第56話、特に気にしていない錬金術師。

帰り道は行きと違い、女の子はずっと黙って前を見ている。

ただただ静かに絨毯の前に座り、こちらを振り向く事は一切無い。

門番さんも特に話しかける事は無く、私は当然話しかけられる訳が無かった。


家に着いたら家精霊と山精霊達が出迎えてくれたけど、ライナは店に戻ったらしい。

いつ帰って来るか解らなかった訳だし仕方ない。今日の事は夜に話そう。

あ、しまった、どうせならお土産に適当な魔獣の一体でも狩って来るんだった。


「・・・ちょっと、狩ってこようかな」


家の傍に魔獣がやって来た事は無い。多分精霊達に怯えて近づかないんだろう。

人間と違って本能の強い個体であればあるほど、精霊は触ってはいけない強者と感じる。

とはいえそれは近くに来ないだけで、少し森の奥に行けば居るはずだ。

・・・でも疲れたしお昼寝したいなぁ。


「ねえ、あんた・・・」

「―――――っ・・・なに?」


お昼寝か狩りかと真剣に考えていたら、女の子から声を掛けられ反射的に門番さんの背後へ。

そのまま彼の背中を掴んで女の子に問い返した。


「その・・・えっと・・・だから・・・ごめん・・・仕事の邪魔した結果になって」


女の子は視線をウロウロさせながら、私の様に自信が無い様子で謝って来た。

最初に感じた怖い物は一切無く、むしろ上目遣いで様子を見て来る姿に何となく共感を覚える。

でも邪魔したって言われると・・・どうだろう。


確かに暫くあの魔獣が狩れなくなったけど、彼女は率先して狩ってくれようとした。

それは私の手間を減らそうとしてくれたんじゃないのかな。ただ結果が失敗だっただけで。

むしろ魔獣の生息場所が解ってる今、そっちの方が重要で助かった。


探し回る事を考えたら、もっともっと日数がかかっていた可能性も有ったと思う。

そう考えると魔獣が出るまでの期間程度なら、むしろ早めに片付きそうなぐらいだ。


なので別に仕事の邪魔とは思ってないし、むしろ助かったし、彼女が謝る事は、無いよね?

