第60話、出入り禁止を食らう錬金術師。
「かーんせー」
『『『『『キャー』』』』』
太い柱で作られた、下手をすれば家より豪華な倉庫が完成した。
とはいえその作りはとても『普通のデザイン』なので、見た目は余り宜しくない。
一応そういう技術もお母さんに叩き込まれているけど、倉庫だし別に良いだろう。
現行の出来でも日数がかかったし、デザインまで凝っていたら魔獣狩り迄間に合わないしね。
「今度時間の有る時にライナにも見て貰おうね」
『キャー』
きっとライナなら頑張ったねーと褒めてくれるだろう。うん。
頭の上の子もわーいと喜んでいる。
「じゃあ家に置いていた素材も、全部こっちに運んじゃおう。手伝ってね」
『『『『『キャー』』』』』
山精霊達に指示をして、家に置いていた分の素材を倉庫に運んでいく。
分類分けできる様に棚も作っているので、ただ積み上げる様な事も無い。
家にも棚は有るけど、素材置いておくには限界が有ったからなぁ。
「あ、見に来たの? どうかな」
家と倉庫を往復していると、家精霊がふよふよと様子を見に来た。
よく考えたら庭もこの子の領域なのに、特に許可を求めず建ててしまった。
怒られるかなーと少し思いつつ、倉庫をペタペタ触っている家精霊の様子を見つめる。
暫くペタペタ触りながらグルグルと倉庫の周りを飛ぶ家精霊。
3周ほどした所で何かを納得したのか、うんと頷いてからポンと家を叩いた。
すると家精霊から倉庫へ何かの力が流れ出すのを感じた。
目にはっきりとは見えていない。だけど感覚的にそう感じる。
私はこの家の主で、家精霊は私を主と認めた存在。
だから感じられるんだろう。今この倉庫はこの家の一部だと認められたんだと。
「ありがとう」
家精霊にお礼を言うと、ニコッと笑って抱きついて来た。
抱きしめ返しながら今の光景を振り返り、何となく井戸の方に目を向ける。
するとそこからもさっきの様な、家の一部だと感じる何かが存在した。
「そっか、あそこも認めてくれてたんだね・・・」
どうやら知らないうちに、私が作り直した部分も家精霊の領域になっていたらしい。
「んー・・・てことは、認めたら領域になるって事かな」
倉庫も井戸に手を加えた部分も、元々この家には無かった物だ。
だから家精霊の加護のような物は存在せず、おそらく普通に朽ちていく可能性が高かった。
だけどそこが領域として認められた事で、この二つも家と同じだけの強度を得る事だろう。
「もしかして井戸の屋根を作り替える時、私が手を加えられる様にしてくれてたりした?」
私の質問に笑顔でコクコクと返す家精霊に、となると地盤を作り直した時も同じかなと感じた。
この子が移動出来るのはこの庭の中だけ。つまりこの庭も家精霊の領域だ。
家主の為に主張せず、だけど手助けをしてくれていたんだ。私が手を加えられる様に。
「体に問題とかは無い? そのせいで消耗したとか・・・」
笑顔でフルフルと首を振る家精霊に、ほっと安心して息を吐く。
精霊達は基本的に、こういう質問には本当の事しか答えない。
だから本当に問題は無いんだろう。
「もし嫌な事が有ったら教えてね。私は毎日気持ちよく寝かせて貰ってるから」
毎日の朝食も、毎日のベッドでの安眠も、この子が居るから成立している。
お陰でこの家は本当に心地が良い。叩き起こされるのだけは許して欲しいけど。
そう思って家精霊にお願いをすると、嬉しそうにぎゅーっと抱きついて頷いてくれた。
「ん・・・良かった」
精霊っていうのは自分の在り方に拘る。
いや、拘るというよりも、その在り方が精霊その物なんだ。
だから精霊自身が出来ないと思った事はどうあがいても出来ないし、やろうともしない。
私は出来ればこの子にも気持ち良く在って欲しいから、その辺りは気を付けたいな。
「さて、じゃあ倉庫も完成したし、残った日数は依頼の薬でも作ろうかな・・・あ、その前に湿地対策をしておこうかな。多分前より地盤が緩い可能性が有るし」
あの魔獣の居る湿地は地盤が緩い。ただそれはどちらが先なのか迷う部分が存在する。
生態上の理由で蛙の魔獣が湿地を好む事は間違いない。
ただ蛙の魔獣は数が増えると、湿地でない土地を湿地に仕立て上げ始める時が有る。
更には今回逃げる為に地面に潜っており、緩い地面を更に緩くなるまで掘り返しているだろう。
「多分普通に歩いたら沈むかな・・・」
対策は既に頭に在る。というかその為の道具の一つは元々持っている。
後はもっと動きやすくなる様に、同系統の道具を作っておくとしよう。
幸い材料は許可が無くても採りに行ける所に有るのだし。
・・・一応門番さんに許可取った方が良いかな?
