第34話、領主とお話する錬金術師。

門番さんが悩んでいるのは私でも解ったので、縋る様にどうするのかと訊ねた。

困らせているのかな、嫌がられるかなと思ったけど、どうしても怖いものは怖い。

すると門番さん唸りながら天を仰いだ後、少ししてはぁっと大きな溜息を吐いた。

だめ、かな・・・?


「解った・・・付いて行けば、隣に居れば良いんだな・・・」


仕方ないという感じで語られた門番さんの言葉に、思わず口元がニヤつくのを自覚する。

ほっとした事もあってどうしても頬が緩み、中々元に戻らない。

今日は珍しく嬉しくて言葉が出ず、だけどすぐに頷いて部屋を出た。


部屋を出ると門番さんが前を歩いてくれたので、何時も通りその背中に付いて行く。

誘導されるまま宿の外に出ると、宿の前には豪華な馬車が泊っていた。

良く有る雑な物じゃなく、扉付きで中が見えない車だ。


ただそれだけなら良かったのだけど、周囲にとても人が多い。

門番さん以外の兵士さんが数人馬車を囲み、馬車の扉を綺麗な服のお姉さんが開いていた。

更にはその様子を遠巻きに観察してる人達も沢山居て、出て行くには中々勇気が要る。


「ど、どうした、いきなり止まって」


後ろを付いて来ない事に気が付いた門番さんは、馬車の前で私に振り向いた。

彼の心配そうな顔を見て、さっきしたばかりの約束を思い出す。

そうだ、不安だから付いて来てとお願いして、ちゃんと付いて来てくれるんだ。

助けてくれるんだから、だから私も、少しは頑張らないと。


「・・・乗れば、良いの?」

「あ、ああ、そうだ。これで送迎をする予定だ。乗ってくれ」


周りの目が多過ぎてさっきの嬉しい気分は飛んで行ってしまっているが、それでも門番さんの存在が少し私の心を落ち着かせてくれている。

おかげで人が近くに多いにもかかわらず、少し上ずったけどちゃんと普通に質問出来た。


なので門番さんに答えられた通り、そのまま馬車に向かって歩き出す。

ただ車に近づくと門番さんが何故か離れようとしたので、思わずその背中を掴んでしまった。


「・・・どこ、行くの?」

「え、いや、俺は兵士だから、周囲で護衛を・・・」

「・・・一緒に、乗って」

「え、あ、その・・・わ、解った」


一人で車の中で不安になるのは嫌なので、門番さんには一緒に乗って貰った。

多分お仕事の邪魔した事になるんだろうなぁ。ごめんなさい。でも怖いの。


門番さんの袖をぎゅっと掴みながらそんな事を考え、暫くの間馬車に揺られる。

多分徒歩の護衛に合わせた速度だからだと思うけど、かなりのんびりとした動きだ。

これは一人で乗ってたら、移動中に不安で押し潰されたかもしれない。

やっぱり門番さんが居てくれて良かった。凄く助かった。


いつもいつもお世話になって申し訳ないし、とっても感謝しなきゃいけないなぁ。

また今度何かお礼しないと。今度は何を作ろう。


門番さんは魔法の類は苦手みたいだから、魔力を自力で使わなくて良い道具が良いよね。

あ、そうだ、兵士さんなんだから傷薬が実用性有るかな。

良し、今度はめいっぱい良い材料使った傷薬作ろっと。塗ったら即座に治るぐらいのやつ。


「な、なあ、ついたぞ?」


門番さんの声で思考に耽っていた事にはっと気が付き、既に扉が開いている事にも気が付く。

ぼーっとしていた事が少し恥ずかしくて、門番さんの言葉に頷いた後は俯いたまま車を降りる。

降りると多分領主のお屋敷の使用人らしき女性が立っていて、私を見て一礼をした。


「いらっしゃいませ。歓迎致します、錬金術師さ・・・あの・・・」


知らない人にいきなり話しかけられたので、思わず門番さんを前に出して背中に隠れてしまう。

使用人さんの言葉が途中で止まったのは解っているけど、驚いたせいで上手く声が出ない。


「あー、ごめん、気にしないで。彼女、その、そういう面倒臭いの嫌いみたいなんで、早めに領主様に案内して貰えると、嬉しいかなって・・・お願いします・・・」

「わ、解りました。すぐにご案内します。どうぞこちらへ」


袖をいきなり引いてしまったにも拘らず、門番さんが私の代わりに弁明をしてくれた。

それも私が動き易い様に、早めに要件を済ませてくれる様にと。

門番さんに感謝しながら袖を強く掴み、そのまま歩き出した彼の背中に付いて行く。


「どうぞ、こちらでお待ち下さい」


そしてとある一室に通され、人の気配が近くからしなくなった。

扉の向こうには居るようだけど、流石にそこが気になる様な事は無い。

近くに居なければ、見られていなければ平気だ。

取り敢えずソファが有るので、座って待ってたら良いのかな・・・。


「じゃあ、俺は座席の後ろにでも立ってるから」

「・・・ここじゃ、駄目なの?」


ただ何故か門番さんは私の後ろに立とうとするので、隣に手を置いて訊ねる。

すると門番さんはまた天を仰ぐ様子を暫く見せてから、深いため息交じりに隣に座った。

え、何で、駄目なの。私の隣に座るの嫌なの?


