第50話、在り方を認めて貰う錬金術師。
庭で山精霊達に指示を出しながら作業をしていると、街道への道が騒がしくなった気がした。
顔を上げて意識を向けるとそれは気のせいではなく、キャーキャーと鳴き声が近づいて来る。
暫くすると門番さんが姿を現し、その周りを数体の山精霊が歩き回っていた。
「・・・結界石を取りに来たんだが・・・あれ、何してんだ?」
ただ門番さんは庭の状況を見て一瞬足を止め、不思議そうな顔をしながら傍まで歩いて来た。
多分この木材だらけの庭の状況を見ての言葉、なのかな。
「えっと、倉庫の木材作りを精霊達にさせてるの。他の材料の加工もさせてるけど、今は木材を中心にやって貰ってる」
「こいつらそんな事も出来るのか・・・器用だなー」
「最初は出来なかったけど・・・私がやって見本を見せたら、その後はあの通り」
木を切り倒す、という所は精霊達でも簡単に出来た。
ただそれを小屋を建てる為の木材に加工する、という事は出来なかった。
良く考えれば当然の話だ。だってあの子達にそんな必要は無いのだから。
なので私が見本を提示する為に必要な木材を作って見せた。
すると精霊達は一回見ただけで理解し、その後はどんどん材料を作り上げている。
ただ、うん、合間合間に何か食べたり踊ったり喧嘩したりするから、作業が遅いんだけど。
取り敢えず今は精霊達のペースで必要数の木材を作って貰っている。
別に焦る事も無いし、一人でやるよりは早いので今の調子で構わない。
精霊達が楽しそうに作業していると私も気分良く出来るので、きっと今の形で良いのだろう。
「で、今アンタが手にしているそれは、何なんだ?」
「一通り必要な木材の加工見本も終わったから、井戸の滑車を作ってるの」
「滑車って・・・あれ駄目になったのか? しっかりついている様に見えるが・・・」
「あれだと力が要るのと、動かしにくいから。もう少し力の要らない作りにしようと思って」
今の井戸の滑車は一つだけで、水を入れた桶をそのまま持ち上げるのと同じ力が要る。
勿論ロープを引く形になっているからただ持ち上げるよりは楽けど、力が要るのは変わらない。
なので桶を滑車に直接繋げ、吊るすロープの片方を天井に繋げる。
それで桶を持ち上げる力が分散するけど、それだけじゃ今度は持ち上げにくい。
なので新しく作った滑車を取り付け、ロープを持ち上げるのではなく元通り引く様に作る。
これによって前の半分ぐらいの力で桶を引き上げる事が出来るという訳だ。
ただその説明をすると、門番さんは眉間に皺を寄せながら首を傾げていた。
「・・・引く方が楽になるのは何となく解るが、何でそれで軽くなるんだ?」
「あ、えと、えーっと・・・て、天井に紐をつけて、紐の先に重い物を括っても落ちない力を利用してる・・・で、解る、かな・・・」
「・・・全然わからん」
あう・・・こういうのって、解らない人に説明するのは難しい・・・。
「と、取り敢えず今度作り直したの触れば違うのが解ると思う、けど・・・」
「・・・まあ、良く解らんからそうしてみる・・・しかし、錬金術師ってのを余り詳しくなかったから知らないんだが・・・こういう大工の真似事までするんだな」
大工の真似事か。確かに家を作ったり井戸の滑車を作ったりは、大工仕事になるんだろう。
でもそれは、お母さんの教えが有るからだ。お母さんは・・・確かこう言ってた。
「・・・錬金術師とは、真理に至る為に知をその身に蓄え続ける者達。自らの探求心の赴くままに世界の在り方を探し求め、その果てに至る為ならば、どの様な知識でどの様な技術であろうと会得せんとし、無駄な知識などという愚昧な考えを持たずに突き進む者」
「え、えっと、つ、つまり、どういう事だ?」
「・・・知識欲を、知的探求心を満たす為なら、それを成す為に何でも覚えろ。無駄な事なんて何もない。それが錬金術師だ。っていう、お母さんの教え」
「成程な・・・それでこういう事も出来るって訳か・・・」
そう、それが錬金術師としての正しい在り方。知の探究に足を止める事が出来ない存在。
足を止めないんじゃない。止められないんだ。あの人達は。
お母さんはまさしく錬金術師で、だからきっと・・・私は錬金術師じゃないんだと思う。
世界の真理に至ろうなんて考えた事は無い。知的欲求の為に覚えようとした訳でもない。
