第52話、恐怖に反応してしまう錬金術師。

この女の子が素材になる魔獣の居場所を知っているのは解った。

その為にライナが私と引き合わせ、私の為にそうしてくれた事も解った。

だからライナを困らせたくは無いし、私の為ならライナの提案には頷こう。


・・・でも、この子がライナと仲が良いと、なんだか気に食わない。


今も女の子の機嫌を取る様に話しかけ、頬についた食べかすを取ったりしている。

なのに女の子はライナの気遣いに感謝の言葉も返さない。

女の子が私を睨んで来るのは怖いけど、それ以上に胸の奥がもやもやする。


「ふん・・・じゃ、今日はもう遅いし帰らせて貰うわね。私夜更かしって苦手なのよ。詳しい話はまた後日、日中にさせて貰うわ。じゃあね」

「あ、待ってアスバちゃん、宿まで送ってあげる。流石にもうこの時間だと人通り少ないし」

「私は別に平気だけど・・・ま、好きにすれば?」

「じゃあセレス、ちょっと出て来るけど、私が戻る前に帰ってて良いからね」

「・・・解った」


平気だって言ってるんだから一人で帰らせれば良いのに。

そう思いながら、だけど口には出来ずにライナを見送る。


「・・・帰るよ」


ライナが帰った後に女の子の事の話をしそうなのが嫌で、今日はすぐに帰る事にした。

精霊に声をかけて頭に乗せ、絨毯を手に取って外に出る。

すぐに飛び上がるとまっすぐに全力で家に帰り、笑顔で出迎えれた家精霊を抱きしめた。


「うー・・・」


何がどう、という、言葉に出来る不満が有る訳じゃない。

だけど胸の奥に消化出来ないもやもやが有って、それを誤魔化す為に抱きしめている。

家精霊は最初は不思議そうに首を傾げていたけど、すぐに私の頭を優しく撫でてくれた。


「・・・寝る」


取り敢えずもう寝てしまって、色々忘れよう。

そう思い家精霊を抱きかかえたままベッドに向かい、そのまま転がる。

家精霊はちょっと困った顔をしていたけど、優しく笑って一緒に横になってくれた。



ただ流石に、翌朝起きた時にはもうベッドには居なかった。

というか私が寝返りを打って別方向を向いているので、その間に出て行ったんだろう。

階下からは良い香りが上がってきているし、今日も朝食の用意を・・・。


「・・・あれ?」


何だかいつもと少しだけ香りが違う。解り易く説明は出来ないけど少し違う。

不思議に思い首を傾げながら階下に降りると、何故か食卓に昨日の女の子が座っていた。


「―――――っ」

「あらおはよう。のんびりなのね、貴女」


何で!? 何でこの子がここに居るの!? 家精霊はどうしたの!?


半ばパニックになりながら視線を動かすと、台所で料理をするライナと、それを観察する家精霊の姿が目に入った。

・・・つまりライナが連れて来たから、家精霊は特に気にせず家に入れたという事だろうか。

良く見ると山精霊達もテーブルでキャッキャと遊んでいて、不法侵入という様子じゃない。


「ふっ、凄い変貌の仕方ね。昨日はフード越しだから解らなかったけど、寝ぼけた顔から随分と変わる物ね。ま、もっとも、そっちの顔が本来の顔なんでしょうけど」


取り敢えず状況は理解出来たので、心を落ち着かせようと深呼吸をする。

その間に女の子に良く解らない事を言われ、視線を彼女に向けると昨日の様に睨まれた。


「―――――っ」


やっぱり怖い。この子の視線はとても怖い。心が痛くて辛くて、訳が解らなくなりそうになる。

その辛さで無意識に手が魔法石に伸び、次の瞬間目の前の女の子の怖さが膨れ上がった。


「ふぅん・・・そう、別に良いわよ。家の中で暴れて貴女の住処を壊すのは本意じゃないけど・・・貴女から仕掛けて来るっていうなら、仕方ないわよね。私も望む所だし」


―――――ああそうか。敵だ。この子は敵だ。この気配は、私の敵だ。敵なら――――


「ハイハイ、何してるのセレス。もうすぐ朝食が出来るからぼーっとしてないで顔を洗ってきなさい。全く、のんびり寝てるんだから。もう大抵の人は起きて仕事に行ってる時間よ?」

