい。今度ライナにも作ってあげよう。


「うわ、暖かいなこれ。布地を二重にして、内側に毛が来るようにしてるのか」

「ふかふかね・・・これ狼の魔獣の毛よね。あれってもっとゴワゴワしてたと思うんだけど、こんなにふかふかになるのね・・・絨毯は硬いのに」


絨毯は外で使うし、以前は野営でも使うかなと思ってたからなぁ。

だから室内用の処理は要らないと思って、特に何も手を加えていない。

防寒具には毛がふかふかになる様に、薬剤を少し付けて洗ってからブラッシングしてある。


「・・・装備類も、全部あげるから、持って帰って」


どちらも専用に調整してるから、もうそのまま持って帰って貰って良いだろう。

ただアスバちゃんはすぐ合わなくなるだろうし、こまめに調整が要るだろうけど。


「・・・小さくなったら言ってね。合わせるか、新しいの作るから」

「わ、私は別に、ずっと持っておく必要は無いんだけど・・・ま、まあ、ありがたく受け取っておくわ。調整も暇な時に頼みに来るわね。あくまで暇な時によ?」

「・・・ん、それで良いよ」


良かった、アスバちゃんは笑顔になってくれてる。喜んで貰えたみたいだ。

暇な時で全然良いよ。慌てる事でもないだろうし。

ただリュナドさんが難しい顔をしているんだけど、何か気に入らなかったのかな。


「・・・これもう、アスバとの関係はそう簡単に切れそうにないな」

「何か言ったかしら?」

「べっつにぃ」

「ふんっ」


友達との関係が切れないなら私は嬉しいんだけどな。リュナドさんは違うのかな?

