第58話、知らない所で悪評が立つ錬金術師

何故か解らないけどライナの機嫌が物凄く良いみたいだ。

お礼も言われたけど、何で言われたのかよく解らない。

んー、私お礼言われるような事何かしたっけ。何もしてない気がするんだけど。


・・・ま、いっか。ライナが楽しいならそれで良いや。うん。


ライナが楽しいなら私も楽しいし、別にそれで良いよね。

精霊達も私達が楽し気だったからか、何時もよりにぎやかに踊っている。


そういえばこの子達食堂に居付いてるけど、私の所の子達の様に手伝いはしてるんだろうか。

ライナにその疑問を訊ねてみると「下処理の最中に食べるからダメ」と返された。

どうやらやらせてみた事はあるらしい。この子達基本が自由だからなぁ・・・。


今は私を主とし、ライナの料理を好んでいるから人間社会に溶け込んでいるだけ。

本来この子達はやりたい事をやる存在で、人間を気遣う行動なんか選択肢に無い。

だからふとした拍子にそういう元々の行動を始め出すんだろう。


とはいえこの子達、まだ付き合い易い部類の精霊だとは思うけどね。

何せ美味しい物を与えれば基本的に攻撃して来ないのだし。


「あ、そういえば完全に忘れてた。君達ってあの山奥に何で籠ってたの?」


何時か詳しく聞こうと思って忘れていた。

美味しい物を食べるのが好きなら、むしろ外に出た方が色々有る。

とはいえ多分、人間か何かに食べ物を盗られたから、っていうのが理由だと思うけど。


『『『『『『キャー』』』』』』


私の言葉を聞いた精霊達が声を揃えて返事を返す。

ただ返って来たのは何とも煩雑な情報だった。


「皆がそうしてたから」

「石盗られたくない」

「石美味しい。でもライナの料理もっとおいしい」

「躍るの楽しい」

「楽しいの楽しい」

「もっと食べたい」


・・・うん、半分ぐらい答えになって無い。こういう所有るよね、君達。

でも多分、あの鉱石を盗りに来た人間が居た、というのは間違いないんだろう。

だから人が来ない様にあの岩を作り、それなのにやって来た私を攻撃した。

あの時の予想は大体間違ってなさそうだ。


「セレス、この子達、何て答えたの?」

「んー、多分この子達が好きな鉱石を盗りに来た人間達が過去に居て、取られないように結界を張った上で山奥で楽しく生きていた、って感じじゃないかな。多分」

「多分、なの?」

「うん・・・この子達伝えたい事ははっきり伝えて来るけど、あんまり興味の無い情報の時は結構適当だから・・・でも返って来た情報繋ぎ合わせた感じだと、そうかなと思う」


でも今回はマシな方だ。酷い時はただノリで『キャー』と返してるだけの時が有るし。

家精霊とは確り会話してるっぽいから、何かしらの会話手段が有ると思うんだけど・・・。


「つまり・・・今は街に美味しい物が有って、街の人が美味しい物をくれるからここに居付いている、って事で良いよね?」

「そうだね。頭の上のこの子がライナの料理を食べたのがきっかけだから、余計にライナの料理が好きなのかも」

『キャー』


何故か私について来た物好きな個体。この子がライナの料理を気に入り皆に食べさせた。

その結果山精霊達は山を出て街に来て、ライナに懐いて料理を求めている。

勿論料理が美味しかったというのは有るのだろうけど、一種の刷り込みも有るんじゃないかな。


だってただ料理が食べたいだけなら、私の目を盗んでライナに作らせててもおかしくない。

でもライナに対し私以上に懐いている気配が有るし、言う事も私の言葉以上に素直に聞く。

精霊にとって怖い私よりも、楽しい場所をくれる食堂の方が居心地が良いのも理由なのかな。


「私の事主って言うくせに、主の倉庫の資材食べちゃうし、本当に主と思ってるの?」

『キャー』


頭の上の子がご機嫌に返して来たけど、今のは何の意味も伝わってきていない。

まあ良いんだけどさ。君達のお陰で鉱石とか薬の素材に困る事が一切無くなったし。


「そういえばセレスはこの子達に手伝わせて倉庫作ってるみたいだけど、必要なの?」

「んー、有った方が良いなと・・・今回は出来れば魔獣を狩りに行く前に作っておきたいなって思ってる」


準備期間が有るなら、今回は出来れば倉庫は欲しい。切実に。


「今回必要な素材って、そんなに大きな素材なの?」

「ううん、ただ・・・」

「ただ?」

「閉じた空間に置くと物凄く臭いの、あれ・・・川魚なんかの臭いが勝負にならない程に」

「あー・・・私には見えないけど、家精霊の子が怒りそうね」


ライナには何度も家精霊の話をしているので、彼女の想像の中の家精霊が怒っているんだろう。

でも実際そんな事になったら多分怒られると思う。外に置いてって。


「大きなのが1,2個ならまだそこまでなんだけど、数が多くなるとどうしても。小さい素材の場合、大きい素材と同じ質量を集めれば良い、っていう簡単な話じゃないから、量も増えるし」


