第72話、お留守番を頼む錬金術師。

「そっちの話が纏まったのは良いけど、まだ話の続き有るんだ。続けて良いか?」


あ、さっきので終わりじゃなかったんだ。ごめんなさいリュナドさん。

ただ彼に頷いて話の続きをして貰うと、物凄く面倒臭い事を言われてしまった。

一旦湿地で戦闘をする前に向こうの領主に会って、挨拶をする必要が有るらしい。

・・・知らない人に会うの怖いし面倒臭いから、無しには出来ないかなぁ。


「まあ、面倒なんだろうと思うから、何時も通り俺が対応するよ」


気が重くなっていたら最後にそう言われ、なら何時も通り彼の背中に隠れていようと決める。

後は錬金術師が街を救った信憑性を上げる為に、領主が礼をする時間を取りたいらしい。

つまり帰りも挨拶をしに行って、更に最低でも一日泊まって帰れとの事だ。


これは向こうの領主がというよりも、こっちの領主の要望らしいけど。

日帰りは出来ないと聞き、家精霊がちょっと寂しそうな様子を見せている。

うーん・・・帰って来れないのかぁ・・・それはやだなぁ・・・。


「・・・挨拶を任せて良いなら、先に帰ったら駄目かな」

「面倒臭いのは解るけど、出来れば居て欲しいんだが・・・俺とコイツが居ても意味無いし」


どうしよう。面倒臭いのは勿論だけど、家精霊のしょぼんとした顔を見てるのが辛い。

あ、視線に気が付い・・・床に潰れちゃった。家精霊が青い塊になってしまった。

多分落ち込んだ顔を見せない様に、慌てて形を変えたんだろうな。


「んー・・・あ、そうだ」


ライナの都合次第ではあるけど、少しだけでも様子見に来て貰えないかな。

そうすれば誰もやって来ない家で一日中寂しく待つ事も無いし。

山精霊達は毎日騒がしいけど、それはまた違うらしいんだよね。


この家に住む「人」と家に来る「客」が、家精霊にとっては大事らしい。

それに家精霊はレシピを教えて貰った事を感謝していたし、ライナなら歓迎すると思う。


「・・・家精霊の事をライナに相談したいから、出発は明日でも良いかな」


もしそれでも駄目ならその時は致し方ない。帰って来るまでのお留守番を頼もう。

本当は私も帰って来たいけど、そうするとリュナドさんが困るみたいだし。

リュナドさんを優先する様な話に見えるけど、家精霊にとってもそれが望みだからなぁ。


家精霊が寂しいという理由で家主が用事を全う出来なければ、確実にこの子自身が嫌がる。

この子はそういう精霊だ。だから寂しくても、私に用事が出来れば追い出すんだ。

それが自分の役目だから。それが自分の存在意義だから。

ただちゃんと用事を終わらせた上で、出来る限り早く帰って来るのは喜ばれるけど。


「そうか、解った。じゃあ俺は了承を貰った事を報告してくるよ」

「なら私も今日は帰るわ。また明日の朝来るから。ほらリュナド、送りなさい」

「は? 何で俺が。一人で帰れよ。俺はもうお前の心配とか一切する気ないぞ。何で俺より強い奴を気にしてやらないといけないんだ。監視も命令されてないし、面倒臭いしやらないぞ」

