第71話、当たり前の事を返す錬金術師

「ん、出来た。これ仕舞っておいて」


先日早めに作ろうと決めた防寒具が人数分完成し、家精霊に渡して仕舞っておいて貰う。

これぐらい自分でやっても良いんだけど、任せると嬉しそうに従うんだよね。

喜んで指示を聞くのが可愛くて、思わず指示出来る事を探してしまう。

多分あの子は犬型とかだったら、絶対しっぽを全力でブンブン振ってるタイプだ。


「一日で何着も作るとか、あんた本当に何でも有りね」

「・・・そう? デザインとか一切考えてない実用重視だから、たいして難しくないけど」


アスバちゃんは物作り側の人間じゃないからそう思うんじゃないかな。

着飾りたい人に今日作った物を見せたら、見せる事を何も考えてない服と思うだろう。

もしそういう目的で作るなら、内側の生地と外側の生地は別物で作りたい。

偶にはドレスとか作ろうかな。やらないと作り方忘れそうになる時も有るし。


「・・・アスバちゃんなら、似合いそうかな」


うん可愛いと思う。ひらひらの服でニコニコ笑っていればご令嬢に見えるだろう。

・・・日に焼けているから、明らかに屋外活動が多いと解る人には解るけど。

そうだ、今度日焼け止め作ろう。虫が素材の良いやつを。


「何じっと見てんのよ」

「・・・日焼け止め要るかなって」

「日焼け止め? 何興味無いわよ。そういうのは御貴族様の子女にでも売り込みなさい」


そっか、残念。きっとお嬢様みたいになると思うんだけどな。

それに日差しが強い時に肌が焼けるのは火傷と同じだし、自己防衛でも有るんだけどな。

私は基本的に春夏秋冬関係無くローブ着てるから良いけど。


『『『『『キャー』』』』』

「外が騒がしいわね。またリュナドかしら?」

「・・・かな」


私が立ち上がる前に家精霊の手で玄関が開かれ、扉の向こうにリュナドさんを確認した。

そのまま足下の精霊達と一緒に入って来るのを待ち、取り敢えず椅子とお茶を出す。

どっちも出したのは家精霊だけど。


「今日は何の用よ、精霊兵隊長様。お忙しいんじゃないのぉ?」

「ああ忙しいとも。お前みたいに人の家に毎日お茶飲みに来る暇人と違ってな」

「はっ、じゃあ暇じゃなくしてくれないかしら。こっちはずっと待ってるんですけど?」

「なら良かったな。その話をしに来たんだよ。湿地の進入禁止が解けたぞ」


あ、解けたんだ。という事は、もう行ってきても良いのかな?


「それと更にれんき・・・セレスには朗報だ。前回の悪評がおそらく消えて無くなるだろう」


悪評、って言うと、土地をひっくり返して緩くしちゃった事かな。


「どういう事よ、リュナド。あの失敗を無くすのは中々難しいと思うんだけど」

「確かにあの土地の隆起は錬金術師のせい、って噂が向こうの領地では広がりつつあった。だけど事情が変わったんだよ。どうやらあそこに居た蛙の魔獣に馬鹿でかいのが現れたらしい」

「ああ、被害無しじゃ倒せないから倒すなら許してやる、って事?」

「いや、少し違う。どうやらその魔獣は地形と天候を操れるらしくてな、湿地が段々広がって行ってるんだよ。しかも下手に足を踏み入れると下半身を呑まれ、魔獣に食われちまうんだと」


あ、それあの魔獣が増えた時に起こる現象だ。

そうか、湿地帯で戦える人が居ないから止められないのか。


「その結果前に流れた噂は嘘だと判断され、あれは魔獣の仕業だったという話になっている」

「なーる程ね」

「更にこの騒動を予測し、大きい魔獣の出現を予測して退治に行ったのに、あちらの領主がそれを止めに来た事でこの事態になった・・・という筋書きだな」

「あー・・・全部向こうに押し付ける気なのね」

「それが呑めないなら知った事じゃない。賠償金と出入り禁止で了承したのはそちらだろう。という話で我らが領主様が強気で押した結果だな。ま、実際金受け取っておきながらどうにかしろ、なんて話は都合が良過ぎるだろう」