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「領主が堂々と街のちんけな酒場に来るなと何度言えば解る」
「煩い、良いから酒を出せ」
一般人の服装に怪しげなフードを被り、変装してやって来た領主の為にグラスを出す。
別に今日初めてではなく、偶にこうやってうちの酒場にやって来る。
頻度は多くは無いが、いつも同じ格好をしているから解っている人間は解っているだろう。
というか、常連は殆どこいつが領主だと気が付いている。
爺様連中は困った孫を見る目で見ているが、それで良いのか領主殿よ。
「で、何の用だ?」
一番安い酒を薄めて出して訊ねると、一口飲んでから領主は口を開いた。
「・・・例の魔法使いの件だ。リュナドを監視役にさせただろう。こちらとしても都合が良かったから許可を出したが、お前から話を持って来い。これはお前の管轄だろうが」
「はっ、知らんねぇ。俺はただ提案しただけさ。強制はしてないぜ?」
「どの口が言う。殆ど脅しだろうが」
ああ、あの兄ちゃん案外全部喋ったんだな。もう少し隠して報告してるかと思ったんだが。
「全く、ただでさえ彼には潰れられては困るんだ。無駄な仕事はさせるな」
「お前が言うのかよ。前回の追い出しの件を忘れたのか」
「・・・それは・・・その、反省している」
「はっ、だったらその分あの兄ちゃんの給金上げてやるんだな。お前だってあいつが今この街でどれだけ重要な役割か解ってんだろ。気を付けねえとマジで逃げられるぞ」
単純にもう色々と嫌になって逃げた、ならまだ良い方だ。
やけになって錬金術師か精霊を使ってやらかす可能性だって有るんだぜ。
仕事に見合った報酬が無いと人間は繋ぎ止められない。
もしくはそれでも良いぐらいに洗脳するかだな。
「今の彼はこの街ではかなりの高給取りだぞ。それに逃げる事も無い・・・お前は彼の出自を知っているか?」
「・・・初めて聞いたなそんな話。出自に何か理由が有るのか。俺も流石に街の人間全員の事など把握していない。あいつは愚痴は言っても身の上話はしないしな」
大体いつも「錬金術師がー」「食堂の娘がー」「精霊がー」という愚痴だけだ。
「彼は孤児でな。親に捨てられたのではなく、不幸な事故が有ったからだそうだが。そして兵士になってからは孤児院に給金の一部を寄付し、今は給金の大半を孤児院に寄付している」
「・・・何ともご立派な事だな。ここでそんな話、あいつの口からは一言も聞いた事が無いぞ。街を捨てて逃げたいとすら言っていたくせに、食えん男だ」
「身近に置いて解った事は、彼は自分の成果を余り口にせん。だからこそ給金は危険込みの額を払っているし、彼が街を捨てて逃げる心配はないと思っている。その日が来るとすれば、それはこの街が終わる日だろう」
孤児院も見捨てて逃げる様な、そんな出来事が起きない限り無い、って事か。
いや、全員連れて逃げ出す必要が有る状況、の方が可能性は高いな。
「それをちゃんと本人に言ってやれよ、領主殿」
「何度も言っているぞ。君には期待していると」
「・・・お前やっぱり馬鹿だな」
「なんだと!?」
あーもう、この馬鹿は本当にどうにかなんねえかな。そんなんで真意が伝わる訳ねえだろ。
「はぁ・・・で、用件はそれだけか?」
「ちっ、話がそれた。魔法使いの件だ。奴の名前、貴様なら知っているだろう」