「はー!? 何それムカつく! 可愛い女の子を宿まで送り届けるぐらい普通でしょうが!」

「可愛い女の子ならな! 何処に居るんだよ可愛い子が! 可愛くないんだよお前!」

「はあ!? 私のどこが可愛くないっていうのよ!」

「中身だ中身! 中身全部取り換えてこい!」


あ、あう、二人が喧嘩を始めてしまった。お、落ち着いて二人とも。

おろおろしながら二人を見つめるも、二人の言い合いは止まる事無くそのまま帰って行った。

だ、大丈夫かな。あの二人って仲は良いみたいなのに、言い合いも多いよね。

山精霊達が足元で楽しそうにしていたし、多分問題無いとは思うんだけど・・・ちょっと心配。


いや、今はそれよりも、まだ床に潰れた状態の家精霊に声をかけよう。


「ごめんね、お留守番させる事にはなるけど、ライナに相談してみるから・・・寂しいと思うけど、ちゃんと帰って来るから。それは約束する。絶対帰って来るから」


丸い家精霊を抱え、抱きしめながら一方的に約束した。

この子はずっと家主の居ない家を守り、やっと出来た家主が毎日帰って来るのを喜んでいる。

その反面家主が出て行った時、また持ち主が居なくなる事を恐れているんだ。


いや、だからこそ、帰って来た時が嬉しいのかもしれない。

ちゃんと家に帰って来てくれたと。守った家に戻ってきてくれたと。

そんなこの子にとっては、たった数日の留守番でも不安な時間だろう。


「この家を放棄したりしないから。大丈夫だからね」


それでやっと安心したのか、家精霊は何時もの形に戻ってぎゅっと抱きついて来た。

言葉は解らない。だけどその素直な行動と在り方で気持ちは解る。

私は何もかもが中途半端な錬金術師だけど、君の主人だけはちゃんと全うするからね。


「君達も、この子にちゃんと協力してあげてね」

『キャー』

「ん、おねが――――」


ただ一応山精霊にも家の警護は頼んでおこうとしたら、途中で家精霊がバッと身を離した。

そしてブンブンと首を横に振り、腕で×を作り、口も焦った様に動いている。

その様子に驚きつつ山精霊に目を向けると、全員『キャー』っと家の外に逃げて行った。


今の、怒られると思った時の逃げ方だったよね・・・ねえ、山精霊達、一体何をしたの?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あら、セレス、いらっしゃい。すぐに料理持って来るから、そこに座ってて」

「うん、待ってるー・・・」


閉店後の従業員の居なくなった頃、何時も通りやって来たセレスを笑顔で迎える。

椅子を引いて促すと、お腹をぎゅるると鳴らしながら席に着くセレス。

それを見届けてから厨房に向かい、さっと作って精霊達に一品目とお茶を運ばせる。


二品目も作ったら精霊に任せ、三品目は自分で持って行ってお茶のお替りも持って行った。

その頃にはセレスも少しだけ落ち着いた様子で食べているので、正面に座って話しかける。


「リュナドさん、特殊な部隊の隊長になったんですってね」

「あ、うん、精霊兵隊の隊長さんになったんだよ」

「セレスは別に構わないの? 精霊達が領主の兵に付くのは」

「別に私はあの子達を従えているつもりは余り無いし、あの子達がやりたいなら良いかな」


解ってはいたけど、この件に関してセレスは余り関心が無いみたいね。

いや、リュナドさんにとって良い事だ、程度の認識かしら。

精霊兵隊の事自体は彼から聞いている。何せ今日店にやって来たのだから。

湿地の決定をセレスに話す相談を受けるついでに、領主の思惑も含めて聞いている。


「セレスがそれで良いなら良いわ」

「うん? うん、良いよー?」


精霊が今後も美味しい物を食べたいなら、街に居る人間に協力するのは手だと思う。

そうすれば精霊達は感謝されるし、精霊達の為に美味しい物を作る人だって現れる。

精霊達の自由意志で協力をして貰う為に、捧げ物を献上する様になるだろう。

私やセレスが街に住んでいるからじゃなく、精霊達の意志で街を守り続ける未来が来る。


けどそれは、私やセレスが居なくなった後の話。きっと私達が死んだ後の話。

だから私は精霊達に協力しろともするなとも言わない。そんな無責任な事は言えない。

もし私が協力しろなんていえば、私達が居なくなった後が立ち行かなくなるだろう。

するなと言えば、きっと近い未来に街は廃れるだろう。だから――――。


「君達で決めて、君達の好きな様に生きなさい。この事にどういう判断をしても、私はその事に口出しはしないわ。これは私もセレスも居なくなった後、君達がどう在るかの選択なんだから。とはいえセレスがそれで構わない、って言えばだけど」


