第61話、代わりに行って貰う錬金術師。

倉庫も完成し、魔獣がそろそろ地上に出て来る頃合いになって来た。

湿地帯での戦闘準備も済んだし、大量の荷物を運ぶ準備も出来ている。

練習に結構時間がかかっちゃったけど、何とかちゃんと使える様になって良かった。


「これで一安心かな」


今日の所はしっかり休んで、明日はさっさと狩って帰ろう。

狩りよりも雨を降らせる道具作りの方が多分時間がかかるし。


「あ、そういえば・・・あの子もまた来るのかな・・・」


もう案内は無くても現地に向かえる自信は有るんだけど、どうしたら良いんだろう。

でもこの間も何故か怒ってたし、話しかけに行かない方が良いのかなぁ。


「あの子の言ってる事、良く解らない事が多いのがなぁ・・・」


この間のは特に良く解らなかった。時間をどうこうって言ってたけど何の事だったんだろう。


『キャー』

「へ?」


首をを傾げながら女の子の事を思い出していると、足元から呼びかけられて意識を向ける。

この子はライナのお店に良くいる山精霊だ。ライナからの連絡かな?


「どうしたの? 何かあった?」

『キャー』

「手紙・・・?」


折りたたまれた手紙を受け取り中を開くと、やっぱりライナからの連絡だった。


『今日の夜、少し大事な話をしたいから必ず来て下さい。ただ私と二人きりではなく、アスバちゃん、門番さん、マスター、領主様も居ます。そのつもりで来て下さい。お願いします』


見慣れた字でそう書かれている手紙を見て、思わず二度見をしてしまった。

門番さんとマスターは良い。ただアスバちゃんは兎も角、何で領主まで居るんだろう。


「・・・え、何話すの、これ・・・私また何かしたっけ・・・?」


最近の私はちゃんとしてると思うんだ。家精霊に叱られながらだけど。

だから怒られる様な覚えはないんだけど・・・何言われるんだろう・・・怖い。


「さ、さぼっちゃ、駄目、かな・・・」

『キャー』

「・・・は、はい、行きます・・・そう伝えて下さい」


サボりたいと言い出す事が見破られており、その場合この家で話し合いをすると言われた。

・・・ライナがこう言う以上、多分本当に大事な話なんだろう。諦めるしかない。


「あうぅ・・・お昼寝しよ・・・」


悲しい気持ちになりながら家精霊に抱きつき、抱えたままベッドに向かう。

転がると何故か何体かの山精霊も集まって来て、皆で猫の様に丸まる。

無抵抗の家精霊に頭を撫でられながら心地良く意識を落とした。


そして習慣とは恐ろしい物で、今日の様に店に行きたくない日もしっかり目が覚める。

項垂れつつ外套と絨毯を手に取り、覚悟を決めてライナに店へ。

中に入ると何時も通りライナが快く迎え入れてくれて・・・そして既に全員揃っていた。


「・・・ん?」


ただ女の子の様子が少しおかしい。少し俯いていて何時もの元気が無さそうに見える。

彼女の様子に首を傾げつつ、促されるままに門番さんとライナの間に座った。

その際視線が集まったのが少し怖かったので、近かった門番さんの袖を握って心を落ち着ける。


「さて、当事者が全員集まった訳だけど・・・セレスは事情を全然把握してないから、先ずそこの説明をするわね」


そう言われたので大人しくライナの説明を聞き、どうやら怒られる訳では無い事に安心した。

・・・そっか、湿地に入れなくなっちゃったか。んー、どうしよう。

同じ場所に行くつもりでのんびり準備してたけど、まだ依頼の期日まで時間が有った、よね?


まだ探し回れば間に合うかな。元々そのつもりだったし、何とかするしかない。

出来ない事を嘆いても仕方ないし、やれる事をやろう。どの方向から探そうかなぁ。


「ごめんなさい・・・全部、私のせいだわ」


期日何時だったかなー、と思い出しながら悩んでいると、女の子が辛そうな声音で口を開いた。

確かに実際の原因はそうなのかもしれないけど、仕方ないんじゃないかな。

失敗は誰にだって有るし、たった一回の失敗でこういう事になるなんて想像出来ないと思う。


それに説明を聞いた感じだと元々の私の評判も理由らしいし、私も悪いんじゃないかな?