私としては難しい話は別にどうもで良い。リュナドさんにお任せです。

取り敢えず湿地に向かって良くなったのと、悪く言われないならそれはそれで良いかな程度だ。


「それにしても、そんなのが居るなら何で前回出て来なかったのかしら」

「・・・多分、環境対応による変化、だと思う」

「環境対応?」

「・・・うん」


蛙の魔獣に限らず、魔獣は時々環境の変化に対応して急激な変化をする時が有る。

つまり前回の急激な群れの減少に対応する為に、強固な個体が現れたという事だろう。


勿論全ての魔獣がそうなる訳じゃなく、むしろ変化する事なんて滅多にない。

もし良く変化が起きていたら、世界中混乱の渦になっているんじゃないかな。

予測でしかないけど、素質を持った魔獣が生命の危機に際し変化する事が有るのだと思う。


「・・・あそこの魔獣は数が多かったし、前回の壊滅する様な魔法による危機感から急激な変化が有った、のかもしれない」

「あー・・・つまり、どっちにしろ結局私が原因なのね・・・」


あ、アスバちゃんの顔が暗くなってしまった。

い、いやでも、偶々今回はアスバちゃんがきっかけだっただけだと思うよ。

日常的な同胞消滅に対応する為に、何かしらの変化があった可能性はあると思うし。


「・・・偶々今回は魔法がきっかけになった。それだけだと思う」

「そう・・・でも結果は結果。私の失敗の事実は変わらない。私はそこを誤魔化す気は無いわ」


うーん、アスバちゃんは自分に厳しいなぁ。

私なら「気にしなくて良いよ」って言われたら「解った気にしない」って返しちゃう。

・・・それで時々怒られるんだけど。だって気にしなくて良いって言われたのになぁ。


「出入り禁止が解除されたという事は、行くのは錬金術師だと思われている。そしてあんたならそつなくやれるんでしょうね。だけど・・・お願い。私にやらせて」


拳を握り、真剣な目で、静かに頼み込んで来るアスバちゃん。

それは以前感じた時と同じ様な、そうしなければいけないんだと強迫観念すら感じる様子で。

だけど彼女が私に頼む意味は無い。だって当たり前だ。そんなのは今更な話だ。


「・・・今更、何言ってるの?」

「―――――っ、そう、よね」

「・・・ん」


理解の言葉と共に静かに顔を伏せるアスバちゃんに頷いて返す。

私はあの時、貴方に代わりに行って貰うと約束した。

まだその約束を無かった事にはしていないし、別にする気も無い。


アスバちゃんがやりたいと、友達がやりたいと言っている事に否という気は無い。

嫌な事を頼まれた訳でもないんだし、今さら確認を取らなくても構わないのに。

家精霊に視線を向けて何時もの道具と、アスバちゃん用に調整した道具を持って来て貰う。


「な、なあ、セレス――――」

「・・・はい、手袋と靴。ローブは洗っ――――え、何リュナドさん」


道具類をアスバちゃんに渡そうとするとリュナドさんに話しかけられ、何だろうと顔を向ける。

だけど彼はキョトンとした顔で私を見ているだけで、私の問いには答えない。

彼の反応の意味が解らず助けを求めてアスバちゃんを見ると、彼女も同じ様な顔をしていた。

え、な、何、私何か変な事した? 何でそんな不思議そうな顔で見るの?


「・・・何か、おかしな事、した?」

「―――――く、くくっ、あははははは!」


不安になって首を傾げながら訊ねると、アスバちゃんは堪えきれないという様子で笑いだした。

え、や、やっぱり何か変な事してたのかな。私何したの?


「ふふっ、そうね、私が馬鹿だったわ。そうよね、伺いたてる私がおかしいわ。ええそうね、行くのが決定事項なんだから、我ながら馬鹿な事を訊ねたわ」


あ、そ、そういう事か。自分の質問がおかしくて笑ってたんだ。

良かった、変な事したとかじゃなくて。びっくりした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


リュナドから事情を聞き、錬金術師の慰める様な言葉を聞いても、自分で自分を許せない。

結果が良くても失敗は失敗。そこを誤魔化す気は無いし、してはいけない事だ。

それなのにもう、私はその失敗の借りを返す事が出来ないかもしれない。

出入り禁止が解けたという事は、本人が行けば良いのだから。


彼女にしてみれば私はただの役立たずだ。連れて行く価値はないだろう。

前回は完全に邪魔しかしていないんだから、その判断こそが当然と言える。

私が行く意味が在るのは、彼女が自分では向かえなかったからだ。


つまり、この時点で、私はもうここに居る意味が無い。

ならその事を認識して素直にこの場を去るべきだ。

別の形で借りを返す様に、何か対策を考えるべきだ。

だけど――――――。


「・・・お願い。私にやらせて」


図々しいという事は頭では解っている。

逆の立場だとしたら、連れて行く事の利点なんて欠片も無いと、私だって思うのだから。

それでも気が付いたら、彼女を見つめてそう口にしていた。


「・・・今更、何言ってるの?」

「―――――っ、そう、よね」

「・・・ん」


だけど返って来たのは、思った通りの不必要だという答え。

頭では解っていた。解っていたけど、自分で思っていた以上にショックを感じている。

この錬金術師なら、彼女なら頷いてくれるのではと、心のどこかで思っていたから。


「な、なあ、セレス――――」

「・・・はい、手袋と靴。ローブは洗っ――――え、何リュナドさん」


おそらくリュナドが口を利いてくれようとしたのを感じ、それを止めようと顔を上げた。

だけどそこに在ったのは、私用に調整した道具を差し出す彼女の姿。

先程の言葉とその行動のちぐはぐさに、リュナドも私も意図が解らず呆然としてしまう。


「・・・何か、おかしな事、した?」


眉間に皺を寄せて首を傾げ、彼女はそう訊ねて来た。

そう、訊ねて来たんだ。今やっている行動の何がおかしいのかと。


「―――――く、くくっ、あははははは!」


笑いが込み上げて来る。ああそうだ、知っていたじゃないの。彼女は様々な事に興味が無いと。

なら、私が付いて来るのだって、私がやりたいようにするのだって興味が無い。

やりたいならやれば良い。ついて来たいならついて来れば良い。そういう事だ。

許可を取るなんて、そもそも「今更の話」なんだ。


「ふふっ、そうね、私が馬鹿だったわ。そうよね、伺い立てる私がおかしいわ。ええそうね、行くのが決定事項なんだから、我ながら馬鹿な事を訊ねたわ」


ほんと馬鹿みたい。こいつ相手だと本当に空回ってばかりな気がするわ。

・・・ありがとう、好きにやる許可をくれて。


「次は、絶対に失敗しない・・・!」

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