第65話、噛み合わない錬金術師。

道具を調整し終わった所で日が暮れ、ライナの店に女の子と一緒に向かう。

その際完全にぐったりしていたので、山精霊に運んで貰った。

どうやら体力を殆ど使い果たしてしまったらしい。


軌道のおかしい乗り物にしがみついて叫び続けていればそうもなるだろう。

でも今日中には無理だと思ったのに、最後は大体飛べる様になっていたので驚いた。

ただこの様子だと明日は一日休んだ方が良さそうだと思う。体がプルプル震えているし。


店に着くと何時も通りライナが迎えてくれて、その頃には女の子も顔を上げる元気は出ていた。


「は? 湿地に向かうのは延期? どういう事?」

「私も良く解らないんだけど・・・そうした方がセレスの出入り禁止が解けるかもしれないって事らしいの」

「ふーん・・・リュナドの奴、自分で説明するの逃げたわね?」

「あはは、多分、そうなんでしょうねぇ」


食事の雑談中、湿地に向かうのは少し待って欲しいという話をされた。

どうやら私の出入り禁止が解けそうという事らしいけど、私としてはどっちもで良いかなぁ。

今回が特別な訳で、もし同じ素材が要るならまた別の所探しに行っても良い訳だし。


「セレス、門番さんも困るから、待っててね? 私もその方が良いと思うし」

「・・・ん、解った」


そっか、二人がその方が良いと思うなら大人しくしていようかな。

どちらにせよ魔法使いの子がどうするかではあるけど。


「ねえ、最初から思ってたんだけど、何であんた達リュナドの事『門番』って呼ぶの?」

「ああ、あの人元は普通の兵士で、門番やってる時にセレスに会ったから・・・セレスがそう呼ぶのが移った感じ、かしら?」

「何だ、てっきり名前で呼びたくない理由でも有るのかと思った」

「あはは、そういう訳じゃないんだけど・・・ただずっと門番さんで呼んでたから、とっさに出て来るのが名前じゃなくて門番さんなのよ。一応ちゃんとリュナドって名前は憶えてるのよ?」


・・・そういえば、今後はリュナドと呼ぶ様に、みたいな話を結構前にした様な。

今まで一度も名前で読んだ覚えが無い。こ、今度会った時は、忘れないようにしよう。


「別に言い訳しなくたって、ちょっと気になっただけよ。しっかし残念ね。もう明日には行ける様になってたっていうのに。完璧に乗りこなせる様になった勇姿を見せられないなんてね」


・・・それはどうだろう。今も手をプルプル震わせながら食べてるし、体中が痛いはずだ。

筋肉痛の薬なら有るから渡そうとしたけど、受け取って貰えていない。

そういうのは痛みに耐えられない軟弱者が使う物よ、と言われてしまった。


ならせめて明日一日はちゃんと休んで、疲労回復に努めた方が良いと思う。

例え魔法使いだと言っても、痛みを感じながらじゃ神経を余計に使うと思うし。

そう思って見つめているとジロリと睨まれた。やっぱり睨まれるのは怖い。


「な、なによ、言いたい事有るなら言いなさいよ!」

「・・・腕、震えてるけど、行けるの?」

「こ、これは疲労じゃないわよ、武者震いよ! そう、なんて事無いわよ! 私はちゃんと飛べるんだから! ふん、お気遣いありがとうとでも返してあげれば良いのかしら!?」

「・・・どういたしまして」

「あんた本当に良く解んない奴ね!」


ふえ? ただ疲労状態で向かって大丈夫かなって心配だっただけなんだけど。

何がいけなかったんだろう。でもお気遣いありがとうって返されたよね。

だからどういたしましてって思ったんだけど・・・ここでは返事が違うのかな。

でもライナとか門番さんの時は特に不思議そうな顔された事無いはずだけど・・・。


良く解らずに首を傾げると、女の子はぐぬぬと唸っていたけど食事に意識を戻した。

そしてモグモグと一口咀嚼してからライナに顔を向ける。


「ふん、まあ、とりあえず私は了承よ」

「そう、ありがとう、アスバちゃん」

「礼を言われる筋合いは無いわ。私のやらかした事が原因なんだから」

「それでもセレスの為に、今そう考えてくれる事に私はお礼を言いたいの」

「・・・ふん、別に、私は私の失敗を少しでもどうにかしたいだけよ」

「ふふっ、そういう事にしておくわね」


そんな感じで私も女の子も暫く待機という事になった。

その間どうしようかな。久しぶりにのんびりお昼寝しようかな。

ここ数日出来てないし、家精霊も許してくれるよね?


