第49話、逃げたのに逃げられなさそうな錬金術師。
「ふあ~・・・」
目が覚めて体を起こし、欠伸をしながら伸びをする。
腕を降ろすとそのままぽけーっと天井を眺め、寝起きの穏やかな気分を楽しむ。
暫くすると家精霊が階下から音も無く顔を出し、驚いた顔で私を見ていた。
多分起こす前に起きたからだろう。この家に住み始めてから初めてだし。
「おあよう・・・」
それでもただ起きただけなのでボケーッとした挨拶を返すと、家精霊はふふっと笑った。
ゆっくりとベッドから降りると手拭いを渡されたので、ありがとうと頭を撫でて返す。
それだけで手足をパタパタと動かして喜び、嬉しそうに一階に降りて行った。
「良い匂いがしてる・・・もう出来るんだろうな・・・」
欠伸をしながら一階に降り、良い匂いを嗅ぎながら外に出る。
外では何時も通り山精霊達が楽しそうに騒いでいるのを眺めつつ、そのまま井戸に向かう。
ただ井戸に近づくと精霊の一体が桶のついていない方のロープを握り、更に一列に並び始めた。
何をするつもりだろうと見ていると、一体だけ私の前に来て桶をポイッと投げ入れる。
桶が落ちると『キャー』と楽しげに鳴きながら引っ張られ、滑車の手前で止まる精霊達。
ブランブランと繋がって精霊のロープが出来ている。新しい遊びだろうか。
不思議な事に落とす時は重量が無いかの様だが、ああやって止まれる辺りそうでもない様だ。
先頭の精霊が鳴くと一番後ろの精霊が応える様に鳴き、綱引きの様にロープを引き始めた。
浮いている精霊も足が付く者から引き始め、最終的に私の目の前に桶が現れる。
目の前に居る子が『キャー』と鳴いた事で、やっと何をしていたのかが解った。
私が毎朝面倒くさそうに滑車を回してるのを見て手伝ってくれたらしい。
「ありがとう」
目の前の子に頭を撫でてお礼を言うと、一層嬉しそうに鳴く山精霊。
ただその後狡い狡いと言う様に喧嘩が始まったので、逆に面倒だった気がしなくもない。
この子達は本当に一個体なんだろうかと悩む程、それぞれが好きに動くなぁ・・・。
「ほらほら、食事の用意がそろそろ出来るよ。行こう?」
だけどこう告げるだけで喧嘩はピタリと止み、皆一緒になって家に戻って行く。
単純で解り易くて付き合い易い。
「・・・良い加減滑車作るか。取り敢えず木材で良いし」
精霊達の実験はいつでも出来るし、日常で使う物を先に作ろう。
近くの木は自由に使っても良いって門番さんが言ってたし、木材なら多いぐらいだ。
倉庫も欲しいし、一応道具類はライナに買って貰ったし。
「炉が有れば道具も自分で作れるんだけどな・・・」
そうなるとレンガが欲しい。とはいえどうせならそれも自分で作りたいな。
見た所街にもレンガが無い訳じゃないけど、自分の欲しいと思える物じゃない。
幸い材料になる鉱石は十分有るし、粘土になりそうな石も見つけた覚えはある。
川の下流に向かって探していけば、それらしきものは見つかるだろう。
「・・・いっこ考え始めるとドンドンやりたい事出て来た」
鉱石の中には石炭も有るし、燃料自体は困らない。
そういえば家の中が暖かいから気にしてなかったけど、木炭ぐらい作っておこうかな。
暖炉は無いから火鉢でも作っておけば、もっと寒くなった時に暖かいだろうし。
・・・二階の温かさを考えると、要らない気もするけど。
『『『『『キャー』』』』』
「ん?」
山精霊達の声に家の方を振り向くと、家精霊が何しているのという顔をしていた。
どうやら待たせてしまっていたみたいだ。
慌てて顔を洗って家に戻り、既に用意されている食卓に着く。
何時も通り美味しい朝食を食べ終わったら、今後の予定を家精霊に伝えておいた。
「だから、暫くは街に行かないと思う・・・あの女の子怖いし」
早々鉢合わせする事なんて無いと思うけど、やっぱり怖いので暫く街に行かない事を告げる。
すると家精霊は仕方ないなぁという笑顔を見せ、了解と言う様にこくりと頷いた。
良かった。これで暫くはのほほんとしていられる。