今回欲しい素材は、魔獣が大きいとその分中身の素材も大きい。

そして素材が大きくなると、比例して匂いが少しマシになる傾向が有る。

素材を覆う外皮が匂いを中に押し留めている様で、小さいと外皮が薄いせいで臭うんだろう。


とはいえ置いておく前に外側を拭いておかないとやっぱり臭いし、マシなだけで臭いのは臭い。

そういう意味では今回狩って帰れなくて良かったのかもしれない。


「量的にも臭い的にも倉庫が在った方が良い、って事なのね」

「うん。それにあの魔獣の皮も加工すれば良い衣服になるんだ。それも残しておきたいし」

「あら、そうなの?」

「湿地帯の魔獣の皮だからか水を良くはじくんだ。だから雨の日に出かける場合、あの魔獣の皮を加工して作ったローブとかなら殆ど濡れなくて済むよ」


正確には弾くのではなく、表面に押しとどめるが正解だけど。

あの魔獣の皮は大きく二層になっていて、内側は水をはじき、外側は水を溜める。

一定数の水がたまるとそれ以上吸わなくなり、水を弾き始めるっていう仕組みだ。


内側の皮だけを使えば水を弾けそうに感じるけど、そうすると逆に水が中まで浸透し始める。

外側と内側、両方無いと雨具にならないんだよね。


ただ問題なのは、表面が水を吸うからどうしても少し重い。

だけど荷物や自分を守るにはかなり有用な雨具だし、荷車の幌としても優秀だ。


後は使い勝手の良い素材なんだけど・・・皮を剥ぐ作業が面倒臭いんだよね。

内側を上手く残して剥がないと、雨具として加工出来なくなっちゃうから。

ちゃんと皮を剥いでから乾燥させると強い素材になるんだけど、その前が脆過ぎる。


「外皮と同じぐらい頑丈だと良いんだけど、剥ぎなれた人が剥がないと、本当に役に立たないんだよね・・・あ、でも皮も食べられるよ。ぶにぶにした触感が嫌いじゃなかったら」

「成程・・・蛙の魔獣か・・・そういえば蛙は出した事無いわね」


確かに、言われてみればここで蛙を食べた覚えが無い。


「あ、その、か、狩りに行く時お肉持って来るつもりだったんだけど・・・要らない?」

「ううん、ありがたく頂くわ。セレスがそう言うって事は美味しいんでしょうし」

「う、うん。ただちょっと、臭さを抜く処理をしないと、大分臭いがきついけど」

「処理の仕方は知ってるのよね? なら教えてくれないかしら」

「う、うん、任せて!」


わーい、ライナに頼られた! 珍しい!

張り切って処理の仕方を教えると、料理関連だからかライナの覚えは早かった。

補足説明も入れる必要無く、何故その処理をするのかを説明する前に理解する程だ。


「・・・ライナって、料理に関しては天才なんじゃないかな」

「どうかしら。最初から上手だったわけじゃないし、ただの経験則だと思うわよ。セレスだって薬の材料に代用品を使ったりする、って言ってなかった? そんな感じよ」

「・・・そう、なの、かな?」


確かにそう言われてみるとそうなのかもしれない・・・のかも。

でも私にはあんなに美味しい料理は作れないので、やっぱり天才だと思う。


「・・・そういえば門番さんからも聞いたんだけど、その魔獣ってその地域では食用なのよね。なら今回の事で近くの人達困って無いのかしら?」

「んー、どうだろう。弱いって言っても魔獣だから、普通の獣の方が狩るのは簡単だよ。だから代わりの獣を狩るんじゃないかな。普通の獣なら取り敢えず近づいて首刎ねたら良いだけだし」

