第42話、宿を追い出される錬金術師。

「ふあぁ~・・・んみゅ、良く寝た・・・」


お昼寝をしたらそのままぐっすりと眠ってしまった。

伸びをしながら窓の外を見ると、街は真っ暗に・・・なってない。

勿論もう日も落ちて暗くはあるのだけど、街の中に明かりが沢山灯っている。


最近本当に夜中にも起きてる人が沢山居て、明かりを持って外を歩いている人も多い。

飲食店の類はこの時間でも開いている所が有り、全体的に街の夜が遅くなった様に感じる。

この宿の傍には無いから良いけれど、今では朝方まで騒がしい所も有るらしい。


「ライナもその内、夜中もお店やったりするのかな・・・それはやだなぁ・・・」


現状ライナのお店の営業時間はそのままだ。

ただお客さんはとても増えているので、従業員を増やして何とか回していると聞いた。

実は忙しい時間帯に行った事は一度もない。だって人沢山居そうで怖いし。


それに忙しい時間帯に行ったら、絶対ライナに迷惑が掛かると思うもん。

だから私は陰ながら守る為に、精霊達に『ライナの事は絶対守る様に』とも言い付けてる。

まあ言わなくても守ってるっぽいから、必要ないかもしれないけど。


「・・・お腹空いた。取り敢えず行こっと」


お腹が小さくキューっと鳴くのが耳に入り、外套を纏って部屋を出る。

すると精霊達も後ろをトテトテ付いて来て、何だか小鳥を連れて歩く親鳥の気分だ。

この子達の移動速度もおかしいよなぁ。あの小さい歩幅で何で私と同じ速度で歩けるのか。

視覚情報と実際の効果に差異が有る。観察すればする程本当に不思議存在だ。楽しい。


「あんた部屋に居たのかい・・・だったら出て来ておくれよ。寝てたのかい?」


宿を出ようと玄関に向かうと、出入り口の傍に女将さんが立っていった。

視線が私に向いているのできっと私に用なのだろう。


・・・どうしたんだろう。何だか女将さんの眉間に皺が寄っている気がする。

え、なに、私何か怒られるの? も、もしかして起こしに来てたのかな。

そ、そういえば、夢の中で、扉が叩かれる音を聞いた様な・・・あ、あう、どうしよう。


「あー、その、だね、あんたにはとても申し訳ないんだが・・・」


何を言われるのかとびくびくしていると、女将さんは何故か謝りながら言い難そうにしていた。

あれ、怒られる感じじゃない、のかな? 良かったぁ。


「・・・えっとだね、本当に、本当に申し訳ないんだが・・・ここを出てって欲しいんだ」


ちょっとだけホッとしつつ女将さんの言葉を待っていたら、そんな事を言われた。

少し安心していた所だった為、理解をするのに少し時間がかかってしまう。

びっくりし過ぎて動きも止まっていると、女将さんが慌てた様に口を開く。


「いや、その、ね。うちも客商売でさ、その、あんたへの苦情が多くてさ、このままだと色々困るんだよ・・・勿論アンタは先に長期の金を渡してくれる上客だよ? だけど、このままだと、その、あんまりこう、ね。解ってくれるだろ?」