とはいえやりたい事も出来たし、街に行かない範囲で色々と進める事にしよう。
「あ、そうだ、依頼の確認まだしてなかった」
急ぎは無いと思うけど、とりあえず確認だけはしておこう。
そう思い鞄を取りに行き、中に入れた依頼書を確認する。
「・・・うん、急ぎは、無いかな」
大体いつも通りの、特に何の苦もなく終わらせられる物しかない。
「ん・・・あれ?」
ただ一つだけ、ちょっと気になる物が有った。
どこかの村で雨が最近足りておらず、雨乞いの儀式の為の道具が欲しいという物。
そういう風習自体を否定するつもりは無いけど・・・これで何するんだろう。
書かれている内容は特殊な杖を作る為の樹木と鉱石と書いてある。
ただそれを使って、どうやって雨を降らせるつもりなんだろう。
私の知る限りでは、これらを使った所で雨を降らせる事なんて出来ないはずだ。
特殊な杖と書いてあるけど、私にはどう見てもただの杖を作る結果しか見えない。
出来たとしてもそこそこ頑丈な杖が出来るだけだろう。
「単純に儀式としてなのか、本当に信じているのか・・・本気で困ってるなら、こんなの渡しても村の人が困るだけだと思うんだけど・・・運が良くないと結局雨が降らないし」
何処からの依頼なのか知らないけど、報酬額は決して安くはない。
高すぎるという訳でもないけど・・・お金を払ってまで人に頼む仕事だろうか。
「うーん・・・んー・・・どうしよう、素直にこのまま渡した方が良いのかな・・・でもこれじゃ何もできないと思うし・・・でも・・・うにゅぅ・・・」
ただ杖が欲しい。ただ木が欲しい。お祭り用の祭具の材料が欲しい。
そういう依頼なら全然気にしなかったんだけど、どうしても気になってしまう。
でも私の考える事だし、それを伝えても怒られそうな気はする。
伝えたら「そういう事じゃないんだよ、解れよ」って言われるかもしれない。
でも、でもなぁ・・・。
そんな風に悩む事数日。
その間木を伐採したり、倉庫用に加工したりと、悩みつつも作業はしていた。
勿論一人でやると大変なので、山精霊達に手伝って貰いながらだけど。
・・・ただ、やっぱり山精霊には設計図は読めなかったみたい。こればかりは仕方ない。
「よし、ライナに相談しよう・・・!」
何日も悩んだ結果の結論がこれなので、我ながら情けないとは思う。
でも仕方ない。だって答えが出なかったんだもん・・・!
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「微妙な料理ねぇ。この酒場って果汁は悪くないけど、チーズ以外碌な食べ物が無いわね」
「だったら食堂に行け。ここは酒を楽しむ店だ」
小憎たらしい小娘の言葉を適当に返しつつ、溜息を吐きがならグラスを磨く。
この娘、あの一件以降酒場に入り浸る様になっている。
目的は錬金術師だろうが・・・残念だがあいつは暫く来ない。
一度来たら少なくとも数日は絶対来ない、というのが最近のあの女の行動だ。
それでも奴が受ける依頼は重要な物が多いし、受けてくれないと困る物が多い。
それを考えれば受ける頻度の低さには目を瞑れるし、ある意味こういう時は有効だ。
面倒な奴が来ていても、本人が来なければ問題はそうそう起こらんからな。
だからといってこの娘にその事を教えてやる気などさらさら無いが。
「せめて酒を頼め。ここは酒場だぞ、お嬢ちゃん」
「酒って苦手なのよ。酔っぱらうと魔法の制御が甘くなるし」
「はっ、少し飲んだ程度で戦えなくなるのか。やはりお子様だな」
「自分の弱点理解して常に戦えるようにしてるのよ。その辺の馬鹿みたいに騒いでる腕力だけのバカ面連中と一緒にしないでくれる?」
ったく、口のへらない小娘だ。ああ言えばこう返して来る。
ただまあ話していて気が付くのは、最初の印象程考え無しではないというのは解った。
何処までが演技で素なのかまでは解らんが、少なくとも相手に隙を見せているのは事実だ。