「・・・取り敢えずでそんな事が出来る人は少ないわよ、セレス・・・あ、いや、それよりも」


ライナは私に何かを言おうとした途中で、何かに気が付いたように思案し始めた。

どうしたんだろうと首を傾げていると、彼女はにっこり笑って私に顔を向けた。


「・・・ううん、ごめんなさい。気にしないで。一番困るのは領主でしょうし・・・正直今はどうしようもないし、これはセレスが悪い訳じゃないしね・・・仕方ないわ」

「へぅ?」


何だか良く解らないけど、ライナが気にしなくて良いって言うならそれで良いか。

その後はお茶のお替りを貰って一息ついてから家に帰る事にした。

見送りの際もライナは機嫌が良く、今日は終始楽しい食事の時間だったな。


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「あの噂、本当だったんだな」

「ああ、死ぬかと思ったよ」

「洒落になってねえな・・・」


酒場で普段酔ってバカ騒ぎをしている連中が、珍しく何時もの様なバカ騒ぎをしていない。

いや、酒も入っているし騒いでいるのは一緒だが、いつもの様な気楽さは見えなかった。


原因は街の近くの湿地で大きな事件があったせいだ。

そこには比較的狩りやすい魔獣が居て、街の重要な食糧源になっている。

何時もの様にその魔獣を狩りに出ていた連中が、そこでとんでもない物を見たらしい。


今話しているうちの一人は、その場を見ていた一人との事だ。

その内容に酒場の誰もが耳を傾けている。

勿論俺も例外ではなく、酒場の端っこで興味深く静かに聞いていた。


「なんか変なのが飛んで来たなーって思ったんだよ。だからうちの大将が念の為今日は早く切り上げようって言いだしてさ。でなかったら俺ら死んでたかもしれねぇ。大将に感謝だわ」

「まあ、遠目にも凄かったらしいからな。高台の見張りの兵士が腰抜かしたって聞いたし」

「あのバカでかい火柱は街からも見えてたもんな。なんだあれ、訳が解んねぇ」


内容は湿地にやって来た何者かが魔法を使ったという話だ。

それも余りに強力な、人間があんな物を一人で放てるのかという大魔法を。

彼等も最初は訳が解らず混乱していた様だったが、狩りに行っていた者達のリーダー格の人間がとある事を口にした。


『絨毯に乗って空を飛び、魔獣を殺す事を生きがいとする錬金術師・・・まさか、あれが?』


直前に何か不思議な物が飛んでいたせいも有って、その発言が事実とされた。

とても強力な魔法を操り、どんな魔獣でも圧倒すると噂の錬金術師が来たと。


実際錬金術師の噂はこの街にも届いている。

ただその噂は良い物も有れば悪い物も有り・・・この街ではどちらかと言えば悪い方が多い。


神出鬼没で強力な魔法を誰相手でも容赦無く使う化け物の様な奴だ、なんて噂も有る。

特に酷いのだと、実験の為に子供を攫ってる、なんてのも有るぐらいだ。

今回起こった事は街にとっては悪い事だったせいで、きっともっと悪い噂が増えるだろう。


「あれのせいで魔獣が一体も見当たらねえ」

「それだけじゃないだろ。あの訳の解らない地面の隆起もあいつのせいだろ?」

「そのせいか地面がおかしいんだよな。湿地に足を踏み入れて呑まれそうになった奴も居たし」

「あー、見た見た。あれ仲間が居なかったら呑み込まれて死んでたぞ」

「あそこでの狩り生業にしていた奴もいるのに、いい迷惑だよな」


皆口々に錬金術師の行為に文句を言っている。実際街としては大打撃も良い所だからな。

とはいえ本当に錬金術師がやって来た証拠なんて無い。

飛んで来たものだって、遠めな上に普段見ない変な物が飛んでいた様に見えたってだけだ。


それでも皆何か解り易い怒りのぶつけ所が欲しくて、解り易い噂が丁度存在した。

真実なんて住民にとってはどうでも良い。事実として生活に影響が出た事が問題なんだから。


その内「実は湿地に拠点を作ろうとしてる」だの「大規模な魔法を仕掛けてあの魔獣を滅ぼすつもりでは」だの「領主に錬金術師を捕まえる様に嘆願しないと」などという出す奴迄出て来た。

実際の所は結局解らない。ただ俺は彼らが有る一点から目を逸らそうとしている気がした。


『もしあれが危険な魔獣の仕業だったら』


そういう意見が出て来ないのはどうしてなんだろうな。

なんて思いつつ、ただの一般人でしかない俺には静かに酒を煽るしかなかった。

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