・・・解っていたけど、やっぱり私は人に良い感情を持たれないんだね。

会話出来ないからなのかな、やっぱり。返事が出来なくてお母さんにも良く怒られたし。

ちょっと悲しくて、門番さんの袖を握る力が強くなってしまった。


「許可を出したのは領主で、いつもの様に手続きをした結果錬金術師の来訪が確定したせいでもある。別に嬢ちゃん一人が悪い訳じゃない。失敗を気にするなとは言わんが余り落ち込むな」

「・・・そこは反論しにくいが・・・貴様に言われると少し腹が立つな」

「煩いぞ領主殿。今日は無駄な事を喋るな。面倒だ」

「ぐっ・・・」


落ち込む女の子にマスターが声をかけるけど、女の子は少し顔を俯けて暗い顔のままだ。

自信満々そうなあの目はどこにもなく、私を睨む様子も無い。


睨まれないのは全然良いんだけど、何だか少し申し訳ないかなぁ・・・。

だって結局その場で任せたのは私だし、女の子の行動を止めなかったのも私だ。

失敗という意味では、自分で何もやらなかった私も失敗したと言って良いと思う。


「取り敢えず誰の責任とか誰が悪いとか、そういう話は今は無しにしましょう。大事なのはこれからどうするかで、誰かの失敗を責める事じゃないわ」


門番さんの袖を握りながら自分も少し落ち込んでしまったけど、ライナの言葉で顔を上げる。

やっぱりライナはかっこ良いし優しいなぁ。何でこんなに的確に欲しい言葉をくれるんだろう。


「そうだな。先ず期日は少しぐらい伸ばしても構わん。先方にも確実に雨を降らせる道具を用意してくれるなら待つと返事を貰った。で、領主殿、出入り禁止はやはり解除出来ないのか?」

「・・・無理だな。単純に民衆の悪感情というだけならまだ良いが、向こうの領主が錬金術師の力量を甘く見ている。罪人にして良い様に扱おうなんて夢物語を描いている以上、出来れば関わりたくないというのが本音だな」


あ、良かった。マスターが期日を伸ばしてくれた。それならまだ探し回る時間も有りそうだ。

領主が困った様子で説明をしているけど、もう仕方ないんだし別の所探すしかないよね。


しかし罪人かぁ。出入り禁止はともかく、罪人扱いされるとは思わなかった。

だって人的被害は出てないはずだし、女の子も魔獣しか攻撃してないのに。

・・・空から見ていたけど、地面に呑み込まれた人も居なかったと思うんだけどな。


「あの、領主様、出入り禁止は錬金術師だけ、なんですよね?」

「ん? ああそうだ。リュナドは特に問題ないぞ。気にするな」

「あ、いえその、そういうつもりではなく、別に今回素材が手に入れば良い訳ですし、アスバが狩ってくれば解決かなと思ったんですが。彼女は出入り禁止食らってない訳ですし」


・・・ん、何か今少し違和感を覚えた。何だろう。何だか凄いもやっとした。


「リュナド、あんた・・・」

「お前の実力は付き合わされた俺が知ってる。次も気が逸って失敗する、なんて事はしないだろ。それに付き合わされた討伐依頼は錬金術師の事前準備を邪魔させない為だ。お前は何もせずに失敗を無視してた訳でもないし、やれる事をやったんだから、最後までやれば良いだけだろ」


気のせいかな。何だか二人の距離感が近い気がする。いつの間にそんなに仲良くなったの?

いや、そこはいっか。少しもやっとするけど今は措いておこう。

それよりも気になるのは、討伐依頼を私の代わりにやっていたって所だ。


倉庫づくりの時に時間がかかるか確かめに来たのって、もしかしてその為だったのかな?