・・・門番さん取られた気分だったのは、邪魔というか、何かヤだっただけだし。


「・・・別に邪魔じゃない。魔獣の生息地の情報貰ったから、それで構わない」


そう伝えると彼女は顔を上げると目をクワッと開き、怖い気配を放って来た。

思わず門番さんの背中に体を隠したけど、怖いのは一瞬だけだったので恐る恐る顔を出す。


すると彼女は俯いて拳を震わせていた。いや、体全体がかすかに震えている。

もしかして私はまた怒らせたのかなと不安になっていると、かすれた声が耳に入った。


「・・・今日は、帰るわ・・・邪魔したわね・・・」


少し震える様な、泣いている様な声でそう告げ、彼女は街道の方へ消えて行った。

えう、何だろう、泣かせちゃった? 何で? うう、解んない・・・。


「・・・ふむ、あー、えっと、取り敢えず暫くは出ていかない、て事で良いんだよな」

「え・・・うん、マスターから急ぎって言われない限りは・・・」

「そうか、じゃあ今回の事やその予定も含めて報告してくるから、今日はもう帰らせて貰うな」


門番さんも帰るらしいので、姿が見えなくなるまで山精霊達と一緒に見送る。

相変わらず彼の傍を歩く山精霊達は何時もご機嫌そうだ。面倒見が良いからだろうなぁ。

一人になった所でさてどうしようと悩んだけど、やっぱり何だか色々疲れたので寝る事にした。

狩りは・・・うん、明日・・・やろう、うん。


「ベッドの用意、して貰って良い?」


家精霊にそう頼むと、任せてという様に胸を叩いて返してくれた。

と思ったら私の手を引いて二階まで連れて行き、どうぞと言う様にベッドに手を向ける。

どうやら既にベッドメイクは出来ていたらしい。


「ありがとう」


家精霊にお礼を伝えてから頭を撫でると、嬉しそうにギューッと抱きついて来た。

それに応えて抱きしめ返し、満足して離れた所でベッドに飛び込む。

お日様の匂いのするシーツと布団が心地いい。ふっかふかだ。


「ひぁぁぅ・・・ひもひいぃ・・・」


この家に来てから気持ち良くないベッドで寝た覚えが無い。

毎日お布団干してくれる家精霊は本当に素敵な精霊だなぁ・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


流石に今回は大失敗だと、自分でもそう認めざるを得ない。

自分の失態が悔しかったけど、それよりも先ずは錬金術師に対して素直に謝罪を述べた。

だからそこまでを考えてどんな罵倒や蔑みが来るかと覚悟していたのに、なのに――――。


「・・・別に邪魔じゃない。魔獣の生息地の情報貰ったから、それで構わない」


声音は確かに不機嫌な物が混ざっていた。だけど今迄よりは幾分か軽い声。

きっと私を邪魔だと思っているのは間違いない。ただそれは私の存在だけに対してのもの。


あれは多分本気で言っているんだろう。きっと嫌味で言ったつもりも無い。

眼中に無かったんだ。私の存在など居ても居なくても、成功しても失敗してもどうでも良い。

元から何も期待していないし、だから何が起こった所で気にしていない。


お前に何が出来る。お前に何が出来た。居た所でただ何も出来なかっただけだと。


眼中に無い存在が傍に居る事に邪魔とは思っても、その存在が何をした所で意味が無い。

勝手に失敗した気で勝手に落ち込んでいろと、そういう事でしょうね。

だって何も期待していないのだから。それこそ目の前の大失敗すらも気にしない程に。


「――――――っ」


思わず激高しそうになって、それが尚の事情けなくて出来なかった。

当たり前だわ。彼女の反応は役立たずに向けるそれだもの。

実際に役に立たなかった人間が、一体何と怒れるって言うの。

自分で自分が情けないと思っているのも、ただ私が無様に勝手に失敗しただけなんだから。


「・・・今日は、帰るわ・・・邪魔したわね・・・」


これ以上何を言っても無様なだけだと思い、その場を去る事を彼女に告げた。

思考も上手く回らないし、下手に喋っても無様を重ねるだけに感じて。

その際も彼女は特に何の反応も見せず、ただ静かに立っているだけだった。


暫く歩くと後ろから錬金術師のお目付け役の男が追いかけてきて、色々予定を聞いて来た。

何を話したのかいまいち覚えていないけど、取り敢えず暫く動く気が無い事だけは伝えたはず。

彼は私を宿まで送ってくれたけど、多分私の危険度を知っての監視目的も有るんだろう。

この辺りは予定通りだけど・・・今はそんな事はどうでもよく感じる。


「くぅ・・・!」


自室に入ったらベッドに体を投げ出し、悔しさに思わず涙がこぼれる。

だけど今は何を考えてもきっと駄目だと思い、頭を働かせずにただただ嗚咽を漏らす。


『キャー』

「・・・ぐすっ・・・へ?」


だけど最近聞きなれた音が耳に入り、思わず顔を上げるとベッドに精霊が立っていた。

この子は・・・食堂で見た覚えが有る気がするわね。

全然気が付かなかったけど、どこから付いて来たのかしら。


最近あの食堂に良く行っていたので精霊達には多少懐かれている。

ただ宿まで追いかけて来られたのは初めてね。とはいえ今日は構う余裕なんてないけど。


「・・・私の部屋には大した食料は無いわよ。今日はアンタ達の相手をする元気は無いの。帰って頂戴」


素直にそう精霊に伝える辺り、本当に今日は落ち込んでいるなと自覚するわね。

だけど精霊は帰る様子を見せず、小さく首を傾げてトテトテと近づいて来る。

そして私の顔の傍まで来ると、小さな手で頭を撫でて来た。


『キャー』

「―――――っ、な、によ、慰めなんて、要らない、わよ」

『キャー』

「うぐっ・・・ぐすっ・・! うう、うえええぇぇ・・・!」


精霊に人間の機微なんてどうでも良いはずだ。少なくとも私はそう学んでいる。

だけど目の前の精霊は何故か私を慰めてくれて、それが余計に感情を揺さぶられてしまう。

気が付いたら声を上げて泣き始めてしまい、泣き止む頃には胸の内がすっきりししていた。


「・・・むう、情けない所を・・・あんた達の主人には内緒だからね! 絶対言わないでよ!」

『キャー』


笑顔で応える精霊だけど、正直精霊の言う事だから当てにはならないでしょうね。

まあ知った所であの女は興味が無いでしょうけど。

そうだ。興味が無い。それは私があの女にとって興味を持てる相手じゃないからだ。


「・・・そうだ、なら、興味を持たせれば良いだけだわ。失敗の一つや二つでいつまでも落ち込んでいるなんて、私らしくないもの・・・!」


見てなさい錬金術師。絶対に私に興味を持たせてやるんだから!

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