第43話、家を案内される錬金術師。

女将さんに出て行って欲しいと言われた数日後、ライナが門番さんと一緒にやって来た。

二人が一緒にやって来るなんてとても珍しいけど、昨日の夜に話を聞いていたので驚きはない。

彼はライナから私の事を聞いて、私の住む場所を探してくれたらしい。


しかも私が過ごし易い様にと、余り人の多くない静かな所を選んでくれているそうだ。

そこなら絨毯で飛び立つ時も帰って来る時も目立たないだろう、という話を聞かされた時は本気で嬉しかった。

宿から出てすぐ飛び出せる様になったとはいえ、やっぱり多少は目に付いてしまうし。


門番さんは本当に良い人だなぁ。感謝してもし足りないと思う。

なので待たせてはいけないと思い、既に準備は万端だ。

二人が来る前から外套も纏い、外に出る覚悟も出来ている。

多分、出来てる。きっと。大丈夫。


「それじゃあ行こうか。結構歩くから、そのつもりでいてくれ」


門番さんの言葉に頷き、何時も通り彼の背中に隠れながら街道を進む。

最初は絨毯で行かないかと提案したのだけど、あの絨毯に三人は少し狭かった。

何よりライナが乗りたくないと言ったので、残念だけど徒歩での移動となっている。


住人が増えたからか、私に刺さる視線が前より更に増えている気がした。

だけど前を歩く門番さんと、手を繋いでくれているライナのお陰で気は紛れている。

こうやって手を引いて歩いて貰うと、子供の頃を思い出して少し懐かしい。


「そういえばこっちで勝手に探しちゃったけど、セレスが希望する事って何か有るの?」

「・・・静かな所?」

「ふふっ、それはセレスの場合は大前提でしょ」


クスクスと笑われてしまった。でも言われてみれば確かにそうだ。

そもそも静かな所を探して来た、って言われて喜んだんだし。


「・・・確かに・・・じゃあ・・・ぐっすり眠れるベッド?」

「んー、それは家じゃなくて寝具の問題じゃないじゃないかしら」

「・・・えーと、えと・・・解んない・・・」


雨風が防げて暖かいベッドが有れば良いかな、と思ったので私に拘りは無いのかもしれない。


「ふふっ、まあ普段家探しなんてしないから、中々思いつかないわよね」


気のせいか、ライナが少し楽しそうな気がする。

先に門番さんと一緒に見て来たって言ってたし、良い家なのかな。


そんな感じで少し楽し気なライナと、黙々と前を歩く門番さんと一緒に歩き続ける。

向かっている方向は狩りの際に向かう方向。つまり精霊の住む山とは逆方向だ。

以前は良く通った門を抜けると、街の増設地区に入り建築中の家屋が良く目に入る。


この辺りに新しく建てられた家に案内されるのかな、と思っていたらそういう訳でもなかった。

そのまま街道を突き進み、仮建設中の増設地区の門を通り、どんどんと進んでいく。

もう完全にただの道しかなく、左右には山しかない。


何処まで行くんだろうと思いつつ、すれ違う人や車から身を隠してついて行く。

するとその途中で、何やら看板が立てられているのが目に入った。


『ここから奥は一般人立ち入り禁止。許可無き侵入は罰される覚悟の下立ち入るべし』


近づくと看板にはそう書かれており、横を見ると草木を切り揃えた道が出来ている。

以前この辺りを通った時は、確かこんな物は無かった気がする。

・・・あれ、私どの辺で街道進むの諦めたんだっけ・・・覚えてないや。


「この奥だ。ついて来てくれ」


え、でも、立ち入り禁止って書いてあるよ?

と疑問に思ったのだけど、ライナが笑顔で手を引くので良く解らないままに付いて行く。

手を引かれながら道を観察すると、どうにも新しく作った道の様に見えた。


左右を見ると背の高い草木で覆われているので見通しが悪い。

ただ人が二人通れる程度に綺麗に刈り取られていて、更には砂利が敷き詰められている。

明らかに態々通路にした跡が有って、元々在った道ではないだろう。

刈り取られた跡が新しいのは勿論だけど、敷き詰められた砂利も綺麗だもの。


「ここだ、この家がアンタに案内したい家だ」


キョロキョロと周囲を観察しながら付いて行き、彼の言葉で顔を少し上げる。

すると綺麗に周囲の草木が刈り取られた空間が有り、そこに二階建ての一軒家が在った。

・・・あれ、何だろう、この家。何か、少し、不思議な感じがする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


