第44話、家を手に入れる錬金術師。

案内された家を見て素直に思ったのは、何かがおかしいという事。

ただその根拠を語れる様な理由がすぐに出て来ず、近づいてゆっくりと外観を確認する。


建物自体は木造建築。壁はどうやら土壁で、柱も壁も何かしらの薬剤を塗りこんでいる様だ。

手触り的に防腐と防水・・・それ以外の効果も有りそうな気がする。

だって見た目は普通の土壁なのに、削れた様な跡が一切無い。


上を見ると一階の部分の屋根こそ普通だけど、二階の屋根は半円球になっている。

ぱっと見の材質は土壁と同じに見えるのに、綺麗に形を保っているのは少し違和感が有る。

雨が降れば一番影響が出る所が壁と同じ状態というのは、簡易な防水では不可能だろう。

これが土壁じゃなければ別だけど、どう見てもこれはただの土壁だ。


新築ならばそれも有りえるだろうけど、新築ならこの建築様式では建てないだろう。

街に出て目に入った建物も、ここに来るまでに見た建設中の建物にもこんな家は無かった。

少なくとも屋根は普通に三角で、何よりも壁は化合物の類を使っていたのを見ている。

つまりこの家が新築という事は無いと思って―――――。


「・・・この家、何か、居る?」


今家の中から、何かに見つめられた様な感覚が肌に刺さった。

ふと視線を動かすと、いつの間にか窓が開いている事に気が付く。

大きく開かれた訳では無く、外の様子を窺うように小さく開いていた。


「・・・入ってみて、良い?」

「あ、ああ、気にせず行ってくれ。気に入ってくれると良いんだが」


門番さんに許可を取り、玄関を開けて中に入る。

するとやっぱり何処からか見られている様な、観察されている様な感覚を覚えた。

だけど何故だろう。普段なら嫌なその感覚が、ここでは不快と感じない。


「綺麗・・・」


一階を見て回って素直に出た言葉はそれだった。

部屋という部屋に掃除が行き届いている。

ただ綺麗であればある程、何故か寂しさを感じている自分が居た。

本当に何故だろうか。とても優しい空間に感じるのに、とても寂しい。矛盾している。


「・・・使った形跡が、無い・・・ううん、違う、直してから触って無い?」


台所の確認をすると、やはりここも他と変わらず綺麗な状態だ。

ただ他と少し違うのが、使った形跡らしき物がほんの少し見て取れた事。

少なくとも私の前に誰かがここに居た、という事は間違いない様だ。


「・・・不思議な修繕の仕方」


完全に新品になっている訳じゃない。だけど古い物を騙し騙し修繕した様子でもない。

まるで強度自体は新品に戻しつつ、誰かがここに居たという形跡を残したいかの様に見える。


「棚は、固定されている・・・というよりも、そもそも棚込みの建設か」


棚を動かせないかと思ったけど、別で置いてあるように見せかけて繋がっている。

多分これは元々そういう作りだったんだろう。これを動かすには壊すしかなさそうだ。


「・・・上?」


視線の位置が変わった気がして、その方向に目を向ける。

すると階段が有ったので、誘われる様に足を向けて二階に上がった。

二階には部屋が二つあり、片方は棚以外何も無いが、もう片方はベッドが置いてあった。


「ポカポカする・・・気持ち良さそう・・・」


最近肌寒くなって来ていたはずなのに、この部屋は何だか暖かい。

そして目の前には気持ち良さそうなベッドが有るので、誘われるがままに倒れ込む。


「あー・・・気持ち良い・・・」


クッションもシーツも心地良く、このまま寝てしまいそうな程に心地良い空間だ。