「・・・隣に座るの、嫌?」


もし嫌なら悲しいけど、申し訳ないと思い涙を堪えつつ訊ねた。

すると門番さんは慌てた様子で首を横に振る。


「い、いや、ち、違う。気にしないでくれ。悪い」

「・・・そっか」


良かった。別に嫌な訳じゃないんだ。

門番さんの言葉にホッとしていると、彼もホッとした様に息を吐いた。

変な勘違いで泣きそうになっている事で心配をかけたのかもしれない。

その事を謝ろうと思った所で、部屋にノックの音が響く。


「失礼す―――――ふむ」

「ははっ、これは中々。らしい、といった所か」


入って来たのは見知らぬ男性と酒場のマスターだった。

男性は少し訝し気な表情を向けているけど、マスターは何か楽しそうに笑っている。

その背後にお茶とお菓子を持った使用人さんも居るみたい。


「ならば我々は下座に座るべきだろうな。この場では確かに彼女が上だ。どうかな領主様。それぐらいは認められねば度量を疑われると思うぞ?」

「相変わらず嫌味な男だ。こういう時ぐらい私の味方をしよう、という気は起きないのか」

「残念ながら私は私にとって利益を出してくれて、更に強者であればそちらに付きますので。貴方側に付いて勝ち目が有る、とは到底思えませんが?」

「碌な死に方をせんぞ、貴様」


男性は不機嫌そうにテーブルを挟んで私達の対面に座り、マスターも楽し気に笑いながら座る。

マスターは座席に着くと視線を門番さんに向け、クッと笑いながら口を開いた。


「で、お前さんがここに居る理由は、彼女に言われたから、って事で良いのか?」

「え、あ、ああ、隣に居ろって言われて・・・マスターは、何でここに」

「前々から関わっている事は知ってるだろ。緩衝材として呼ばれたという訳だ。彼女は・・・多少癖の有る人物だからな。領主様とも知らない仲ではないというのも理由だが」

「貴様に領主『様』などと呼ばれると寒気がする。止めろ」


領主と呼ばれた男性はマスターに対しとても不機嫌そうだ。

仲が悪いんだろうか。私にとってマスターは助けて貰ってる相手だし、嫌だなぁ・・・。

私が話し易い様にマスターを呼んだみたいだけど、その態度は好きになれない。

三人が話している間に、使用人さんがテーブルにお茶とお菓子を置いて行く。


「まあ、良い。錬金術師殿はまどろっこしい話は嫌いだと聞いている。なので早速私も本題に入らせて『キャー』頂こうと思ってい・・・きゃー?」


今のは精霊の声だ。そういえば君ずっと頭に乗ってたんだったね。

全く動く気配が無かったから完全に存在を忘れてた。

精霊はもう一度『キャー』と鳴くと、ピョンとフードから出てきてテーブルに降りた。


そして誰も手を付けていないお菓子に手を出してモグモグと食べ始める。

・・・朝にライナのお弁当を食べたのに、まだ食べ足りないの?


「・・・それは、何かね、錬金術師殿」


何と言われても、精霊としか答えようがない。それ以外の答えは無いのだけど・・・。


「その、これが報告した精霊です。この通り彼女に懐いていますし、例の娘にも懐いています。なのでとりあえずは安全・・・かと・・・」

「後半が少し不安そうに聞こえるが?」

「いや、それは、そう言われても・・・」


門番さんが少し不安そうに言うのは当然だと思う。

精霊は話がいくら出来たとしても、根本的に人間とは存在が違う物だ。


人間の常識が通じない思考回路を持っている以上、絶対な安全は無いと思う。

彼らには法律なんて関係無い。倫理なんて何の意味も無い。獣と然程変わらない。

だからこそ私は人間と違って精霊なら気楽に相手が出来る。

とはいえ多分、この子は一体だけなら安全だと思うけど。食事を与えれば多分安全だ。


『キャー』

「え、何、何が違うんだ?」

『キャー』

「あ、ああ、そ、そう・・・」


ただ門番さんの言葉に何が不満だったのか、精霊は門番さんに向けて鳴き出した。

その言葉は伝えたい相手にしか解っておらず、私達には何を言ったのか解らない。

一回目は不満そうで、二回目は楽しそうに言った、ぐらいだろうか。


「今、何と言ったんだ」

「あー、その、君も仲良し、と、そんな感じです、はい」

「・・・成程、な」


領主が精霊の言葉の意味を訊ねると、門番さんは少し困った様に返していた。

ただそれに何を思ったのか解らないけど、領主は頷きながら目を人の居ない方向に向ける。

この領主、多分苦手な人だ。何を考えているのか全く解らないタイプだ。

・・・人の上に立てる系統の人は、大体物事の裏を読めって言うから苦手。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


