第53話、門番さんを間に挟む錬金術師。

ゆっくり顔を洗った後家に戻ると、もう食事の用意が出来ていた。

嗅ぎなれた香りに気分が和らぎ、お腹が盛大に鳴った事で少し場の空気が緩んだ気がする。

多分だけど、女の子の視線から敵意の様な物が消えたからじゃないだろうか。

相変わらずちょっと怖いけど、さっきの様な膨れ上がる怖さは感じない。


それでも女の子の視線が気になり、彼女の様子を見ながら食事を摂る。

食事の間家の中がとても静かな事に違和感を持ち、精霊達がやけに静かな事に気が付いた。

精霊達は何時もは騒ぎながら食べるから、あまり静かだと何だか調子が狂うな・・・。


ある程度お腹が落ち着くまで食べた所で、玄関の扉が叩かれる音が部屋に響いた。


「あ、来たわね。出迎えて来るから、二人はそのまま食べてて」


そう言ってライナが玄関に向かったので、大人しく任せる事にする。

一体今度は誰が来るのかと思っていると、やって来たのは門番さんだった。

何だ、良かった。門番さんなら怖くない。

何時もと違って精霊達が静かだったから解らなかった。


「えーと・・・どういう状況なんだ・・・これ・・・」

「説明するから座って。食事はどうする?」

「・・・本当は貰おうかと思ってたけど、腹の調子がおかしいから止めとく」

「そう、じゃあお茶だけでも用意するわね」


あれ、門番さんお腹の調子悪いの? お薬効かなかったのかな。

おかしいな、ちゃんと症状聞いて一番効きそうなの渡したのに・・・。


「・・・薬、効かなかった?」

「あ、いや、そういう訳じゃないんだ。最近余り飲んでなくて、さっき急に来たから薬は家に置いて来てしまっただけだから」

「・・・そっか」


良かった。間違った物処方してしまったかと思った。

でもそうなると門番さん辛いよね。普段からお腹を良く擦ってる訳だし。

渡した薬と同じ物は作っていたはずだし、精霊にとって来て貰おう。

そう思い精霊に指示している間にお茶が出され、ライナが門番さんに説明を始めた。


「――――――という訳で、セレスが素材を取りに行く為の付き添いをお願いしたいの」

「付き添い自体は前に本人から軽く聞いたから良いが・・・この娘も一緒にって事だよな」

「そうなるわね・・・駄目、かしら?」

「彼女の頼みだから何とかはなるだろうが・・・その前に二人にここで誓って欲しい事が有る」


門番さんはライナの説明に了承はしたけど、私と女の子に視線を向けてそんな事を言って来た。


「えっと、アスバちゃん、で良いのか。お嬢ちゃんの目的は解ったし、出した条件を彼女が呑んだ事も理解した。だからこそ、今回の事が終わって街に戻って仕事を終えるまで、二人とも絶対に勝負をおっぱじめないって誓ってくれ。仕掛ける様な素振りも無しだ」

「あら、そんな事。当然じゃない。私は約束は守るわよ」

「・・・解った」


まるでさっきの出来事を見ていたかの様な言葉だ。門番さんは凄いなぁ。

私としても恐怖で暴れる事はしたくないし、門番さんがいてくれるならきっと大丈夫。

・・・怖い時は彼の背後に隠れたら、多分大丈夫だと、思う。


「それともう一つ。二人が同意の下で戦うのは解った。ただ殺し合いにはならない程度で、周囲に被害の出ない所でやってくれ。街や一般人に被害が出るのは困る。それにお嬢ちゃんがどれ程強い魔法使いなのかは知らないが、犯罪者になったり死にたくは無いだろう?」

