第64話、好機がやって来たかもしれない錬金術師。

「あーーはっはっはっは! どうよ! この通り使いこなして見せたわよ!」


上空で絨毯の上に仁王立ちし、高らかな笑いを山に響かせる魔法使いの女の子。

まさか本当に二日目の、それもまだ日が完全に上り切る前に使いこなすとは。

少し揺れ方がおかしい所は有るけど、それでも立っていられるなら許容範囲だろう。


「見たか! 大魔法使いアスバ様にかかれば、この――――――」

「あっ」


落ちた。上空だから風に煽られるし、揺れる絨毯の上だったせいだろう。

そもそもあの子朝方に筋肉痛で呻いていたし、多分踏ん張りがきかなったんだろうな。

ただ今日も一緒に山精霊が乗っているので、落ちる女の子を絨毯が追いかけて拾いに向かう。


「お、おちっ、わっぷ・・・あ、ありがとう、助かったわ」

『キャー』


無事拾われた様だ。その後は仁王立ちする事無く、大人しく座って地面まで降りて来た。


「ふっ、ふふっ、ふふふっ、あーっはっはっは! これで湿地に向かえるわね!」


地面に降りるとかなりテンション高めに近づいて来る女の子。

その勢いに思わず背筋が伸びて体が少し強張ってしまう。

ただ昨日仲良くしてくれると言ってくれたからか、前よりは怖くなくなった気がした。


「で、出発はその荷車で良いのよね!」

「・・・うん、その前に・・・ちょっと待ってね」

「ん? 何よ」


女の子を少し庭に待たせ、家から湿地で気軽に動く為の道具を持って来る。

門番さんに渡したのと同じ靴とローブ、後はとっさに手が付ける様に手袋もだ。

彼女用では無いからサイズが少し怪しいけど、紐で絞れる様にしているから大丈夫だろう。


「これは?」

「・・・これがあれば、地面が緩くても普通に歩けるし、とっさに手をついて跳ねる事も出来る。絨毯が使えるなら、もうこっちも使える。こっちの方が調整は簡単」

「ちょっとサイズが大きいわね・・・紐で縛れば良いみたいだけど」

「・・・ん、ちょっと、じっとしてて」


調整出来る様にしていたつもりだったけど、それでも大きかった様だ。

一旦女の子に全て装備させ、目測で調整をどの程度するか確認する。


「・・・貴女用に調整する。今日一日有れば終わる」

「わ、私用・・・そ、そう、じゃあ出発は明日ね!」

「・・・それは、難しいかもしれない」

「は? どういう事?」

「・・・荷車、試しに乗って飛ばしてみて」

「まあ・・・良いけど・・・」


荷車に乗ってみてと伝えると、彼女は首を傾げながら荷車に登った。

そして飛ばそうとして―――――そのままひっくり返った。


「うえええ!? なんで!? 絨毯の時はちゃんと飛んだのに!」


結界を張っているから下敷きになっても無事だけど、力で押し返すのは無理そうだ。

ただこのままも良くないと思い、取り敢えず私が手を触れて元にの状態に戻す。


「・・・絨毯と違って、柔軟性が無い。絨毯は多少波打っても良いから」


荷車は完全に固定されている。絨毯の様に多少雑な飛ばし方が出来ない。


「え、つ、つまり、今度はこれを飛ばす為に練習しなきゃいけないって事?」

「・・・ん、同じ様には飛ばせない。でも事前準備無しよりは良い」


いきなりこれで飛ぼうとしたら、最悪空中でバラバラになりかねない。

力の弱い魔法使いなら兎も角、彼女だと当たり前に有りえる。

それでも彼女ならきっと乗りこなせると思う。

絨毯を二日かからず乗れるようになったんだし、荷車だってすぐだ。


「・・・出来るよね」

「―――――っ、じょ、上等じゃない! 乗ってやるわよ! ええ乗りこなしてやるわよ! 見てなさい、あんたの道具の調整とやらが終わる前に乗って見せるわよ!」

「・・・ん、頑張れ」

「あんた前より喋る様になったと思ったら今度は一言二言多い奴ね! ええ頑張らせて貰うわよ! どうもありがとうね! ふんっ!」


良かった、応援に効果が有ったようで、女の子は気合十分に荷車に乗って行った。

お礼も言われたし・・・勢いが強いのはあの子の性格なんだろうな。

まだどうしてもあの勢いに慣れないけど、頑張ってあの子は平気になるように慣れなきゃ。


それにしても一言二言多いか。初めて言われた気がする。

いつも言葉が足りないって言われてたから。ちょっと嬉しい。


「い、いくわよ・・・!」


念の為精霊達が複数で荷車に乗ってから、女の子は荷車を飛ばす練習を始める。

精霊達が付いているし、じっと見ていなくてもきっと大丈夫だろう。

そう思い私はさっき話した通り、道具のサイズ調整をする事にした。


家に入ると家精霊が近づいて来て、話を聞いていたのか道具を手に持って来てくれた様だ。


「ん、ありがと」


礼を言って受け取り、家の外から聞こえる女の子の叫びを聞きながら作業を始める。

・・・何だかちょっと、少しだけ楽しい。友達が遊びに来てる感じが凄くする。

ライナと一緒の時とは少し違うけど、これはこれで良いなぁ。


「ぎゃああああああ! これ絨毯より速いじゃないのおおおおおおお!」

『『『『キャー』』』』


一応最高速度は絨毯の方が速いけど、絨毯と同じ様にやるとああなるんだよね。

流石に今日中に乗りこなすのは無理そうかな・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「という感じで、おそらく早ければ明日か明後日には出発するつもりの様です」


