第63話、仲良くしたい相手を見つけた錬金術師。

「もぐもぐ・・・なによ、思った以上に難しいじゃないの、あれ」


ライナの作った夕食を頬張りながら文句を口にする魔法使いの女の子。

結局あの後女の子の体力が先に限界に来て、ぐったりした状態で山精霊に降ろされた。

上空で振り落とされたからそうせざるを得なかったんだけど。

腕がプルプル震えていた辺り、本気で限界まで頑張ったんだろう。


それでも休憩したら飛び上がろうとした為、食事にしようとライナが止めて今に至る。

因みに今も腕はプルプル震えている。明日筋肉痛になるんじゃないだろうか。


「だけど後半は大体解って来たわ! 明日はちゃんと飛んで見せるわよ!」

「うーん、頑張り屋なのは良いけど、あんまり無理しないようにね、アスバちゃん」

「マスターも期日伸ばしてくれてるんだし、焦る必要も無いしな」


本人は頑張る気満々だけど、ライナと門番さんはそんな彼女を心配している。

私もそんなに頑張らなくても良いんじゃないかなと思う。

だって門番さんの言う通り、そこまで焦る必要は無いし。


「ふん、期日なんて関係無いわね。これは私の矜持の問題なんだから。大魔法使いとして、魔力操作に関する事に何日も何日も不覚を取る訳にはいかないのよ!」

「大魔法使いねぇ・・・うっかりさえ無ければ納得出来るんだが」

「リュナド、何か言った!?」

「うっかりさえ無ければ納得出来るんだが」

「言い直せって意味じゃないわよ!」


・・・やっぱり門番さんと女の子、前より仲良くなってるよね。

多分気のせいじゃないと思う。狡いなぁ。何でそんなに人との距離を詰められるんだろう。

今もこうやって食事に当たり前の様に混ざっているし・・・私には真似出来ない。


「相変わらず貴女の料理は美味しいわね。最近街から離れていて食べてなかったから格別だわ」

「ふふ、ありがとう。明日の朝食分も作っちゃったから、いっぱい食べてね。ほら、門番さんもお替り有るわよ。器が空になってるみたいだけど、どうする?」

「ああ、悪い、頂こう」


ライナとの距離感も結構近いし、ライナも気にして面倒を見ている。

そしてそれが違和感無く当たり前になっているのも、この子の距離感のなせる業なんだろうな。


多分この子の言葉には裏表っていう物が余り無い。

言いたい事を言って、やりたい事をやる。そんな感じがする。

そこは私と似ているのかもしれないけど、人との対話に胸を張れる所で対極に有る子だ。

正直な所、物凄く羨ましいし、今の私は凄く嫉妬してると思う。


「もぐもぐ・・・何よ、私をそんなに見て。何か顔についてるかしら」

「・・・別に」

「ふんっ、何時か絶対あんたにその表情を崩させてやるんだから。今はあんたに借りが有るから大人しくしてるけど、元々はあんたに挑みに来たんだからね。この借りが無くなったら、心おきなくあんたに挑むつもりなんだから」


そういえばそんな話だった気がする。だけどこの子とは余りやりたくないな。

この子が強いのは解っているし、なら私も全力で対応せざるを得ない。

確実にどちらかが怪我をするし、そうなるとライナと門番さんに心配をかけると思う。

それにそもそも私は誰かと競う事に興味が無い。戦う前に負けでも良い。


「・・・私は、興味が無い」

「そうでしょうよ。あんたはきっとそうだと思うわ。だけど私は違うのよ。魔法は、魔法だけは誰にも負けない。負けたくない。魔法で負けるわけにはいかないのよ」


私の言葉を聞き、女の子は物凄く睨んだ目で私を見てくる。

だけど何故だろう。何時もなら怖いはずのその目が怖いと感じなかった。

私の方を見ているのに、意識が私に向いていない様に見えて。


「アスバ・カルアの名を、全ての人が知る大魔法使いの名にする為に・・・!」


アスバ・カルア。確か絨毯を飛ばす練習中に叫んでいた気がする。

カルアって家名なのかな。この子はもしかして貴族の子なんだろうか。


「カルア、ってもしかしてアスバちゃんの家名なのかしら。もしそうなら私達の態度って不味いわよね・・・貴族って事だし」

「気にする必要は無いわ。別にこの名前は貴族の家名では無いし、私はただの平民よ。この名前は師匠の名を受け継いだ物だから。師匠の名を世界に誉れ在る存在にする為にね」


ライナの質問に女の子は目を伏せ、拳を握って強く答えている。

ただその目は相変わらず、ここじゃないどこかを見ている様だ。


「貴族の名じゃないのか。俺実はちょっと怖くて、気が付いてない振りしてたから安心したよ」

「カルアは血族の魔法を受け継いだ者に与えられる名よ。もし違うとしても、もう確かめようがないわ。そう言っていた師匠は死んでしまったから。それにもし貴族だったとしても、師匠の生まれた国は今は存在してないもの。意味が無いわ」

