第66話、道具の試しをする錬金術師。

魔法使いの女の子と仲良く話せた事に満足しつつ、絨毯で家に帰る。

彼女も自分の宿に戻ったので、今日は静かに寝る事になりそうかな。


「・・・そういえば、門番さ・・・リュナドさんもそうだけど、彼女の事も名前で呼んでなかった。アスバちゃん・・・アスバちゃん・・・よし」


今度は頑張って呼んでみよう。うん。きっと。頑張る。多分。

次回の決意を胸に家に到着し、家精霊の歓迎を受けて中に入る。

上空が寒かったせいか、家の中の温かさが心地良くて一気に眠気が襲って来た。


「・・・ねみゅ・・・あ、そうだ、明日は何にも用事が無いし、一日中寝てても良い?」


ギューッと家精霊を抱きしめながら問うと、顔を上げた家精霊は腕で×を作った。


「えぇー・・・でも何にも無いんだよ? ゆっくりしたいなぁ・・・寝てたいなぁ・・・?」


でも今日は粘って伝えてみると、家精霊はうーんと悩み始めた。

ただ少しして小さな器を取り出し、それを半円の軌道で動かした。

そして一度元の位置に戻すと、一番高い位置に来た時に指をさす。


「んー? んー・・・太陽の動き・・・お昼、かな?」


予測を訊ねると家精霊はコクコクと頷き、最初の位置に器を動かす。

そして伸びをする動きをした後にまたお昼の位置に器を動かし、そこで眠る様な動きをした。


「えっと・・・朝はちゃんと起きて、お昼寝なら良いよ、かな?」


どうやら正解だったらしく、家精霊は両手を上げてニコーッと笑ってくれた。

そっか、お昼寝か。確かに朝食作ってくれるのも考えるとその方が良いか。

どっちにしろ家でゆっくりなのは変わらないし。


「ん、解った。朝はちゃんと起きるね」


家精霊はその答えに満足してくれたのか、ニコニコと手を引いてベッドに連れて行ってくれた。

すぐに着替えて就寝し、今日も気持ち良い空間に包まれながらぐっすりと寝入る。

翌朝は約束通りにちゃんと起きて、お昼寝を楽しみにしながら寝ぼけ眼で階下に向かった。


「おはよ、あんたその寝ぼけ顔の方が受けが良いんじゃないの?」


思わずびくっと固まってしまった。何で魔法つか・・・アスバちゃんが居るんだろう。

キョロキョロと周囲を見るも、今日は台所には家精霊しか居ない。


「この家別の精霊が居るってのは知ってるけど、勝手に扉が開いたり、テーブルや椅子が勝手に動く様子はちょっと怖いわね。お茶やら何やらも勝手に出て来る様に見えるし」


そう言ってお茶を飲むアスバちゃん。

つまり家精霊が招いたって事かな。多分そうだよね。

そうじゃなかったら多分絶対家に入れないと思うし、お茶なんて絶対出さないだろうし。


「朝食が出来たみたいね・・・何してんの、あんたの為の朝食でしょ?」

「・・・あ、うん・・・食べる」


ぼーっと寝ぼけた頭で状況確認をしていると、家精霊がやけにご機嫌に朝食を用意し始める。

テーブルに私とアスバちゃん、そして精霊達の分を置き、当然の様に食べ始めるアスバちゃん。


「美味しいわね。多分精霊は・・・この辺、よね。ありがとう」


どうやら魔力で大体の位置が解る様で、家精霊に礼を告げるアスバちゃん。

家精霊もニコーッと笑顔で何かを口にしたようだけど、やっぱり声は聞こえてない事にしょぼんとしていた。

食べ終わって一息吐いた所で目が覚めてきて、彼女が何故居るのかのかという疑問を思い出す。


「・・・何しに来たの?」

「ご挨拶ね。別に食事をたかりに来た訳じゃないわよ。あんたが調整した道具、その後付けてないし、一度も試しに使ってないじゃないの。湿地に行くのは延期になったけど、その前に試しておいた方が良いでしょ」


ああ、そういう事か。そういえば確かに昨日は完全に潰れてたから試してなかったっけ。

絨毯が使えるなら問題無く使えると思うけど、一応試しておいた方が良いのは間違いない。

そう彼女の言葉に納得している間に家精霊が調整した道具一式を持って来てくれた。


「・・・本当に優秀ね、この精霊」


アスバちゃんの呟きに喜ぶ家精霊と、何故かはしゃぐ山精霊達。多分君達の事じゃないよ。

靴とローブと手袋を装備したアスバちゃんは「じゃ、行くわよ」と言って立ち上がる。

その様子を眺めていると「何してんのよ」と言われ、良く解らずに首を傾げた。


「サイズは丁度良いけど、道具が使えるかどうかは実地で使った方が良いでしょ。具合の確認をするならあんたも来なさいよ。今から仕事に行くから付き合いなさい。小銭稼ぎ程度の仕事だから遠出はしないわ。試すにはそのぐらいが良いでしょ」


ええー・・・私今日はお昼寝する予定なんだけど・・・。

そう思っていたらニコニコした家精霊が鞄と絨毯、着替えと何時ものローブを持って来た。


「ああ、装備を持って来させてたのね。それならそうと言いなさいよ」


え、いや、違うんだけど。私はお昼寝したいだけなんだけど・・・。

そう思い家精霊を見つめると、にっこにこした顔で荷物を突き出された。


・・・はい、お出かけしてきます。でも帰ってきたらお昼寝するからね?

