第68話、逆らってはいけない錬金術師。
家への帰り道はリュナドさんの背中に隠れ、その大きな背中はやっぱり安心する。
周囲からの視線も余り気にならなくなり、足元で踊る精霊の鳴き声を聞きかながら帰宅。
庭に足を踏み入れると『『『『『キャー』』』』』と山精霊達の合唱に迎えられた。
鳴き声で気が付いたのか庭に足を踏み入れたからか、家精霊も出て来て近くまでやって来る。
歓迎を身振りで解る動きで見せて迎えてくれる精霊に、にっこりと笑顔を返した。
「ただいま」
帰宅の言葉を継げると家精霊は『お帰り』代わりにギューッと抱きつく。
暫くそうしてから離れると、私から荷物を受け取り家へと促してくれた。
「・・・相変わらず、見えないと不思議な光景だな」
「そうよね、やっぱり」
後ろでリュナドさんとアスバちゃんが見えない家精霊に同じ気持ちを持っている様だ。
見えてるとピョコピョコ可愛く動く子なんだけどなぁ。
見せてあげられないのが残念だなと思いながら、家に入って全員テーブルに着く。
少しして人数分のお茶が家精霊によって運ばれ、一口飲んでほっと一息吐いた。
「ありがと、美味しいわね」
「え、アスバ見えてるのか?」
朝と同じ様に礼を伝えるアスバちゃんだけど、それを見てリュナドさんが驚いた顔を見せる。
「見えてないわ。魔力で何となく位置が解るだけよ。それでも何となくだけど」
「はー・・・魔法使えるとそういう事も出来るんだな・・・ここか、ありがとな」
二人に礼を言われた家精霊は、えへーっと嬉しそうに笑ってお菓子も持って来た。
自分で作ったらしいクッキーだ。何でも作るなぁ、この子。
「そういえば、考え無しだったせいでローブを血だらけにしちゃたわね」
「・・・別に良いよ。洗えば良いだけだし、道具は汚れる物だから」
「それもそうね。でも一応謝っておくわ。ごめんなさい」
アスバちゃんはクッキーをカリカリと食べながら謝り、お茶を飲んではふっと息を吐く。
何だか普通に和やかな雑談で、ただそれだけの事がとても楽しい。
「道具の試験は問題なく終わった感じなのか?」
「一切問題無かったわね・・・そういえば、ここの領主は魔法使いは抱えてないの? 私程じゃないとしても、多少使える人間を抱えていると思うんだけど」
「多少は居るぞ。言う通りお前みたいなとんでもないのは居ないけどな」
「そう、ならそいつらにこれらを使える様にさせると良いわよ。あっという間に戦力増強になるわ。ただその程度じゃ精霊に勝てないから、どっちが上かは教えておくと良いと思うけど」
そう言って手袋をひらひらさせるアスバちゃんと、受け取って真剣に悩み始めるリュナドさん。
何か難しそうな話を始めたなぁと、のほほんと山精霊にクッキーを食べさせつつお茶を飲む私。
「勿論領主からそれなりの額を引き出しなさいよ。魔力操作さえ出来て使いこなせれば、接近戦で役立たずな人間が即戦力になるんだから。支払いに躊躇する様な道具じゃないわよ。ね?」
「そう、だな・・・考えてみる」
だけどアスバちゃんがニヤリと笑いながら私に視線を向け、リュナドさんも真剣な表情で私を見つめ、話の流れを余り良く聞いてなかった私は慌てて背筋を伸ばして二人の顔を見る。
え、え、何、この道具いるの? リュナドさんが要るなら、別にお金貰わなくても作るけど。
「・・・私は別に、どっちでも、良い」
「駄目よ。仕事には正当な対価を求めるべきだし、払うべきよ」
あ、あう、何だか鋭い目で駄目って怒られた。若干声も硬くて怖い。
だ、駄目なの? お友達に作ってあげるのは、別に良いと思うんだけど・・・。
「ああ、そうだな。依頼なら払われるべきだ。道具の有用性も含めて、領主に話してみる」
リュナドさんもアスバちゃんに同意の様だ。うにゅ・・・そっか、駄目なのか・・・。
依頼って言ってるし、お仕事としてやるからって事、なのかなぁ。
「そうしてちょうだい。彼女はこういう交渉に興味が無いようだけど、評価されるべき人間は正当に評価されるべきだし、正当な報酬を受け取るべきだわ。少なくとも彼女は評価されるべき人間だもの。まあ、別の領地の貴族共に比べたら、よっぽどちゃんと評価されている様だけど」
・・・え、えっと、今のは褒めて貰えた、って事で良いのかな。
評価って言われたから多分そうだよね?
