第69話、お手本を頼まれる錬金術師。
「んん~・・・ふはぁう・・・良い匂い・・・」
朝起きて大きく伸びをし、階下から上がって来る香りに目尻が下がった。
以前は毎日起こされていたけど、今は自分で起きてこの香りを確認するのが日課になっている。
お昼寝も許してくれるし、美味しい朝食もあるし、起きない理由も無い。
「着替え・・・あえ、何処置いたっけ・・・あ、あったあった」
もぞもぞと着替え終わる頃には頭も起き、それでも少しポやっとした頭のまま下に降りる。
「おはよう。今日も邪魔してるわよ」
「・・・ん、おはよう」
階下に降りるとアスバちゃんが居て、お茶を飲みながら本を読んでいた。
この間の道具の試験から数日、彼女は毎日この家にやって来る。
特に何する訳でもなく、ああやってのんびりしているだけだけど。
とはいえそれにも理由が有っての事。彼女のとある言葉を聞いて、私がお願いをしたからだ。
「この家、絨毯の練習を始めた後ぐらいから、やたら心地良いのよね。魔力が体に馴染むというか、体が楽になるというか。この家の精霊の力なのかしらね。体の痛みもこの家にいる間は楽になっている様な、回復が早まっている様な気もするわ」
言われてみると、私もこの家に来てから体がだるいと感じた事が少ないと思った。
家の中にいると優しい何かに包まれた感覚を覚えるし、そのおかげで毎日気分良く寝ている。
ならその効果の具合も気になったので、回復速度の確認も考え、時間が有るなら家に来て結果報告を貰えないかと頼んでみた。
「私も暇じゃないんだけど、まあ、あんたがどうしてもって頼むなら別に良いわよ」
「・・・忙しいなら、諦めるけど」
「頼むならって言ったじゃないの! 頼みたいの!? 頼みたくないの!?」
「・・・じゃあ、お願い」
「ふん、最初からそう言えば良いのよ! じゃあ明日も来るからね! 良いわね!!」
という事で、それから彼女は毎日来ている。
暇じゃないって言ってたのに、良いのかな。少し申し訳ない。
それでもお願いを聞いて毎日来てくれる彼女は優しい人だと思う。
でもやっぱりあの勢いにはなかなか慣れないなぁ・・・。
一つ気になるのは何故最初は効果が無かったのかという所だけど、家精霊に訊ねてもその意図は読み取れなかった。
申し訳ないけどジェスチャーでは細かい情報が解らない。ごめんね家精霊。
なので山精霊に間に入って貰ってみると、面白い返事が返って来た。
『友達ー』
『なかまー』
『変な子ー』
『強いー』
『おかしくれるー』
『遊んでくれるー』
大体こんな感じだったかな。基本的に好ましい判断が見て取れる。
少し山精霊の主観が入っている気がするけど、多分彼女を仲間だと認識したんだろう。
つまり家の主人である私が友人だと思い、家精霊が認めたから効果が出始めたという事だ。
もしかするとライナとリュナドさんにも似たような感覚が有るのかもしれない。
そう思い二人にも聞いてみたが、二人は良く解らないと言っていた。
何となく居心地が良い様な気がするけど、それ以上の事は解らないそうだ。
多分この辺りは魔法を使える人間と、そうでない人間の差が有るんじゃないかと考えている。
『キャー』
「あ、手拭い持って来てくれたんだ、ありがとう」
台所からニコーッと笑う家精霊を見るに、山精霊に頼んだんだろうな。
どちらにも礼を言って井戸に向かい、顔を洗ってすぐに家に戻った。
そろそろのんびり外で顔を洗うには寒さが厳しくなってきた感じがする。
流石に防寒具作るか。倉庫に毛皮が残ってるし、ローブの中に着込む物でも作ろう。
「今日も美味しそうだね、ありがとう」
家に戻ると食事の準備が出来ていたので、手拭いを受け取りに来た家精霊を撫でて労う。
毎日毎朝欠かさず出される朝食は幸せの味がする。この子の存在は本当にありがたい。
「贅沢よねぇ、毎日こんな美味しい物が毎朝出て来るとか。下手な貴族様より良い生活してるんじゃないの? それにこれ、多分食事にも精霊の力が籠ってるわよ。微かにだから、気にしないと気が付けない程度だけど」
という事は、この朝食も私の体を助けてくれていたという事だろうか。
感謝しながら朝食を食べ、食後のお茶を飲んでぽやーっとした時間が流れる。
はふっと一息吐いて今日はどうしようかなと考えていると、家の外で遊んでいる精霊達の鳴き声が大きくなった。
「・・・何か有ったのかな?」
言葉の意味は解らないので呼ばれている訳ではないけど、気になって玄関を開ける。
寒い風が家の中に入り少し身を震わせつつ外を見回すと、街道に続く道からリュナドさんがやって来たのが目に入った。
「あら、リュナドじゃない。湿地に向かう日でも決まったのかしら」
「・・・なのかな」
アスバちゃんは私を風よけにしながら顔だけ出し、首を傾げながら予想を口にする。
正解は聞けばすぐに解ると思うし、寒いので彼が家にやって来るまで待って招き入れた。
「何しに来たのよリュナド。湿地に向かえるようになったの?」
「何でお前が家主みたいな態度なんだよ」
「別に良いじゃないの。あんた達二人の会話見てるともどかしいのよ。もっとちゃっちゃと会話しなさいよ、面倒臭い」
「お前が短絡的過ぎるんだよ。考える時間を持て。後落ち着きが無い。もう少し落ち着け」
「っさいわねぇ、良いから用件を話しなさいよ」
