第48話、逃げ出した錬金術師。

女の子に怯えながらお酒をちびちびと飲み、マスターを待つ事暫く。

戻って来たマスターから鞄を受け取り、何時も通り依頼書を受け取る。

特に何も言わなかったので急ぎの依頼などは無いんだろう。

そこでちらっと隣を見ると、女の子は顔を伏せて何だかぶつぶつ呟いて考え込んでいた。


これはもう私には興味が無くなったかなーと思い、気が付かれない様にそっと席を立つ。

そのまま足音を立てずにそーっと扉まで向かい、扉も出来る限り静かに開けた。

それでも多少音が鳴るのは我慢して外に出て、即座に絨毯を広げて全速力で家に向かう。


「~~~~~っ、怖かったぁあああああ・・・!」


あの子の威圧感、怖過ぎる。山精霊と対峙した時の方がまだ怖くなかった。

ギロリと睨まれた時とか、お酒が無かったら泣きだしてたかもしれない。


「・・・私、何か気に食わない事したかなぁ」


初めて会ったと思うんだけど、なんであんなに怒られたんだろう。

・・・いいや、考えても解らないし、取り敢えず今日は帰ってお昼寝しよう。


そう考えながら家の上空まで戻ると、干してある布団を楽し気に叩く山精霊達の姿が。

シーツも風になびいていて、その端っこを掴んで風に煽られて楽しんでいる。

何でも楽しむなぁあの子達と思って眺めていると、頭の上の子が『キャー』と鳴いた。


それは大して大声では無かったのに、まだ距離の有る精霊達に届いたらしい。

家精霊も含め、精霊達が私を見つけて手を振っている。

精霊達の言葉には、単純に私が聞こえる音以外の何かが有るのかもしれない。

山精霊と家精霊は会話が出来ている様子が有るし、それが解れば家精霊とも話せるのだろうか。


「・・・あ、やっぱり少し気分が楽になってる」


お酒を飲んで多少誤魔化せたのはあっても、さっきまでそれなりに怯えていた。

なのに今の声を聴いた後は、その怯えていた感情が急に薄まっている。


「明日から、山の精霊達に付き合って貰おう」


精霊の声の実験をする事を決定して、手を振る精霊達の下へ降りる。

家精霊がお帰りという様に飛びついて来て、ぎゅーっと私の体を抱きしめて来た。

胸元に顔をすりすりと押し付け、私の帰還を心から歓迎している。

・・・これは別に今日に限った物ではなく、ライナのお店から帰った時もこんな感じだ。


解ってる。本当は寂しいんだよね。出来れば出かけさせずに家に置いておきたい。

だけどそれでも、私を外に出すんだ。私の為に。

君は家を守る精霊だから。家に住む人間を守る精霊だから。自分の存在意義を果たす為に。


「・・・ただいま」


頭を優しく撫でてあげて、私も同じ様に抱きしめてあげる。

家精霊はそれが嬉しかったのか、ニコーッと笑って私を見上げていた。


「・・・疲れたから、お昼寝して良い? あ、待って、今日は本当に疲れたの。ちょっと色々有って・・・うん・・・」


帰って早々お昼寝を口にすると家精霊は少しムーッとした顔をしたけど、私の言葉を聞いて少し考えこみ始めた。

未だ抱きついたままで甘えながらなのが少し可愛いので、頭を撫でながら結論を待つ。

少しして結論が出たのか、私から離れると山精霊達に何かを伝えに向かった。

精霊達同士はやっぱり何か話している様だけど、私には何を言ってるのかさっぱり解らない。


「あれ通じてるんだよね?」

『キャー』


頭の上の子に訊ねると肯定が帰って来た。ふむ、やっぱりこの子も解ってるのか。

面白いなーと思いつつ精霊達の動向を見守っていると、家精霊がマットレスと枕を持って二階の窓に向かうのを確認。


「あ、やった」


という事はベッドの準備をしてくれるのだと思い、すぐに家に入って二階に向かう。

そこには綺麗になった太陽の臭いのするベッドが有り、バーンとその上に飛び込む。


「ふかふかだぁ・・・」


ベッドに転がって幸せな気持ちでいると、ふと頭の上に何かが浮かんでいる事に気が付く。

シーツを手に困った顔をしている家精霊がそこに居たが、仕方ないなぁと溜息を吐いていた。


