第33話、領主に呼び出された錬金術師。
「ふあぁ~・・・むにゅ・・・」
窓から差し込む光をぼんやり眺めながら、欠伸をして伸びをする。
もそもそとベッドから起き上がるとテーブルに移動し、何時も通りお弁当に手を伸ばした。
これのおかげで毎日ちゃんと朝起きてる気がする。食べた後二度寝してる事も多いけど。
「今日も今日とて、美味しいお弁当~♪」
少し歌を歌う調子で独り言をつぶやきながら、何時もの調子でご機嫌にお弁当を開けた。
「・・・え」
だけどのその中身を見て、思わず疑問の声を上げながら固まってしまう。
だってお弁当の中には食べ物が何も入っていなかったのだから。
その代わり中にはすいよすいよと気持ち良さそうに寝ている精霊が一体。
「・・・た、食べられたぁ」
毎朝の楽しみを奪われ、その場にガクリと崩れ落ちる。
私の、一番の楽しみが、奪われてしまった・・・。
「ライナの料理が、ここで生きて行く、一番の幸せなのに・・・!」
ああ、お腹がぎゅるると鳴って煩い。もう食べる気満々だったから余計に辛い。
くそう、気持ち良さそうに寝てるなぁ。美味しかったんだろうなぁ。
「うう~・・・どうしてくれようぅ・・・」
食べ物の恨みは恐ろしいんだよ。と思いながら精霊を見つめる。
すると精霊はふわ~と欠伸をして起き上がり、私を見ると『キャー』と鳴いた。
起きた挨拶のつもりなのかな。それよりもお弁当返して。
「私のお弁当、何で食べちゃったの・・・」
ジトリと睨みながら訊ねると、精霊は少し首を傾げた後に足元を見た。
そして顔を上げると笑顔で『キャー』と鳴き、それは美味しかったよと言った様に聞こえる。
美味しいのは当たり前じゃない。ライナの料理なんだから。そうじゃないでしょ。
「・・・言葉が通じないのに通じてるの、やっぱり変な感じ」
今美味しかったと感じたのは、私の勝手な想像じゃない。
本当にこの精霊が『美味しかった』と言ったからそう聞こえたんだ。
これは昨日精霊がライナや門番さんに対し喋った事で解った事。
どうやらこの精霊、伝えたい事が有る場合は何を言っているのかが解るらしい。
ただどれも全部『キャー』なので、伝えたい気持ちが有る時以外は解らないけど。
だから最初に鳴いた分は予想でしかなく、次に鳴いた分はしっかりと意味が解っている。
「その美味しいのは私の朝食だったの。食べないでよぉ・・・」
精霊は私の言葉に少し首を傾げた後にコクコクと頷くと、ニコーッと良い笑顔を見せる。
そしてピョンと飛んで私の頭に乗ると、また『キャー』と鳴いた。
今度は何を言ってるのか解らない。あ、こら、髪をかき分けないで。
「・・・自由だな、この子」
あの時私に怯えて逃げた精霊が多い中、態々私を追いかけて来た個体だ。
物好きなのか、怖いもの知らずなのか、それとも恐怖よりも興味が勝ってしまうのか。
どちらにせよあの集団の中では特殊個体になるのだろう。
暫く頭の上でもぞもぞしていた精霊だが、気が付くと静かになっていた。
・・・寝息が聞こえる様な気がする。
「私の頭の上で寝ないでよ・・・ああもう、お腹空いたぁ・・・」
恨めしい気持ちは有ったけど、何だか自由過ぎる振る舞いに毒気を抜かれてしまった。
見た目の可愛さのせいで気が緩むのも原因かもしれない。
ちょっと狡いと思う。昨日はライナにも可愛がられてたし。
「お腹は減ったけど・・・仕方ない、寝よう。もう今日は何もしない・・・」
そのままもぞもぞとベッドに転がり、二度寝を決意する。
だって朝からやる気が無くなったんだもん。仕方ない。
もう今日は私は閉店します。開店もしてないけど。
明日からはライナに精霊の分のお弁当も用意して貰おう。
今から食堂に向かうという選択肢は無い。だって人多いもん。
「そういえばこの精霊、当たり前の様に部屋まで付いて来てたけど、今後どうしよう・・・まあ良いか。その辺りもまた明日で良いや。今日はもう一日寝ていよう」
布団を被り、そのまま夢の世界にでも旅立とうと目を瞑る。
すると意識が落ちそうだなと感じた所で、扉がどんどんと叩かれる音が耳に入って来た。
「うにゅ・・・だれぇ・・・せっかく今気持ち良く寝ようとしてたのに・・・」
意識が少し浮上してしまったけど、それを無視してまた無理矢理寝ようと試みる。
するとドアの向こうから聞き覚えのある声で「居ないのか?」と聞こえた。
今のは門番さんの声な気がする。門番さんが来たのかぁ・・・え?
「あ、あう、は、早く開けなうきゃ!?」
慌てて起きて扉に向かおうとして、滑ってお尻から落ちてしまった。
精霊も驚いたのか何か鳴いているけど、今の私はそれどころじゃない。
「あうう、痛い・・・」
よろよろと起き上がりながら扉に向かい、扉に手をかけた所で動きを止める。
寝巻のままだった。こんな格好じゃ恥ずかしくて出られない。
「あ、ふ、服、着替え、あ、待たせちゃう、ああう、が、外套羽織って誤魔化そう」
取り敢えず外套を羽織り、フードを被る。
それから扉を開けると、やっぱり門番さんが扉の前に立っていた。
・・・待たせてしまった事は怒ってないかな?