もそもそと着替えている間に、アスバちゃんが受けたらしい仕事の説明を始める。


「仕事内容は山を切り開く為の安全確保。工事をしている連中より奥地に行って、魔獣を追い立てるか退治しろって仕事よ。元々はある程度兵士がやっていたそうだけど、最近それじゃ手が回らないぐらい規模が大きくなってきてるらしいわね」


この場合は魔獣退治というより、街の工事関連のお仕事になるのかな?

最近この街の近くの魔獣退治は受けてなかったけど、そんな事になってたんだ。


「綺麗に仕留めた物はそれなりの額で買い取るらしいし、上手くやれば稼げるでしょ。他の連中が仕留めたのを見たけど、どう見ても綺麗とは言い難い有様だったし」


もしかして卸している爆弾で倒してるんだろうか。それなら綺麗に確保は難しいと思う。

最近遠くから爆発音が聞こえる気がしてたんだけど、あの音はそれが理由かな?


「着替え終わったわね。行くわよ」

「・・・ん」


何時もの鞄を背負って一応絨毯も持ち、フードを深く被ったら家精霊に見送られて出発。

色々と語りながら歩くアスバちゃんの後ろを黙々と付いて行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


仕事の説明を受けた時に聞いた通り、工事現場の端に在る受付に向かう。

そこでリュナドに貰った紙を渡して確認をして貰い、仕事開始の手続きを済ませる。

この仕事は彼に教えて貰った物で、もし気が向いたらこれを持って行けと渡されていた。


「効果絶大ね・・・やっぱり後ろ盾が有ると色々楽ね」


リュナドの奴は頼りなさげに見えるけど、立場的には街ではかなり上の人間みたいだからね。

あいつ直々の身分証明が有れば私の見た目でも特に何も言われないでしょ。

・・・ま、もう一つ理由が有るんでしょうけど。


「し、支給の結界石を渡しておく。危ないと思ったらすぐにつかっ――――」

「要らないわ。じゃあ行かせて貰うわね」

「そ、それもそうか、じゃあ、気を付けて・・・も要らないか」

「・・・ふんっ」


少し気に食わない。受付の人間の目はチラチラと錬金術師に向かっていた。

リュナドが紙を渡した理由は背後の人間だと、錬金術師が居るからだと思っているわね。

こいつの実力はこの街以外でも有名だし、住んでる街ならその扱いは当然なんでしょうけど。

しかし、思ったより怯えられてるわね。もう少し歓迎されていると思ったのに。


「じゃ、行くわよ」

「・・・ん」


小さく頷いたのを確認してから、まだ手付かずの山林の奥へ奥へと入って行く。

私が特に何も考えずに突き進むのを、錬金術師は一切口を出さずに付いて来る。


・・・今回彼女を連れて来たのは、道具の調整確認以外にも理由がある。

彼女の事を、錬金術師の事をもう少し知ろうと思ったからだ。

私は彼女の事を周囲の存在に興味の無い寡黙な女だと、もしくは自分以外は全て敵と認識していると、そう思っていた。


少なくとも彼女は友人らしい食堂の娘と、リュナド以外には常に攻撃する準備をしている。

酒場で初めて会った時だって私だけに警戒をしていた訳じゃない。

あの時はマスターにも、他の客にも何時でも攻撃出来る様に構えていた。

全方位に常に対処出来る様にだ。


それは他者を一切信用していないと、攻撃的だと判断するのが普通だろう。

・・・だけど、この間から少し良く解らなくなっている。


「・・・ちょっと待って」

「ん、何よ」

「・・・薬草と山菜・・・せっかく来たし採って行きたい」

「好きにしなさいよ。別に急ぎじゃないし」


頼まれた通りに足を止めると、私には解らない薬草やらを摘んで鞄に入れる錬金術師。

その様子は少し楽し気で一見無防備に見え、だけどやっぱり周囲の警戒を怠っていない。

ただそれを見て何となく、本当に何となく、彼女の首筋に手をポンと置いた。

すると彼女は動きが止まっただけで、少ししてから私に顔を向けた。


「・・・何、行くの?」

「いいえ、好きにとって良いわよ・・・それ役に立つの?」

「・・・こっちの葉は胃腸に効くよ。こっちは傷薬になる。これなんかはそのまま患部に張り付けるだけで火傷の症状悪化を防げるし・・・これは毒だけど、少量を他の薬に混ぜると効果が強くなっ―――――」

