第35話、精霊に会いに行く事を決める錬金術師。
「・・・さあ?」
精霊が言う事を聞くのかと言われたから、正直にそう答えた。
だって今日も既にお弁当食べられたし、この子今も物凄く自由だし。
多分会話は通じると思うけど、言う事を全部聞くかと言われたら解らないと答えるしかない。
昨日のは言う事を聞かせたというより、ただ腕ずくで脅しつけただけだ。
あれは獣に対して『私はお前より上だ』と見せつけた様な物。
単に私に怯えて攻撃せず、私の巣には近づかないというだけ。
だけど領主は私の言った事の何が気に食わなかったのか、凄い勢いで捲し立てて来る。
答えられない程ドンドン質問を投げかけられ、パニックになってどうしたら良いのか解らない。
だけど門番さんの袖をぎゅっと握っていたおかげで、何とか泣くのはぐっと我慢出来た。
そうしているうちに、いつの間にかマスターが領主を止めてくれていたみたい。
領主は落ち着いた様子に戻っていたけど、でもやっぱり怖くて俯きながら様子を窺う。
怖くて泣きそうなのを我慢していたので、何を言っていたのかは全然聞いてなかったし・・・。
その後領主は少し深呼吸した様子を見せてから、精霊と戦った時の事を訊ねて来た。
なので素直に頷くと精霊が『キャー』と鳴き、領主はいきなり黙り込んでしまう。
マスターも門番さんも何も喋らず、重苦しい沈黙が部屋を支配し始めた。
この良く解らない空気が耐えられない。用が無いならもう帰りたい。
「・・・用件はそれだけ?」
もしそれで終わりなら、出来れば早く帰りたい。
そもそも私何で呼ばれたの? 精霊の事の確認ならもう終わったよね?
じゃあ帰って良いよね? 駄目なの?
そう思って頑張って訊ねたのだけど、何故か逆に質問で返された。
何を提示すればも何も、私はお家に帰りたいだけなんだけど。
帰って今日するはずだった二度寝の続きをしたいだけなのに。
だからお願い、もう帰して。平和なお昼寝時間を返して。
「・・・平穏に暮らせれば、それで良い」
もう完全に涙声になりながら伝えると、領主は何か色々と言って来た。
また前のめりになって来たので、もうどうにも怖くて頭を少し下げて意識を塞いだ。
そうしないとパニックで訳の解らない事をしそうで、そのままじっと耐えていた。
ただそれでも手にギュッと力を入れた時、門番さんの袖の感触で少しだけ正気に戻れたけど。
本当に横に居てくれてよかった。でなければ思いっきり泣きだしていたかもしれない。
とはいえその間何を言われたのか、全くもって、これっぽっちも、何にも覚えてない。
もう早く帰りたくて何かに頷いた気がするけど、何に頷いたのかはさっぱりだ。
マスターが大きく溜息を吐いていたのだけは覚えているけど、それ以外は良く覚えてない。
呆れられちゃったのかな・・・。
「では送って差し上げろ」
「はっ!」
気が付くと領主がそう言って、門番さんが立ち上がって私を見ていた。
状況に全く付いて行けずに三人の顔を見回し、そこで話が終わったのだとやっと悟る。
終わったなら早く帰ろう。さっさと帰ろう。今すぐ帰ろう。
門番さんの袖はずっと握ったまま立ち上がり、彼に手を引いて貰いながら歩いて行く。
背後で精霊が『キャー』と鳴いてトテトテと付いて来ていたので、とりあえず回収した。
手に乗せると袖をよじ登ってきて頭の上に座る精霊。そこ好きなの?