「それってもしかして国が滅んだから貴族じゃないとか、そういう話だったりしないのか。血族って事は、その師匠が貴族なら貴族の血を引いてるって事になったり・・・」

「無いわね。私と師匠に血の繋がりは無いもの」


念を押す様に確認する門番さんに答えるも、やっぱり彼女は相手を見ていない。

ちゃんと返事をしているようで、だけど何かが少しおかしい気がする。


「それでも師匠はここに在る。私と共にある。だから、今は、私がアスバ・カルアよ・・・!」


彼女は手で胸を抑えながら力強く言うが、それは何処か自分に言い聞かせている様に感じた。

まるで私が人と対峙する時『頑張れ私』と言い聞かせている時に似ていると。


「・・・凄い人だった。尊敬出来る師匠だった。優しい、人だった。あの人の名が貶められるなんて、私は絶対に許せない。師匠につけられた汚辱を、功績をもって私が吹き飛ばして見せる。それが師匠の名を継いだ私の、やらなきゃいけない事。そう、師匠が死んだ時、決めたの」


・・・ああ、そうか、解った。この子はきっと私と同じなんだ。

私と同じ様に、過去に在った何かに囚われている。

だけど決定的に違うのは、彼女はそれでも前を向いて努力をしている所だろう。


私の様に怖いから逃げるという選択ではなく、真っ向から挑む選択をしているんだ。

普段なら人の考えなんて良く解らない私に、彼女の強い感情が感じ取れて理解出来る程に。

乗り越えようなんて思えなかった私には、彼女のその在り方は眩しく見えた。


「・・・凄いな」

「――――――っ」


思わず口から呟きが零れると女の子が私に目を向け、そこでやっと彼女が私を見た気がした。

ただ、その、ちょっと、目力が強い。怖い。もうちょっと視線を緩めて欲しい。

うう、ただ本当に凄いと思っただけだったんだけど、何か駄目だったかなぁ・・・。


「ふん、何のつもり。心にもない事言って」

「・・・そんなつもりは無い」

「じゃあどういうつもりよ」

「・・・そのままの意味」


女の子は睨みながらの問いだったけど、以前と違って私が返事をするまで待ってくれた。

そのおかげでちゃんと返事が出来た。言えて良かった。嬉しい。


「そのままの意味、ねぇ・・・」


私の言葉を繰り返し、少し困った顔を見せる女の子。

この子の距離感の近さに嫉妬するなんて、おこがましいにも程が有る。

私とは余りに違う。逃げて隠れて人目を避けて、怖い事を遠ざけようとした私とは。


絨毯を飛ばす時の練習風景だって、きっとそんな彼女の努力の一端だ。

そこまで全力で頑張る必要なんてない。

彼女の能力なら、数日有ればのんびりやっても乗りこなせる。


だけどそうじゃないんだ。彼女は自分の出来る限りを全力で突き進む。

逃げるとか諦めるとか、余裕の有る範囲の努力で済ませるとか、そういう考えが無いんだ。

やるからには全力で。常に自分の出来るギリギリまで。それが、この子なんだ。


「・・・本当に、凄い。私にはきっと、真似出来ない」


心からそう思う。この子は嫉妬する相手じゃない。尊敬しないといけない子だ。

門番さんやライナがこの子と仲良くなるのは当たり前だ。

私に、こんな私に良くしてくれる二人が、この子の努力に気が付かない訳が無いと思う。


ただ彼女の強さが羨ましい気持ちは、嫉妬の心は消えていない。

私は弱いから、情けないから、そういう気持ちを全て消す事は出来ない。

だけど―――――。


「・・・仲良く、したいな」


素直に、そう思った。目の前の凄い女の子に、自分も仲間に入れて欲しいと。

自分の在り方をまっすぐに貫けるこの子が、私にはとても眩しいと感じながら。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


