第62話、練習を見守る錬金術師。
「きゃああああああ! 落ち、落ち、ぎゃああああ、今度はどこまで上がるのおおおお!」
『キャー』
魔法使いの女の子の叫びと、その傍に居る楽し気な山精霊の鳴き声が響く。
今あの子は絨毯を使って空を飛ぶ練習をしている。
多分あの子程の魔法使いなら、その気になれば空ぐらい飛べると思う。
だけど今回向かうべき場所はそれなりの距離が有り、その上帰りは多くの荷物が有る。
幾らあの子が凄い魔法の使い手だと言っても、流石に自力ですぐ行って帰るは出来ないだろう。
という訳で移動の為にも、新しく作った道具を使う為にも絨毯の操作を覚える必要が有る。
「ね、ねえセレス、あれ、大丈夫なの? 落ちない? す、凄い軌道で動いてるわよ?」
「大丈夫。隣に精霊が座ってるし、いざという時は動かしてくれるから」
「で、でも、落ちたりとか」
「それこそ問題無いと思う。あの子は優秀な魔法使いだもん。落ちても無傷で済むよ」
相変わらず体には結界を張っているし、あの程度の高さからなら落ちたって問題無い。
それに何だかんだ一度も落ちていないし、急降下しても自力で持ち直している。
ただそれも別に彼女の操作が下手な訳じゃなく、むしろかなり上手い部類だと思う。
彼女は魔力が大き過ぎるんだ。人並みの魔力なら既に自在に飛ばしているはず。
「だけどあの調子だと・・・まだ数日は使いこなすのに時間がかかるかな。あれが使えないと、こっちも多分扱えないと思うから」
背後に置いた湿地に向かう為の道具をポンと叩く。
私の背後には新しく作った空飛ぶ道具、空飛ぶ荷車が置いてある。
「こんな大きな物が飛ぶなんて信じられないんだけど・・・凄いわね・・・」
「普通の木材だと出来ないけどね。これは木の魔獣を素材にしてるから」
この荷車に使われている木材はその辺に生えている木を加工した物じゃない。
あの毛皮と同じ魔力の籠った木材であり、毛皮と同じ加工をして作った荷車だ。
とはいえ車輪と車体だけで荷車というには少しみすぼらしいし、大事な部分が足りていない。
何かというと
「木の魔獣なんて居るのね・・・」
「この辺は斜面の多い山だから居ないけど、平らな森の奥地とかに居たりするよ。前にそれらしいのを見つけていたから、せっかく時間が有るし作ってみたんだ。蛙の魔獣は沢山狩らないといけないし、皮も持って帰るつもりなら荷車が有った方が便利だから」
ただ木の魔獣は倒すのが少し面倒なのが難点ではある。
倒すだけなら火をつければ良いんだけど、木材にして使いたいとなると難しい。
木の魔獣は根の部分が本体の様で、そこから切り離せば上側は大人しくなる。
だけど相手だって無抵抗じゃないし、普通に切り付けて木を簡単に切り倒せる訳が無い。
なので私は風の魔法石を複数使い、圧縮した風の刃を根元にぶち当てた。
その一撃で切り裂き倒れた木を結界石で守りつつ、爆弾で根を追撃して撃破。
斬り倒した部分は絨毯でくるんで木材の上に乗って帰って来た。
「それにほら、これを繋げれば・・・ほら、普通の荷車になるんだよ」
実は轅は取り外し可能にしていて、普段は外しているだけ。
こうすれば普通に陸路を動物に引かせる事も出来て、至極普通の荷車になる訳だ。
「後は幌を付けて敷物を置けばもっと良いかな。どうせ蛙の魔獣を持って帰って来て貰うんだし、あれを使って幌にしようかなって思ってるんだ。雨の日だって快適に移動が出来るし。乾燥させてから車輪に巻けば跳ね難くなるし、敷物としても弾力が有るから良いかもしれない。ああでも敷物は普通の毛皮の方が心地良いかなぁ。出来たら今度ライナも乗って――――」
そこまで言ってから背後を振り返ると、ライナはクスクスとおかしそうに笑っていた。
「え、え、わ、私、何か、変な事した、かな?」
「ふふっ、ううん、違うのよ。何か作ろうとしたり、作った物の説明しているセレスは楽しそうだなって。何だか凄く可愛くて、思わず笑っちゃったの。ごめんなさい」
「あう・・・」
楽しくてちょっと喋り過ぎちゃった。恥ずかしい・・・。
「ぅぉぉぉおおおおおおおお!?」
『キャー』
顔の熱さに狼狽え頬を押さえていると、門番さんが叫びながら庭に落ちて来た。
ただし対照的に楽しそうな鳴き声の精霊によって、靴の力でちゃんと地面に着地している。
「こ、こっわぁ、こっわぁ・・・! 俺もう地面から動かない・・・!」
『キャー』
「嫌だ! もう飛ばない! 本気で怖いんだって! ていうか低めにって言ったのに、なんであんなに高く飛ばしたんだよ! 死ぬかと思ったぞ!」
門番さんは地面にしがみつき、精霊の呼びかけを全力で拒否している。
彼には私が以前から使っていた靴と同じ物と、それと同じ様に作ったローブを渡した。