「なら依頼の一つでも受けるか? 一応討伐依頼なら残っているぞ」
「・・・小物しかいないじゃないの。やーよ、面倒臭い。私に渡すならもっと大物を寄こしなさい。それこそ放置すれば街にも被害が出る大物をね!」
この発言からこの娘がそれなりの実力か知識のどちらかが有るのは確実だ。
依頼書を見せてそれが何の魔獣か、どれだけの力量なのかを理解しているのだからな。
「怖いのか? これらを受けて本当は実力なんて無い、という事がばれるのが」
「はっ、労力に比べて報酬が少な過ぎるわ。倒すだけなら兎も角探す手間を考えてよね。そんな安い挑発に乗って受ける価値なんて無いわ。せめてもう少し挑発の仕方を勉強してきたら?」
本当に口の減らない娘だな。
力量ぐらいは確かめてやろうと思ったが、これじゃ難しいか。
「良いからお替わり。ほら、早く」
「あいよ・・・」
催促されるままに果汁を注ぎ、魔法使いの娘の前に置く。
その時扉が開く音が聞こえたので何時も通り目を向けると、珍しく食堂の娘が立っていた。
「マスター、今ちょっと良い?」
「構わんが、どうかしたのか?」
「これ見て欲しいんだけど・・・」
「これは・・・依頼書?」
「あ、裏の方見て」
食堂の娘は錬金術師に渡したはずの依頼書を渡して来た。
ただ表を見ていた俺に、裏を見る様に指示してくる娘。
言われた通り裏を見ると、雨を降らす為の道具と材料とやらが書かれていた。
『この道具じゃ雨は降らないから、これを作れば確実に雨を降らせられる』
そう書かれた文章のメモと、その材料になる魔獣の絵も描いてある。
「あの子少し悩んでたらしくて、依頼通りの方が良いか、こっちを作った方が良いかって」
「・・・成程な」
普通に考えれば余計な事かもしれん。かもしれんが、こんな道具が作れるなら・・・。
「解った。先方に少し話をしておく。これが出来るならその方が向こうも良いだろうしな」
「じゃあセレスにはそう伝えておくわね。あ、ただ一つ問題が有って、この魔獣を見つけられてないから、少し探すのに時間がかかるかもって言ってたわ」
「ふむ・・・だが今からなら期限はそれなりに有るし、少しぐらい気にせずとも構わ―――」
「こいつの居る所なら知ってるわよ、私」
横からかけられた言葉に少し驚き、俺も食堂の娘も声の方を振り向く。
そこには座ったままでは見えなかったのか、カウンターに乗り上げて覗き込む魔法使いの娘が居た。
「あ、あれ、アスバちゃん? 何で酒場に・・・いえ、この魔獣を知ってるの?」
「ええ、知ってるわね。何なら道案内も出来るわよ。ここからだと少し遠いけど」
二人はお互いを認識すると知り合いかの様な反応を見せ、俺は思わず眉間に皺を寄せてしまう。
・・・この二人が知り合いなら、錬金術師の事も知ってそうな物だが。
「何だお前ら、知り合いなのか?」
「最近の常連さん。精霊達とも仲が良いのよ、この子」
「彼女の料理はおいしいから、しばらく足を向けてるわ」
成程、ただ最近常連になっただけか。なら錬金術師の事は関係無いな。
「マスター、情報売ってあげても良いわよ?」
「・・・幾らだ。額次第では考えよう」
「金なんて要らないわ。錬金術師と会う場を整えてさえくれればね」
成程、そういう事か。だが残念だな、そういう話なら俺の答えは決まっている。
「悪いが―――――」
「何だアスバちゃん、セレスに会いたいの? じゃあそうね・・・今日の閉店後に私の家においで。会わせてあげるから。この依頼もセレスが受けた物だし、丁度良いわ」
「・・・へぇ、成程、そういう事・・・ええ、ええ、そうしてくれると凄く嬉しいわ。お願い出来るかしら、店長さん」
・・・食堂の娘よ。俺の苦労を台無しにするの止めてくれないか。
魔法使いは本気で嬉しそうな笑みを見せた後、厭らしい笑みを俺に向けやがった。
くそっ、何時か覚えてろよこの小娘。
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