第47話、凄い魔法使いを見る錬金術師。

取り敢えず酒場に着いたのだけど、やっぱり日の高い時間は人が多い。

酒場周辺は最近特に人が増えてる気がする。このまま降りたら人目につくだろうなぁ。


「うう・・・どうしよう・・・」


でもこの鞄の中身渡さないと、帰っても家に入れてくれないかもしれない。

・・・何だかんだあの子は優しいから、もしかしたら許してくれそうな気もするけど。


「い、いや、行こう、行かなきゃ・・・!」


自信を持て。最近の私は前より人付き合いが出来てるからきっと大丈夫。

怖くない。怖くないぞぉ・・・!

そう覚悟を決めて酒場の前に降りると、一気に人の目がこちらに向いたのを感じる。


「ひぅ・・・!」


あ、だめ、やっぱり怖い。は、早く中に入ろう。中でも見られると思うけど、外よりマシだ。

そう思い慌てて酒場の中に入ると、珍しく視線がこちらに余り向いて来なかった。


「あ、あれ? なんで?」


不思議に思い店を見回すと、大半の人の視線がカウンターに向いている事に気がつく。

視線を辿ってカウンターを見ると、マスターの前で小さな女の子が唸っていた。

・・・あれ、あの子。


「じゃあどうすれば教えてくれるのよ!」

「ひゃうぅ・・・!」


女の子の大きな声に驚いてびくりと背を伸して固まってしまう。

マスターは女の子に何か返していたけど、驚きの方が強くてその辺りは聞いていなかった。

ただ何だか少し困った様に私に視線を向けつつ、だけど基本は女の子に向いている。


・・・今はあの女の子の相手をしているから無理だって感じかな。

じゃあ端っこで待ってよう。視線があの子に向いてるおかげで少しだけ居心地悪くないし。

そう判断してマスターに頷き、カウンターの端っこに座って待つ。


それにしてもあの女の子、酒場に何の用なのかな。

魔法使いみたいだし、私みたいに何かお仕事受けに来たんだろうか。


「・・・あの子凄い・・・あんな凄い魔法を当たり前に使ってるの、初めて見た」


一見隙だらけだけど、ただ見ただけじゃ解らない様に体を強固な結界で覆っている。

私の結界石の4つ・・・いや、5つ重ね並みの結界だ。並大抵の攻撃は通らないだろう。

何時もあれを展開させてるのかな。良くあれで魔力が持つなぁ。


それにただ周囲に固定した結界を張ってる訳じゃなく、結界を張っていると悟られない様に体の動きに合わせて動かしている。

目に見えない結界を張ってるだけでも相当なのに、あんな細かい操作を当たり前にやるのか。

物凄くバタバタ動いているのに、どうやったら出来るんだろう、あんな凄い魔法。


少なくとも私には絶対無理だ。一瞬で魔力枯渇になるか、そもそも構成出来ないかだろう。

魔力量も魔力操作能力も私とは比べ物にならないぐらい上を行っている。

あの幼さであれって事は、大きくなったらもっと凄い魔法使いになりそう。


「あ、ダメダメ・・・」


じろじろ見てたら失礼だよね。自分が嫌な事を人にしちゃいけない、うん。

でも待ってる間どうしよう。早く帰りたいんだけどなぁ・・・。


あ、そうだ、確認が早く終われる様に、依頼の品と依頼書を先に分けておこう。

鞄の中で一応ある程度分けてるけど、しっかり分けておいた方が判断速く済むよね。


「えっと・・・」


取り敢えず端からカウンターに置いて行き、一纏めにした所で依頼書を真ん中に挟む。

そこから少し空間を空けて、同じ様において依頼書を挟む。

包み紙系の分は先に依頼書を下に敷いて、上に薬を置いて行く。


「・・・ん?」


ふと強い視線を感じて顔を動かすと、さっきの女の子が私をじっと見つめていた。


「ふぇ・・・?」


・・・何でだろう、凄く睨まれてる。え、何、私何かした?

え、何、何なの、怖いぃ。あ、こっ、こっち来た。うえええぇ。


「・・・ねえ、貴方が噂の錬金術師かしら?」


う、噂って何の事だろう。確かに私は錬金術師だけど、噂の錬金術師って言われても解らない。

な、何て返せば良いのかな。何故か凄く怒ってるみたいだし、下手な事言ったら怖そう・・・。


「気に入らないわね、その態度! ―――――――――」


ひうう!? やっぱり怒られた! ごめんなさいごめんなさい! 

良く解らないけどごめんなさい! 私はただ良く解らなかっただけなんです!

不快にさせてごめんなさい!!


「――――――――何か反応しなさいよ!!」


昔良く言われた覚えの有る言葉が耳に入り、怖いけど意識を女の子に向ける。

女の子は相変わらず怒っているけど、何で怒っているのかが全然解らない。


涙目になりながらマスターに助けを求めると、マスターは凄い勢いで酒を飲んでいた。

助けてくれる気配が無さそうだ、というのは流石の私にも解った。

もうこの状況から逃げたくて、今度は店の出入り口に目を向ける。

すると女の子は急に真顔になり「そういう事」と言って店を出て行った。


「ふえ・・・?」


良く解らないけど、解決したと思って良いのだろうか。

全然これっぽっちも状況が解らないけど、もうマスターに依頼の品渡して早く帰ろう。

そう思ってマスターに目を向けると、グラスを置いてこちらに向かって来ていた。


「・・・取り敢えず依頼品の確認をしたらいいのか?」


そう問われたので頷いて返すと、マスターは溜息を吐きながら従業員に指示を出す。

従業員が薬を奥に持って行こうとしたのと同じタイミングで、バァンと出入り口の扉が開いた。


「ちょっと、何でついて来ないのよ! 外でって事じゃないの!?」


またさっきの女の子が怒鳴りながら入って来て、ズンズンと私に近づいて来た。

外でって言われても何の事なのか解らない。取り敢えず怖いから怒鳴るのは止めて欲しい。

マスターに助けを求めて視線を動かすと、彼はまた小さく溜息を吐いた。


「・・・はぁ、そういう事かよ。眼中に無いって訳か・・・取り敢えず何時もの酒を用意するから、少し待っててくれ。お嬢ちゃんもこの場での目的は果たしただろう。迷惑だから後は店の外でやってくれ。良いな?」

