第70話、友人の昇進を喜ぶ錬金術師。

「頑張って・・・!」


気合いを入れてリュナドさんに応援を送り、手袋と靴を手渡した。

だけど彼は少し元気無さそうに受け取って、兵士達が皆見える様に作った空間に向かっていく。

も、もしかして、彼もあんまり目立ちたくないのかな。で、でも代わるのは怖いし・・・。

何だか押し付けた気もしてきて、申し訳なくて視線が地面に落ちてゆく。


「あら、何よあいつ、普通に動けるのね」


アスバちゃんの声が耳に入って顔を上げると、彼が槍を手に軽く振って動きの確認をしていた。

その動きは確かに槍を使い慣れた様子が見えるけど・・・少し動きが鈍い様な気がする。

兵士としての職務から離れてそこそこ経つし、そのせいなのかな?


「流石に刃は潰してるみたいね」

「・・・みたいだね」


とはいえ槍なのだから、突きに当たれば大怪我をするだろうけど。

ちょっと心配になって来た。大丈夫なのかな。やってるうちに動きを思い出すのかな。

動きの鈍さにハラハラしながら見守っていると、彼の前に兵士さんが一人出て敬礼をした。


「私がお相手を務めさせて頂きます。宜しくお願い致します」

「こちらこそ宜しくお願いします、先輩。お手柔らかに」


あ、あの兵士さんリュナドさんの先輩なんだ。先輩さんで覚えておこう。

呼ぶ機会やもう一度会う機会が有るかどうか解らないけど。


「今は貴方の方が立場が上ですよ。こちらこそ胸をお借りします」

「顔が久々に叩き潰してやる、って顔になってますよ」

「いやいやまさかまさか、私共を完全に抜き去っての大出世した方にそんな不敬な」

「あはは・・・望んで出世した訳じゃないんですけどね・・・」


二人はお互いに構えたけど、今から武器を振るうような緊張感が無い。

仲良しさんなのかな。リュナドさんも先輩さんも笑顔で楽しそうだ。

だけどその穏やかそうな空気も、少ししてピリピリと張りつめた空気に変わって行った。


「――――っ!」


先に動いたのは先輩さんで、突撃と同時に槍を突き出した。

リュナドさんは予測していた様で危なげなくはじいたけど、それは先輩さんも同じだった様だ。

槍を引かずにそのまま距離を潰し、弾かれた槍の勢いそのままに石突で顔を殴りに行った。


『キャー』


そこで『今だ』と言っている様に感じる精霊の鳴き声が響く。

そしてそれはまさしく間違っていなかったのだろう。

リュナドさんは弾いた槍を戻さず、迫りくる石突に手を突き出して受けに行った。

それも受け流すのではなく、完全に受け止めに行く体勢だ。


あの勢いで振られた武器に手を出して、受けた手が無事で済む訳が無い。

普通はそう考えるし、それが当然の事だろう。あれは本来は無茶な行動だ。

けど実際には打撃音も殆ど出さずに受け止め、その事に先輩さんは戸惑いの顔を見せた。


「甘いですよ先輩。これは槍の訓練じゃない、道具のお披露目なんですよ」

「ちっ!」


先輩さんはリュナドさんの言葉で冷静に戻り、一旦手を弾き上げて距離を取ろうとした。

動きからは多分そう見えたけど、残念ながらそれは叶わない。

リュナドさんが言いたい事を言い切ると同時に、先輩さんを槍ごと持ち上げてしまったせいだ。

先輩さんはまた驚く表情を見せ、そして正気に戻る前にぽいっと前に投げるリュナドさん。


『キャー』

「―――――がっ、つうっ・・・!」


投げ飛ばしたと同時に精霊が鳴き、その声が追撃に行けと言う意味だと思ったのだろう。

先輩さんは上手く受け身を取って即座に起き上がり、顔を上げて前方を睨んだ。

だけどそこにはもう誰も居らず、先輩さんはこれにも驚きの表情を見せる。


「居な――――」

「後ろです、先輩」


顔を上げた驚きのまま、先輩さんは背後を振り返る。

そこには槍を突き出したリュナドさんが居て、誰の目にも勝敗は明らかだった。


「足音もしなかったのに・・・踏み込み音無しで潰せる距離じゃないだろ・・・」

「足音は有りました。ただ先輩が転がった時の鎧の音に掻き消える程度の音なだけで。そういう道具なんですよ、これ。まともにやり合えば俺の方が弱い。だけどこれが有ればこの通りです」