私はただ、褒めて欲しかっただけだ。お母さんに。友人に。周りに。
ただ、認めてほしかった。だたそれだけ。だからきっと、私は錬金術師モドキだと思う。
「成程、それで精霊相手に観察してる時とか楽しそうな訳だ。知的探求心、って奴で」
「―――――ぇ」
精霊の観察が楽しそう? ・・・確かに楽しいとは思う。あの子達は良く解らな過ぎるから。
だけどそれは普通の事じゃないだろうか。あの良く解らない生態に興味が湧くのは。
でも、そうなのかな。これも錬金術師らしさ、なのかな。
「・・・だったら、良いな」
「え、な、何か言ったか?」
「・・・ううん、何でもない。気にしないで」
「え、あ、うん・・・」
胸にじんわり浮かんだ嬉しさに、少し目に涙が浮かびそうになっていた。
だけど泣きそうになっているのが少し恥ずかしくて、門番さんの言葉に顔を逸らして応える。
涙声になってしまっていたのでばれていそうだけど、彼はそれ以上何も聞いて来なかった。
優しい彼の事だ。気を使って貰っているのは解ってる。だから早く泣き止まなきゃ。
涙を拭いて、泣くのを堪える為に歯を食いしばり、呼吸を数回強めにして心を落ち着かせる
「あー、っと、その、変な事言ったみたいだな、すまん」
その最中に彼は私が泣いている事に罪悪感を覚えたのか、何も悪くないのに謝って来た。
本当に優しいなぁ。私が勝手に泣いちゃっただけなのに。
「・・・気にしないで、私の、個人的な、感傷だから」
「そ、そうか・・・あ、あー、そうそう、結界石貰いに来たんだった・・・出来てる?」
「・・・うん、持って来てあげて」
『『『『『キャー』』』』』
まだちょっと顔が上げられないので、山精霊達に頼んで結界石を取って来て貰う。
精霊達は蟻の様に集団で家に入って行くと、すぐに袋を抱えて戻って来た。
そしてそれを門番さんには渡さず、門番さんの足元に居る子達に渡す。
最近どうやら門番さんの自宅にも増えているらしく、こうやってお手伝いをしているらしい。
「・・・楽なのは良いんだが、食費が最近嵩むんだよな・・・こいつら容赦なく食うし」
と、以前言っていた。もうちょっと加減してあげて欲しい。
「あ、爆弾の追加分も出来てたのか。助かる。じゃあこれ報酬な」
『『『『『キャー』』』』』
彼は報酬を精霊達に渡すと、精霊達はまたそれを持って家に戻って行った。
多分家精霊に渡して仕舞っておいて貰うんだろう。
・・・因みに最近硬貨も偶に齧るので少し困っている。あれはなるべく食べないで欲しい。
「それじゃあ、邪魔して悪かったな。作業頑張ってくれ」
「・・・うん、あ、待って」
私の邪魔をしない様に帰ろうとする門番さんだったけど、伝えておかなければいけない事を思い出して引き留めた。
ライナに頼んだ依頼の件で、魔獣の素材を探しに行く事になったら遠出する必要が有る。
少なくとも最近あれだけ色んな所に行ったのに、あの道具に必要な魔獣を見かけた覚えは無い。
それなりに探し回る事を考えると領地外に出る可能性も大きいし。
「・・・もしかしたら近いうちに、遠出するかもしれないから、伝えておこうと思って」
「あ、ああ、何だ、そんな事か・・・領地外に出る、って事で良いのか?」
「・・・うん、ただ、何処まで行くか解らないけど・・・少し探し物をしたいから」
「あー・・・解った。その辺りはどうにかするから、詳しい予定が決まったら教えてくれ」
取り敢えずこれで伝え忘れてる事は無いよね。うん、多分大丈夫。
話しているうちに気分も落ち着いてきたので、快く了承してくれた門番さんに顔を向ける。
「いつもありがとう」
「お、おう・・・じゃ、じゃあな」
去って行く門番さんに笑顔で手を振り、精霊達も皆で手を振って見送る。
彼の背中が見えなくなったら作業を再開し、日が暮れる前には井戸の滑車は出来上がった。
屋根も追加したから時間がかかったけど、これで明日からはいつもより楽になったはず。
倉庫用の木材は・・・ねえ、なんで幾つかの木材に齧った跡が有るの。
目を逸らしてないでこっち見よう。逃げない逃げない。
いや、別に怒ってないから「こいつが最初に食べ出したんだ」みたいに喧嘩しないで。
うーん、鉱石類以外は食べないと思ってたんだけど、そういう訳じゃないのか。
でも確かに料理を食べる事考えると、木材も彼等にとっては食べられる物なんだろう。