しかしそっか、ちゃんとそれなりの金額を受け取らないと駄目なのか。
でも私には価値とか良く解らないし、その辺りはリュナドさんに任せよう。
彼ならきっと良いようにやってくれると思う。何時も助けてくれる頼りになる人だし。
「そうだ、何ならリュナドも使える様に鍛えてあげても良いわよ?」
「・・・俺にも魔法が使えるのか? 使えないと思ってたんだが」
「魔法まではいかなくとも、道具を使う魔力操作までならいけるんじゃない? とはいえ私は甘くないから、教えるとなったら容赦はしないわよ?」
「う、そ、それも、考えておく・・・。」
魔法の練習かぁ。懐かしい。私もお母さんに教えて貰ったなぁ。
錬金術やるなら魔法は避けて通れないって言われて、割と幼い頃に叩き込まれた。
彼が学びたいなら私も教えてあげられる、かな? 庭で一緒に練習しても良いなぁ。
「・・・庭、使う?」
「そうね、練習ならここでやっても良いかもね」
「い、いや、やるってまだ決めてないから。やる気になったら、その時は頼むよ、うん」
そっか、ちょっと残念。一緒に練習するのは少し楽しそうと思ったんだけどな。
でもやる気になったらって言ってるし、その時は全力で協力しよう。
その後は少しだけ雑談をして解散し、私は予定通りのお昼寝を堪能で来たので幸せです。
ふかふかー。
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建付けの悪い扉の音が耳に入り、何時も通りに入って来た客に目を向ける。
見ない顔だ。年齢は・・・青年、って所か。
青年は従業員に促されて席に座り、キョロキョロと解り易く店内や俺を観察していた。
ただそれは完全におのぼりさんの様相で、少しばかり頼りなさげな雰囲気が見える。
そんな青年を見て何を思ったのか、酔った常連が傍に寄って同じテーブルに座った。
「おう兄ちゃん、新顔だなぁ?」
「え、ええ、その、はい」
「そーかそーか、ここには噂を聞いて来た感じかぃ。あ、街じゃなくて、この酒場な」
「え、まあ、その、ここに来れば、仕事の情報を貰えるかもしれない、とは」
何とも中途半端な情報で来たものだ。大体それならば店主に話しかければ良いだろうに。
と思いつつも、別段俺から声をかけてやる義理も無し、二人の会話を何となく聞いていた。
「そうかぁー、兄ちゃん、街にも最近来たばっかりかぁ」
「そうですね、最近大きくなったこの街に、ここなら何か有るんじゃないかって」
「いいねぇ、若者は希望に溢れてるねぇ。おっさんは急な変化に飲むしか思いつかねえよ」
お前は何時どんな時だって飲みたいだけだろ酔っ払い。良いからツケを払え。
今日の絡み酒は殊更うっとおしそうだし、こっちに来たら殴って帰そうか。
「なら街に来たばかりの兄ちゃんに、おっさんが良い事を教えてやろう」
「良い事、ですか?」
「そう、良い事だ。この街には、逆らわねえ方が良い連中が三人いる、ってな」
「逆らわない方が、ですか。領主、貴族とか、ですか?」
「ないない。ここの領主は、まあ限度が過ぎれば大変な事になるが、よその街に居る様な御貴族様みたいな事は滅多にしねえ。大丈夫だ。まあ勿論、領主としての権限は使ってくるがなぁ」
「は、はぁ・・・?」
酔っ払いの言う事が目茶苦茶で困惑してるな。ただ大体間違ってない。
奴は基本的に解り易く貴族の権限は振るわない。とはいえ命令は徹底させるがな。
そこが成立していなければ流石に領主はやってられんだろう。
しかし、酔っ払いの絡み酒も偶には良い事をする。
奴の情報は間違いなくこれからの青年の助けになるだろう。