疑問に思いつつも先に出たアスバちゃんを追いかけ、家精霊に行ってきますと手を振る。

家精霊は腕に付けたリボンをひらひらさせながら笑顔で手を振り返してくれた。

外に出ると既にアスバちゃんが荷車に乗っていて、私達も追いかける様に乗り込む。


「じゃあ行くわよ・・・」


アスバちゃんの宣言でしっかり捕まってから、彼女は勢いよく荷車を上昇させた。

不安定さは無いのは良いんだけど、相変わらず勢いが激しい。


「出発・・・!」


そして今度は前方に凄い勢いで飛ばし始め、リュナドさんが必死にしがみついている。


「おま、お前なぁ! もうちょっとゆっくり飛ばせよ!」

「っさいわね、じゃあ自分で飛ばしてみなさいよ! 結構難しいのよこれ!」


・・・私が飛ばした方が良かったかな。でもアスバちゃんやる気満々だったからなぁ。

取り敢えず二人の言い合いが落ち着くまで、リュナドさんの袖でも握っていよう。


「あ、わ、悪い、静かにしてるよ」

「・・・ん? うん」


何でか謝られたけど、喧嘩が止まったみたいなら良かった。

ならアスバちゃんには、いつでも交代して良いよと言っておこうかな。


「・・・疲れたら、交代するけど」

「ぜ、全然疲れてないわよ!? 私は行けるからね!」


そ、そんなに捲し立てなくても・・・大丈夫かなって心配になっただけなんだけど。


「お、大人しく飛ばすわよ。今回はそうしなきゃいけないんだし」

「・・・ん」


そっかぁ・・・アスバちゃんは本当に自分に厳しいなぁ。

じゃあ私から言う事は何も無いので、そのままリュナドさんの袖を握って到着を待つ。

普段移動を任せる事なんて無いけど、何も考えなくて良いこの時間も意外と良いかも。


そんな感じでぼーっとリュナドさんの背中にくっついていたら、目的地に着いていた。

目的の湿地を見渡すと、前とはかなり様相が変わっている。


「・・・増えてるね」

「増えてるわね」

「増えてるな」


湿地には前回来た時とは比べ物にならない量の魔獣が増えていた。

そしてその中にひときわ大きな魔獣が重低音でげこげこ鳴いている。

他の個体の2倍3倍どころの大きさじゃない。あれなら一体だけで素材は充分かな。


「・・・あれを倒せば終わり」

「待った待った、挨拶が先だから・・・な?」

「・・・忘れてた」


早く帰りたくて、知らない人と会うのが嫌すぎて、完全に頭からその件が消えていた。


「アスバ、向こうだ、行ってくれ」

「はいはい」


リュナドさんの指示に従いアスバちゃんが暫く飛ばすと、大きなお屋敷が見えて来た。

どうやらここがこちらの領主の屋敷らしい。


向こうの領主の屋敷の倍以上有るな・・・庭に小川が有るんだけど。

庭っていう広さじゃないと思う。後弓を構えている人が沢山居る。

・・・魔獣と勘違いされてるのかな?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


荷車の動かし方の荒さにアスバに文句を言ったら、案の定彼女は言い返して来た。

何時もならそのまま言い合いが続いただろうが、珍しく錬金術師に止められてしまった。

普段は余り気にしていない様子だったが、今日は少し機嫌が悪いのかもしれない。


アスバも騒ぐなら代わるぞと言われ、慌てて大人しく飛ばし始めた。

今回は実際変な事は出来ないし、大人しくしている必要が有るのも解っているからだろう。

まああいつの性格的に、半端に交代したくないっていうのも有るんだろうが。


湿地に付いたらアスバには出来るだけゆっくりと飛ぶように言い、領主の所まで誘導をする。

彼女もその必要性を理解しているようで、淡々と指示通りに動かしていく。

領主館迄ついたら、その庭の上空で一旦待機。


「降りるのもゆっくりな。これは行きと違って確実にやってくれ。理由は解るな?」

「・・・解ってるわよ」


よしよし、こういう所は物分かりが良いから楽だな。

アスバは我が儘な様に見えるが、別にそういう訳じゃない。

その場で優先すべき事を理解していれば、きっちりとそれをやれる奴だ。

調子に乗ると失敗するけど、それでも調子に乗れる実力が有るから困るんだよな。


アスバの言葉に満足しながら、だけど眼下の景色に溜め息が出る。

領主の庭に居る兵士の数が多過ぎる。どう見ても普段の警備の人数とは思えない。

明らかに屋敷を守っているか、これから何かしらの指示を出す為に集めた数だろう。


魔獣が襲って来るのを恐れて自らだけを守っているのか、錬金術師を恐れているのか・・・。

どちらにせよ反応を窺うしかないと思い、そのまま地面まで降りて貰った。


「リュナド、あいつら引かないわよ」

「解ってる」


確実に視認して相手が人間だと解る距離になっても、兵士達は弓も槍も引く様子は無い。

俺達が来るのが解ってるはずで、こうやって来る事も連絡が入っているはずなのにだ。


「領主の正式な依頼で来た者に矢を向けるのが、この地の正規兵の礼儀か!?」

『『『『『キャー』』』』』


領主から預かった正式な依頼書を見せて告げ、衣服に居る精霊達が声を上げる。

実は今日は何時もの一体だけじゃなく、複数の精霊が付いて来ていた。

理由は簡単だ。精霊使いも向かわせるって話になっていたからだ。


錬金術師が喋るのを面倒臭がっても、俺がどうにか出来る様にという配慮なんだろう。

この考えに問題点があるとすれば、精霊の声が明るくて迫力がない事だろうか。

一応領主の気遣いだとは判っているが、俺まで化け物扱いは何とも悲しい。


アスバは何も言わずに大人しくしているのを見つつ、兵士達の反応を見る。

兵士達は少し目が泳いでいるが、それでも槍も矢も下ろす気配がない。

下すつもりが無いというよりも、下ろす事を許されていないという風に見える。


「下ろすつもりが無いのならば、私達はこのまま帰らせて頂く。返答を頂きたい」


おそらく判断する事を許されていないんだろう兵士達に強めに告げる。

現状の状態はただの茶番だろう。兵士達も本気で襲って来る気なんて無い。

どうせ領主は錬金術師が暴れないかと、兵士を使って出方を窺っているんだろうよ。


その警戒自体は当然だとは思う。何せ領主は真実を知っているんだから。

だがだからといってこんな事をして、彼女の機嫌を本気で損ねたらどうするつもりだ。

というか本気で彼女が暴れたら、こんな屋敷簡単に吹き飛ぶぞ。


「お前達、下がりなさい! 大事な客人だぞ!」


遠くから観察していたんだろうに、あたかも慌てた様な声が屋敷から響く。

声の主はおそらくこの地の領主だろう。歳は若く見ても40代ぐらいか。

屋敷から慌てて駆けつけて来ようとしているが、流石に茶番が過ぎると思う。

本当はちゃんと客人としてもてなす気だったのに、というアピールが露骨すぎるな。


領主から言われてはいたが、本当に面倒臭い人間を相手にしなきゃならなさそうだ。

・・・茶番過ぎて錬金術師が不満を吐き出さなきゃ良いけど。後ろ向くのが怖い。

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