以前彼が絨毯から落ちて結界石を使った時の事を考え、前々から渡そうと思っていた物だ。
精霊と一緒に居る事が前提だけど、これが有れば彼も高く飛べるし地面に落ちても大丈夫。
とはいえぶっつけ本番は危ないので、彼も精霊と一緒に練習していた。
「ちゃんと使えてるみたいだし、その辺りにしましょう、ね?」
『キャー』
もう一回飛ぼうよと門番さんを引っ張る精霊だったが、ライナの言葉でピシッと佇まいを直す。
門番さんはそれを確認してから立ち上がり、大きく息を吐いて体の状態を確かめていた。
「はぁ・・・助かったよ・・・」
「どういたしまして、怪我はない?」
「ああ・・・どこも痛くはないかな。凄いなこのローブ。自分で使えないのが難点だが」
門番さんは魔力を自在に使えないからなぁ・・・。
自動発動も出来ない事は無いけど、そうすると汎用性が無くなってしまう。
同じ力でしか使えないから、さっきみたいにかなり高すぎる所からの落下には対処出来ない。
もし対処出来るようにしてしまうと、今度は普通に歩く事が出来ないだろう。
それに摩耗も大きくなるし、正直どちらが良いかは難しい所だ。
「ぎゃあああああああ、今度は回転が止まらないいいいいい!」
「・・・錐揉みしてるな」
「わ、わ、あ、アスバちゃん、本当に落ちないかしら」
うわぁ・・・あれ吐くんじゃないかな・・・。
流石に私も少し心配になりながら眺めていると、街道の方が少し騒がしくなった。
多分誰かがやって来て精霊が騒いでいるんだろうけど、一体誰だろうか。
静かに門番さんに隠れながら、やってくる人物を待つ。
「・・・初めて来たが、中々立派な家と庭だな」
あ、マスターだ。良かった、マスターならまだ平気だ。
ほっと息を吐いて門番さんから離れ、彼が近づいて来るのを待った。
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錬金術師の家までの細道を通り、その途中で精霊が道を塞いでいた。
ただ俺を見てキャーキャーと何か話し合う様子を見せた後、先導する様に鳴いて歩き出す。
大人しくそれについて行くと開けた空間に出て、そこに錬金術師達が揃っていた。
「・・・初めて来たが、中々立派な家と庭だな」
もっと古ぼけた家を想像していたが、中々良い家に見える。
確かに見た事のない作りの家ではあるが、不思議と古い家だと感じない。
近くにある倉庫と井戸も立派で、これは中々にいい空間だ。
「あらマスター。どうしたの、態々ここまで来るなんて・・・何かあったの?」
「いや、本当は来る気は無かったんだが・・・あの叫び声が街まで届いて、本当に大丈夫なのか少し心配になってな」
街には子供の叫び声が、あの魔法使いの嬢ちゃんの叫び声が届いている。
事情を知っている身としては理解出来るが、街の住民はかなり困惑していた。
とはいえ精霊共の楽し気な声も響いているので、そこまで変な噂が立つ事は無いだろう。
あの娘は錬金術師とは別の意味で目立つし、錬金術師に絡んだ話はもう有名になっている。
突っかかって行った結果、精霊をけしかけられ遊ばれている程度の反応だ。
それに例え新しく変な噂が立ったとしても、錬金術師にとってはなんて事は無いだろう。
ただ何時までもあの叫び声を放置するのはどうかと思うが・・・。
「・・・彼女なら、問題無い」
今日はどうやらそこまで機嫌が悪くないらしい。いつもより若干声が軽い気がする。
それだけあの魔法使いが認めるに足る、って事なのかね。
とは言っても俺がこの女の声を聴く機会なんて殆ど無いから、あくまで気がする程度だが。
「ずっと叫び通しだし、ちょっとぐらい休憩させた方が良いんじゃないかしら」
「途中で力尽きて落ちる、なんて事になったら洒落にならねえしな」
食堂の娘と兄ちゃんは休憩を提案したが、降りろと言って素直に降りるとは思えない。
まだやれるとか言い出して、ヘロヘロになるまで続けるんじゃないか、あいつ。
三人と同じ様に空に視線を向け、叫ぶ嬢ちゃんの様子を見る。
凄い速さで上下左右に回転しながら動く様は強風に煽られるシーツの様だ。
・・・必死にしがみついている様に見えるし、その内体力の限界が来るだろう。
「ぎゃあああああ! こ、このぉ! このアスバ・カルア様を舐めるんじゃないわよおおお!」
「・・・は?」
待て、今あいつなんて言った。アスバ・カルアつったか?
いやまて、うん、聞き間違いだ。気のせい。気のせいにしよう。
俺は何も聞かなかった。よし、面倒だから早く帰ろう。
態々解ってる面倒をつつくのは俺の主義じゃない。全力で知らない振りだ。
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