「――――――あ、え、うん・・・ごめんなさい、ライナ・・・」


魔法石から手を放し、ライナに渡された手拭いを受け取る。

すると女の子の怖い気配は消え、彼女はつまらなそうにお茶を飲み始めた。

家精霊が心配そうに私を見つめていて・・・やってしまったと気が付く。

多分、今ライナは、私が何をしようとしたのか気が付いていて咎めないでくれた。


「・・・じゃあ、顔、洗ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」


取り敢えず言われた通り顔を洗いに外に出て、井戸で水を汲んで顔を洗う。

やっぱり滑車を作り直して良かった。位置も調整したから前より使いやすい。


・・・ポンプ式だともっと楽だけど、今は作る事が出来ないから仕方ないかな。

材料は一応あるけど、材料が有っても加工の為の道具が足りないし。

炉が出来たらその内作ろうかな・・・でもこれはこれで暫く使いたいな。


「・・・ふぅ・・・少し、落ち着いて来た・・・」


危なかった。さっきライナが居なかったら、多分私はあの子に魔法石を投げていた。

あの目が、私に敵意を向けるあの目が怖くて、あの子を排除しようと。

・・・まだ少し、手が震えている。

これはあの子が怖いんじゃない。私自身が怖くて手の震えが止まらない。


「・・・これだから、私は嫌われるんだ。嫌がられるんだ」


怖い物は見たくない。怖い目に遭いたくない。なら・・・怖い物を壊せば良い。

恐怖が極限まで来ると、私はそう考えてしまう。

だから爆弾で全てを吹き飛ばす事で、胸の内に溜まる嫌な物を少し誤魔化していた。


・・・でも最近は、怖くても、そこまで攻撃的になる事は無かったのに。


「ちゃんと、人付き合い・・・前よりは出来る様になったと、思ったんだけどなぁ・・・」


人の目は怖い。人に敵意を向けられるのはもっと怖い。

だけどそれに怯えても、排除しようとまでは考えなかったのに。


「・・・やだなぁ、私」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『キャー』

「ん? 窓か、どうした、何か用か?」


事務仕事の最中にタンタンと叩く音と鳴き声から、精霊が来たと判断して窓を開ける。


『キャー』

「・・・食堂の娘が?」


良く解らないが、食堂の娘が錬金術師の家に来て欲しいと呼んでいるそうだ。

朝食を食べてないなら用意もしてあるらしいが、もう朝食って時間でもないぞ。

・・・まあ、早い昼食代わりに軽く貰うか。


「解った、急ぎじゃないんだよな?」

『キャー』

「それじゃあ今から向かうと伝えておいてくれ」

『キャー』


精霊は了承の鳴き声を上げると窓から飛び降り、パタパタと街道を走って行く。

それを見届けてから窓を閉め、上着を羽織るとポケットに何時もの精霊が入り込む。


「じゃあ行って来るが、留守番する奴は頼むから変に家具を食べないでくれよ」

『『『『『キャー』』』』』


返事だけは良いんだよなぁ、こいつら。全然信用ならないけど。

精霊達は五体程が俺の後を付いて来て、残りは留守番という名の遊戯時間だ。

帰って来ると偶に家具が無くなってたり、覚えのない食材が増えてたりする。

頼むから家財を食うのは止めて欲しい。


因みに結界石をこいつらも作れるのかと思い聞いてみたら『作らない』と返された。

答えが『作れない』ではない辺り出来るんだろうが、こいつらなりのルールが有るらしい。


「あー、精霊使いのおじちゃんだー。精霊さん、ばいばーい」

『『『『『キャー』』』』』


外に出ると精霊が傍をウロチョロするせいか、近所の子供にこんな風に呼ばれている。