先輩さんを投げた瞬間、今度は靴に魔力を通して回り込んだ。

靴の力を使えば少なく軽い踏み込でかなりの距離を飛べるし、着地も軽くなるから音は小さい。

驚きが無ければまだ違ったかもしれないけど、あの状態で転がって起き上がってじゃ、そんな小さな音が耳に入る訳が無い。


「ちっ、降参。こんなの勝てるかよ。配備されたらちゃんと使い方教えろよ?」

「あー、ちょっと難点が有るので、それをどうにか出来たらお教えします」

「頼むわ。ま、無理な場合、有事の際は精霊使い様に頼らせて頂きますけどね?」

「・・・勘弁して下さい」


勝負が終わるとまた二人は笑顔になっていた。やっぱり仲が良いんだ。

という事は何時か話す時が有るかもしれないし、顔だけでもしっかり覚えておこう。

先輩さんは手を差し出すリュナドさんに礼を言い、起きたら敬礼をして人の列に戻って行く。


「ふん、中々やるじゃない」

「・・・うん」


リュナドさんは自力で魔力を通してる訳じゃないのに、手袋と靴を完全に使いこなしていた。

精霊がリュナドさんの力加減に絶妙に合わせて魔力を通してる、っていう事なんだろう

どっちが凄いというよりも、息の合ったあの二人が凄いって所だろうか。

ただそれとは別に、一つ気になった事が有る。


「・・・思ったより、弱い」


先輩さんが兵士なのにまあまあ程度の力量だったのが気になる。

まさか強い兵士さんであれなのかな。それともちゃんと強い人が居るんだろうか。

少なくともあの力量なら、4,5人ならナイフだけで対処出来る自信が有るんだけど。

もしあの程度の人しかいないなら、手袋と靴を早めに作った方が良いかも・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あー、何とか無事終わってよかったぁあああああ!

錬金術師と領主の目的の手前、苦戦する訳にはいかなかったから本当に良かった!

手袋と靴の有用性もしっかり見せたし、これ以上ない結果だろ!!


「ちゃんとやってくれてありがとうな」

『キャー』


ポケットで『当然』と胸を張る精霊に、今日は美味い物でも買って帰ってやろう。

こいつがちゃんと俺に使いやすい加減でやってくれたから、今回はあそこまで上手く行った。

久々に槍を使うからと、どれだけ動けるのか確かめるふりをして小声で相談した成果だ。


先輩の性格と動きは大体知っているし、俺がどういう風に動くのかも先輩は大体知っている。

なら絶対あの人は力で押してくると思ったから、それを真正面から受けさせて貰った。

素の力じゃ絶対負けるからなぁ。兵士時代程訓練もしてないから余計に勝てないだろう。

けどこの手袋と靴が有れば、刃物以外は何の問題も無い。


「領主様、これで宜しいですか?」

「ああ、これ以上無い良い仕事だった」


ニヤリと笑う領主に、本気で満足だというのが見て取れる。

とはいえこれで不満とか言われたら、流石の俺でもフザケンナと不満を表に出しかねないが。

取り敢えず後の事はもう領主に任せようと思い、一旦彼の斜め後ろに控える。

領主は一歩前に出ると兵士達を見回しながら口を開いた。


「見ての通り、道具の有用性は理解して貰えたと思う。あんな動きが彼に出来ない事は新兵以外は知っているだろう? つまりあの道具を使いこなせれば、皆も同じ事が出来るという訳だ」


いや、流石に新兵には負けない自信が有りますよ。

これでも兵士の中では真ん中ぐらいの実力は有ったと思ってますし。

というか、地味に言い方酷くないですか。


「だがあの道具を使うには条件が、魔力をあの道具に流す技術が必要になる。現時点で単独で使える可能性が有るのは、魔法使いの面々だけだろう」


多分そうなるだろうな。とはいえそうなれば接近戦も行ける魔法使いが出来上がる。


「だがしかし、私はこの道具は、接近職が使ってこそだと思う。確かに魔法使いの補助にはなるだろう。だがそれはあくまで補助だ。実際に接近戦になってしまえば、下手をすれば逃げる事すらままない可能性も有る。元々そちらが主体の戦術では無いのだからな」


