第41話、利用されている錬金術師。
蛇の魔獣を倒した後、依頼の話などは全部門番さん頼みで終わった。
ついでに素材を持ち帰る道具も借りれないかと頼んだら、快く貸し出してくれた。
・・・私からお願いした訳じゃなくて、絨毯に乗せて帰ろうとしていた私を見た門番さんが頼んでくれた、というのが正しいのだけど。
私からそんな提案が出来る訳が無い。せめてロープは持って来れば良かった。
まさか探す必要無く魔獣が見つかると思ってなかったからなぁ。
普段なら捜索途中で使えそうなもの見つけるから、それで何とかなるんだけど。
「では、お気をつけて」
帰ろうとしていたら村の人達全員で見送りに来たので、門番さんの背中に隠れて頷く。
解体の時は良い物を手に入れられたので少し気分が高揚していたけど、終わると村の人の視線が刺さって怖くなってしまった。
出来れば早く帰りたかったけど色々手続きが有るとかで、門番さんの背中にずっと隠れている。
「あはは・・・まあ、気にしないで、気難しい人だから・・・」
「え、ええ・・・先に説明をされていましたので・・・その、こちらこそ失礼をしたと思われてさえいなければ・・・」
別に失礼な事はされてない。私が人の視線を怖がっているだけなんだから。
それに門番さんから説明を聞いて、全員門番さん側にしか人が居ない。
この時点で気を使ってくれてるんだろうなと思うんだけど、やっぱり沢山の人の視線は怖い。
「・・・帰る」
息が詰まる様な感覚を覚えながら門番さんに声をかける。
耳に囁きかける様に言ったせいか、門番さんはびくりと体が跳ねていた。
くすぐったかったかな。ごめんなさい。
「あ、ああ、すまん。もう行って大丈夫だ」
『キャー』
門番さんの許可に精霊が応え、私も頷いて絨毯を飛ばす。
蛇の素材類はロープで縛って絨毯に吊るしていて、少し飛び難さを感じる。
とはいえこの絨毯の大きさではどうあがいても載せられないので我慢するしかない。
その内別の飛行手段を模索しようかな。あの鉱石も今なら精霊が持って来てくれるし。
「あー・・・報告に行きたいから領主館に行って貰って良いか?」
途中で門番さんが申し訳ないという感じで聞いて来たので、当然だけど快く頷く。
いつもお世話になってるんだから、それぐらい何でも無い。
ただもう出かけたのだし、どうせなら討伐依頼を出来る限りやって帰ろうと思う。
外に出る回数は出来る限り減らしたい。そう伝えると、蛇の素材は置いて行こうと言われた。
確かにこれをもって何度も移動は面倒くさい。なので素直に一旦街に戻る。
「あの中に降ろしてくれ。それなら人目は避けられるから」
街まで戻ると領主館まで飛び、中庭らしき所に降りる。
途中で少し人目に付いたけど、降りると確かに余り視線は感じない。
少しすると使用人さんが私達を空き部屋に案内し、お茶を置いてどこかに去って行った。
「じゃあちょっと報告に・・・ああそうだ、討伐の依頼書全部持ってるんだよな? 出来れば貸してくれないか。許可要りそうなのは全部取って来るから。その方がアンタも楽だと思うし」
その辺りは良く解らないので全部門番さんに渡して任せた。
彼が帰って来るまでは精霊と一緒に焼き菓子を食べつつ待つ。
門番さんは結構早く戻って来たけど、その表情はどこか疲れている様だった。
少し心配になって大丈夫かと聞いたら、本人が何でもないと言うので信じる事にする。
その後は宣言通り魔獣退治に向かい、その間に蛇のお肉はライナの店に、他の素材は宿に送って貰える事になった。
なので近い所から片っ端に魔獣を退治して行き、使えそうな素材だけ確保を繰り返す。
・・・一回だけ大失敗して門番さんを危ない目に合わせたので、次は無い様に気を付けよう。
謝った際に失敗した自分が泣いてしまった。許してくれたけどあれは本当に申し訳ない。
日が暮れる頃には討伐依頼は全て終え、そこそこの素材も手に入れて宿に戻った。
・・・蛇の素材が部屋の前に置かれている。
荷物を置いたら後で中に入れよう。通路の半分以上塞いでて邪魔過ぎる。
『『『『『キャー』』』』』
宿に帰ると精霊が色々な鉱石や植物を床に積み上げていた。
手に取って確認すると、大半が今回の依頼に必要な物だ。
どうやら討伐している間に素材集めをしてくれていたらしい。
『『『『『キャー』』』』』
「ああ、凄い凄い。お前らが一番ご主人を助けてるよ」
精霊達が胸を張って門番さんに鳴くと、門番さんはやれやれといった様子で応えていた。