食堂の娘に協力を取り付けた翌日、彼女を連れてとある家に案内をした。

そこはあの錬金術師を住まわせるに丁度良い所であり、そして彼女なら解るであろう理由が有ったからだ。


その家屋は街を出て、街の増設区画も更に通り過ぎ、街からかなり離れた位置に在る一軒家。

態々錬金術師の為に建てた・・・という訳ではない。

元々ここにあった家で、そして持ち主不明『だった』家だ。


街の拡大の為の先行調査をしていた兵士が第一発見者で、見つけた時は困惑したそうだ。

当たり前だろう。今でこそ魔獣の対処が出来るから街が広がっているが、それまで山の中に下手に踏み入るのは自殺行為、というのが常識だったのだから。

だからこの報告を受けた領主は、とある発想に至った。


『あの女の様な人間が、そこに住んでいるのでは』


という風に。ただまあ、それはすぐに違うと気が付いた様だし、実際違った訳だけど。

何せ食料の類が一切無いのだ。何かを食べて処理した形跡も無い。

家具は棚やベッドが何故か有るが使った形跡がなく、食器の類は置いていなかった。

これで人が住んでいると思うには、少しばかり違和感が有る。


ただ、それ以上の違和感が有った為、気になって何となくこの家を見に来たいと思った。

今思えば何故そんな事を考えたのか解らないが、何故かそうした方が良いと感じたんだ。

なのでその事を領主に伝えると、この家の件は俺預かりという事になった。


まあ、面倒事を態々やってくれるなら、好きにやらせれば良いかぐらいの判断だったんだろう。

そして実際に家を見に来ると「確かにおかしい」とすぐに思った。

理由は簡単で、余りに家が綺麗過ぎた事だ。明らかに『掃除が行き届いている』と。


試しにベッドに触ってみると、ずっと置いていたにしては綺麗なシーツがそこに在った。

長く放置されたとは思えない、綺麗に洗って、何時でも寝られる様にしているシーツが。

人が住んでいないのに掃除が行き届いていて、だけど一切の生活感を感じない家だと。


『キャー』


そこでいつも俺と一緒にいる精霊が、何も無い虚空に向かって鳴き出した。

何か居るのかと思って周囲を見渡すも何も居ない。

だが精霊は明らかに目の前に『何かが居る』という素振りを見せている。


訳が解らなくて少し怖くなって逃げようと思った所で、精霊がこう言って来た。


『この家には今誰も住んでいない。仕えるべき主を待っている。貴方が私の主人になってくれるのか』


この家に居る何かが、さっきから俺にそう問いかけていたらしい。

そうは言われても俺には何も見えないし何も聞こえない。

だから正直怖いので、ここに住むなんて選択肢を取る気には一切ならない。


ただ変に真面目に職務を全うする気になってしまい、精霊に危険が無いのかだけは確認した。

すると返事は『危険は皆無』という答えで、更には『自分達の主なら気に入る』と言い出す。

この時期既に錬金術師を街から離す話が出ていたので、ならば好都合ではと思った訳だ。


ただ万が一危険が有って恨まれては適わないので、精霊に再三確認は取らせて貰っている。

その上で協力を取り付ける事が出来た食堂の娘と、それに付いて来た精霊にも確認を取った。

因みに食堂の娘も家に居る何かは見えなかったらしいが、精霊の反応で良しと判断している。

その後領主に話して色々な手続きを済ませ、今日やっと錬金術師を連れて来る事が出来た。


ただまあ、錬金術師を連れて来る前に看板を作って、軽く道を作ってはおいた。

流石に道も何も無い状態で連れて来るのは、ちょっと何を言われるか解らないし。

あの看板はここに錬金術師が居るという目印になりかねないが、逆に言えばあれを見て入る愚か者はどうなっても知った事では無い、という意味でもある。


道中食堂の娘がさりげなく家の希望を聞いていたが、静かで過ごし易いという一点では完全に合致しているし、精霊達の反応からおそらく問題無いとは思うんだが・・・・。

正直ここで納得してくれると本当に助かるので、出来れば納得して欲しい。

後頼むから食堂の娘と話している時と同じトーンで何時も喋って欲しい。


「・・・この家、何か、居る?」


・・・中に案内する前に気が付くのかよ。一体何が見えてるんだアンタ。

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