「先ず一人は、解っちゃいるとは思うが、噂の錬金術師だ。奴だきゃぁ絶対に逆らうな。喧嘩を売るような態度も見せるな。敵と認識されたら確実に殺されるぞ~?」
「う、噂は聞いてますけど、そ、そこまで危ないんですか?」
「手を出さなきゃぁ問題ねえさ。近づかなきゃ良いだけだ。向こうから寄って来るこたぁない。別に悪人って訳じゃないのは街を見たら解るだろう。奴が来てからこの街は大きくなった。それに奴のお陰で街が救われた事も有る。ただ喧嘩は絶対に売らねえ方が良いって話さ」
錬金術師の噂はまるっきりの嘘も有るし、完全な真実も有る。
本当なんだが眉唾扱いになっている物も有るな。
青年がどれを聞いているかは定かではないが、どれだろうが酔っ払いの言う事は正しい。
あの錬金術師は絶対に喧嘩を売ってはいけない相手だ。
「次に、街の役人で精霊を従えている男が居る。街中を歩き回ってる小さいのが居ただろ?」
「あ、はい、干し肉をねだられたので分けてあげましたけど・・・」
「そりゃあいい。あいつらの機嫌は損ねるな。ああ見えて精霊だ。とはいえ俺も精霊なんてあれが初めて見た物なんだが・・・この街に元々住んでる連中なら知っているが、ありゃ見た目にそぐわねぇ化け物だ。そしてそいつらに言う事を聞かせているのが、その役人って訳だ」
「せ、精霊より強い、って事ですか?」
「いやあ、本人は普通だな。あいつに従う精霊が不味い、って話さ」
「その人、見てすぐわかる特徴とか有るんですかね・・・」
「周りに何時も精霊が居るから見たらすぐ解るさ。ま、本人は気の良い兄ちゃんだし、そんなに警戒する必要ねえけどな。ただ最近は良くこの店のカウンターで飲んでるから一応気をつけろ」
事情を知っている身としては真実は異なるが、大体間違ってはいないだろう。
以前あの兄ちゃんの文句を言っていた男が精霊にぶちのめされた事が有る。
精霊は従っている訳では無いが、何かしらの思いが有るのは確かだ。
その時本人は居なかったしな。
「最後に最近やって来た、アスバって名前の小さい魔法使いの娘だ」
「小さい、娘、ですか?」
「おうよ、だが娘と言って侮らねえ方が良いぞ。話に聞いた限りじゃ別の街でもそこそこ有名な魔法使いだったらしくてな、実力は本物だそうだ。他の連中が集団で受ける様な魔獣討伐依頼を単独で短期間でこの街でも終わらせたって話だ。侮って喧嘩売るとヤバいぞ、あれは」
あの娘もさして時間が経っていないというのに随分有名になった物だ。
本人が騒がしいのが原因だろうな。勿論実力が有るからだが。
あの娘、錬金術師と同じでどの魔獣相手でも顔色を変えんし、依頼先でも手際の良さに目を丸くしたと連絡が来たほどだ。
「ま、そういう訳で、そいつらだけは本気で気をつけろ」
「ありがとうございます。気を付けます」
「はっはっは、良いって事よ。あ、そうだ、ビビらせただけじゃなんだし、楽しい事も教えてやるよ、こっから少し歩くが、良い食堂が有る―――――」
この酔っ払い、最後の最後に一番やばい所に誘導しやがった。
いや勿論あいつは解って無いし、本当に美味い店を教えようという親切心だろうが。
「実際は・・・あの店の娘が一番危ないと思うがな」
錬金術師に意見を平気で通し、役人の兄ちゃんに笑顔で威圧し、魔法使いの娘を手懐けている。
精霊もあの娘には逆らわんし、万が一あの店で暴れようものなら絶対に黙っていない。
裏側の事情を全部知っていれば、どう考えても一番危ないのはあの娘だ。
「・・・ま、知らん方が幸せだな」
知らなければただ美味くて安くてちょっと精霊が多いだけの店だ。
大人しくしていれば問題無い以上、後は自己責任だ。俺は知らん。
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