多分彼の言葉通り『私達の方が役に立っている』とでも言ったんだろう。
だけどそれは違う。それは絶対に間違っている。
確かに精霊達のおかげで私は助かっていると思う。
前より楽が出来る様になったし、引き籠る為の環境も整っている。
だけどそれでも、精霊達の出来る事は、私にも出来る事が殆どだ。
勿論結界石の事はありがたいけど、それでも私にとっては重要な部分じゃない。
私にとっては精霊よりも、門番さんの存在の方がよっぽど助かっている。
彼のお陰で普通に仕事が出来ているだけで、彼が居なければこんなに楽に仕事は出来ていない。
少なくとも最近人と関わる事が増えた分を、全部彼にやって貰っているのだから。
私は相変わらず、対人能力は壊滅的なままだ。
「門番さんの方が必要。助かってる・・・本当に動きやすいから。ありがとう」
そこの間違いは正しておきたいと、ちゃんとしっかりと口にしておいた。
小声で聞こえないなんて事が無い様に、気合いを入れてはっきりと。
・・・後でちょっと恥ずかしくなったけど、こういうのはきっと大事だと思う。うん。
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村人に対応していたら耳元で低い声が響く。
蛇を解体していた時の様子はどこへやら、不機嫌そうなのですぐに飛び上がって貰った。
そして街に戻れたと思ったら、魔獣討伐を全部終わらしたいと言われた。
まあ最近は慣れたくないけど慣れた事なので、別の領地の依頼書が他に無いのか確認し、報告してくるから少し待っててくれと頼む。
領主は俺が来たと聞くとすぐに会ってくれて、依頼書の確認もすぐ対応してくれた。
多分俺よりもあの女の事を優先して、だとは思うけど。
「これはまた中々遠くまで行ったな・・・最初こそどうなる物かと思ったが、本当に良い働きをしてくれる。今まで私を馬鹿にしてくれていた連中が悔しがる顔が目に浮かぶよ」
依頼書を見た領主は愉快そうに笑みを見せ、要点を書き写してゆく。
以前なら領主の言葉の意味が解らずに訊ねていたが、少し前に説明されているので今は解る。
あの女、いや『噂の錬金術師』の領外の行動は、領主の許可の下で処理されている事柄だ。
何せ勝手に領地を越えているのだから、それなりの対応をしないと面倒な事になる。
「くそ、早速やってくれる!」
と、最初こそ領主は怒り狂っていたが、すぐに利益へ繋げる手段に気が付いたらしい。
これは無許可で領地を越える事への応急処置ではあるが、そこには別の意味も含まれて来ると。
そして気が付いてからは損害が出る事を前提で、あの女のやりたい様にやらせている。
「はっ、本当にやってくれる・・・あの男の言っていた通り、あの女は自分の立場を作り上げる術に長けている。良いぞ、乗ってやろう。凡才が良い様に使われてやろうじゃないか・・・!」
という感じで、領主は女の行動に乗っかった。
要は彼女の行動は領主の許可の下であり、そこから発生する損害を支払うのは領主となる。
その代わり領主は『領民を小さな村ですら守る事が出来る』と見せつける事が出来る訳だ。
他領なら利益と損害を考えて見捨てられる村を、自領なら救ってやれると魅せつけられる。
更にそれは彼女一人の活躍が理由にはならず、兵士達の装備の充実も理由に有る。
彼女が良く使う爆弾。最近ではあれが兵士達に一定量供給されている。
ただの獣相手には使わないが、魔獣には結界石で防御して爆弾での攻撃が最近の通常対応だ。
簡単で単純な方法だが、それだけに人を選ばず度胸さえ有れば実行出来る。
余程の魔獣さえ現れなければ、殆どの魔獣に一般の兵士が対処出来るのが今のこの街だ。
その事が領外でも噂になりつつあり、疑う者達も錬金術師の戦力を見て信じざるを得ない。
ただそれだけに、女の作る爆弾は一般の市場には販売されてはいない。
結界石も似た様な物で、領主が保有数と販売数を調整している。
一般兵でその安定した戦力と、領主お抱えの錬金術師という特化戦力。
それらを売りにした他の領地からの人員引き抜き。
つまりは今も増加する人口を、まだまだ増やしていくつもりという事だ。
何せ働き手がまだ足りていない。正確に言えば食料を作る人間が足りていない。
最初に人が集まった理由が鉱山だったが故に致し方ないんだろう。
勿論鉱山が順調に広がれば金は賄えるだろうが、食料を全て他の領地に依存するのは危険だ。