「あ、ごめんね・・・でも、ひぃもちいいよ・・・」


もう半分寝かけながら精霊にそう告げると、精霊はシーツを畳んで部屋の端に置いた。

そして窓から出てかけ布団を持って来て、上からふわっと優しくかけてくれる。

太陽の陽気をいっぱい吸った布団達はとても暖かく、精霊が窓を閉めると同時に部屋自体も暖かくなったように感じた。


「おやひゅみ・・・」


優しい物に包まれる感覚を覚えながら、そのまま本能のままに意識を落とす。

目が覚めるともう日が落ちており、ライナの店が閉まる頃合いになっていた。

階下に降りると精霊が絨毯を渡してくれたので、礼を言って店に向かう。


偶には行かない方が良いかなと思ってみた事も有るんだけど、そうするとまた怒られたので素直に従う事にしている。

全ての判断基準が「住人にとって良い事」だから、私が変に我慢する様な事は許さない。

でもぐーたら引き籠りたいとかは許してくれないんだよなぁ・・・もう少し引き籠ってたい。


家精霊とライナに叱られそうな事を考えつつ店に到着し、何時も通り扉を開けて中に入る。


「いらっしゃい、セレス。すぐ用意するわね」

「う、うん、ありがとう」


笑顔で出迎えてくれたライナに喜びながら席に着き、店内を掃除する精霊を眺めながら待つ。

最近精霊達は店内と店頭の掃除をやっている。おかげで完全に精霊使い扱いだそうだ。

それを物珍しく思い来店する客も多いそうだけど、面倒な客は精霊が追い払うので平和らしい。


「はいお待たせ、皆もおいで―」


テーブルに料理が並べられると、ライナの呼び掛けで精霊達がわーっと駆け寄って来る。

数が多いので一つのテーブルには収まらず、複数のテーブルに分かれて食べる精霊達。

私も負けじと食べ始め、満腹になるとライナがお茶を用意してくれた。


「今日も良い食べっぷりね」

「え、えへへ、ライナの料理、美味しいから」

「そ、良かった」


何時も通りの穏やかな食後の時間。

精霊達がお皿を片付けるのを見送りつつ、ライナと世間話を続ける。

何時もなら本当に他愛ない世間話なんだけど、今日は少しだけ気になる話があった。


「そうそう、今日ちょっと背伸びした感じの、可愛い女の子のお客さんが来たのよ。旅行者のお子さん、なのかしらね。お金持ちっぽかったわね」


話を聞くと、少し尊大な態度の女の子がお金を先に出し、これで食べられる物をと言って来たらしい。

ただその額がライナの店としては多かったので確認を取ったのだけど、それでも構わないと言われたので取り敢えず頷いて注文通りに出していった。


3品目までは顔色を変えずに食べていた女の子だったが、5品目が出された辺りで量が多い事に少し焦り始め、従業員が説明を求められたそうだ。

そこでこの店の料理の値段を聞き、その安さに呆然とした様子を見せる女の子。

なので従業員が注文を取り下げるかと聞いた所、女の子はそれに頷かなかった。


「い、良いわ、持ってきなさい! このアスバ様に二言は無いのよ!!」


と言って、結局金額分の大量の食事を持ってこさせ、当然食べられるはずもない女の子。

意地になって食べていたけど、途中からもう顔色が悪かったらしい。

最終的に店に居る山精霊達に分け与え、少し山精霊と仲良くなっていたそうな。

・・・まあ、苦しそうな女の子を見て、ライナがこそっと向かわせたらしいけど。


「ちょっと意地っ張りな子だったけど、可愛い子だったわね・・・ん、セレス、どうしたの? 変な顔をして」

「う、ううん、何でもない・・・」

「そう? なら良いんだけど」


何だかその勢いに覚えが有る気がするけど、気のせいだよね。多分気のせいだと思う。うん。

・・・でも念の為、暫くはライナの店以外で街に来るの止めようかな。怖いし。


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「はぁ・・・叫んだら少し気が済んだわ。さて、どうしようかしら」


