第54話、蛙の魔獣を見つける錬金術師。

「ふむ・・・成程成程、あの依頼の処理速度の理由はこれか・・・とはいえそれも領主との繋がりが有るから出来た事でしょうけど」

「そりゃまあな。こんなの無許可で何度も繰り返してたら、今頃指名手配になりかねない」

「でもこんな事を何度も繰り返していれば、損害も馬鹿にならないんじゃないの?」

「損害を余裕で補填出来るだけの利益が有るから成立してしまってるんだよ・・・」

「成程ねぇ・・・」


昨日ライナの店で感じた時と同じもやもやが、胸に溜まっていってる様な気がした。

門番さんの背中に逃げてるのに、嫌な気分になる自分を自覚してしまう。

理由は解ってる。単純明快な理由だ。


『・・・何でこの子はもう門番さんと仲良く話してるの?』


どうしてもそういう思いが胸に生まれ、小さな女の子に嫉妬してしまう。

ライナも門番さんも私が先に友達になったのに・・・。


門番さんを取られない様に背後から抱きつき、肩越しに前を見ながら絨毯を飛ばす。

だけど門番さんは少し私の様子を探る様に顔を動かす程度で、やっぱり女の子と会話を続ける。


「・・・むー」


気に食わなくて唸りながら絨毯の速度を上げ、まだ日の高いうちに目的地の湿地帯に到着。

ただ湿地には人がそれなりに居たので、少し外れた平地に降りて歩く事にした。


「・・・ねえ、あなたここまでその絨毯で飛んで、疲れたりしないの?」


地上に降りて絨毯を丸めていると、女の子が首を傾げながら訊ねて来たので頷いて返した。

絨毯での移動は全くとは言えずとも殆ど疲れない。魔力も大して使わない。

だからこそこの絨毯での移動を良くしている訳だし、疲れるなら使う意味は余り無い。

いや、移動速度を考えれば、消費量次第では意味が在るかな。


「そうなんだ・・・凄いわね、錬金術師って。こんな物まで作ってしまうなんて・・・」


・・・あれ、今褒められた? 褒められたよね?

また何か怒られるのかなーって思って門番さんの背後に隠れてたんだけど・・・。

うにゅ・・・この女の子良く解らない・・・ただ怖いだけの子じゃないのかなぁ。


門番さんの背中を掴みながら悩んでいると、彼女はスタスタと湿地に向かって歩き出す。

私達もその後ろを付いて行き、湿地に近づくと目的の魔獣、蛙の魔獣が結構な数存在していた。


「うへー、あの魔獣は初めて見たけど、けっこうでかいんだな・・・それに数も多い。この湿地って、地図ではそう遠くない所に街が有ったはずだよな。大丈夫なのか?」

「こいつら基本的に湿地から出ないし、見ての通り比較的簡単に簡単に狩れるから、むしろ食料として有用な存在よ?」


門番さんの問いに、今まさに魔獣を狩っている集団を指さしながら説明をする女の子。

蛙の魔獣は大半が危機感という感情の薄い生き物だったりする。

この湿地に居る蛙の魔獣も例にもれず、敵が傍に居てもさして逃げる様子が無く、刃物でも目の前に在れば食べ物と勘違いする生態だ。


目の前に大きな刃物をちらつかせるとそれを呑み込み、魔獣は暫くすると内臓の出血で倒れる。

もしくは正面に何かをちらつかせている間に背後に回り、後ろから切り裂く事で倒せる。

それだけ簡単に狩れてしまう魔獣だと。


勿論魔獣と呼ばれるだけあって、外皮を切り裂くにはそれなりの力は居るんだけど。

魔法に対する耐性も多少有るから、内部への物理攻撃が一番有効かな。


「魔獣なのに、弱いんだな・・・」

「魔獣って言ってもピンキリよ。亀の魔獣とかだと殆ど普通の獣と変わらないのも居るし、小動物の魔獣の方が危なかったりするわ。奴ら怖がりだから、攻撃も激しいのよね」

「・・・凄いな、本当に魔獣退治生業にしてるんだな」

「ふふっ、少しは見直したかしら?」


門番さんが女の子に感心した目を向け、女の子は薄い胸を張る様に応えている。

ただ私はそんな事よりも、目の前の光景に少しだけがっかりしていた。


「・・・小さい」


確かに普通の蛙に比べれば巨大だけど、私はもっと大きいのを想定してた・・・。


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目的地への移動の間、何故か知らないが錬金術師はずっと俺に抱きついていた。

移動時間が重なるにつれ腕の力が強くなり、肩には顎を乗せられている。どっちも痛い。

この体勢だと耳元に顔が有る訳なんだが、そこから「ゥ゛ゥ゛ゥ゛」って怖い唸り声が・・・。


不機嫌なのは解ってたけど、そこまで不機嫌ですって伝えて来なくても良くない?