そういう感じに色々と言われたけど、結局の所は「すぐには追い出さないけど近いうちに出て行って欲しい」という事だった。

解ってくれるだろ、と言われても、私には良く解らない。

結局最後まで要領を得ない感じで告げられて、じゃあねと女将さんは宿の奥に消えて行った。


「ふえ・・・じゃ、じゃあ、私、これからどこに住めば良いの・・・?」


状況をやっと理解出来て悲しんでいると、そんな事はお構いなしにぎゅるるとお腹が叫ぶ。

良いから先に腹を満たせと言われたので、呆然としながらライナのお店に向かった。


「セレス、いらっしゃ・・・どうしたの、変な顔して」

「・・・ふぎゅっ、ライ、どうしっ、住む、なくなっ、ひぐっ・・・」


お店の扉を開けると笑顔で迎えてくれたライナは、私の様子がおかしい事に一発で気が付いた。

その事に嬉しく思いつつも、先程の事がまだ消化しきれておらずに泣きながら言葉を返す。


「ふぎゅぅ~・・・どうひようぅ~・・・」

「え、ちょ、何が有ったの!? と、とりあえず入って。ほらお茶も出してあげるから、落ち着いてから話を―――――」


そこで今までで一番盛大にお腹が鳴り、スンスンと泣きながらも空腹を感じる。

もうお腹減ったし悲しいし驚いたしこれからどうしたら良いのか解んないし、訳が解らない。


「ん゛ん゛~・・・と、とりあえず何か食べましょう。ね? お腹が減ってると余計に頭が回らないと思うし。ほら、座って、ね?」

「ぐすっ・・・あい・・・」


ライナに促されるままに座席に座り、ぐすぐすと泣いていると精霊が一体頭を撫でて来た。

それは良いんだけど他の精霊達は顔をぺちぺち叩いて痛い。慰めるつもりなら叩かないで。

キャーキャーと鳴いているけど、今日は何言ってるのか全然解らない。


「はい、出来たわよ。取り敢えず食べて、お腹膨らましてから話しましょう」

「・・・あい」

『キャー』


食事が来ると精霊達は私よりも料理に群がり、我先にと食べ始めた。

頭の上に居た子だけは私をチラチラ見つつ、おずおずといった様子で食べている。

何だかそれを見ていたら少し気分が落ち着いてきたので、私も食事に手を出した。


「おいひぃ・・・」


最初こそゆっくりだった手が、時間が経つにつれて速度が上がって行く。

それと同時にさっきまで悲しんでいたのが嘘の様に消え、幸せな気分が胸を満たしていた。


「はふぅ・・・おいしかった」


食べ終わる頃には完全に落ち着いていた。我ながら単純過ぎると少し思う。


「それは良かった。で、落ち着いた?」

「あ、う、うん。ごめんねライナ。ありがとう」

「ん、なら何が有ったのか教えてくれる? ゆっくりで良いから。一応最初の言葉を聞いた限りでは・・・んー、住む所が無くなった、って言ってた様に聞こえたけど・・・」


・・・口にした自分が言うのも何だけど、何でさっきのあれでライナは解るんだろう。

本当に凄い。やっぱり私の一番の理解者だと思う。

優しいライナの笑顔と言葉に安心しつつ宿での事を説明する。

すると彼女は段々と訝し気な顔になって行き、最後には悩む様に顔を伏せていた。


「・・・セレス、今すぐ追い出される、って訳じゃないのよね?」

「あ、う、うん。今すぐじゃなくて良い、とは言ってたよ」

「・・・そう、解ったわ。ちょっと確認したい事が有るから、確認出来たらまた話しましょう。それまでこの件は保留って事で。家探しには私も手を貸すから。良いかしら?」

「う、うん、うん! ありがとう、ライナ! 大好き!」


考えが纏まったのか笑顔で言われたので、私も笑顔でお礼を口にする。

良いかも何も、手助けしてくれる時点でありがた過ぎるのだから、否定を口にする訳が無い。

本当にライナは頼りになるし、優しいなぁ・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「じゃあね、セレス、気を付けてね」

「うん、じゃあね」

『キャー』


セレスと精霊に手を振って見送り、セレスも来た時とは違い笑顔で帰って行った。

姿が見えなくなった所で施錠をし、少し唸りつつさっきの話を思い出す。


「女将さんが・・・追い出した・・・ねえ」


話を聞いて素直に思ったのは、女将さんらしくないなという感想だった。

大体セレスが面倒をかける可能性を解っていたからこそ、大丈夫な所を私が選んで頼んだんだ。

勿論女将さんもセレスに対して少し困っている所が有る、というのは私も知っている。


「まあ、迷惑は、絶対かけると思ってたしねぇ・・・」


先ず不愛想。そして返事をしない。部屋から変な匂いがする。素材を廊下に置く等々。

上げればまだ細々と有るが、それでも苦笑して済ましてくれていた。

それは元々私が頼み込んでいて、セレスの金払いが良いからというのも有るだろう。

多少割引はされているだろうけど、迷惑料が上乗せされているのは間違いない。


なのに追い出した・・・別にあれから大きく変わった事なんて無いはずなのに。

本人が自覚せずにやらかした可能性も有るけど、それならはっきりと追い出す理由を言うはず。

セレス越しの説明でしかないけれど、女将さんが追い出す理由としてはどうにも弱い気がした。


「うーん・・・何か裏が有る気がするなぁ・・・」


明確に理由を口に出来ない何か、という物を抱えている可能性が有る気がする。

その場合女将さんを問い詰めても答えは出ないだろう。あの人そういう事には口硬いし。


「取り敢えず門番さんに確かめてみよう。ね、門番さんといつも一緒の子に伝言お願い。起きてたら今すぐ来て欲しい。寝ているなら明日いつもと同じぐらいの時間に来てって」

『キャー』


精霊に伝言を頼み、取り敢えずセレスの食べた後の後片付けをする。

暫くすると扉をダンダンと叩く音が聞こえ、向こうから『キャー』という声も聞こえた。

彼は起きていた様だ。すぐに扉を開けて中に入れてあげる。

それにしても早い到着だなと思ったら、どうやら走って来たらしい。肩で息をしている。


「はぁ、はぁ・・・んく、ど、どうした、な、何が有った・・・!?」

「あー・・・ごめんなさい、そうよね、慌てるわよね。もうちょっと慌てない様に伝言を頼むべきだったわ。そこまで急ぎのつもりが無いから、寝てるなら明日でもと言ったつもりだったの」

