第57話、感謝する錬金術師。

心地良い微睡からゆっくりと起き上がり、ぽやーっとした頭のまま服を外套を羽織る。

羽織ってから外を確認し、星の位置からもう閉店時間の頃合いだと確認。

・・・服を着てから確認って、大分寝ぼけてるかもしれない。


「ふあ~・・・あ、おあよう、行って来るね・・・」


絨毯を手に取って欠伸をしながら下に降り、家精霊にちゃんと出発を告げる。

すると私より先に玄関に回って扉を開けてくれた。

頭を撫でてから外に出て、ニコニコ嬉しそうな家精霊に手を振って絨毯を広げる。

何時もの山精霊はまた慌てて外套をよじ登っていたので、頭に登るまで待ってあげた。


「じゃ、行ってきます」

『キャー』


山精霊が何時もの位置に座ったのを確認して、絨毯を飛ばしてライナの店へ向かう。

店の上空に着いたら念の為客がいないかを窺い、大丈夫そうなのを判断してから店に入った。


「あ、いらっしゃい、お帰りセレス」

「・・・ただいま?」

「ふふっ、何で首を傾げるのよ。今日は遠出したでしょ」

「あ、そ、そっか、ただいまライナ」


クスクスと笑われながら説明をされてちょっと恥ずかしい。

でもライナが楽しそうだから良いかな。


「ふふっ、じゃあすぐに用意するから、ゆっくり座っててね」


大人しく言われたとおりに座り、いつもの様に空腹に耐えながら待つ。

精霊達は今日も今日とてご機嫌で、くるくると踊って店内を動き回っている。

・・・最近「この子達の方が私より街に慣れてるのでは」と少し思ってしまう。


「はーい、お待たせ」


ただ目の前に料理が運ばれてきたらそんな思考はもう飛び、目の前の料理にかぶりついた。

食べ終わって一息つくとお茶を貰い、一口飲んで気の抜けた息を吐く。


「はふぅ~~・・・美味しかった」

「セレスは本当に何時も何時も美味しそうに食べるわよね」

「だって美味しいもん」

「ふふっ、ありがとう」


美味しそうに食べると私に良く言うけど、そもそも美味しいのだから当然だと思う。

そう思っての言葉を伝えるとライナは嬉しそうに笑ってくれた。

釣られて私も笑顔になっていたのだけど、途中で彼女の表情が曇り始める。

え、どうしたの、また私何かおかしな事した?


「ねえ、セレス・・・今回の事、ごめんね」

「・・・ふえ?」


何故か謝られてしまったのだけど、一体何の事だろう。

良く解らずコテンと首を傾げていると、ライナは少し困った顔で口を開いた。


「アスバちゃんの事、困ったでしょ? 流石にあそこ迄勢いが強いとは思ってなくて・・・元気な子ではあったけど、店では割と優しい良い子だったから・・・本当にごめんなさい、セレス」


ああ、成程そういう事か。確かにあの女の子の勢いは怖い物が有った。

だけどその事でライナが謝る必要なんか何も無い。


「気にしないで。ライナは私の為にあの子を紹介してくれたんだもん。私の為に連れて来てくれたんだから、謝る事なんて無いよ。あの子のお陰で魔獣の住処を見つけられた。探し回る必要が無くなった。だからその分他の事に時間が使えるんだもん。ゆっくりお昼寝も出来るし」


そうだ、ライナは何も悪くない。悪いのは自分だ。私に対人能力が無いのが原因だ。

あの子の勢いが怖いのは、自分が人の目と感情が怖いからだ。


「それはライナが連れて来てくれたからだし、あの子の事が怖いのは自分のせいだもん。自分が人の目が怖くて、人と付き合うのが怖いだけ。ライナは何にも悪くなんか無いよ」


ライナは何時だって私の為を考えてくれる。私の事を考えてくれるんだから。

そう思って笑顔で伝えると、困った顔で溜息を吐かれてしまった。

ええぇ・・・なんでぇ・・・。


「うーん、そこは怒って欲しかったなぁ。『何であんなの連れて来たの―』って」


怒ってと言われても、私がライナに怒りをぶつける理由が無いもん。

だってライナのお陰で私はここに居る。今平穏に暮らせているのは全部彼女のお陰だもの。


「私がそんな事言う訳無いよ。ライナが居たから、ほんの少しだけでも人と話せてるんだもん。門番さんと友達になれたのだって、ライナが教えてくれたからだもん」

「教えたって・・・私が、何か教えたかしら・・・?」


私の言葉に心底不思議そうな顔をするライナ。でもきっとそれが普通なんだと思う。

彼女は優しくて、そしてとても人付き合いが上手だから解らないんだ。

私がそんな彼女のお陰でどれだけ救われたか、どれだけ希望を持てたか、きっと解らない。

駄目駄目で人が怖くて仕方なかった私にとって、貴女という存在がどれだけ救いだったか。


「こんな駄目な私でも、頑張って話しかければ、解ってくれる人が居るんだって。勿論数が少ないのは解ってるけど、それでもこんなに優しい人が居るんだって。そう知ってるもん。ライナが私に優しく応えてくれて、いつも助けてくれたから・・・全部、ライナのお陰だよ」