実際に効果が有る様で人は増えているが、本当に安定するのは年単位で先の話になると思う。
ただ他の領地から疎まれないかと思ったり、彼女を取られる事は考えないのかとは思った。
その事を素直に聞いてみたら、領主も当然考えていたらしい。
「民衆と我々は扱う情報と判断材料が違う。民衆には優秀な部分の情報が大きくなるだろうが、我々にとっては扱い難い人間だという情報も入って来る。利益と手間と危険性を考えれば、手を出すのは躊躇するだろう。私もあの女の我が儘に付き合っていると思われている。今の所はな」
明らかに悪人の笑みを見せながら、領主は俺にそう言った。
当初こそ確かに扱い難い女だったかもしれないが、今はそうでもないだろう。
少なくとも女と領主の利害関係が一致している間は、特に暴れる事も無く大人しい。
「ま、それでも欲しいという人間は現れる。だからこそこうやって私の物だと見せつけている。後々になってあの女の価値を理解しても遅いさ。くっくっく。知っているか? 私は今、女の色香に負けて無理な領地開拓をしている馬鹿領主扱いだ。本当に愉快だと思わないか?」
何て言うか、あの笑顔というか、裏の考えを解った上であの女も付き合ってるんだろうな。
そしてその言葉通り、錬金術師の価値に気が付いてからではもう遅い。
あの女の性格上別の土地に移る気は無いと思うし、そう思わせない為にも俺が居る。
とはいえ、あいつには良い噂ばかりじゃないから、良い事ばっかりじゃないんだけど。
人によっては『血も涙もないただ殺戮をする機能』みたいに思われてるし。
俺も正直時々そう感じてしまう時が有る。
解る奴には解るんだよ。あいつは常に戦闘態勢で動いているって事が。
たとえ相手が一般人であっても、あいつは常に戦闘を仕掛けられる様に準備している。
それで何も騒動にならない、なんて事が有りえる訳が無い。
この領主と女の板挟みに腹が痛くなる思いの毎日だ。
・・・そういえば精霊が何か言ったらしくて、あいつに腹の薬貰ったんだよな。
目茶苦茶効くのは良いんだけど、効き過ぎて逆に怖い。
「この調子で頼むぞ。君には期待している。本当に、な」
「・・・はっ」
書き写し終わった依頼書を返され、領主の楽し気な笑みに溜息を隠しながら部屋を後にする。
精霊がポケットから頭を出して不満そうに鳴くが、不満を言われても自分は力の無い一般人だ。
偶々あの女の補佐的な位置に居るだけで、自分自身には何の力も無い。
だからやる事をやって、自分の食い扶持稼ぐだけ。それ以外に出来る事なんか、何も、無い。
ま、こいつなりに励ましてくれてるんだとは思うが。俺はその程度だ。
俺には価値なんざ無い。彼女達と精霊に価値が有り、ただそれに付随しているだけ。
そう自分の位置を再確認して女の下へ戻り、女の宣言通り魔獣退治に付き添う。
・・・そして鳥系の魔獣相手だけは、先に地面に降ろして貰う事を約束する事になった。
絨毯から振り落とされて本気で死ぬかと思った。
精霊と結界石が無かったら多分落下死してたんじゃないだろうか。パニックだったし。
一応女も助けに来てはくれたが、間に合わないと踏んで精霊に結界石の発動を指示していた。
地面に激突したのにしてないあの良く解らない感覚は二度と味わいたくない。
流石に女も謝って来たが、歯ぎしりの音が聞こえていたので謝りたくは無かったんだろう。
だが失敗を認めて謝ってくれる程度の関係は有る、という確認は出来て良かったかもしれない。
でも二度と落ちたくない。本当に怖かった。
宿に帰ると精霊達が他の依頼の材料を集めていたらしく、嬉しそうに主人に見せている。
役に立つでしょーと言われたので素直に褒めると、女がこちらを振り向いた。
「門番さんの方が必要。助かってる・・・本当に動きやすいから。ありがとう」
いやに優しい声で言われて逆に怖いと思っていたら、途中で低い声に切り替わった。
動きやすい、っていうのが本心なんだろうなぁ。口の端が思いっきり上がっているし。
ほんと俺、自分でも良い様に使われてると思うよ。
彼女にとって利用価値が有る間が、きっと俺の身の安全が保障される期間なんだろう。
それに俺、何時になったら名前呼ばれんのかな。俺は怖くて呼べないけど。
後ポケットに居る精霊が何故か満足そうに鳴いていた。判断基準が良く解らん。
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