「・・・街に被害を出さない様に、というのは了承するけど、後半は少し気に入らないわね。まるで私が負ける前提に聞こえるし、脅しにも聞こえるわ」

「そりゃ悪かったな、お嬢ちゃん。俺としてはただお前さんの身を案じただけだったんだが」

「ふん、それが下に見てるって事なんだけど・・・まあ良いわ。今は仕方ないもの」

「そりゃ良かった。あんたもそれで良い、よな?」


女の子が門番さんを睨みながら頷き、私は素直に頷き返す。

街に迷惑をかけちゃうと門番さんにも迷惑かける事になっちゃうし、頷く以外ありえない。


「・・・本当に頼むぞ? じゃあ次は何処まで向かうのか詳しく教えてくれ。その方が手続きが楽だし、先に伝えておけば俺達が向かっている間に終わらせられるからな」

「説明するのは別に良いけど・・・手続きって、彼女の移動はそんなに大事なの?」

「徒歩で行くつもりなのか? てっきりいつもの移動方法で向かうんだと思ってたんだが」


門番さんが不思議そうに首を傾げて私に問いかけて来たので、少し考えてから首を横に振る。

遠い所なら長時間彼女と一緒に居ないといけないのだし、出来る限り移動時間は無くしたい。


「だよな。という訳だ。場所を教えてくれ」

「どういう訳なのかさっぱりなのだけど。ま、良いわ。どうせ後で解るんでしょうし」


女の子は眉を顰めつつも、地図を取り出して魔獣の居る場所の説明を始めた。

それはこの街から三つほど向こうの領地に在る湿地帯との事。

説明を聞くに、目的の魔獣の特徴と居る場所の条件は合っている。


「成程な、出発は何時だ?」

「私は別に何時でも。今すぐでも構わないわよ?」

「今すぐかぁ・・・あんたも同じなのか?」


うーん・・・どうしよう。別に今すぐでも良いかな・・・。

どうせやらなきゃいけない事だし、後回しにしたら今より嫌になる気がするし。

そう思い頷いて返すと、門番さんは頭をかきながら立ち上がった。


「じゃあ、もうとっとと行くか。その前に領主館に行って貰いたいんだが、良いか?」


それにはすぐに頷いて立ち上がり、絨毯を手に取りフードを被って外に出る。


「ちょっ、待ちなさいよ! 二人だけで解った風にして置いて行かないでよ!!」


慌てた様に付いてい来る女の子の声にびくりとし、門番さんの背後に隠れる。

あ、やっぱりこれだと少し気が楽だ。平気という訳じゃないけど大丈夫そう。

さっきもライナの後ろに隠れたら良かったのかもしれない。


「ぐっ、本当に何も応えない奴ね! あんた人の話聞いてんの!?」

「まあまあ、落ち着けって。喋らない相手に詰め寄っても余計喋らなくなるだけだぜ?」

「~~~~っ、あっそ! 解ったわよ、じゃあ領主館に早く案内してよ!!」


うう、怖いなぁ。さっきまで結構静かに話してくれてたのに。

何で私にだけはこんなに強く言うんだろう。

彼女に怯えつつ絨毯を広げ、門番さんに先に座って貰って私が後ろに座る。

何時もとは逆の形だけど、この方が今日は安心出来る。


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家に来るなり腹痛に悩まされつつ、現状の理由を食堂の娘に説明される。

つまりは先日錬金術師が伝えて来た事を頼まれた、という訳だ。


・・・いやさ、別にそれ自体は別に良いんだよ。もう良い加減慣れたし諦めたから。


ただこのくっっっっそ不機嫌な状態の二人に同行しろって、勘弁して欲しいんだが。

錬金術師がフード外している状態でこの顔してるのって久々に見た。

目茶苦茶敵対心出してんじゃねえか。今にも殺しにかかるのかってぐらい身構えてるぞ。


とはいえこれ、放置したら確実に面倒が起きる、と食堂の娘は思ったんだろうな。

錬金術師の家は立ち入り禁止の看板が有るとはいえ、別に住処を隠している訳じゃない。

その内ここを突き止めてしまっただろうし、目の届かない所で問題が起きた可能性も有る。


俺を呼んだのは魔法使いの娘に多少の強制力を与える為だろうな。

これでも一応現状はそれなりの立場だし、領主に直接話を通せる人間だ。

二人が本気でかち合う前に、勝手に顔を合わせて暴発する前に俺に抑えさせたかったって所か。


食堂の娘が抑えられるのは錬金術師だけだ。相手の娘は抑えられないかもしれない。

連絡が少し遅れたのは、あくまで予想だが、この娘も焦っていたんじゃないだろうか。


・・・彼女には借りが有るし、仕方ない。俺も目の届かない所で下手に暴れられるより助かる。

魔法使いの力量は解らないが、錬金術師の魔法は街まで届いてしまうかもしれないからな。

食堂の娘にすれば錬金術師の不評は好ましくない訳だし、その判断はおかしくない。

もしそんな事になれば不評で済むかどうか解らないだろう。


それに勝負を目的として来ている以上、魔法使いの方も周囲の被害を無視したかもしれない。

かもしれないだらけだが起きないとは言い切れない以上、未然に防ぐ為に俺を頼った訳だ。


そう結論を出して諦めつつ、二人が道中暴発しない様にだけ確りと頼んでおいた。

一応二人とも頷いたけど・・・絶対錬金術師は納得してないよな、これ。


相変わらず臨戦態勢だし、気に食わないっていう睨み顔を崩してない。

そもそも話し方が低く唸る様な声になっていて、不機嫌極まりないって感じだ。

頼むから本当に約束を守ってくれよ?

