第67話、名前を呼ぶ錬金術師。
「・・・そっか、良かった」
使えない物を作ったつもりは無いけど、ちゃんと使えるって言って貰えるのは嬉しいな。
それが友達の助けになるなら尚の事だと思う。うん。
友達・・・で良いよね? 仲良くしてくれるって言ってたんだし。
嬉しく思いながら彼女の行動を待っていると、魔獣を抱えて動かなくなったので首を傾げる。
「・・・どうしたの、行かないの?」
「っ、い、行くわよ! 私は手が塞がってるんだから、そのつもりで誘導してよ!?」
あ、そうか、幾ら軽くても量が有ったら動き難いよね。
「・・・ん、解った。任せて」
ちゃんとその量でも動き易い様に誘導するからね。
今なら靴も使ってるから、歩く道の悪さはそこまで問題にならないだろう。
となると積み重ねてる魔獣が引っかからないように気を付けないと。
「・・・こっち」
山林の先を注視して、歩いた先で戻るなんて事をしなくて良い様に進む。
目の前だけ進めても暫く歩いたら進めない、なんて事になったら二度手間だ。
道中を見ていた限り、アスバちゃんは山林を全く歩きなれていない訳じゃなさそうだった。
だけど歩き慣れているという程には道を選ぶ様子が無かったと思う。
「・・・あっ」
暫く歩き続け、このまま山林を突き進むよりも良い道が見えた。
ただそれは街道に出る道であり・・・そうすると人の目に多く触れる。
「どうしたのよ、立ち止まって。何かあったの?」
「・・・ううん」
いや、今はアスバちゃんが優先だ。うん。が、我慢だ。
そう決めて街道に出る道を進み、私の家へと続く街道に出た。
「・・・う」
街道には街に向かうであろう人、街から出て来た人、どちらもまだ多い時間帯だ。
その視線が山林から出て来た私達に突き刺さる。視線の量が多い。怖い。
フードを深く被り直し、アスバちゃんの方を振り向く。
「街道に出たのね。成程、少し遠くはなるけど、この方が確かに楽ね・・・何ぼーっとしてんのよ、行くわよ。あんまりのんびりしてたら日が暮れるわよ」
「・・・ん」
だけどアスバちゃんはそんな視線に一切気にする事無く、むしろ胸を張って歩き出した。
凄いなぁ、と思いつつその後ろを付いて行くと、視線が私よりも彼女に集まり始める。
「何だあれ・・・あの量を軽々と・・・」
「見た目子供なのに、どういう鍛え方したらあんな事出来るんだよ」
「後ろのあれって・・・錬金術師、だよな」
「え、あれがそうなのか? とんでもねえ奴の傍には同類が集まるのか・・・」
あ、あう、何か凄くこっち見ながらひそひそ話されてる。
彼女に視線が集まったと思ったけど、その後私を襲う視線も増えている。
「はっ、道具のお陰だから素直に喜べないけど、こういう注目のされ方も悪くないわね。これが有れば筋力も有ると誤魔化せるか・・・とはいえずっと使い続ける気なんて無いけど」
私が視線に怯えていると、アスバちゃんはむしろ楽しそうにズンズンと進んでいく。
凄いなぁ。どうやったらそんなに人の前で自信満々に居られるんだろう。
私はせめて多少狼で陰になる位置に立ち、ほんの少しでも目立たない様に進む。
工事現場が近づいて来ると人の目は一層増え、アスバちゃんに縋る様に付いて行く。
来た時も人の目が多過ぎて怖かったので、彼女にずっとくっついて思考を止めていた。
だってだって、この量の人に見られている事を意識したら泣きそうなんだもん。
幸い来た時は全部アスバちゃんが話を付けたから、私は何もしなくて良かったけど。
受付に近づくとその時と同じ様に、いや、それよりも人の目が増えて来ている。
意識すると怖いのでわざと思考を止め、意識を内に向け、ただただ彼女の後を付いて行く。
彼女の背中だけを見て、友達にただついて行っているという事だけ頭に残す。
そうすれば視線が全く怖くなく・・・はならないけど、多少怖くなくなる。
「ほら、終わったわよ。これで良いかしら。状態は良いはずよ。買い取ってくれるわよね?」
「え、あ、ああ・・・ちょ、ちょっと待ってくれ」
気が付くとアスバちゃんは足を止め、受付に魔獣を渡していた。
ただそのせいで少しだけ意識が外に向き、視線を意識して体が硬直する。
しまった。失敗した。怖い。で、でも、もうちょっとできっと終わるだろうし、頑張れ私。
自分を鼓舞しながら体に力を入れ、魔獣の引き取りが終わるのを待つ。
その間もアスバちゃんから離れずに、ずっと彼女の背中に縋っていた。