「はぁ・・・はぁ・・・そ、そうか・・・ちょ、ちょっと、息を、整えさせてくれ・・・」

「ええ、ゆっくり休んで。その間にお茶を入れて来るから」


取り敢えず門番さんには座って貰って、息を整えている間にお茶を用意する。

二人分のお茶を用意する頃には既に整っていた辺り、流石元兵士さんだなと思う。

先ずはセレス越しからの説明、という事を踏まえた上で彼に今回の事を話すと、彼は頭を抱えて天井を仰いだ。


「それ、事情を知ってる、って反応って事で良いのよね?」

「・・・俺も予測でしかないけど、それで良いなら」

「良いわ。教えて」

「はぁ・・・簡単に言うと意趣返しだよ。多分だけどな」

「意趣返し? どういう事?」


良く解らず詳しく話を聞くと、領主側で『セレスに街中から少し離れて貰おう』という話が出ていたそうだ。


「また何でそんな話が今更」

「今更って訳じゃない。前々から一応話は出ていた事だよ。実行してなかっただけでな」

「ふーん・・・」


彼が言うにはその理由は大きく二つ。一つはセレスに直接干渉しようという者達が居る事。

つまりセレスの道具や能力に目を付け、面倒な人間達が押し入る可能性を考えての事だ。

その際に関係無い一般人が被害に遭う可能性が有る事を恐れていると。


そして二つ目。むしろこっちの方が比重が大きいとは思う。

現状セレスに懐いている精霊達は、一応素直に大人しくしてはいる。

だがもしそんな荒事になった際、本当に大人しくしているのかという危惧が有る為だ。


実際に街中であの子達の見た目で舐めて手を出し、酷い目に遭った人間は居る。

この街が人の入れ替わりの余り無い街ならばともかく、今も人が増加し続けている街で同じ事が起こらない、なんて事を期待するのは無理な話だろう。

そもそも山で暴れた所を見ていたのは、街の住人と偶々来ていた商人ぐらいなんだから。


「つまり街中であの大きいのが暴れる事を危険視した結果、セレスを街から離れた所に置きたいという話になった。だから女将さんがセレスを追い出す様に領主が指示したって事?」

「そういう事だろう。主がやれと言えば、精霊達はやるだろうからな」

「貴方、それ賛成したの?」

「街中から離れて貰う事自体はな。だがこんな風にあいつの機嫌損ねるやり方は賛成してねえ・・・そんな事して、後で機嫌取るの誰だと思ってんだ・・・!」


あ、珍しく怒ってる。この人項垂れたり悲しんだりはあっても、あんまり怒らないのに。

しかしそうか、成程ねぇ、そういう事か。でもまだ一つ良く解らない部分が有る。


「でもそれが何で意趣返しになるの?」

「・・・討伐依頼の事だよ。領地外に好き勝手に動いて回って、領主は最初頭に来ていた。だけどその理由に気が付いて好きにさせてるけど・・・おそらくその時の仕返しだ。追い出される理由は解っているよな? ちゃんと上手く自分でやってくれよ、という事だろう」

「はあ? 何それ、子供なの?」

「俺に凄まれても困る。むしろ俺も腹立ってんだから。一番被害被るの俺だぞ、これ」

「・・・そうね、ごめんなさい」


彼にとってセレスは常に機嫌を取らなきゃいけない対象だ。誰よりも気分が悪い事だろう。

実際は傍に居るだけでご機嫌取れてるんだけどね、貴方。いつになったら自覚するのかしら。

何だかこれはこれで上手く回ってるから、もう説明するの諦めてるけど。


「じゃ、協力するわよ、ご機嫌取り」

「ほ、本当か!? 良いのか!?」

「流石に気の毒だもの。後女将さんが絶対気にしてるだろうから、一緒に説明に来てくれる? 事情は知ってるって、ちゃんと伝えておきたいし、セレスも大丈夫だって言っとかないと」

「あ、ああ解った。よろしく頼む。はぁ~~~、助かったぁ~~~~」


私の言葉に本気で喜び、安心した様子でテーブルに体を預ける門番さん。

本当にセレスの事怖いんだなぁ・・・多分貴方なら全然問題無いと思うんだけど。

まあ私もあの子が何かをやらかす、という点では怖いから同じなのかしら。


「取り敢えず人の多い所から離れた場所じゃないと駄目、よね?」

「・・・おそらくだが、街の宿という宿に話が通ってる可能性が有る。錬金術師を入れるなと」

「徹底してるわねぇ・・・本当にこの子達けしかけてやろうかしら」

「止めて下さい。それは本当に止めて下さい。洒落にならない」

「ごめんなさい、そんなに焦らないで。冗談よ」

「怖いからそういう冗談は止めてくれ・・・一応良さそうな所は見繕って有るんだ。現地に行って見せて判断して貰おうか、とは思ってる」

「・・・あー、貴方が対処の為に動いている最中、領主が動いたと。酷い話ね」


まったく、セレスと精霊達と門番さんのお陰で潤ってるくせに、小さい男ね。

あの人解ってるのかしらね。私はセレスや門番さんと違って遠慮する気が無いって事を。

まあ今回は取り敢えずセレスの住居探しが優先かしらね。



・・・・・・覚えてなさいよ。私の親友泣かして、ただでは済ませないから。

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