ちょっと驚いた。領主様ってば、思ったよりちゃんと考えてる。

凄い失礼な考えなんだろうけど、ちょっと見直した。


「だから私は君達に、一般の兵士達に、この道具を使える様になって欲しい」


・・・言わんとする事は解るけど、それは中々厳しいんじゃないだろうか。

魔法が使える素質が有るか無いかもそうだし、訓練しても成果が出ない可能性だってある。

ちょっと頑張れば誰でも魔法が使えるなら、今頃もっと魔法使いが沢山居るはずだ。

兵士達も同じ事を思っているんだろうか、少し動揺が見て取れる。


「慌てないでくれ。君達が魔法を使えない事は重々承知している。だが聞いて欲しい。彼も魔法は使えない。使えないがあの道具を使ったのだ。どうやったのか。ネタは簡単だ。精霊に力を借り、精霊と力を合わせる事によってあの戦闘能力を実現しているんだ」


・・・ん、待った、何かおかしな流れになって来てる気がする。すっごい嫌な予感がする。


「よって君達にも協力してくれる精霊を、リュナドの協力の下作って貰いたい。これは単純にこの道具を使う為だけの話ではない。君達の子が、孫が、未来の子孫が街で無事に生きて行く為に、精霊と共存して無事に街を残す為にも、君達兵士には精霊との協力関係を築いてほしい」


あー、そんな気がしましたよ! 勘弁してくれませんかね!

こいつら別に俺の言う事素直に聞く訳じゃないんですけど!

でも言ってる事はそこまで間違いでもないから反論し辛い・・・。


「これは私が死んだ後も考えての事だ。皆、頑張って欲しい。だが全員が精霊の協力を得られるとは思っていない。おそらく少数になるだろう。成し得た人間達には精鋭部隊として新しく精霊兵隊として隊を組んで貰い、隊長にはリュナドになって貰おうと思っている」

「・・・は?」


何言ってんのこの人。え、何、俺が隊長? 待って、錬金術師との交渉役はどうするんだ。


「おそらく彼以上に精霊に協力を求める事が出来る人間は居ない。とはいえ彼には別の重要な仕事も任せてある以上、何時でも部隊を率いるという事は出来んだろう。故に隊長となれる者が、精霊との協力を成せた上で部隊を引きいる事が出来る者が現れるまでとなるかもしれん」


いや、そもそも俺も隊長経験とか無いんですけど。普通に一般の下っ端だったんですけど。


「これは今後も、私が死んだ後も、君達が死んだ後も街を守る為だ。精霊と正しく良き関係を持てなければ、そう遠くない未来に街は滅びに向かう。故に精霊との協力を持てた者は、その肩に重い責務とその手に大きな権利が入ると思え。皆の働きに期待している」


そこで領主はくるっと俺の方に振り向くと、両肩に手をポンと置いて来た。


「という訳で頼んだぞ、リュナド。期待しているからな」


嬉しくないです。やりたくないです。

俺にやらせたのは道具の力の証明じゃなく、兵士達を精霊に近づけさせる為か。

兵士と精霊の橋渡しをやらせる為に俺にやらせたのか。くっそ、完全に嵌められた。

確かに兵士達は精霊を避けてるところが有ったけどさぁ・・・!


それで領主の話はおしまいとなり、今日は一旦解散となった。

精霊との対話はまた精霊に機嫌を窺って後日改めて、という事で領主も館に戻って行った。

俺はもう完全に項垂れながら、道具を返しに錬金術師の下へ向かう。


「・・・お疲れ様、リュナドさん。頑張ったね」

「良かったねぇ、精霊兵隊長様ー」


何にも良くねえし本当に疲れたよ。頼むから今は二人がかりの嫌味は止めてくれ。

錬金術師の声がやけに明るいのが殊更きついし、アスバに限ってはニヤニヤ笑いが腹立つ。

俺は平和にのんびりしたいだけなのに。出世とか別に興味ないんだよ・・・!

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