まさか精霊自身を連れて来るとはな。やるな、としか言い様がない。

最近感じていたがこの女、自身に有利な状況へ向けさせるのが上手い。

今思えば最初に全ての依頼を受けたのも、ただ出来るからという理由では無いのだろう。

事実この女は俺からの信用を簡単に手に入れ、一瞬で今の地盤を手に入れたんだからな。


今回の化け物の事件はまだ記憶に新しい出来事だ。

その原因が目の前に居て、そして原因の化け物が懐いている。

この時点で何かしらの交渉をするカードとしてはかなりの強みだ。


何せ下手をすれば「お前の領地に化け物をけしかけようか」と言われかねない。

それぞれの思惑がどうあれ、そういう風に悪い方向を想定するのが立場有る人間だ。


勿論それだけならただの脅しでしかない。

出来るかどうかは別として、下手すりゃ暗殺されかねないだろう。

だがそこに、領主側の人間にも言う事を聞くのが居る、となれば話は別だ。

それは領主側でも多少のコントロールは可能だ、という事を見せているんだからな。


「くくっ」


余りの手口に思わず笑いが口から洩れる。

この女、こういう事になるのを全部見越して兵士を一人引き込んだんだろう。

兵士の兄ちゃんにとっては気の毒だろうが、考え様によっては美味しい立ち位置だ。


とはいえ本人にはそんな余裕は無いだろうな。

今もここに居るだけでいっぱいいっぱいだろう。

何せ女の手によって強制的に『領主より上』の位置に座らされてるんだ。

一兵士にとっては生きた心地がしないだろうよ。


「・・・この精霊は、君達の言う事なら、何でも素直に聞くのかね?」


言葉を選ぶ様に思考しながら、今度は女に訊ねる領主。

まあ、先ずはそんな所だろうな。むしろそうとしか聞けないだろう。


「・・・さあ?」

「さあ? 今懐いていると言ったのだろう? だから安全と、そういう話ではないのか? でなければ領民は不安にかられて生活する事になる。折角街に増えた人口も――――」


女は短く領主に答えると、領主は焦った様に質問を畳みかける。

その様子を何と思ったのか、女は少し俯き気味になりながら口を堅く結んでいた。

これは不味いな。今にでも飛び掛かれる体勢になっている。流石に止めるか。


「落ち着け。彼女にはそんな事は関係無いし、どうでも良い事だ。忘れたのか、彼女はその化け物を下せるんだぞ。興味なんて有るはずがない。彼女に話を通したいなら、まず彼女に興味を持って貰う条件を提示してからだ。でなきゃお前が今ここであれを見る事になるぞ」

「―――――――わ、解った。すまん・・・冷静じゃなかった・・・助かる」


化け物を、精霊とやらを吹き飛ばしたあの光。