外から微かに聞こえる葉の揺れる音や小鳥の声が一層眠気を誘う。


「・・・んー・・・この、へん、かな?」


だけどその眠気に逆らって体を起こし、視線を感じる方向へ顔を向ける。

そこに何かが居る気がする。だけど何が居るのかは解らない。目では見えていない。

ただ何故か、求められている事は、解る様な気がした。


「・・・私で良いなら、別に良いよ。住む所が欲しいし。私が持ち主になるよ」


見えない何かにそう伝えると、目の前に何かが集まり始めるのが見えた。

暫くその様子を静かに眺めていると、薄く青い、ふわふわしたあやふやな形の物が形成される。

最初こそ良く見えなかったそれは、時間が経つと両手を上げて喜んでいる様に見えた。


「精霊・・・家から生まれたタイプ・・・かな・・」


・・・多分、この子は家に生まれた精霊だ。だから家がこんなに綺麗なんだと思う。

きっと大事に使われたのだろう。前の持ち主が家を去る最後の最後まで。

だけど悲しいかな、だからこそ生まれた精霊は、持ち主不在の家を守り抜くだけの存在になってしまった。


「ねえ、セレス、そこに何か居るの?」

「うん、ここに、青いふわふわしたのが」


ライナには精霊の姿は見えて無いらしい。門番さんも同じく見えていない様だ。

私だけが見えているのは、多分姿を現したからじゃないのだろう。

だってこの子からの視線はずっと感じていたし、何かが居るのは解っていた。


おそらくこの子が見える様になったのは、私がこの家の持ち主になったからだ。

因みに本人はさっきからわーいわーいと跳ねる様に部屋の中を飛び回っている。


「・・・持ち主って、認められたみたい。私も過ごし易そうだし、ここが良いな」

「そ、そうか、良かった。面倒な手続きは俺が全部やっておく。だから今この瞬間から、この家はアンタの家だ。土地の資料は後で渡すが・・・まあそれはちょっとだけ待っててくれ。損はさせないから」


手続きとか何か有るんだ。それはそうか。家を手に入れるんだもんね。

そこまでやってくれるなんて、彼は本当に優しいなぁ。

あ、そういえば値段は幾らなんだろう。それも後でなのかな。

まあ門番さんがこう言うんだし、きっと悪い様にはならないだろう。


彼の親切に笑顔で頷こうとすると、家の精霊が目の前に来て手を組む仕草で話しかけて来た。

ただ残念な事に言ってる事がさっぱり解らない。というか、声らしきものが聞こえない。

見える様にはなったけど、残念ながら声は無理だったらしい。


「・・・ごめん、見えるけど、何言ってるのか解らない」


精霊は反応の鈍い私にこてんと首を傾げていたが、私の言葉を聞いて驚いた様子を見せる。

そしてよっぽどショックだったのか、へにょっと床に落ちて潰れてしまった。

青い水溜まりの様な何かが悲し気にプルプルと震えている。


「あ、えっと・・・ごめん、ね?」


何だか申し訳なくなって頭らしき所を撫でると、精霊はぴょんと飛び跳ねて復活。

物凄く嬉しそうに手に擦りつき、もっともっとと言う様に腕をバタバタさせていた。

単純だなー。私も人の事言えないけど。

声は聞こえないし細かい事は解らないけど、態度で何となく解り易い子だと思う。


・・・この家には埃の一つも無い辺り、確実にこの子が掃除をしているのだろう。

つまり家が綺麗なのはこの子が居るからだろうし、良い家を紹介して貰えたと思う。

掃除しなくて良さそうだからって言ったら、ライナに怒られるかな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