「な、何かさっき、凄い音がしたが・・・じゃ、邪魔をしたか?」
チラチラと顔色を窺っていると、門番さんは何時もの様子で優しく気遣ってくれた。
良かった。怒ってないみたいだ。その事に安心しながら首を横に振る。
お尻はちょっと痛いけど、流石に男の人の目の前で擦るのは恥ずかしい。
「そ、そうか、なら良かった。今日はその・・・領主から呼び出しがかかっている。出来れば素直に同行して貰いたいんだが・・・」
領主からの呼び出し・・・え、何で。私何か悪い事したの?
ど、どうしよう。態々領主が呼び出す程の事なんて身に覚えが無いよ!?
それに前にライナに叱られてから、ちゃんと叱られない様に色々ちゃんと伝えてたのに!
「ああ、一応先に伝えておくが、悪い話は無いと思っておいてくれ」
あ、なんだ、良かったぁ・・・てっきり何か叱られるのかと思った。
でも叱られる訳じゃないなら、私なんかに何の用なんだろう。
「だ、駄目か? 出来れば素直に従ってくれると、本当に助かるんだが・・・流石に」
私がぼんやりと考えていると、門番さんは困った様にそう言った。
そうだよね。門番さんは兵士さんだし、お仕事で来てるんだもんね。
ここで私が断ったら、多分また私を呼びに来ないといけないのかな。
そうなったら二度手間だし、面倒臭いよね。
今日はもう完全に何もする気は無かったし、予定なんて物は無いけど・・・。
ただ、領主、かぁ。どんな人にせよ、知らない人なのは変わりない。
知らない人に呼び出されたのも怖いし、何を話されるのかと思うとやっぱり怖い。
悪い事では無いと門番さんは言うけど、それは叱られない事が決まっただけだしなぁ。
知らない人といきなり面と向かって二人っきりは嫌だな・・・。
「・・・お願いを聞いてくれたら、行く」
知らない人と二人っきりは怖いので、門番さんに一緒に居て貰おう。
うん、それが良い。それなら心強いよね。
・・・駄目、かな?
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フードの女に聞いた事を上に報告すると、上はかなり大慌てだった。
そりゃ慌てるだろう。訳が解らない事だらけだったしな。
ただ取り敢えず安全は保たれた、という事だけが救いだとは言えるだろう。
フードの女のおかげで身近に危険がある事も解ったし、フードの女が居ればその危険に対処出来る事も解っているんだから。
おかげで街の住民にもう大丈夫だと伝えられたので、一応表面上は何時もの街に戻っている。
この話は即座に領主の下まで届けられ、領主は女に手を出す事を決めたらしい。
それは変な意味ではなく、今迄の様に間接的な関りを止めるという話だ。
つまり領主自身が女に会い、今後の事を自分自身で話し合う事を決めたという事。
「という事は、これが上手く行けば俺はお役御免になる可能性が有る」
今まではあの女に伝えたい事や聞きたい事は全部俺の担当だった。
だが領主が直接関りを持ったというなら、今後は詳しい話は当人達で話し合うだろう。
今回は呼び出しの要員にされたが、多分今後は滅多にこういう事は無いはずだ。
女に用があれば直接領主の下へ向かうだろうし、領主からの連絡はきっと子飼いの人間を使う。
今後は態々俺が上手く上に話す、なんて必要も無いのだから、女にとっても好都合のはずだ。
その事に機嫌良くなり、足取り軽く女を呼び出しに向かった。
因みに宿までは馬車で来ている。女の送迎に用意されてた物だ。
この時点でどういう扱いをするつもりなのか見えてくる所は有るが、俺にはもう関係無い。
ただ扉を叩いても反応が無くて一瞬焦ったが、中から凄い音がしたので居る事は居るらしい。
暫く待つと何時ものフード姿で出てきて、ただ不機嫌そうに俺を睨み上げている。
さっきの音は何かの作業を邪魔したんだろうか。
こいつの不機嫌になる要素、本当に未だにポイントが全く解らないから困る。
取り敢えず少し怯えつつも用件を伝えると、女は何か怖い事を言い出した。
「・・・お願いを聞いてくれたら、行く」
一般人には領主の呼び出しって時点で断る選択肢が無い。断ったら何が有るか解らないしな。
だけど条件を出すって事は、それが呑まれないなら行く気は無いという意思表示だ。
ただそれ、行かないって言われたら、呼び出しに来た俺が凄く困る事になるけど。
勘弁してくれ。
「な、何だ、お願いって」
「・・・貴方が、隣に居る事」
・・・ん、何だって。俺が隣に居ろって言ったように聞こえたんだが。
それはまさか、領主館の中や、領主との話し合いの場にも居ろ、って事か?
「な、何で俺が隣に居る必要が?」
「・・・駄目なら、嫌だ」
何故なのかと尋ねると、答えになって無い答えが返って来た。
フードからはチラチラと鋭い眼光が見えていて、断る気か貴様とでも言われている様だ。
つーかこれ、俺に選択肢無いじゃん。解ったって頷く事しか出来ないじゃん。
断ればフードの女の機嫌を損ね、更には領主の機嫌も損ねる。
俺にこの街で平穏に生きる権利は無くなる、と言われているのと同じ事だ。
そして了承したらしたで、きっと面倒臭い出来事が待っている予感がする。
「・・・どうする?」
これが最後だと言うかの様に、擦れた唸り声で問いかけて来る女。
やっと解放されると思ったのに・・・。
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