本人もその事をしっかりと思い出したんだろう。

目の前のフードの女は、女の形をした化け物だと。


全く世話が焼ける。もう少しは冷静に頑張って欲しい物だ。

とはいえここで暴れられたら巻き添えを食うので、止めるしか俺にも選択肢は無かったが。

意図的に余裕をかましている様に見せているだけで、俺自身も割と余裕は無い。

正直どちらも素直に止まってくれてホッとしているぐらいだ。


「ただ、確認はさせて欲しい。あれは本当にこの精霊で、あの光は錬金術師殿がやったのか?」


領主は一度深呼吸をすると、静かな声で訊ねた。

すると女は小さくコクリと頷き、精霊が『キャー』と鳴いた。


「――――――そ、うか」


領主の目が女ではなく精霊に向いている。

何を言われたのか解らないが、言葉に詰まる様な何かを言われたんだろう。

伝えたい相手にしか伝わらない、だったか。周りが解らないのが不便だな。


「・・・錬金術師殿。貴方は最近鉱石を求めていると聞く。精霊から街の安全の確約をして頂けるなら、今進めている鉱山の計画で採れる鉱物で欲しい物は・・・全て無料で提供しよう」


中々大きく出たな。もし向こうさんが無茶な量を言ってきたらどうするつもりだ、それ。

だが女は領主の言葉に頷きも断りもせず、ただじっと俯いている。

こういう何考えてんのか解らない所が一番怖いんだよな、この女。


「・・・用件はそれだけ?」


これは失敗したな領主殿よ。声音が完全に不機嫌なそれだ。

低く唸る様な声音で領主を睨む姿は、誰がどう見たって交渉決裂だろう。

フードの奥からチラッと見える眼光の鋭さに、領主が気が付いてるのかいないのか・・・。


「――――何を提示すれば、良い。どうすればやってくれる」


怖いもの知らずだな、お前。この様子で良く前に突っ込めるな。

単に女の危険に気が付いていないのか、ただただ焦っているのか。

後者の可能性は高い気もするが、どうかな。


「・・・平穏に暮らせれば、それで良い」


本当に交渉上手いなこの女。何つー曖昧な条件を突きつけやがる。

言われた言葉の意味の広さに領主も渋い顔しているが、お前はお前でもう少し隠せ。


「―――――解った。だが、こちらにも頼みたい事が有る、それは流石に呑んでくれ」


それでも我が領の領主様は諦めず、女に条件をつけ足そうとする。

一応その条件は通る事になるが、内心ひやひやしながら聞いていた。

少なくとも一度割って止めなかったら、確実に面倒な事になってただろうな・・・。

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