俺の身を案じてくれたっぽいから、俺に対しての不機嫌は無いと信じたいけど。


取り敢えず領主に話を通しに行く為に、絨毯を出して貰い外に出る。

すると魔法使いの娘は慌てて出てきて錬金術師に文句を言い、何故か俺はその盾にされた。

・・・何時もの面倒臭がりだよな? これ本当に盾にした訳じゃないよな?


少し不安になりつつ魔法使いを宥めていると、錬金術師は背後で絨毯を広げ始めた。

そして肩をぐっと摑まれて何故か中央に座らされ、彼女はその背後に座った。

え、俺が前に座るの? 


「・・・何やってんの?」

「言いたい事は何となく解る。解るけど・・・取り敢えずここに座ってくれ」

「・・・前に? まあ、良いけど・・・変な所触らないでよ?」

「しないしない・・・」


多分前に空いた空間に座らせろという意味だと思い、魔法使いに座る様に告げる。

魔法使いは訝し気な顔をしつつも、案外素直に了承して絨毯に座った。

この絨毯そんなに大きくないから、魔法使いが小さいとはいえ流石に三人は狭いな。


「・・・飛ぶよ」

「っ、お、おう」


背後から抱きつかれ、耳元で囁くように言われてドキッとしながら答える。

因みに今のは単純に怖かっただけだ。だって声が相変わらず低いし。

女性に背後から抱きつかれた事には・・・明らかに武装っぽい硬い物が背中に当たっていて、そんな気分にはなれそうもない。


「いってらっしゃーい、気を付けてねー」

『『『『『キャー』』』』』


食堂の娘と精霊達に見送られ、絨毯は一気に上空へと飛び上がる。


「わ、と・・・へぇ、空飛ぶ絨毯なんて、面白いわね。それに速い。成程、移動に手続きが必要ってそういう事・・・確かにこれは問題だわ。ま、移動方法は伝えてないんでしょうけど」


魔法使いの娘は楽しそうに絨毯を触りながら、眼下の景色を楽しんでいる様に見えた。

だが領主館への到着はすぐで、魔法使いは少し不満そうだったが中庭に降りて貰う。

使用人に言伝を頼むと領主がすぐに会うと言われ、三人で領主の執務室に向かった。


「見ない顔が居るな・・・」

「お初にお目にかかります、領主様。私はアスバと申します。魔獣の討伐で生活をしている魔法使いにございます」

「魔法使い・・・アスバ・・・?」


領主に対面すると魔法使いは今迄の態度が嘘の様に、まるで貴族の様に優雅に挨拶をした。

ただその名前を聞いた瞬間、領主の顔が少し曇った様に見える。

そしてそのまま何かを思案しだしたので、話が進まなそうだと思って声をかけた。


「事情説明をさせて頂いて宜しいですか」

「・・・聞こう」


領主に先程の話を説明すると、領主は少し苦い顔をしつつ何かをメモしていた。

この辺りの事は俺には関係無い。ただ自分のすべき事をやるだけだ。


「成程、解った。手続きはこちらでやっておこう。今すぐ行ってくれて構わない。それに今回は討伐依頼とは違うからな、処理を焦る必要も無いだろう。二人の勝負に関しても・・・街に被害が出ないのであればこちらとしては構わん。ただし住民に不安を与えない程度にな」

「はっ、ではすぐに出発致します」

「ああ・・・いや、ちょっと待て。リュナド、お前だけに話したい事が有る。少し残れ」

「はっ? はあ・・・」


二人だけにするのは物凄く不安だが、仕方ないので使用人に二人を任せて見送る。

そして彼女達の足音が聞こえなくなった所で領主がゆっくりと口を開いた。


「・・・あの魔法使い、アスバ、という名前なのは本当か?」

「え、ええ。本人はそう名乗ってますけど」

「・・・それ以外には何も名乗っていなかったか? 魔法使いとしての力量は?」

「え、まあ、あれ以外聞いていません。力量は見てないので、まだ何とも」

「そうか・・・あの容姿を考えればただの同名の可能性の方が大きいか・・・」

「あの、魔法使いの娘に何か?」

「・・・いや、私の気にし過ぎだろう。すまん。行ってくれ」

「は、はぁ・・・では行ってまいります」


魔法使いの娘の名前? 同名って事は、同じ名前の奴に何かが有るって事か?

・・・待ってくれよ、これ以上何か厄介事抱える可能性があるのかよ。

勘弁してくれ。もし本当に領主が何か懸念している事が当たったら、それも俺担当になるの目に見えてるじゃん。


「・・・精霊から薬受け取っておいて良かった」


取り敢えず薬を一回分飲んでから、二人の下に戻る事にする。

・・・相変わらずあっという間に効いて来るな。効きすぎて怖い。

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