複数の精霊から伝えられた内容を繋ぎ合わせ、順序立てた内容を領主に報告する。

奴らは基本的に言う事がかなり雑だから、ちゃんと内容を纏めるのに時間がかかった。

出来れば本人達に来てほしかったが、それはそれで気疲れするので面倒臭いかもしれない。

内容の解り易さを取るか、相手にする面倒臭さを取るか・・・どっちもどっちだな。


「ふむ・・・そうか・・・リュナド、念の為彼女に付き添ってくれるか?」

「はっ、了解致しました」


領主は少し悩んでから溜息を吐き、俺に確認を取る様に頼んで来た。

頼む様に言うのは珍しいなと思いつつも、断れる内容でもないので即座に応える。

正直嫌だけど。だってなぁ・・・あいつどこか抜けてるんだもん。

巻き添え食う可能性が有るから怖いんだよ。


「しかしそうか・・・弟子だった、か」


ついでにアスバの事も伝えておいた。以前領主が気にしている様子が有ったからな。

前に気にしていたのは師匠の方ではと訊ね、その内容にそうかもなと頷いていた。


「ええ。本人も功績を持って名を馳せるつもりの様ですし、そこまで警戒する必要は無いかと」

「・・・どうかな。力を持った人間というのは、それだけで脅威だ。世間がどう見てどう扱って、その結果彼女がどう判断するかなど解らん。上手く行けば英雄だろう。だが上手く行かなければ、今回の錬金術師の様になる」

「・・・犯罪者、ですか。そうなれば暴れる可能性が有る、と?」

「そうだ。錬金術師を見ていれば解るだろう。奴はライナという娘以外を気にしていない。もしそんな人間が、執着する物を攻撃されればどうなる。怒り狂って出来る限りの力で暴れかねん」


そんな物、考えたくも無いな。一瞬で街が滅ぶ光景しか浮かばないし。


「勿論そうならん為に娘には護衛を付けているがな。あの娘が居るから錬金術師が街に残っているのは間違いない」

「・・・まあ、そこは、俺もそう思います」


錬金術師は基本的に誰相手でも態度が悪い。だが食堂の娘相手にだけは違う。

食事を何度か共にして、その時に柔らかい笑顔を常に向けられているのを見ている。

それに食堂の娘の言う事だけは、何が有ろうと必ず従っている様子だしな。


「あの魔法使いの娘にも、そういう部分が有っておかしくない。気をつけるに越した事は無い・・・とはいえ、彼女がかなり上位の魔法使いというのは都合が良い。彼女の実力を知り、内に取り込めなかった連中の悔しがる顔が見たいもんだ」

「というと、アスバを迎え入れるんですか?」

「一応誘ってはみるつもりだ。彼女もそれを望んでいるんだろう?」

「ええ、まあ、領主に認められてお抱えに、そこから足掛かりにって言ってましたから。あの実力なら、既にどこかで抱えられていてもおかしくないと思うんですけどね・・・」

「ふん、他の連中はどうせあの娘の容姿と身分に目が濁っていたんだろうよ」


アスバは完全に踏み台にするつもりな感じの発言だったけど、領主は全然気にしていない様だ。

この人領主や貴族としてはどうかと思うけど、こういう所は付き合い易いなと最近は思う。

まあ、面倒な事よく言われるし、やっぱり余り好きではないけど。


「今回の事が終わ―――――」


そこにコンコンとノックの音が響き、領主が「入れ」と告げると文官が入って来る。

礼をして領主の前に向かうと手紙を差し出し、それを見た領主は見るからに嫌そうな顔をした。

不機嫌そうな領主にもう一度礼をして文官は静かに部屋を出て行く。


「・・・今度は何だ」


面倒臭そうに手紙の封を開け、だけど中身を読み進めるうちに表情が変わって行く。

後半は獰猛と言えるほどニヤリと歪んだ邪悪な笑いになっていた。


「くっ、あっはっはっは! 喜べリュナド! 錬金術師の機嫌が取れそうだぞ!」

「は? え、ど、どういう事ですか?」

「くっくっく、まあその日を楽しみにしていろ。ただその代わり湿地に向かうのは延期だと、錬金術師と魔法使いに伝えてくれ」

「え、延期、ですか・・・?」


それあの二人の機嫌損ねる事じゃないか。特にアスバが絶対不機嫌になる。

こういうのを気楽に言って来るから嫌なんだよなぁ。


「上手く行けば錬金術師の出入り禁止が解けるかもしれん、と伝えておけ。それならばまだ大人しく待つだろう?」

「え、解けそうなんですか?」

「解く事は恐らく出来るだろう。後は何処まで良い条件に出来るかだが・・・まあ、そこは流石に明言が出来ん。という訳で暫く待つ様に。ああ念の為食堂の娘にも伝えてくれ」

「はっ、解りました」


返事を返すと領主はペンを取り出し、くっくっくと楽しげに笑いながら紙を用意しだした。

ああもうこれ俺の事意識に無いなと思い、一礼をしてから部屋を出る。


「・・・向こうの領地で何か起こった、って所か?」


それぐらいしか錬金術師の出入り禁止が解ける要素が見当たらない。

流石に何が起こったのかは解らないが・・・まあ確かに機嫌は取れそうだな。


「取り敢えず、食堂に先に向かうか」


食堂の娘ならあの二人を怒らせずに説得出来るだろうし。

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