「どっかの国の大罪人の魔法使いと同じ名前だな。だがずいぶん昔の話だろう。本人ならいくら何でも幼すぎる。それにあの娘、別の領地じゃそれなりに名の通った魔法使いらしいぞ」
昔とある国でアスバ・カルアという魔法使いが暴れまわった事が有る。
最終的に魔法使い一人に国が滅ぼされ、その国の土地は別の国に呑まれた。
その後魔法使いの行方は知れず、その正体も名前と魔法使いという事しか解っていない。
とはいえ本人というには流石に無理が有る。あの娘を同一人物というには幼過ぎる。
「確かにあの魔法使いは強い様だが、そんな事をする娘には見えん。もし本人だとするのなら、何故大人しく魔獣討伐などやっているんだ。好きに暴れて奪えば良いだろう」
「それは、そうだが・・・彼の報告を聞くと、少し不安になってな」
あー、出先でやらかしたって話か。とんでもない事になったらしいな。
「解らんでもないが、それでも考えすぎだろ。あの娘が20を超えている様に見えるか? 成長が遅いとしても・・・せいぜい12,3程度だろう」
「そうか・・・だがそれでも、俺は警戒しておいた方が良いと思うぞ」
「ま、忠告は受け取っておく」
実際大魔法を使ったという話は無視できない。
他の連中なら兎も角、錬金術師の力を間近で何度も見ている人間の言葉だ。
何をやらかすか解らないという危険は大いにあり得るだろう。
「それと、錬金術師の新しい情報は耳に入っているか?」
「ああ、例の湿地の話だろ。聞いてる聞いてる。凄まじく嫌われたな」
「相変わらずどういう情報網だ。俺は向こうの領主の手紙で現地の状況を知ったというのに」
「さてな。それは教えられんよ」
湿地帯に錬金術師が現れ、その土地の魔獣が討伐出来なくなったという話を聞いている。
それだけならともかく、土が前以上に緩くなっていて踏み込めなくなっているらしい。
お陰で現地の錬金術師の人気は最悪も良い所だそうだ。
「ふん、まあ良い。知っているなら話が早い。向こうの領主から早々に嫌味の籠ったお手紙を頂いた。うちの湿地から魔獣を排してくれてありがとうとな」
「良かったじゃないか、感謝されて。これで領主殿の株が上がったな」
「貴様の耳はどうなっている。嫌味と言っただろうが。その土地の魔獣は大事な食料だったらしいし、それで生活していた人間もいる。何より足を踏み入れられない土地を作り上げた事に随分苛立っていた。二度と錬金術師を踏み入れさせるな、だと」
おい、それは不味くないか。あの女はその土地の魔獣が必要だから向かったのに。
「・・・どうすんだよ、領主殿」
「だからここに来たんだろうが、頼りになるマスター?」
「はぁ? ふざけんなよ、嫌だぞ。あの女の機嫌無駄に損ねるとか」
「俺も嫌だ。次はどんな仕返しされるかたまったもんじゃない」
「こういう時の為にあいつはお前に雇われているんだろうが。何とかしろよ」
「何とかする最低条件が出入り禁止だ。でなければ指名手配だ。住民の心象も悪いし、何が起こるか解らないし、抑える為にも何かしらの処分が要るとな。まあそれは口実で、罪人としてこき使おうって腹だろうがな。流石にそれはやらせん。だが・・・な」
・・・おいおい、マジでどうすんだよ、これ。食堂の娘に話して貰う様に頼むか?
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