貴女が居たから私はまだこの程度で済んでいる。貴女が居なかったらきっともっと酷かった。

だから心からの感謝を、返し様の無い程の恩への感謝を何時だって持っている。


「ありがとう、ライナ。大好き」


その感謝を少しでもちゃんと伝えようと、出来る限りの笑顔で口にした。

大好きな親友に、いつも私を助けてくれる優しい恩人に。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「―――――――っ」


目頭が熱い。涙が我慢出来そうにない。上手く笑えない。

ああ、だめだ、涙がこぼれる。これじゃセレスに心配をかけてしまう。


「ラ、ライナ、ど、どうしたの。え、何で、うえぇ・・・わ、私また何か間違えた!?」

「う、ううん、違うの、違うのよ・・・これはセレスのせいじゃないの・・・」


昔住み慣れた土地を離れる時、私には心残りな事が有った。

それは良く世話を焼いた、人付き合いのとても苦手な親友の事。


彼女は場の空気を読むとか、人の気持ちを読む事がとても苦手だった。

私はそんな彼女が少しでも上手くやっていける様に、本当に良く世話を焼いていた。

それは間違いなく彼女の為を想ってやっていた事だ。


だけどそれと同時に、世話を焼き過ぎていたんじゃないかと思った事も有った。

そのせいで余計に人付き合いが出来なくなったんじゃと思う事もだ。

彼女が私以外と付き合えない様な、そんな風にしてしまったのではと。


再会した後も、正直その考えが頭によぎらなかった訳じゃない。

ずっと気になっていたけど、だけど怖くて口に出来なかった。

友人の人生を台無しにした切っ掛けかもしれないなんて事が、怖くて堪らなくて。


「・・・ありがとうは、私だよ、セレス」

「ふぇ?」


だけどその友人は、親友はこんなにも優しく好意的に受け止めてくれていた。

私のやった事も想いも無駄になって無いと、そう伝えてくれたんだ。


もっと解ってるつもりだったけど、まだまだ解って無かったなぁ。

本当に・・・根はどこまでも優しいのよね。泣きたくなるぐらい優しい。

だけど今は泣く所じゃない。笑って返すべき所だ。

だから涙を拭いて、首を傾げている親友にもう一度感謝を口にしよう。


「ありがとうセレス・・・本当にありがとう」

「う、うん? ど、どういたしまして?」


ふふっ、解っていたけど「訳が解らない」って顔してるわね。

そういう子なのよね。よーく知ってるわ。だからこそまっすぐで優しい子だった。

・・・まっすぐすぎて、素直過ぎて、余計に人付き合いが上手く行かなかったのよね。


「そういう事なら、もっと門番さんと仲良くなれると良いわね。まだ少し緊張感あるでしょ」

「え、う、うん、まだ少しだけ・・・もっと仲良く、なれる、かな?」

「なれるわ。セレスが今のままのセレスなら、そのうちきっと」

「そ、そっか。そうだと嬉しいな」


へにゃッと笑う今の可愛い笑顔をもっと見せれば、その希望は早く叶うと思うんだけどね。

そう簡単に行かないから今の状況な訳だけど。


それでもいつかは、セレスがちゃんと気の抜ける、友達と思える様にはなって欲しい。

昔離れるしかなかった時の様に、いつまでも私が世話を焼いてあげられる訳じゃないもの。

ならその時の為に、セレスが頼れる人を増やしてあげないと。


・・・それにまだアスバちゃんに関しては諦めてない。

あの子は確かに勢いが強くて、一見セレスとは相性が悪い様に見える。


だけどあの子も優しい子だ。セレスとちゃんと話せば仲良くなれる子だと思う。

それに門番さんから話を聞いた限り、本当の意味での「対等の友人」にもなれそうだし。

私じゃ絶対無理な、セレスと同じ場所に立てる友人に。


取り敢えず今は精霊に監視をお願いして様子見になるけど、何時かはちゃんと会話の場を設けたいな・・・。

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