第32話、取り敢えず避難する錬金術師。

「すまないが、今回は余り気を使ってやれない。事が事だ。向こう側から飛んで来たって事は、あの化け物の事に関わっているんだろう。頼む、教えてくれ。何が有ったんだ」


門番さんにの前に降りると、彼にしては珍しく慌てた様子で捲し立てて来た。

その様子に思わず驚き「ピキュ」と変な声を上げながら硬直してしまう。

更には背後から大量の視線が背中に突き刺さり、余りに怖過ぎて背後を確認してしまった。


「~~~~~~~っ!」


見てる! 確認しなくても解ってたけど物すっごく見てる!

あうあう、こ、こわい。や、やだ、か、隠れなきゃ。

で、でも何処に、あ、め、目の前に頼りになる人が。


「ひぁう・・・中に、入って・・・!」


門番さんの背後に隠れ、早く街に入って人目から逃がしてと願う。

すると門番さんは何も問い返す事なく頷き、そのまま門に向かって歩き出してくれた。

その大きな背に縋る様に、というか完全に縋って付いて行き、身を縮めながら門を通る。


街に入ると刺さっていた視線はいきなり減り、異常な程に感じなくなった。

いや、むしろ、全く無い。そのおかげで心が落ち着き、周囲を見回す。

街道に人の気配が無い。まだ日が落ちて間もないのに、幾ら何でも人が居なさ過ぎる。


何時ものこの時間なら出歩く人は減っていても、ここまで誰も居ないなんて事は無いはず。

だって普段帰って来る時、何時もはもっと人の視線が刺さって来るもん。怖いもん。

とはいえ街から人が消えた、という訳ではなさそう。家屋からは人の気配はする。

ただ何処の家からも、異様な程に明かりが点いていない。街全体がとても暗い気がする。


「な、なあ、その、何処まで行けば良いんだ?」


周りの様子を確かめていると、不意に門番さんから訊ねられた。

何処までって、今日は何時もみたいに宿まで送ってくれないのかな。

そういえば兵士さん沢山居たし、実は門番さん忙しい所だったんだろうか。

ならさっき慌ててたのも頷ける。なのに送ってくれるとか優しいなぁ。


・・・あ、そうだ、さっき何か聞きたいとか言われた気がする。

人の目が怖過ぎて完全に忘れてた。何だっけ。何て言われたんだっけ。

あ、駄目だ、全然思い出せない。ど、どうしよう・・・。


「・・・宿で」

「宿で、だな。解った」


門番さんは私の答えを聞くと振り向く事無く頷き、また黙々と歩を進める。

私はその後をだらだらと油汗を流しながら付いて行く。

訊ねられた事を全く思い出せず、思わず時間稼ぎをしてしまった。


これ多分、このままだと後で怒られるやつだ。

お母さんにも良く怒られたパターンだ、これ。


「ど、どうしよう・・・」


不味い不味い不味い。本当に何を言われたのか思い出せない。

これ宿に着いたら絶対話してくれって言われるよね。

ど、どうしよう、お、思いだせ、早く思い出して! お願い私! 信じてるから!


そうやって焦りながら自分自身を応援するも、これっぽっちも思い出せない。

焦っている間にどんどん歩は進み、着々と宿が近づいて来る。

視線をキョロキョロ彷徨わせても、答えはどこにも見つからない。


「あ、ああう、自分程信じられない生き物って居ない・・・!」


結局宿に着くまで何の話だったか思い出せず、宿の前で門番さんは私に振り返る。

何時もなら見れるはずの門番さんの顔が見れなくて、顔を伏せたまま宿の扉を開いた。

普段はここで帰る門番さんだけど、今日は当たり前の様に後ろを付いて来る。

そのせいで自室までの道のりが死刑台への道の様に感じられた。怒られるぅ・・・。


「セレス! 良かった、無事だったのね・・・」

「ラ、ライナ?」


自室の前にライナが立っていて、私を見るなり抱きついて来た。

ど、どうしたんだろう。何かあったのかな。

心配になって問いかけようとしたけど、その前にライナはすっと離れた。


「ご、ごめんね。ほっとしちゃって。あ、門番さん、こんばん・・・え? ええと、門番さんが、この時間にセレスの部屋に・・・あ、ごめんなさい、まさかそこまで仲良くなってるなんて思ってなくて。あ、その、私店に戻るから、また後で事情を聞か――――」

「待て待て待て待て。盛大な勘違いして去ろうとしないでくれ。そういう事じゃないから。君だって俺がどういう立場か知ってるだろう。協力求めて話したんだから」

「いや、え、でも・・・セレスが他人を部屋にって・・・それも男性を、えー・・・?」

「待って、本当に信じて。お願いだから」


二人とも何の話をしているんだろ。何だか良く解らない。

何を気にしているか解らないけど、門番さんなら部屋に二人でも、多分大丈夫だと思うよ?