精霊達にはそう伝えておいた。セレスが良いなら自分の意志で決めろと。

セレスの意思確認は先にしておいたし、その話をした事を彼女には伝えておく。

そうしないとこの子は「ライナが良いならそれで」って言い出しかねないもの。


「そっかぁ、ライナが言うならそれが良いかな」


・・・最初にセレスの意思確認をして置いて良かった。

聞かなくても解る事なら良いけど、そうじゃない事も多いものね。


「ただ出来れば、リュナドさんは助けてあげて欲しいなぁ。それだけはお願いしたいと思うんだ。友達だから、困っていたら助けてあげて欲しい・・・」

「彼本人は大丈夫じゃないかしら。ポケットに居る子が何時も守ってるみたいだし」

「そうかな。なら・・・良いかな」


そもそも彼のポケットの子以外の精霊も、彼の悪口を言った男を治療院送りにしたらしいし。

多分セレスが気にするまでもなく仲間意識が出来てると思うわ。


「ま、悪い様にはならないでしょ。多分だけど」


今回の精霊兵の話は、精霊との協力を確かな物にしたいという以外の意図も在ると思う。

多分領主の思惑としては、セレスの作ったの道具を扱える人間を外に出したくないはず。

だけど今回見せた道具は精霊と協力しなければ使えないと、そう周囲に認識させた。

それはつまり、精霊を連れて行かなければ外では使えないという事。


実際他の領地の人間に道具が流れても、接近戦を近接職並みに訓練している奇特な魔法使いか、近接戦の訓練をし直す覚悟の有る魔法使いじゃないと効果が薄いでしょうし。

結果としてセレスの道具の価値は高くはなるけど、高過ぎる事は無くなるだろう。


何せ勝手に周囲が『精霊とセット』でないと基本的に使えない、と認識するのだから。

本当の道具の価値を認識出来ず、使える場所の限定された道具としての認識が大きくなるはず。


更に言えば王侯貴族に対する警戒も有りそうかな。

王命で精霊兵隊を寄こせと言われても、精霊達は街を守る為以外では動かないと言えば良い。

何と命令されようと、精霊に無理矢理言う事を聞かせる事は出来ないしね。

もしやりたいなら止めないけど、自分達にはどうあがいても無理だと言うだけでしょう。


本来ならそんなに強気には出れないだろうけど、この場合王家や他の貴族も強気には出にくい。

何せ街を守る精霊に敵対されれば、その力が国を亡ぼす方向に動きかねないのだから。


なら下手な事を言うよりも、ある程度好きにさせた方が国にとっては有益だと判断するはず。

現状は下手につつきさえしなければ、税収の良い安定した領地なんだしね。

ただ余り強気すぎると何されるか解らないし、領主も表面上は従うふりするでしょうけど。

・・・王侯貴族が馬鹿でなければ、っていう前提だけど。


「馬鹿領主だと思ってたけど・・・案外頭が回るわね。マスターの入れ知恵かしら」

「ん、何か言った?」

「いいえ、何でも無いわ。気にしないで」


まあ私はセレスと私の店に悪い事が降りかからないなら、それで別に良いんだけど。

後はご近所さんもかしら。なるべく元々街に住む人達は平和であって欲しいわね。


「そう? ・・・あ、そ、そうだライナ、お願いが有るんだけど」

「あら、何かしら?」

「湿地に向かう事が決まったんだけど、日帰りが出来ないみたいなんだ。だから家精霊の様子を、時間の有る時で良いから見に行ってあげてくれないかな・・・」


成程、今日店に来たのはその為なのね。

家精霊か。セレスってばあの子の事はかなりお気に入りよね。


「そういえば家精霊は寂しがりやだって、前に言ってたっけ」

「うん、家に帰って来ないって話を聞いてた時、寂しそうな顔してたから・・・ライナは見えないから対話が難しいかもしれないけど・・・その、だめ、かな?」

「良いわよ、了解。時間の有る時に様子を見に行ってみるわ」

「あ、ありがとう、ライナ、えへへ」


不安そうな顔で御願いをして来たセレスだけど、了承の返事に満面の笑みを見せた。

確かに家精霊は見えないからセレスの様に顔色は窺えないけど、意思疎通を図る術は有る。

そこに居るという事が解っているなら大変じゃないと思う。・・・あ、そうだ。


「家精霊にリボンとか付けても良いかしら。そうすれば何処にいるかだけでも解ると思うの」

「あ、うん、聞いてみる。あの子が嫌じゃなさそうだったら付けとくね」


ここで「解った、付けておくね」じゃない辺りが、相変わらずセレスらしい。

身内には優しい想いを持って行動出来るのよねぇ・・・。

何でこれが出来て相手の思考を探る事が出来ないのかしら。本当に不思議だわ。


さて、それじゃあ明日はセレスの家で寝泊まりすれば良いかしらね。

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