マスターが頼みたい急ぎの依頼が有って、それを女の子がやってくれたのかも。

そうならそう言ってくれたら良かったのに。あれじゃ何言ってるのか全然解らなかった。


「となると、いつもと違って普通に陸路よね。荷物を持って帰って来る必要も有る訳だし。ねえセレス、その素材って普通に日数かけて持って来ても使えそうなの?」

「・・・・・・ちゃんと保存すれば」


女の子の言動に何となく納得していると、ライナに訊ねられたので少し慌てつつ答えた。

生き物の中身を使う以上、やっぱりある程度の鮮度は有った方が良い。

ただ食事をする訳じゃないし、中に含まれる力がちゃんと残っていればそこまで問題無いけど。

とはいえ出来ればしっかり保存していた方が、制作時には使いやすいし失敗もし難い


「そっか、良かった。なら今回の件は、アスバちゃんが代わりに狩って来る、って事で良い?」


私は別にそれでも構わないのだけど、それだとこの女の子が大変じゃないだろうか。

結構な距離が有るし、普段やらない素材の扱いとか難しいと思う。


あ、そうだ、この子魔法使いなんだし、準備した道具も少し練習すれば使えるんじゃないかな。

そうすればきっと普通に向かうより楽だし、魔獣狩りも楽だと思う。

魔法の技量は私の遥か上なんだし、私より扱いが上手くなるかもしれない。

いざとなれば山精霊に使わせるっていう手も有るし。良し、それで行こう。


「――――やらせて。お願い」


今日は皆私に考える時間を与えてくれるのでのんびり考えていたら、結論を口にしようとした所で女の子がそう言って来た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「――――やらせて。お願い」


錬金術師が何かを言う前に、私の意志を先に通させて貰った。

何となく、私に興味の無い彼女は別の案を出しそうな気がして。

だけど言葉を遮られた当人は私に目を向け、ただじっと私を見つめている。

その様子に誰も口を挟まず、彼女がどう判断するのかを待っていた。


「・・・ゆっくり準備する時間が有ったから、色々道具を用意出来た。貴女なら多分使える」

「・・・ふぇ?」


一瞬、何を言われたのか解らなくて、間抜けな声を漏らしてしまった。

相変わらず機嫌の悪そうな声なのに、語られている内容が合っていない気がして。


「・・・私より格段に魔法の上手い貴女なら、きっと使いこなせる」

「――――――――」


眼中に無いと、そう思っていた。評価も何も無く、私の事なんてただの役立たずだと。

だけど、だけど彼女の言葉には、不機嫌そうでも確かな評価が存在した。

何よりも、それよりも―――――。


「私に、道具、を? 用意、してるの?」

「・・・時間が有ったから、準備はしていた」


再度『時間』が有ったからと言われ、理解してしまった。

私が作った時間で、その道具を作る時間が有ったと、そう言われているんだ。


慰められている? いや、違う、きっとそんな物じゃない。

声音に慰めの気配なんて感じない。あれは淡々と事実を口にしているだけだ

だけど、それでも、彼女は私を視界に入れていたんだ。それに。


「・・・貴女は私より遥かに上の魔法使い。なら、扱いを覚えるのも早いと思う」


―――――私の実力を、ちゃんと見ていた。評価していた。

私の為に、道具の準備をしていた・・・私に失敗を払拭させる機会を与えようと。


こうなる事を、自分が出入り出来なくなる事を最初から解っていたのも有るのかもしれない。

だって彼女はこんなにも何時も通りで、出入り禁止の説明に相変わらず動じていない。

何もかもが彼女にとっては取るに足らない。だからどうなろうと特に問題は無い。

だけどそれでも、私にやらせようと、私なら出来ると判断していた・・・!


「・・・ふ、ふふ、ふふふっ、任せなさい! このアスバ様があっという間にその道具の扱いとやらを覚えて、あっという間に狩って来るわ!」


ならば見せよう。私の力を認めるというのなら、それだけの成果を成し遂げて見せる。


「後は私に任せておきなさい!」


リュナドの「あ、調子乗ってる。ちょっと不安」という言葉を聞き流し、自信満々に宣言する。

見てなさい錬金術師。私の実力を、貴方が認めた力を見せてあげる!

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