「ああ、解った解った。そこまで詳しく説明しなくて良いから。役に立つのは解ったから、好きなだけ採ってちょうだい。終わったら行くわよ」

「・・・ん」


予想外に長々と説明をされたので途中で止め、また採取に戻った錬金術師を見つめる。


「・・・首に手を置いたのに、反応無し、か」


警戒はしている。どう見ても何時でも戦闘出来る様にしている。

おそらく外敵が襲ってくれば、彼女は即座に対応するだろう。


―――――なのに、私の行動には、対応するべく動く様子を見せない。


私は魔法使いだ。だから詠唱しないと攻撃が出来ないと思っているのかもしれない。

だけどそうだとしても、いくら何でも私に対し警戒を解き過ぎじゃないだろうか。

私は挑みに来た人間よ。あんたと戦いに来た人間なのよ。寝首を掻くとか思わないの?


「・・・ん、来るよ」


錬金術師は採取の手を止めて立ち上がり、どこか遠くを睨む様に見つめる。

それを聞いてから魔力を飛ばすと、かなり離れた位置に魔獣の群れを感知した。

どうやったらこの距離で魔法も無しに気が付けるの。


「これに気が付いて警戒するのに、私にはもう反応無しなのね」

「・・・え、私ちゃんと返事していたと思うけど」

「そういう意味じゃないわよ。ああもう・・・何でもないわよ。良いからあんたは手を出さないでよね。そうじゃないと道具の加減が確かめられない訳だし」

「・・・ん、解った。下がってる」


錬金術師は私の言葉に何も文句を言わず、素直に私の背後に下がる。

前なら私に一切の興味が無いからの行動と感じただろう。

だけど今は、ただ私の言葉を素直に聞いたと、そう自分が感じている。


「・・・ああもう、訳解んない。少し八つ当たりさせて貰うわよ!」


感知していた通り魔獣が群れで現れ、問答無用に私達に襲い掛かって来た。

狼の魔獣だ。この辺りでは一番多い魔獣らしい。

さっき魔力を飛ばした時に数は解っているし、山林で視界が悪かろうと位置は把握している。


『我が手に集いしは根源たる力。我に挑みし愚か者に断罪の槍を突き立てよ』


詠唱を終えて魔法で土の槍を発生させ、周囲にギャンと鳴き声が一瞬響く。

その後は苦し気に呻く鳴き声や空気の漏れる音が聞こえ、暫くして静かになった。


「・・・全部喉を一撃、そのまま貼り付け?」

「正解よ。見えてたの?」

「・・・貴女なら見えてなくても場所が掴めるだろうし、目の前にそうなってるのが居るし」

「ま、私にかかればこんな雑魚がどれだけ襲って来ようとこんな物よ」

「・・・そうだろうね」

「――――っ」


これだ。最近この女は私の実力を常に肯定する。

声音は相変わらず気に食わなさそうなのに、目も鋭いのに、口から出て来るのは肯定なんだ。

そのせいで余計に何を考えているのかが解らない。

嫌味で言っているのかと思って嫌味で返しても、良く解らない返事をされてしまうし。


「ふ、ふん、取り敢えずとっとと持って帰って買い取って貰うわよ!」

「・・・全部?」

「全部よ! 当たり前でしょう!」

「・・・10体ぐらい居るけど・・・荷車とか無いけど・・・」

「・・・あ」


しまった、そういえばそうだった。それに倒すだけに集中して道具も使ってないし!

ああもう、これもそれも全部こいつが良く解らない態度をするのが悪い!


「・・・ローブ脱いで。上に乗せて行こう。そうすれば道具の試しも兼ねて持って帰れる」

「あっ、そ、そうね! 任せなさい!」


錬金術師の案に乗ってローブを脱いで地面に置き、その上に魔獣をどんどん乗せていく。

その際に手袋と靴も使って運んだので、筋肉痛が一切苦にならなかった。

・・・この手袋と靴、量産すれば大儲け出来るんじゃないの?


「じゃ、行くわよ・・・ふっ」


ローブに魔力を通して持ち上げると、羽でも持ったかのように軽く持ち上がった。

これなら受付まで余裕で持って行ける。


「凄いわね、この道具。湿地なら踏み込まなくても体を軽くして動ける、って事ね」

「・・・うん・・・役に立ちそう?」

「こんな物、どう考えても普通役に立つでしょ。現にこういう使い方も出来てるんだから」

「・・・そっか、良かった」


――――――一瞬、ふにゃっとした笑顔が視界に入った。

あの時見た笑顔が気のせいじゃないと確認出来てしまった。

それが余計に、纏まらない思考を更にぐちゃぐちゃにする。


「・・・どうしたの、行かないの?」

「っ、い、行くわよ! 私は手が塞がってるんだから、そのつもりで誘導してよ!?」

「・・・ん、解った。任せて」


ああもう、何でそこで素直に頷くのよ。文句の一つでも返しなさいよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る