「お前のせいで用件が話せてないんだと思うんだが・・・まあ良いか。悪いが湿地の話で来た訳じゃない。錬金じゅ・・・セレスに頼みが有って来た」
まだ呼びなれないのか、彼は私の名前を呼び直していた。
私もまだ門番さんと言ってしまう時が有るので仕方ないと思う。
しかし彼が改めて頼みって何だろう。
「前に靴と手袋の有用に関しての話をしただろ。あれで領主が実際に見せて欲しいって話になったんだ。んで、まあ、お願いしたいんだが・・・どうかな」
成程、確かに使った所を見ないと効果は解らないか。
じゃあ持って行くのは前にリュナドさん用に作った物が良いかな。
使えると思ったならそのまま練習するだろうし、アスバちゃん用のは小さいだろう。
「あー・・・駄目、か?」
あ、しまった、了承する前提で悩んでいたけど、返事をしなかったせいで困らせてしまった。
「・・・良いよ」
「そうか、それは良かった。時間のある日で良いんだが、何時頃が良い?」
「別に今すぐで良いんじゃないの? 今日急ぎでやる事も無いんでしょ?」
「・・・ん、そうだね。今からで良い」
「あー・・・まあ、良いか。じゃ今から向かうとしよう」
という訳で出かける事が決定し、話を聞いていた家精霊が既に外出準備をしてくれていた。
なのでローブを着て鞄に道具を詰め、絨毯で領主館へ向かう。
アスバちゃんも付いて来ると言い、私、リュナドさん、アスバちゃんの順番で乗っている。
「が、顔面が冷たい・・・!」
「ちょっと動かないでよ、あんたを風よけにしてるんだから!」
「勝手に風よけにして文句言うなよ・・・!」
「あんたの方が図体でかいんだから良いじゃないの!」
・・・私も寒い。これは湿地に向かう前に本格的に対策した方が良いかもしれない。
確実に湿地の方が寒いだろうし、早めに防寒具を作っておこう。
領主館に着いたら何時も通り中庭に降りて、後はリュナドさんに任せる。
彼が使用人に話をすると、その人に客室に通されて待つ事になった。
お茶を飲みながら待つ事暫く、役人さんらしき人が呼びに来たので客室を出る。
そのままリュナドさんの背中にくっついて付いて行くと、何故か外に出た。
「来たか、準備は整っている。じゃあ頼むぞ」
領主館の庭に、人の居ない中庭じゃない外側の庭に、沢山の人が整列している。
その視線が一斉に私達に向き、怖くて即座にリュナドさんの背後に隠れた。
え、何でこんなに人が沢山居るの。領主に見せるだけじゃないの!?
「じゃあセレス、彼等に使う所を見せてやって欲しいんだけど、道具を出して――――――」
「何を言っている、リュナド。それじゃ意味が無いだろう」
「・・・は? 領主様、どういう事ですか?」
「元々の持ち主じゃない人間が使えると証明してこそ意味が在る事だろう。お前が使って見せた方が効果が有る。報告ではお前も高く飛んだと言っていたんだし、出来るだろ?」
「・・・え?」
あ、よ、良かった、何だか私やらなくて良さそう。
こんなに沢山の人の前に出て行くとか絶対無理だったから助かった。
ご、ごめんねリュナドさん、頑張ってね。
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先日話し合った道具の有用性に関して、領主に実際に使っている所が見たいと言われた。
なので錬金術師に協力を求めると少し悩んではいたが、割とあっさりと了承を貰えた。
まあ売り込みの相談をしていた訳だし、その辺りは元々想定済みだったのも有るんだろう。
という訳で絨毯で領主館へ向かう事になったが、余計なおまけが何故かついて来た。
錬金術師が拒否しなかった以上俺に文句を言う事は出来ない。
ただ本人には文句を言い返しておいた。勝手に風よけにするな。
領主館に着くと錬金術師が来た事を話し、領主の準備が整うまで客室で待機。
そして魔法使いと兵士達が揃った所で庭に呼ばれ、後は錬金術師が見せるだけ――――。
「何を言っている、リュナド。それじゃ意味が無いだろう」
―――だと思ったのに、何故か俺がやる流れになっている。
いやいや待って待って、確かに道具を使った事は報告したけど、精霊の協力の下っていうのもちゃんと報告したよな! 絶対報告したはずだぞ!
『キャー』
いや、任せろじゃねえよ! 任せたくねえよ! 目茶苦茶怖かったんだぞ、あれ!
俺自身が使えない事は良く知ってる二人に助けを求める様に目を向けると、錬金術師は顔を伏せていて様子が解らず、アスバに関してはニヤニヤと厭らしい笑いを向けている。
あ、こいつら全く助けるが気ない。
「・・・リュナドさん」
と、思って項垂れていたら、錬金術師が俺の袖を引いた。
まさか助けてくれるのかと期待して彼女の次の言葉を静かに待つ。
「頑張って・・・!」
だが紡がれたのは有無を言わさぬ力の有る、低く唸る様な「行け」という言葉であった。
その際に顔を上げ、最近見慣れたと思った睨み顔に、更に眉間に皺の寄った顔を見せられた。
これもう嫌とか言えない。行くしかない。
「・・・道具・・・借りるな」
彼女から靴と手袋を受け取り、死んだ目で兵士達の下へ向かう。
最近握って無かった槍を兵士に渡され、ああ懐かしい感触だなと、もう考えるのも諦めた。
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