あれ、でも食器類を食べた所は見た事無いな。
何が違うんだろう。食べたくなる条件が何か有るのか、単に気まぐれで食べたのか。
ただそれを訊ねようにも、目の前で精霊達の喧嘩が始まってしまったので無理そうだ。
「仕方ないなぁ・・・ちょっと何か食べようか」
山精霊達にそう伝えると喧嘩は一瞬で止まり、皆でわーいと家に戻って行く。
多分私の言葉を家精霊に伝えて、何か作って貰う気なんだろう。本当に解り易い子達だ。
私はライナのお店に行くつもりだから夕食は遠慮しておこう。
「今日も楽しみだなぁ・・・」
想像するとお腹が空いて来た。一仕事終えたしちょっとだけ寝て誤魔化そう・・・。
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今日は結界石の回収に行く予定日だ。
なので精霊達の楽し気な踊りを見ながら錬金術師の家に向かう。
何故か知らないが最近うちにも精霊達が増えていて、追い出すのも怖いので好きにさせている。
まあ手伝いもしてくれるし、こいつらのお陰で領主も腰が引けてるし、悪い事ばかりじゃない。
食費がかさむのだけは勘弁して欲しいけど・・・。
「何だこれ・・・」
家に着くと何故か庭には木材だらけで、丸太の周りで精霊達が道具を手に動き回っていた。
錬金術師は俺達の接近に気が付いていた様で、笑顔でこちらを見つめている。
多分あの笑顔は俺にではなく、傍にいる精霊達にだろう。
最近解った事だが、彼女は精霊を観察している時とても楽しそうに笑っている事が有る。
そのおかげか俺にも機嫌良く話しかけてくれるので、これも精霊に助けられている事柄だろう。
「最初は出来なかったけど・・・私がやって見本を見せたら、その後はあの通り」
何をやっているのか訊ねた時、そう楽しそうに全て応えてくれたぐらいには楽しそうだ。
まあ彼女の機嫌が良いのは良い事だ。その方が何事もやり易い。
だからそのまま機嫌を取ろうとして――――――失敗してしまった。
「・・・ううん、何でもない。気にしないで」
何か気に食わない事が有ったらしく顔を背けられ、訊ねると低い声でそう返されてしまった。
体に力が入っているのが背中越しでも良く解る。
そもそも歯ぎしりの音と露骨なまでの呼吸音で、怒りを我慢している事は明白だ。
・・・ほんと俺、こいつの怒りのわき所が解らない。
「・・・気にしないで、私の、個人的な、感傷だから」
ただまあ、謝ったらこう返されたので、俺が単に悪いという訳でもないんだろう。
何かしら過去に有って、その事を思い出した。そんな所か。
・・・お袋さんと仲違いでもしたのか?
取り敢えずこれ以上機嫌を損ねる前に帰ろうとすると、低い声で呼び止められてしまう。
何を言われるのかと恐る恐る振り向くと、別段なんて事は無いただの報告だった。
むしろ先にしてくれた方が助かる事だったので、軽く確認して了承を返す。困るのは領主だし。
ただ――――――。
「いつもありがとう」
そう可愛らしい笑顔で返され、何時もながらモヤッとした気分で錬金術師の家を去る。
ついさっきまで怒りで震えていたのに、ああやって急に良い笑顔を見せるんだもんなぁ。
精霊に構った後じゃなく、俺個人に対して見せる笑顔。
・・・正直どっちが本当の彼女なのか、俺には未だに良く解らない。
「お前らの主は本当に良く解らん・・・もうちょっと解り易くなってくれないか・・・」
帰り道で精霊に愚痴るも、精霊達はキャーと鳴いて『解り易いのに』という風に返して来る。
これは今日初めての事ではなく、何度かそう言われている事ではある。
ただそう言われても、いっつも今日みたいに良く解らないタイミングで怒られるとなぁ・・・。
「俺はお前達の方がよっぽど解り易くて付き合い易いよ・・・」
取り敢えず食べ物与えて褒めてやればご機嫌だもん、こいつら。
喧嘩しても美味しい物渡せば止まるし、単純すぎる所も有るけど解り易くて良い。
「しっかし、探し物ねぇ・・・何探しに行くつもりなのやら。出来れば危険が無いと良いが」
領地外って事は付き添いしなきゃいけないだろうし・・・鳥系の魔獣退治じゃない事を祈ろう。
あれは本当に怖かったから、もう二度とごめんだ。
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