子供が楽し気に声をかけると精霊も楽しそうに返すから、すっかり顔も覚えられてしまった。

・・・子供から見たらおっさんなんだろうけど、まだそこそこ若いつもりなんだが。


「お、精霊使いの兄ちゃん、今日は良いの入ってるぞ。帰りにでも買いに来いよ!」

「ああ、帰りにな」

「うちも久々に少し安く仕入れたから、精霊さん達にどうだー?」

『『『『『キャー』』』』』

「はいはい、解った解った。荷物になるから帰りにな」


ただ最近は子供だけでなく、近所の大人達もこの調子だ。

別に俺は精霊使いじゃないが、何度か否定しても結局こう呼ばれるから諦めた。


理由は解っている。精霊達が群れを成して何時も付き纏う人間が俺だけだからだ。

今のこの街は精霊が居るのが当たり前だが、同じ人間にずっと付き纏う事は無い。


「実際は食堂の娘の方が、よっぽど精霊使いだろうに・・・」


こいつらは美味しい食事をくれる人間の所に出没する傾向が有る。

だから食堂に居るのは何らおかしくはなく、客も食べさせるから居付くのもおかしくない。

それに食堂の娘は外出時に何体もの精霊を連れて行く事は無い。


勝手について来ないのかと聞いた所、付いて来させないようにしていると言っていた。

俺が何度言っても素直に全員が留守番する事は無いのに、彼女の言う事は素直に聞くらしい。

結果として、大衆からは俺の方が精霊を従えている様に見える、という訳だ。


因みに錬金術師は論外だ。

あいつは頭の上の一体以外は殆ど連れ出さないし、そもそも余り街に出て来ないしな。


「どちらかというと、精霊使われだよな、俺」

『キャー』

「はいはい、ありがと」


ポケットの中に居る精霊が『リュナドが一番主の役に立ってる』と慰めてくれた。

別に俺はあの女を主人と思っている訳では無いが、気持ちだけはありがたく受け取っておこう。

というか現状、俺の名前をちゃんと呼ぶ数少ない相手なんだよな、こいつ。


この仕事に就いてから元同僚達とも疎遠になってしまって、名前呼ばれる機会が本当に無い。

・・・ただこいつらの場合、話しかけられた本人しか意味が解らないんだが。


「はぁ・・・まあ良いか、しっかし何の用なのかね。呼び出しの時点でまた面倒なんだろうが」


急ぎで来いとは言われなかったし、のんびりと街を眺めながら足を進める。

門を通ると元同僚達には敬礼をされ、未だそれに慣れずに素通りした。

まあ、立場的にはそういう立場なんだけど、やっぱりどうしても慣れない。

下っ端根性が染みついてるんだろうなぁ・・・。


「おっと、あぶね」


ぼーっと歩いていたせいで、馬車が体すれすれで擦れ違っていった。


『『『『『キャー』』』』』

「ああ良い、怒るな怒るな。今のはボケっとしてた俺が悪いんだから」


精霊達がそれに怒るが、今のはボケっと道の中央近くを歩いていた俺も悪い。

キャーキャーと騒ぐ精霊を宥めつつ錬金術師の家に向かい、家の前で何か違和感を感じた。


「・・・なあ、なんか静かすぎないか?」

『キャー』

「だよな・・・何か変だよな・・・」


何時もなら庭で精霊達が騒いでいるはずだ。なのに今日は一体も庭に居ない。

何か物凄く嫌な予感がしつつ家の扉を叩くと、すぐに扉は開かれ食堂の娘が顔を出した。


「いらっしゃい、待ってたわ。さ、中に入って」

「あ、ああ・・・」


促されて中に入ると見覚えのない女の子の対面に、凄い形相で座っている錬金術師の姿が。

完全に臨戦態勢になっているのが見えて、どう見ても厄介事なのがすぐに解った。


「・・・あ、お腹痛い」


薬家に置いて来ちゃったんだが・・・。

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