ただそうしてもやっぱり怖い。おかしい。
門番さ、リュナドさんの後ろだとここまで怖くないのに・・・あ、そうか。
「・・・小さい」
彼の背中に縋る時は、彼の大きい背中が目の前に在る。
視界を塞いでくれるし、何よりもその背中に身を隠せる広さが有る。
アスバちゃんは小さいから縋るには少し頼りない。
うう、これなら彼にも一緒に来て貰えば良か―――――。
「・・・あ」
怖くて視線を一定させずにキョロキョロさせていると、工事現場に彼の姿を発見した。
一瞬、怖過ぎて幻覚でも見たかと思ったけど、どうやら本物みたいだ。
視線が合うと彼は驚いた顔で固まった後、周囲に居る人に何かを言ってこちらに向かって来た。
彼の足元では相変わらず山精霊達がキャーキャーと踊っている。
その様子が余計に安心出来て・・・ああ、そうだ、安心出来る。
門番さんが近づいて来ると、彼が傍に居ると、それだけで心に余裕が生まれるんだ。
あの人なら頼れると、心がちゃんと解っているから。
「あら、あいつ居たのね」
アスバちゃんも彼に気が付き、だけど何だか顔がつまらなさそうに見える。何でだろう。
彼は近づいて来ると私を一度見てからアスバちゃんに視線を向けた。
「何やってんだよお前は・・・彼女を無理矢理連れて来たんじゃないだろうな」
「しっつれいね、錬金術師には・・・た、多少強引だったかもしれないけど、ちゃんと同意の上よ! 道具の使用試験をする為について来させたのよ!」
彼はアスバちゃんの話を聞くと、片眉を上げながら私に視線を向ける。
「本当か? 迷惑じゃなかったか? こいつ時々人の意見一切聞いてないからな」
「何で即座にそっちに聞くのよ! あんた私の話全然信じてないわね!?」
「自業自得だ」
「ぐぬぬ・・・!」
門番さんはアスバちゃんが私を無理矢理連れて来たと思っているみたいだ。
心配してくれてるんだろうな。私が人の多い所怖いの解ってくれてるし。本当に優しいなぁ。
でも今回は私も確かに試験は要るかと思ったし、森の中で色々話していた時間は楽しかった。
なんか、その、えっと、友達と遊びに行ってる感じで、うん、楽しい。
「・・・大丈夫」
「そ、そうか、なら良いんだが。まあ、何かあったらすぐに言ってくれ」
「・・・ん、ありがとう、門ば・・・リュナドさん」
大丈夫と伝えても、それでも心配してくれる彼にお礼を告げる。
そして練習していた通り、門番さんではなくリュナドさんと名前を呼んで。
良し、ちゃんと呼べたぞ。ちょっと間違えたけど、この調子で呼べばきっと慣れるよね。
放り出された時は名前を呼び合う友達が新しく出来るなんて、全く想像しなかったなぁ
・・・あ、あれ、そういえば、私は二人に名前を呼ばれた覚えが無い。
よ、呼んで貰えない、かな。で、でも今まで、自分も呼んでなかったからなぁ・・・。
呼んで、欲しい、な。
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領主に「暇なら工事現場の監視にちょっと行ってくれ」と言われ、現場に向かう事になった。
いやもう、本格的に俺の仕事が何なのか解らなくなるな。
「・・・というか、俺が行って監視になるのか?」
そう思いつつ、足下で精霊が騒ぐのを眺めながら街を歩く。
街では何時も通り精霊使いとして声を掛けられ、精霊達は食べ物を貰って一層ご機嫌だ。
というかこいつらが不機嫌な時って、大体領主と会ってる時なんだよな。
それ以外は殆どご機嫌なんだが・・・何で領主嫌いなんだろうな、こいつら。
現場に着くと皆真面目に働いていて、監視の必要とか有るのかなと思う。
とはいえ一応仕事は仕事だから、ザックリと増設地区を回ってゆく。
ただそこで、俺が向かわされた理由を理解した。
「あれ、精霊使いの役人だ・・・」
「おい馬鹿、目を合わせんな、ぶっ飛ばされるぞ」
「この間馬鹿が精霊に手を出して大怪我したし、機嫌損ねたら俺達もどうなるか解んねえしな」
「おい、サボってる奴居ないかちゃんと指示飛ばせよ。見つかったら洒落にならねえぞ」
・・・何で俺まで錬金術師と同じ様な扱いになってんだよ。
いや、知ってるよ。確かに精霊が各所で荒くれ者ぶちのめしたのは知ってるよ。
けどその現場に俺居なかったじゃん。単独じゃん。何で俺がやったみたいになってんの。
え、まさかもしかして、街中に精霊が居るの、俺が監視させてると思われてんの?
