第46話、来訪者と会う錬金術師。

「ふぎゃ!」


今日も今日とて布団を剥ぎ取られて鼻を潰し、窓を開けられ寒さで目が覚める。

この家に住み始めてからそれなりの日数が経ち、この起こされ方が日常化していた。

害意が有れば寝ていても反応する自信は有るのだけど、善意の行動なせいか全く反応出来ない。


「しゃむい~・・・」


仕方ないのでシーツで身をくるんで丸まると、それも剥がされペイッと床に捨てられた。

うう、寒い・・・着替えよう・・・。


着替えながら庭を見ると、家の周りを囲む様に山精霊達が楽し気に躍っていた。

多分ただ遊んでるだけなんだと思うけど、家を触媒にした何かの儀式の様に見える。

・・・というかまた増えてる。日に日に増えてるんだけど、何処まで増えるんだろう。


「・・・今日も良い匂い」


起こす前から準備していたのであろう、階下から朝食の良い香りが上がって来る。

服を着替えたらご機嫌に一階に降りて、何時も通り席について料理が出て来るのを待つ。

そうして出てきた料理を精霊達と一緒に食べて、満腹になるとまた眠くなってきた。


「お昼寝~・・・うん、しない、しないよぉ~・・・?」


お昼寝と口にした瞬間、家精霊がじっと見つめて来たので顔を逸らす。


「で、でもね、偶にはお昼寝も良いと思うんだけどなぁ・・・お仕事も終わらせてる訳だし」


それでも諦められず、指をいじいじしながら精霊にそう提案してみた。

すると精霊はすい~っと別の部屋に行き、鞄を持って来てテーブルに置く。

そして「これはいつ迄置いておくの」という様に指をさした。


「あ、えっと、いや、だって、き、期限は、まだ、先だし、ね?」


酒場の依頼分の薬は作り終わっている。終わっているけどまだ持って行ってない。

だって、最近の酒場って、人多いし・・・。

期限ぎりぎりぐらいに行っても別にマスター怒らないし、良いかなーって。


「だから今日はお昼寝して・・・え、絨毯持って来てどうす、え、鞄何処持ってくの?」


私の言葉に溜息を吐くような動作をした後、鞄に絨毯を括り付け始める精霊。

その上二階から外套も持って来て、鞄と一緒に外に持って行く。


「え、何し―――――ひゃわっ!?」


何をしているのかと眺めていると、ふわっと椅子が浮かんでペイッと家の外に放り出された。

慌てて受け身を取って家を見ると、床からにょきっと精霊の手が生えている。


「え、ちょ、まっ――――」


精霊に外に出されたのだと理解し、即座に家の中に戻ろうとした。

だけど私が動くよりも早く玄関の扉が閉まり、どれだけ力を籠めても開かなくなる。


「うえええぇ、入れてよぉ・・・!」


扉をカリカリと猫のように爪でこするが、扉が開く気配は一切無い。

泣きながら二階を見上げると、まだ窓が開いている事を確認。

絨毯が有るなら飛べば二階からは入れ――――そうだよね、閉めるよね・・・。


「あうう・・・解ったよぉ・・・行って来るよぉ・・・ぐすっ・・・」


諦めて外套を着こんで鞄を持ち、絨毯を広げて飛び上がる。

すると背後から『キャー』と精霊達が見送る声が響き、いつの間にか頭の上に居た精霊が『キャー』と返事をしていた。

空から家を見下ろすと家精霊が笑顔で手を振り、山精霊達が踊りながら見送っている。


「精霊邸・・・って感じだなぁ・・・」


屋根の上にも庭にも居る精霊達の姿に、自分と彼らのどちらが住人なのか良く解らなくなる。

山の方にも相変わらず精霊は居るみたいだし、どちらが拠点という事は無いのかもしれない。

・・・多分精霊達の居た山の方が好きな鉱石が沢山取れたとか、そんな話なだけだろう。


「仕方ない・・・こうなった以上早く行って、早く帰ろう」

『キャー』


独り言のつもりだったけど、精霊が楽しそうに鳴くので少しだけ気が楽になった気がする。

もしかしたらこの精霊達にはそういう特性が有るのかもしれない。

あの岩の件も有るし、今度それ関連で少し実験してみよう。

上手く行けば私の対人能力改善の手段になるかもしれないし。


「やっぱり門番さんは居ないか・・・」


空から門を通りつつ、門番をしている人を確認する。

解ってはいたけど、何時もの門番さんはそこには居ない。


「ちょこっと寂しいかも」


前までは空からの街の出入りは門番さんも一緒じゃないと駄目だったけど、今は一人でも行って良い事になっている。

それ自体はとても助かるし嬉しいけど、ちょっとだけ寂しい。

仲良くなれたお友達に会う機会が減ってしまった。


「でも遠くでお仕事する時と結界石の引き取りには来るし、まだ良いかな」


ライナと離れ離れになって、会えなくなった時に比べれば全然マシだ。

だって今なら会おうと思えば会えるんだから。

お友達・・・で良いよね? そう思って貰えてるよね? 図々しいかな・・・。


「今度確認・・・いや、怖いから止めよう。何言ってるんだとか言われたら泣きそう・・・」


あ、想像しただけで泣きそう。だめだめ、考えるな。

ああう、涙が、鼻水が・・・!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「断る。うちに損害が出る様な事は言えない」