他の人はまだ怖いけど、門番さんなら多分二人っきりでも怖くない。

・・・いや、この後は怒られる可能性が高いから大丈夫じゃなかった。悲しい。


「いや、もうこの際君が居るのは好都合だと思う事にする。今ここに居るって事は、君も彼女から今日の事を聞こうとしていたんだろう?」

「あー、ええ、まあ・・・でも、本当にお邪魔じゃないんですか?」

「違うって言ってるから、本当に違うんだって・・・勘弁して・・・!」

「あ、は、はい、ごめんなさい。解りました。解りましたから泣かないで下さい」

「ふぐぅ・・・信じてくれて何よりです・・・!」


あ、あう、何だか解らないけど門番さんが泣き出してしまった。

状況に付いて行けずにオロオロしていると、ライナが店でお茶にしましょうと提案をした。

なので私もそれが良いと便乗し、三人でライナの食堂へ。

その間に門番さんは平静を取り戻し、店で席に着く頃には元の門番さんに戻っていた。


「その、恥ずかしい所を見せてすまない。出来ればさっきの事は忘れて欲しい」


片手で頭を抱えながら願う門番さんに、コクリと頷いて応える。

大丈夫だよ。黙っておいてって言われた事はちゃんと黙ってるから。

何時も助けてくれる門番さんの頼みだもん。ちゃんと守るよ。

だから訊ねられた事を覚えてないのは、怒らないでくれると嬉しいな・・・。


「あはは、私もちょっと慌ててたから・・・ごめんなさい。お茶どうぞ。セレスも、はい」

「あ、ああ、ありがとう。頂くよ」


ライナが全員分のお茶を入れてくれたので、私も受け取って口に含む。

今日初めて口にする水分だからか、何時もより余計に美味しく感じた。

と、同時にぐぎゅるると大きな音が鳴る。発信源は私のお腹だ。

あう、門番さんが驚いた顔で見てる。うう、ちょっと恥ずかしい。


「あはは、待ってて、何か作るから。食べながらゆっくり話そうか。門番さんも食べて行って。今日はお代は要りませんから」

「あ、いや俺は―――」

「まあまあ、空腹時のセレスは私でも会話になりませんよ?」

「う・・・そ、そうなのか、解った。じゃあ大人しく待っておこう」


どうやら門番さんも一緒に食事に着くらしい。

少し緊張するけど、空腹が襲って来てそれ所ではなくなり始めて来た。

ただギュルギュルとお腹が煩いせいで、今度は恥ずかしさが勝って来る。

見ないで。お願いだからそんなに驚いた顔で見ないで。


「・・・うう」


余りに恥ずかしくて変な唸り声が出てしまう。

すると門番さんは私から目を逸らし、少しそわそわしつつお茶を口にしていた。

多分私が恥ずかしがってる事に気が付いて、知らない振りをしてくれてるのかな。


この人は本当に優しい人だな。私と違って人の機微を感じられる人なんだ。

凄いなぁ。私もこういう風になれたらなぁ・・・。


「はい、手早く作ったから簡単な物だけど、どうぞ」


恥ずかし過ぎたせいか時間が経つのが早く、あっという間に料理が出て来た様に感じた。

実際早かったのかもしれないけど、その確認よりも早く食べたい。

それぞれの器に分けてくれた物を受け取り、さっそくいつもの調子で食べる。


「セレス、せめて食事中はフードを取りなさい」

「あ、やっ・・・うう」


ライナに注意されてフードを取られてしまった。

門番さんの視線に最近慣れたとはいえ、ずっと顔を見られているのは落ち着かない。

どうしても食事に集中出来なくて、チラチラと門番さんの様子を窺ってしまう。


ただ門番さんは最初こそ私を見ていたけど、すぐに視線を食事にだけ向け始めた。

それを見て少し気にし過ぎたかなと思い、私も食事に集中しようと視線を下げる。

するとテーブルから『キャー』という感じの、何だか楽しげな響きの声が響いた。


「・・・あれ、何で?」

「え、な、何これ・・・ちょっと可愛い、かも」

「な、何だこりゃあ!?」


テーブルに居た存在に私は少し驚き、ライナは驚きつつも興味深そうに見つめている。

門番さんは驚きすぎて椅子から転げ落ちていた。頭は打ってない様だけど、少し痛そう。


「・・・まさか、付いて来たの?」


私の言葉に応えて『キャー』と鳴くそれは、すぐに興味を料理に移してもぐもぐと食べ始める。

さっき山で出会った精霊の一体が、テーブルでライナの料理を美味しそうに食べていた。

・・・別に石しか食べられない訳じゃなかったのか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


女の指示に従って街に入ると、唐突に背中をガッと掴まれた。

意図が解らず、だけど取り敢えずそのまま歩き続けるも、特にその後の反応が無い。