「・・・勘弁しろよ・・・ん、あれ?」
現場監督とやらに挨拶をされながら遠い目をしていると、錬金術師とアスバが目に入った。
気のせいかと二度見したが、やっぱり錬金術師が立っている。ていうか目が合ったくさい。
もしかしてアスバに無理矢理連れて来られたんだろうか。
「気が付かない振りは・・・もう遅いよなぁ。それにもし無理矢理なら後で八つ当たりされるかもしれねえし・・・行くか」
諦めて二人に近づいて、事情を本人に確かめるよりも先ずはアスバに確かめた。
事情を聞くに道具の試験らしく、どうやら同意の上で付いて来ていた様だ。
一応無理矢理じゃなかった様で良かったけど、それよりも不可解な事で困惑に陥る。
「・・・ん、ありがとう、門ば・・・リュナドさん」
態々門番を言い直して名前を呼ばれ、初めて呼ばれたその態度に首を傾げる。
呼ぶ前にぐっと力を入れて、低く唸る様に呼ばれたので全くもって真意が読めない。
名前を呼びたくないなら別に呼ばなくて良いんだけど・・・もうほとんど諦めてるし。
「引き取り額はこれぐらい、だな」
「・・・んー、安くない? あの状態ならもっと高値でも良いはずよ」
「そうは言われても―――」
アスバは魔獣の買い取り額が気に入らない様で、受付と口論を始めていた。
受付職員がチラチラと俺の様子を見ているが、俺はそこにはノータッチです。
自分で頑張ってくれ。その代わりアスバにも味方しない。
そう思いながら情況を傍観していると、くいっと錬金術師に袖を引かれた。
「ん、ど、どうした、何か有ったか?」
「・・・私の名前、憶えてる?」
「え、あ、そりゃ、何度も聞いてるし、ちゃんと覚えているが」
突然どうしたんだ。食堂の娘が何度も呼んでるから、言った通りちゃんと覚えてるけど。
「・・・今度、名前で呼んで」
「え、あ、名前、で? セレス、って、呼べば、良いのか? いや、セレス、さん?」
「・・・セレスで、良い」
「わ、解った」
今日はフードを深く被っているし、何故か頭を下げているから目が見えない。
だけど口元がニタァッと笑ったのは見え、ちょっと怖くなりながら彼女に頷いた。
え、いや、何で突然名前で呼べって話になったんだ?
「はっはっは、ぶんどってやったわ。さあ、帰るわよ! ん、何ぼーっとしてるの、あんた達」
「え、あ、いや、何でもない。か、帰るのか?」
「・・・ん、帰ろう」
「え、いや俺は仕事が――――いや、うん、行くか」
仕事が有ると逃げようかと思ったが、それもそれで心が死にそうなので付いて行く事にした。
というか袖を放してくれないのでついて行くしかないとも言う。力が強い。
・・・さっきの名前で呼べって、本当に何だったんだろう。
もう聞ける空気じゃないよな、これ。
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