「だーかーらー! あんたに迷惑はかけないって言ってるじゃない!」

「既に今迷惑が掛かってる事はどう弁明するんだ?」

「それはあんたが情報を渡さないからでしょうが!」


あーもー、面倒くせえなこのちびっこ。いくら粘られても無理なもんは無理なんだよ。

相手がちびっこじゃ余り強硬策も取れないし、常連どもは苦笑いするだけだし、勘弁してくれ。

大体ここは酒場でお子様が来るところじゃねえんだぞ。


「私はただこの街の錬金術師の情報を売ってって言ってるだけじゃない! ただで寄こせなんて一言も言ってないでしょう!? ほら、この通り金は有るのよ!!」


ダンと力強く金の入った袋を叩きつけるちびっこだが、そういう問題じゃない。

どれだけ金を積まれても錬金術師の情報を無暗に渡す事など出来る訳が無いだろう。

あの女の不評を買いかねないし、そうなれば今後の営業に支障が出る。

そもそもの大前提として、あの女を敵に回すのが怖い。


「はぁ・・・別に情報を買う必要なんざ無いだろう。噂を知っているぐらいなんだ。少し調べれば自分の欲しい情報ぐらい出るだろう?」

「その噂が右往左往してどれが真実か解らないからここに来てるんじゃないの! 錬金術師が唯一仕事を直接受けに来るって話の酒場に!」


まあ、確かにそうなんだが。地下に隠れているとか、領主館に匿われているとか、実は人間じゃないから街に居る時以外見えないとか、良く解らん噂まで飛び交ってるからな。

それでも少し調べて冷静に考えれば解ると思うぞ。

大体あの女は自分の住処を隠す気は殆ど無いと思うしな。だからといって口にはしないが。


「あのなお嬢ちゃん・・・もしそれを口にして、その錬金術師が仕事を受けてくれなくなったらどうするつもりだ。その損害分を補填出来るだけの金を払えるのか?」

「こ、これで足りないっていうの!?」

「足りないな。一時の金額としては確かに大金だろう。だが奴が継続して仕事をしてくれれば更に大金を生む。どちらを選ぶかと言われれば、選ぶべき相手は決まっているだろう」

「わ、私がやるわよ! その分の仕事をやってあげるわ!」

「・・・お嬢ちゃん、薬の知識は? 素材の知識は? 魔獣の使える部位の知識は? 解体技術や、質の良い毛皮なども持ってこれるのか? あの女は鉱石や化合物の知識も有るぞ?」

「く、薬の知識とかは、あ、あんまり自信がない、けど・・・魔獣の素材なら・・・!」

「はっ、話にならんな。帰りな、お嬢ちゃん」

「ぐうぅ・・・!」


そんな目で睨まれてもなぁ・・・見た所お嬢ちゃんは魔法使いって所か。

魔法の力量がどれだけあるのか解らんが、多分それしかできないタイプだろうな。

あの女と違って隙だらけだ。まあその隙をどうにかする魔法が有るのかもしれないが・・・。


どちらにせよ、帰した方が俺にとってもお嬢ちゃんにとっても良い結果になるだろう。

何がしたいのか知らないが、どう見ても良い感情を持っている様に見えんしな。


本人どころか精霊に痛い目に合わせられるのが目に見えて―――――このタイミングで来るか。

店の扉の開く音にちらりと視線を向けると、そこには今話している本人が立っていた。


「じゃあどうすれば教えてくれるのよ!」

「だから何度も言ってるだろう。俺から出せる情報は無いと。自分で調べる事だ。この街に居る『錬金術師』の事はな」


錬金術師殿よ、今回普段より持って来るのが早いな。ここ最近は期限ギリギリが多かったのに。

都合の悪いタイミングだったから思わず表情に出す所だったぞ。

素知らぬ顔をして答えつつ、錬金術師という言葉を強調して今日は帰れと目で伝える。

女は俺の視線に気が付くと小さく頷いたが、頷いたのになぜか向かって来やがった。


最悪の事態は防げそうだと安堵したのに、何考えてんだあの女。

流石にすぐ傍には来なかったが、カウンターの端に座って鞄を何時もの様に乗せ、そのままじっと動かなくなった。


「―――ちょっと、聞いてるの!?」

「はぁ・・・面倒臭い」

「なっ、面倒臭いって、もうちょっと真面目に聞きなさいよ!」


思わず全ての本音が口から漏れたが、良い感じに勘違いしてくれた様だ。

とはいえあの女本気で何考えてやがんだ。

どう見ても面倒なの見たら解るだ――――何してんだあいつ。

何でカウンターに薬並べ始めてやがるんだ。


「ちょっと、何処見て・・・ふぅん?」


もう良い。俺は諦めた。この状況じゃもうどうあがいたってどうしようもねえし。

本気であの女が何考えてるのかが解らねぇ。あいつほんと何考えてんだ。

依頼の薬を依頼書と一緒に並べたら、自分が錬金術師ですって言ってる様な物だろうが。

おそらく俺と同じ事を思ったのだろう、ちびっこは女の下へ歩いて行く。


「・・・ねえ、貴方が噂の錬金術師かしら?」


俺はもうどうでも良くなり、高い酒を一本開けてグラスに注ぐ。飲まなきゃやってられるか。

酒を飲みつつ成り行きを眺めていると、女はちびっこを見つめるだけで微動だにしない。

その事にしびれを切らしたのか、ちびっこは女を指さして大きく叫んだ。


「気に入らないわね、その態度! どちらが上か教えてあげるわ! 勝負しなさい!」


あー、面倒くせえ。もう諦めたから店の外でやってくれ。

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