「私は連絡が来るまでの間、遠出しない程度に魔獣でも狩ってこようかしら」


遠出しない様に、と言ってもアスバちゃんは徒歩だし時間がかかるんじゃないかな。

もう絨毯なら自由に使えるだろうし、貸してあげようかな。暫く使わないし。


「・・・絨毯、貸そうか?」

「ふん、要らないわよ。今回あの荷車を使うのはあんたの要望に応える為だもの。本来なら使う気は無いの。私は私の力でのみ魔法を使う。補助道具なんて使わないわ。それに挑むべき相手からの施しも要らないのよ。お気持ちだけ嬉しく受け取ってあげるわ。あ・り・が・と・う」


私を半眼で見つめながら、口角を上げる女の子。

目は怖いけど気持ちを受け取ってお礼まで言ってくれたし、きっと悪い感情は無いんだろう。

何かちゃんと友達っぽいよね、これ。嬉しいな。


「・・・そう、嬉しい。でも気が変わったら教えて」

「あんた本当に会話通じてる!? 何で今の言葉からそうなるのよ! ああもう喋らない時も訳解んなかったけど、喋る様になったら一層解んないわね!」


え、何で捲し立てられているんだろう。ふえぇ・・・。


「・・・気持ちは受け取っておくって言われたから」

「それはっ、だか――――――ああもう、良いわよそれで。何だか馬鹿馬鹿しくなって来た。もういいわよ、私の負けで。喋る様になっても振り回されるとか、何なのよ・・・」


女の子はぐったりとした様子でテーブルに突っ伏してしまった。

わ、私何か変な事言ったかなぁ。で、でもそれで良いって言ってくれたし、良いん、だよね?


「~~~~~っ、駄目、おかしい、ふふっ」


女の子の態度と言動がかみ合わなくて困っていると、ライナがとても可笑しそうに笑っていた。

思わずキョトンとした目を向けていると、女の子が顔を上げて口を開いた。


「な、何笑ってんのよ!」

「ふふっ、だって、仲良いなぁって」

「―――――――っ、ふん!」


仲が良い。そっか仲良いのか。ライナからそう見えるならきっと大丈夫だね。

嬉しいな。仲の良い友達が新しく出来たんだって実感できた。

まだ目がちょっと怖くて怯えちゃう時が有るけど、そこは時間をかけて頑張ろう。


その後はご機嫌にライナの料理を食べ、ゆっくりとお茶をしてからそれぞれ帰路に就いた。


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店にやってきた二人を見て思ったのは、何だかちょっと前と雰囲気が違うなという物だった。

いや、実際にはセレスの家で空を飛ぶ練習し始めた時から感じていた事だけど。

だから今日は店に戻ったのだし。ただ一応山精霊にフォローはお願いしておいた。


目の前の光景を見るに、その判断は間違って無かったみたい。

特にセレスが顕著ね。アスバちゃんに睨まれても口を開いているもの。

何時もなら怖くてだんまりしててもおかしくないのに、ちゃんと言葉を発している。


・・・相変わらず言葉足らずになってるし、嫌味は全然解ってないけどね。


アスバちゃんは一見何時も通りだけど、こっちも少し様子が変わっていた。

この子は私の覚えてる限り、会話のテンポがかなり速い。

喋って即座に返事が返って来ないと更に言葉を重ねるタイプだったと思う。


・・・だけど今この子は、ある程度言いたい事を言ったらセレスが喋るのを待っている。


「仲良くなった、みたいね」


二人に聞こえない程度にぼそりと呟きながら、二人の会話を見守る。

まずそうなら止めに入るつもりで見ていたけど、その必要はもう無さそうだ。

危なくぶつかりそうな二人だったけど、結果的には穏やかな関係になりそうで安堵している。


だって原因は私だもの。この二人を引き合わせたのは私が切っ掛けだから。

結果的に良く終わったから良いという考えではないつもりだけど、それでも本当に良かった。

ただやっぱり、少し不安な所は有るけど。


「・・・時々会話が噛み合ってないのよね」


一応大体は通じている。基本的には意思疎通が出来ている。

だけど小さな所で齟齬が起きていて、何だかとても可笑しい事になっている。

笑っちゃいけないとは思いつつも、そろそろ笑いが堪えられそうにない。


「~~~~~っ、駄目、おかしい、ふふっ」

「な、何笑ってんのよ!」

「ふふっ、だって、仲良いなぁって」

「―――――――っ、ふん!」


本音を言えば「噛み合ってないなぁ」であり、それで怒ってないアスバちゃんが可愛いと思う。

セレスには真意は通じていないだろうけど、アスバちゃんにはこれで通じるだろう。


そっぽを向くアスバちゃんは少し赤くなっている様に見える。

セレスは多分今の私の言葉を素直に納得して嬉しそうに笑っていた。

ふふっ、本当、仲良くなったみたいで良かったわ。


後は門番さんの言っていた、出入り禁止が解けるって話が本当なら良いんだけど。

いえ、あの領主だし、あんまり信用し過ぎない方が良いかもしれないわね。



・・・そういえば私もいい加減、リュナドさんって呼ぶ様に気を付けた方が良いかしら。

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