「ふんっ! 解ったわよ!!」


マスターの言ってる意味は良く解らなかったけど、彼のお陰で女の子は静かになった。

良かった、もう今すぐにでも大泣きしたいぐらい怖かったから本当に助かった。

・・・でも何で隣に座るんだろう。カウンター席なら他にも空いてるのに。


マスターが何時ものお酒を私に用意し、女の子は一緒に出された果汁をクピクピ飲んでいる。

その姿はとても可愛らしい。美味しいと喜んでいる姿は私も思わず撫でたくなる愛らしさだ。

と思って見つめていたら、ギロリと睨み上げられた。


うええぇ・・・やっぱりこの子怖いぃ・・・お酒飲んで誤魔化そう・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


運よく目的の人物がやって来て、情報を買う必要も無くなった。

そして目的通り宣戦布告をした訳だけど・・・こいつ、想像と少し違うわね。

受けた依頼内容と対処から、もう少しお人好しな人間を想像していたのだけど。


何よ、あの人を殺す事を厭わなそうな眼光。本気で噂通りじゃないの。

それに隙が全く無い。私の見た目と立ち振る舞いに殆どの奴は油断するのに。

半分わざと油断を誘う為の行動なのに、一切効果が無いのは初めてだわ。


これは肉弾戦じゃ絶対に勝てないと思った方が良いわね。

ま、元々肉弾戦なんかやるつもり無いけど。


ただ余りに反応が無い事にしびれを切らしていると、外に目を向けられた。

成程、外でやろうって事。周囲に迷惑をかける事を良しとしない所は想像通りね。

頷いて出入り口に足を向け、付いて来る足音を聞きながら外に出る。


「さあ、何処でやるつもり。案内しなさい。私はどこでも良いわよ!」


後ろに振り向いて力強く宣言すると、知らないおっさんが驚いた顔で立っていた。


「いやぁ、悪いけど俺にはそういう趣味は無くてさぁ・・・もうちょっと大きくなってから頼むわ。ごめんなお嬢ちゃん」

「・・・は?」


錬金術師が居ると思っていたのに物凄く屈辱的な謝罪を受け、状況が理解出来ずに暫く呆然と立ち尽くしてしまった。


「あ、あの女・・・!」


遊ばれたのだと気が付き店内に入って錬金術師に迫るも、奴は依頼を優先し始める。

酒場の店主にも口を出され、確かにこれ以上は余計かと大人しく待つ事にした。

この錬金術師の態度から、逃げ隠れする気は無さそ――――。


「何よ、じろじろ見て」


観察する様に見られている事に気が付き、ぎろりと睨みあげる。

さっきまでの半分演技の入れた目ではなく、本気の殺気を含んだ目で。

それでも奴は一切動じる事無く酒を手にし、ゆっくりと飲みながらマスターが戻るのを待つ。


「・・・ちっ、強い事は想定してたけど、想像以上かもしれないわね」


あの目は私を下に見ていない眼だ。格下と見ずに本気で私を観察していた。

それは私を脅威とみなし、真面目に私を倒す算段を考えていると思っておいた方が良い。

纏っている空気は本物だし、あながち精霊を倒したって噂も嘘じゃないのかもしれないわね。

とはいえその空気を一切隠せないんじゃ、二流だと思うけど。


「・・・まあ、この街の精霊、そこそこって感じで、あんまり強くなさそうだしね」


この女が本当に精霊を倒したというのなら、多分あの精霊達の事なんだろう。

街中に精霊が当たり前に居るのは驚いたけど、人懐っこいタイプだからか平和に見える。

とはいえそこは精霊。見た目程優しい存在じゃないでしょうけど。


「変な街よね、この街」


この街は不思議な街だ。急激な成長を遂げて大きくなって、色んな物が流れ込み始めている。

余りに急激な変化なせいか、他の街の様な『街での統一感』という物が少ない。

いや、少ないというよりも、変化に飲み込まれ始めていると言った方が正しいのかしら。


ただそれよりも大きな特色のせいで、それらが気にならなくなってるけど。


「精霊が街のあちこちに、それも同じタイプが沢山居る街とか珍しいにも程が有るわ」


一体一体は余り強くないけど、集団になると強いタイプなんでしょうね。

精霊って基本的に単独の存在だから、同じ物が群れてるって珍しくて面白いわ。

この女との勝負が終わったら少し観察してみようかしら。


「―――――おい、嬢ちゃん」

「んえ? え、な、なに? どうしたのかしら、マスター」


しまった、考えに耽ってぼーっとしてた。


「あいつ帰ったけど・・・良いのか?」

「・・・・・・・・・・・・は?」


隣を見ると錬金術師が消えており、店内を見回してもどこにもその姿は無かった。

慌てて外に出て見回すも、人が多過ぎて見つける事は出来そうにない。


「~~~~~~~っ! あいつ、ずえったいにぶちのめしてやるんだからぁああああ!!」


良い様に遊ばれた仕返し、絶対してやるんだから! 覚えてなさいよ!

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