流石に気になって途中で訊ねたが、宿まで向かえと言われてしまった。

道中聞こえない声でボソボソ呟いていたけど、それは怖くて確認していない。


宿まで行けば離してくれるだろうと素直に従うと、本当に素直に手を放してくれて良かった。

と思って安心したのも束の間で、今度は宿で酷い誤解を受けてしまう。


必死に誤解だと弁明するも、食堂の娘は中々信じてくれない。

その事にもう感情が上手く仕事をせず、酷い醜態を晒してしまった

最近色々あってもう限界に達していたのだろうか。

良い大人が若い女の前で泣き出すのは、流石に自分の事でも予想外過ぎる。


ああもう、死にたい。


そんな気分を誤魔化す様にお茶を貰い、気分を落ち着けるもまだ話が始まらない。

空腹らしい女の食事に付き合う事になり、早く逃げたいのに逃げられない。

女は腹が鳴る音を聞かれるのが恥ずかしいのか、低い唸り声をあげながら睨んで来た。


勘弁してくれよ。良いじゃん生理現象なんだから。

さっきの俺を思い出してくれよ。もっと情けない姿見せたじゃないか。


食事が始まったら始まったで、フードを外されたのが気に食わないのか滅茶苦茶睨んで来るし。

外したの俺じゃないじゃん。食堂の娘なのに何で俺睨むんだよ。八つ当たりだろそれ。


頼むから早く話を始めてさっと帰りたい。

この後報告も有るし、そこでも何言われるか解らないのに。

そう思っていると、テーブルから『キャー』と何かが鳴く様な声が耳に入る。

見ると何か小さな何かがモグモグと料理を食べていて、驚いて椅子から転げ落ちてしまった。


「・・・まさか、付いて来たの?」


女の言葉に応える奇妙な生物だが、その言葉は聞き逃せない。

つまりはこの生物の事を知っているという事だ。

次から次から本当に何なんだ。解らない事を増やしてくれるなよ、頼むから。


「ついて来た、ってどういう事なの、セレス」

「や、山の調査に向かって、精霊に会ったの。そこでちょっと失敗して、戦闘になったんだけど・・・その時に戦った一体がこれ、だと思う」


都合の良い事に食堂の娘が聞いてくれたので、俺はそのまま成り行きを眺める。

フードの女は少し気圧された雰囲気で応えていて、俺は初めて見る様子に少し驚いていた。

やっぱり食堂の娘にだけは弱いんだな。どんな弱みを握られているのか・・・。


しかしこれと戦闘か。さっきはいきなりで驚いたが、そんなに強そうには見えない。

見る限りはモグモグと料理を食べ続ける、見た目だけは可愛い生き物だ。

というか、凄い勢いで食べるな。何処に入るんだ。体以上に食べてるだろ、お前。


「え、そ、それって・・・ね、ねえセレス、もしかしてそれ、すっごく大きな二足歩行の化け物だったりしない?」


・・・うん、考えたくなかったから思考から外していたけど、普通そう考えるよな。

ああ聞きたくない。答えを聞きたくない。聞かなきゃいけないけど聞きたくない。


「あ、う、うん。そうだよ。この精霊がいっぱい集まると、あれになるみたい」


食堂の娘が息を呑んだのが解る。俺も同じなのだから当然だ。

半ば予想していた答えとはいえ、それでも驚くものは驚く。

あの化け物がこれとか、しかも至近距離にいるとか、ちょっと勘弁して欲しい。


「―――――え、と、この子だけなら、危険は無い、って事で良い?」

「う、うん、単体なら、問題無い、と思う」


女の答えに俺と食堂の娘が同時に息を吐く。

流石に危険を持ち込んで平然としている、なんて事は無くて良かった。


「・・・今何か、聞く順番を間違えた様な気がするわね。セレスちょっと待ってね、聞く事を整理するから。その間食べてて。その子にも分けてあげてね」

「う、うん・・・」


食堂の娘は少し混乱しているのか、考えを纏めようと一拍置いた。

精霊とやらにも食事を与えている辺り、全く冷静ではない気がするが。

ただこのままじっと話を聞いていれば、俺は女の機嫌を損ねる事無く全て聞けそうだ。


・・・もしかして今後もこうすれば上手く行くんじゃないか?

今度この娘に相談してみよう。

俺に対する態度も見れば「人見知りなだけ」なんて事も言わなくなるだろうし。


そうやってフードの女の身に起きた出来事を、何とか聞き出す事に成功する。

ただし聞き出した結果、結局頭を抱える事には変わり無かった。


「・・・平穏だった理由に裏があったとか・・・勘弁しろよ・・・」


この街、凄まじい危険と隣り合わせの平穏だったらしい。

これ報告しろってか。マジかよ。次何言われるんだろ・・・あ、お腹痛い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る