出て行ってから大して時間が経っていない事を考えれば、まだ近くに居るかもしれない。

だけど私を撒いた事を考えると、無暗に探しに行っても見つけられない可能性の方が大きい。

この人通りの多さじゃ普通に探すだけでも一苦労だし、ここは諦めた方が良いかしら。


「ま、見た目は覚えたし、今日はそれで良しとしましょうか」


どうせ一日で終わらせる気は無かったし、先ずは宿でも取りに行きましょうか。

そう考え一旦酒場に戻り、カウンターに金を差し出す。


「良い宿教えてくれないかしら。それぐらいは良いでしょ?」

「・・・そうだな。ならお嬢ちゃんが動きやすい宿を勧めよう。滅多な事でもしない限り追い出されない宿が良いだろうしな。一筆書くから少し待ってろ」

「あら、良く解ってるわね。観察眼は流石って所かしら」


こういう仕事をしている以上、相手がどういう人間かはすぐに判断が付いているみたいね。

とはいえ私の実力は理解出来てないみたいだけど。

ま、仕方ないわよね。私みたいな大魔法使い、早々居る訳無いもの。


「店からの道順も書いておいた。これを渡せば俺からの紹介と解るはずだ」

「ありがとう。じゃあ迷惑をかけたわね」

「全くだ。次はない様に頼む」


マスターの溜息を聞きつつ踵を返し、店を出て宿に向かう。

地図は解り易く書いてあったのですぐに宿に着き、気の良さそうな女将に宿代を渡した。

物価が上がっている街な事を想定して渡すと、結構な額が返って来て少し驚く。

普通に少し田舎の街に泊まるのと同じ額で泊まれるのね。宿もそこまでボロくないのに。


「そういえばこの宿は滅多に追い出されない、とか酒場のマスターに聞いたんだけど」

「ああ・・・そうだね、追い出す様な事はよっぽどな事が無い限り無いよ・・・あんまり金を払わないか、領主様から追い出せとでも言われない限りは、ね」

「・・・領主から追い出せって言われるって、どういう状況? 追放刑でも食らったの?」

「あはは! そうだねぇ、普通は無いねぇ、そんな事」


冗談、って事で良いのかしら。取り敢えず金さえちゃんと払えば良いという事よね。

一旦部屋に入って中を確認すると、普通に清潔感のある部屋で悪くない。

そこで少し空腹感を覚えたので、宿で食事が出来ないかを確認する。


するとこの宿では軽食程度なら出すけど、思いっきり食事という量は出していないそうだ。

自分の体に訊ねた所、思いっきり食べたいと言っているので女将に食事処を訪ねる。


「じゃああそこがお勧めだね」


と言われて道筋を教えて貰い、言われた通りの食事処に向かった。


「・・・人気みたいね、こんな半端な時間なのに」


今は食事時というには少し外れた時間だが、店内には結構な客が居る様に見える。

それだけ美味しいという事なのかと思い店に足を踏み入れ、店員に促されて席に着いた。


「これで、適当に持って来て」


物価も上がっている街だし、人気の食事処ならそれなりの額だろう。

そう思いテーブルに金を先に差し出したら、店員が少し困った顔をしていた。


「あ、あの、本当に、この額分で良いんですか?」

「足りなかったかしら?」

「いえ、むしろ多いんですが・・・」

「なら良いわ。早く持って来て。かなりお腹が空いてるから量を食べたいの」

「・・・解りました。少々お待ち下さい」


あの宿の女将が勧めてくれただけあって、あまり高くは無いらしいわね。

でもそれならそれで別に良いわ。いっぱい食べたいのは事実な訳だし。

そう思って待っていると、中々早く一品目がテーブルに置かれた。


「んっ、美味しい!」


香辛料が沢山使われている、という風でもない。なのにとても複雑な味がする。

食材のうま味がしっかりと前に出ていて、だからといって味付けを疎かにはしていない。

これは確かにお勧めだわ。女将に感謝しなきゃ。


喜んで一品目を食べていると、二品目がテーブルに置かれた。

二品目が出て来るって事は、確かに安いわね。

そう思っていると三品目が出てきて、金額が多いと店員が確認した事に納得できた。


「え、待って待って」


だけど流石に4,5品目と出てきて、まだ出て来そうな気配に少し待ったをかけた。

幾ら安いって言っても出てきすぎでしょう!?

私流石にそんな大金だしたつもりないわよ!?


そう店員に伝えると、料理の金額を伝えられてその安さに固まってしまう。

渡した金額分だと、10品程出て来るらしい。


私の困った様子に店員は注文を取り下げるかと言って来たけど、冗談じゃないわ。

一度出して相手が受け取った金なのよ。それは私がそう決めて出したの。

何が有ろうとそれを返せなんて言うつもりは無いわ!


「い、良いわ、持ってきなさい! このアスバ様に二言は無いのよ!!」


と、啖呵を切って持って来させたは良いものの、4品目の途中でもう食べられなくなった。


「ぐ、ぐぐぅ・・・ま、負けてなるものかぁ・・・!」


食べられない事が悔しくて口に含み、だけど一口飲み込むだけで脂汗が出て来る。

もうお腹が限界だと叫んでいるけど、ここで引いたら負けなのよ!


「・・・ん?」


気が付くとテーブルに店の精霊達が乗っており、料理をじーっと見つめていた。


「・・・食べたいの?」


訊ねると精霊達はパァッと笑顔を見せ、コクコクと全員が頷いた。


「し、仕方ないわね。どうしても食べたいって言うなら、分けてあげても良いわよ?」

『『『『『キャー』』』』』


私の言葉を聞いた精霊達は、許可を出す前に料理に纏わりつき始める。

そしてその小さな体の何処に入るのか、物凄い勢いで食べ始めた。


「ちょ、ちょっと、まだ食べて良いとは・・・ま、良いか。ここで精霊の機嫌を取っておくのも手ね。存分に食べなさい」

『『『『『キャー』』』』』


あの女が精霊達を倒したって事は、従えてるか敵対しているかどっちかでしょうしね。

従えているなら攻撃させにくい様に、敵対してるならけしかけられる様に懐かせるのも手だわ。

・・・うっぷ、気持ち悪い。

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