名前の事を聞かれ、師匠の事を思い出しながら説明を口にする。

もう死んでしまった、私に力を託して死んでしまった師匠。

自分の生涯の殆どが失敗だったと、後悔を胸に師匠は死んでいった。


理由は勿論知っている。偶に昔話の様に、自分が罪人になったという話をしていたから。

あの人はお人好しだった。お人好しだったから騙されてしまった。

そして騙された事に心が耐えられる強い人でもなかったんだ。


国の為働いた魔法使いは、様々な罪を被せられて心が壊れ、見たくない物の全てを破壊した。

その後全てを捨てて放浪し、最後は見知らぬ土地で弟子に力を与えて死んだ。

何時も寂しそうな目で、悲しい目で見えないどこかを見ている人だった。


だけど、それでも、あの人は言ったんだ。


『お前を育てられた事が、お前に力を託せる事が、私の生涯で数少ない喜ばしい事だ』


薄く笑いながらそう言った師匠の顔を、私は今でも覚えている。

だから私は負けられない。魔法使いとして魔法で誰にも負ける訳にはいかない。

相手がどんな外敵であろうと、不敵に笑って打ち倒す大魔法使いで在らねばならない。


錬金術師の道具による魔法が評価されているならば、私はその上を自分の力で超えて行こう。

私の魔法で、師匠の魔法で、魔法使いアスバ・カルアの名を広める糧にしよう。

犯罪人の名などではない、偉大な力を持った魔法使いとして師匠の名を広める為に。


『錬金術師は出入り禁止。それが嫌なら指名手配』


なのに私は失敗した。そしてその失敗に師匠の名が付かなかった事にホッとしてしまった。

それが私には許せない。私の事を私が許せない。そうじゃないだろう。それは私の失敗だろう。


そこで持つべきは安堵じゃない。そんなふざけた感情は持つべき物じゃない。

私は私の失敗を、汚辱と思った事を、人に押し付けてしまったんだ。

例え大事になると思ってなかったとしても、本来なら指名手配まではいかないとしても。

あれはその場に居たのが錬金術師だったせいだけど、だからって私が失敗した事は事実なんだ。


自分が自分で恥ずかしくて、許せなくて、なのに錬金術師は私を許した。

挽回のチャンスを与えてくれと言う前に、既にそのチャンスを用意していたんだ。

大きな借りを作ったと思う。だけども借りにしてくれた事には感謝している。


なら私がやるべきは全力で応える事だ。一切の手抜きなんて許されない。

少しでも早く絨毯を使いこなし、少しでも早く魔獣を狩って帰る。

それで今回の借りを返し切れるとは思ってないけど、だからって半端な事をする気は無い。

多分、錬金術師はそんな事に興味なんて無いだろうけど。


「・・・凄いな」


だから、まさか、そんな事を言われると思ってなかった。

だってそうだろう。今迄どれだけ私から話しかけても、彼女は私に興味を示さなかった。

ただ事実を口にするだけだった彼女が、私に対して興味の有る言葉を口にしている。


その事に驚きつつも、一体何を考えているのかと問い返した。

今までの事を考えると、それが本心の言葉とは素直に思えなくて。

だけど彼女はその意図を言葉通りと告げる。それ以上の意味は無いと。


「・・・本当に、凄い。私にはきっと、真似出来ない・・・仲良く、したいな」


そしてその後に続けられた言葉に、一層私の理解は届かなくなっていた。

何に対して凄いと言われたのか、そこが解らなかったのも理由だろう。

でも一番は、お面の様に動かなかった表情が崩れた事に衝撃を受けたせいだ。


睨みながら口角が上がっているという、笑みと言って良いのか解らない笑み。

そこにどういう感情があるのかいまいち良く解らない。

だけど彼女が初めて私に感情を向けた。その事実が、私の胸の内を波立たせる。


「ふん、何を考えているのか解らないけど、あんたがどうしてもって言うなら別に良いわよ?」


波立つ感情の種類も理解しないまま、錬金術師に笑みを向けて言葉を返す。

彼女とは種類が違うが、挑む様に口角を上げて。


「・・・ん、良かった」

「―――――」


一瞬。ほんの一瞬だけ、柔らかく可愛らしい笑みが、視界に入った。

声も先程迄と違い、本当に嬉しそうな、幻聴かと思う程優しい声が耳に入る。

理解不能な状況に呆けて見つめてしまい、彼女の目の鋭さが深くなった事で正気に戻った。


「・・・何? 何か変な事言った?」

「べ、別に、何でも無いわよ。ほら精霊達も食べなさいよ! これ美味しいわよ!」

『キャー』


睨みながら首を傾げ、普段通りに威圧するような声音で問う錬金術師。

何時もなら喧嘩を買うつもりで応えただろうけど、まだ直前の出来事が消化しきれていない。

慌てて自分を繕い、誤魔化す為に精霊に食事を押し付ける。


「―――――何なのよ、こいつ・・・!」


本当にこの女、思考と行動が読めない。

ああもう、さっきの笑顔と声が頭から離れないじゃないの!

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