女性に抱きつかれて肩に顎を乗せられるって、普通はもう少し嬉しい場面だと思ってた。

何で俺こんなに冷や汗かきながら、魔法使いの意識が俺に行く様にしてるんだ。


あーくそ、普通にしてればそれなりに美人で可愛いのが余計に納得いかねぇ。

そんな風に思いながら無事目的地に辿り着くと、思った以上に目的の魔獣が溢れていた。


ただ不思議な事にその多い魔獣を全く恐れずに狩っている人間達が居る。

魔法使いの説明を聞いて納得したけど、俺が気になったのはむしろその知識だ。

当たり前の様に吐き出される知識には俺の知らない物が普通に混ざっている。

これは思ったより経験豊富な魔法使いなのかもしれないな。


「・・・小さい」


魔法使いに対する認識を改めていると、背後から錬金術師がそんな事を言って来た。


「小さいって・・・もしかして魔獣が、って事か?」

「・・・ん」

「もしかして小さいと駄目、って事なのか?」

「・・・そんな事は無いけど、数が要る。あの大きさだと、最低10体程・・・失敗した時の予備も考えると30体は欲しい」


成程、小さいと必要な部位が余り無い、って所か。

でもあの魔獣そんなに強くないし、頑張ればなんとかなりそうな気がするが。

あれなら俺でも倒せ・・・あ、しまった、武器持ってない。


「ふん、そういう事なら任せなさい! 丁度狩りをしていた連中も去って行く所の様だし、完全に人がはけたら私の力を見せてあげるわ!」


すると魔法使いが小さい胸に手を置いて、高らかに宣言する様に伝えて来た。


「・・・今何か失礼な事考えなかった?」

「ないない。何にも考えてない」


魔法使いの疑問を誤魔化しつつ、周囲から人が消えるのを少し待つ。

暫くして魔獣以外の見えなくなった所で、魔法使いが一歩前に出た。


『我が手に集いしは根源たる力。我は全ての力の上に立つ存在。我が魔力の前に全ての存在は等しく塵に帰す』


ぞくりと、背中に何か嫌な物が走る感覚を覚えた。

何故なのかは解らないが、だけど目の前の女の子に恐怖を感じているのだけは解る。


『我が名はアスバ。その名の下に理よひれ伏せ。我が望みのままに眼前の敵を燃やし尽くせ!』


魔法使いが詠唱を終えたのであろう次の瞬間、火柱が生まれた。

見える範囲の湿地を呑み込むような、そう錯覚してしてしまう程の巨大な火柱が。

街でも一撃で壊滅させてしまいそうな、有りえない威力の大魔法・・・!


「ふっ、どうかしら? こちらばかり手の内を知っているのも悪いかと思って、少しばかり実力を見せてあげた訳だけど」


火柱が消えると魔法使いはニタリと笑いながら錬金術師に目を向ける。

マジかよ・・・この二人の戦闘なんて本気で洒落にならないぞ。

頼むからこんな所で始めないでくれよと願いながら、錬金術師の反応を待つ。


「・・・あれじゃ、使えない。中も駄目になってる」


ただ返って来たのは魔法に対する物ではなく、魔獣の状態に関するものだった。

言われて視線を向けると魔獣の大半は消し炭になっており、原形を留めている物が無い。

既に風の力で完全に崩れ落ちている物も有る状態だ。


「ちょ、ちょっとはりきりすぎちゃった、わね、つ、次は気を付けるから」

「・・・あの魔獣は警戒心が低いけど、余り大量に同胞が死んだ場合、暫く土の中に隠れる。探すのは少し面倒になる」

「え、そ、そうなの? し、暫くってどれぐらいなの?」

「・・・早ければ1日だけど・・・今のだと多分十日は出て来ない」


・・・つまり、一旦帰る必要が有る、って事だよな、これ。素材手に入らないし。

いや、この娘なら別の場所も知っているかもしれない。


「他には知らないのか? あの魔獣の居る所」

「・・・ここ以外知らない・・・その・・・ごめん」


・・・何とも言えない無言の時間が暫く続き、薬が効いているはずなのにお腹が痛い気がした。

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