どうやらこの家にはやっぱり何かが住んでいたらしい。

ただ錬金術師はそれを受け入れたらしく、むしろ気に入ったという風に言われた。

ならばもう家はここで確定という事で、諸々の手続きは後日俺がやるつもりだ。


と言うか既にある程度は済んでいて、後は領主に吹っ掛けるだけだ。

立場? 知った事じゃない。今回ばかりは俺も腹立ってんだからな。

食堂の娘にも知恵を貰ったし・・・つーかあの娘、俺より頭回るし容赦ないな・・・。


「じゃ、引っ越し作業をさっさと終わらせちゃいましょ。精霊達も手伝ってね」

『キャー』


取り敢えず今日はまだ日も高いし、手早く引っ越しをしてしまおうという話になった。

食堂の娘の言葉で精霊達と共に街に戻り、宿にて荷物を纏めて行く。


ただ食堂の娘はお祝いの料理を作る為にと、先程の家に留まったままだ。

食材や調理道具はどうするのかと聞くと、精霊達に持って来て貰うから大丈夫と言われた。

正直最近、錬金術師よりもあの娘の方が精霊の主人なんじゃないかと思う。


宿に置いてある素材の半分程は女が何とか絨毯にぶら下げ、重そうにしながら飛んで行った。

残りは精霊達がキャーキャーと鳴きながら街道を集団で歩いて向かっている。

奴らがかなり楽しそうなのは、これが終われば美味しい食事が待っているからだろう。


俺はそれを見送ってから、少量の荷物を抱えて女将に引っ越しの事を告げに行く。

とはいえ既にある程度話は通しているので、今日出て行くという報告でしかないが。


「じゃあ、そういう事で。彼女にも上手い事言っておくんで」

「・・・すまないね。あたしとしては、別に構わないつもりだったんだけどね」

「いや、状況的に仕方ないと思う。だから余り気にしない方が良い」

「・・・すまないね。どうか頼むよ。ありがとう」

「ああ、頼まれた」


女将は終始申し訳なさそうであり、本当に追い出す気など無かった事が窺える。

いや、多少は仕返しを恐れてと、後は俺に面倒をかける事への謝罪も有るんだろう。

とはいえこの件では女将は被害者だ。正直俺には同情の気持ちしかない。


「ま、出来るだけあの女の不快感を、領主に向ける様に仕向けさせて貰うかね」


何処までやれるかは解らないが、少なくとも仕返しは領主だけにやる様にしておきたい。

土地の事を後回しにしたのもそれが理由だ。

あの女に俺が怒られる可能性も有るが、悪いが勝手に名前を使わせて貰うぞ。


「仕返しする訳だし、多分許してくれる・・・よな?」


少し不安ではあるが、もうやると決めた事だ。今更へたれる気は無い。

大体こちとらもう何度も死線を潜り抜けてるんだ。もう怖い事なんか殆ど無いわ。

・・・あの女の事は怖いけど、それは別の話として。


覚悟を決めながら荷物を持って家に戻ると、台所から既に良い匂いがしていた。

俺と一緒に居た精霊達は俺のペースに合わせていたが、食材持ちの精霊は先に来ていたらしい。


「あ、お帰りなさい。取り敢えず荷物はそこに纏めて置いておくと良いわ。流石に荷物分けぐらいは本人にやらせないと」

「あ、ああ、解った」


ただその本人は盛大に腹を鳴らし、呻きながらテーブルに突っ伏しているんだが。

ん? あのテーブルは店のテーブルでは。椅子も店の物のはずだ。

良く見ると棚に食器も入っており、そちらも見覚えの有る食器だった。


「・・・甘やかしているな」


自分で用意させろ準備させろと言う割に、自分は必要な物を用意してやっている。

とはいえそれを口にしても良い事など無いので、気が付かない振りをしていた方が良いだろう。


「事前にある程度仕込んでおいたから、すぐに出来るわ。貴方も座ってゆっくりしていて」

「あー・・・そう、だな、お言葉に甘える事にする」


機嫌を取るなら最後まで取るべきだと、食事も共にするべく席に着く。

するとテーブルの上で精霊達が楽し気に鳴きながら、皆同じ方向を見ている事に気が付いた。

見えない何かと手を繋いで躍っているのも居て、そこに何かが居るのは間違いないらしい。


「・・・感覚麻痺してんなぁ」


普通なら不気味で怖くて逃げ出す光景だと思う。実際初めて来た時は怖かった訳だし。

ただ今はもう『そういう物だ』と受け入れてしまっている自分が居た。

まあそういう風に思わなければ、この女とも付き合えなかった訳なんだが。


「はーい、出来たわよー・・・えっと、この辺、に居るのかしら。貴方もどうぞ」


食堂の娘は一切怯む様子無く、むしろ歓迎した様子で料理を勧める。

多分こういう動じない度量が無いと、この女と笑顔で付き合うのは無理なんだろうな・・・。


「あ、ああ、そうだ、言い忘れていた。また忘れる前に先に言っておきたいんだが」

「・・・何?」


食事をいざ始めようという所で、ふと忘れてた事を思い出す。

ただタイミング悪く錬金術師がフードを取ってこちらを見つめ、その眼光が突き刺さる。

食事を邪魔したのは申し訳ない。申し訳ないけど忘れた時が怖いから言っておきたいんだよ。


「じゅ、絨毯での移動なんだが、領地内なら無制限で動いてくれて構わない。俺が居なくてもな。ここから徒歩で食堂や酒場に向かうには遠いだろう?」

「・・・門を通らなくて良いの?」

「構わない。正直に言うとまだ許可は取れてない。が、必ず取って来るから気にするな」


そう伝えると彼女は珍しく、キョトンとした様子の顔をで俺を見つめていた。

暫くそのまま動かなかったが、ぎゅるるると大きな音が鳴った事でびくりと跳ねる。

そして少し俯いた後、顔を上げると俺に目を向け――――。


「何時もありがとう」


――――――とても可愛らしい、見惚れる様な可愛らしい笑顔でそう告げて来た。

そしてその笑顔のまま食事を始め、俺はと言えば意味が解らずに固まっている。


え、何、今の笑顔。声も凄い可愛らしかったし。そんなに嬉しかったのか?

いや待て待て待て。あの女だぞ。今迄あれだけ色々やってくれた奴だぞ。

騙されるな、きっとあれも作戦だ。騙されたらきっと後で痛い目見るに決まってる。


・・・だよな?

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