「どうぞ、お乗り下さい」
領主館を出ると行きと同じ様に馬車が構えていて、もう何も考えずに飛び乗った。
当然門番さんの袖はずっと握ったままだ。
門番さんは私の様子を窺う様にちらりと見ていたけど、それだけで特に口を開く事は無かった。
そのおかげか、帰り道は行きよりも、何だか少しだけ心地良かった気がする。
宿に着いて扉が開かれたら即座に降り、すぐに宿に入って自室に向かう。
そして部屋に入ってベッドに腰を下ろした。
・・・ん、あれ、何か忘れている様な。
「・・・あ」
ふと横を見ると、ベッドに座った私を困惑した顔で見ている門番さんが。
しまった、ずっと袖を握ったままだった。
慌てて手を放すと、ここまでずっと縋っていた事がちょっと恥ずかしくなって来た。
さっきまでは余裕が無かったけど、部屋に戻って心に余裕が出来たせいだと思う。
「あー、その・・・取り敢えず、俺はどうすれば良いのか、教えてくれると助かるんだが」
困った様に頭をかく門番さんにそう問われ、どうしようかと少し悩む。
お礼の薬を渡すにしても、作っている間待たせる事になってしまう。
それなら今日は帰って貰って、門番さんの時間の有る時に渡しに行こうかな。
「・・・時間のある日、ある?」
門番さんを見上げながら訊ねると、何だか不思議そうな顔で見つめ返された。
そのまま固まってしまったので、私も良く解らずに少し首を傾げてしまう。
あ、あれ、私何か変な事言ったかな?
「いや、別に、明日でも明後日でも、今からでも多分大丈夫、だと思うけど・・・」
え、でも兵士のお仕事が有るし、忙しい日も有るんじゃないのかな?
うーん、もしかしてまた気を使って貰ってるのかな、これ。
どうしようかな。でも薬を渡すだけだしそんなに手間はかからないし・・・。
そう考えていると精霊が唐突に頭から降りてきて、ベッドの上で『キャー』と鳴いた。
「・・・明日?」
精霊が明日皆の所に行こう、と何故か私と門番さんを誘っている。
どうしたんだろう。私が行っても怯えさせる気がするよ?
「私は別に良いけど・・・」
結界石が少し心許ないけど、明日の出発ギリギリまで作っておけば行けない事は無い。
なのでとりあえず了承を返してから、視線を門番さんに向けた。
彼をあそこに連れて行くのは、流石にちょっと危ないと思う・・・。
「明日で、良いのか?」
『キャー』
「解った。じゃあ今日の所は帰る事にする。出発の報告も済ませておくよ。いつもアンタが出て行く時間ぐらいに迎えに来ればいいのか?」
「・・・じゃあ、それで」
「解った。じゃあな」
余りにも当たり前の様に了承したので、思わずポカンとしたまま頷いてしまった。
え、大丈夫なのかな門番さん。この子はこんなだけど、精霊って本当に結構危ないよ?
うーん・・・結界石、足りるかな・・・少し不安。
でも私が怪我するとしても、門番さんだけはちゃんと無傷で帰せるように頑張ろう。うん。
『キャー』
「ライナのお弁当・・・え、他の子も食べるの? それで行こうって言い出したの?」
『キャー』
どうやらこの精霊、ライナの料理を皆に渡しに行きたいらしい。
そうなると結構な量を持って行く必要が有るんだけど。
それにライナにその事を伝えて作って貰わないといけないし。
「一応お願いしてみるけど、期待しないでよ?」
『キャー』
大丈夫って、自信満々だなぁ。何でそんなに自信持って生きられるんだろう。
・・・ちょっと羨ましい。
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『山森の完全な安全確保、今後精霊と街が友好的な関係を築く為の橋渡し、そしてその後の監督を貴女にお願いしたい。あの化け物を我々が御しきれるとは思っていない。だがそれでも彼等の望む物を差し出す事で、共存という形はきっと取れるはず』
要約すると領主はそう伝え、女は最終的には頷いた。
多分だけど、あれは精霊をあの場に連れて来た事も大きな理由なんだろうな。
あの精霊やたら人懐っこいし、食べ物美味しそうに食べるし。
ただ領主には余り懐く様子が見えなかった気もするけど。
・・・そこまでは完全に他人事で聞いてたんだよなぁ。
これでやっと俺は解放されると、本気でそう思ってたし。
あんな事言われるとか、流石に予想出来るか。
『リュナド、君には兵士を辞めて貰う』
領主にそう言われた瞬間、頭の中が真っ白になった。
だっていきなりクビって言われたんだぞ。
ここまであの女の相手も頑張ってやって来たっていうのに。
だけどその後の言葉の方が、もっと衝撃が強かった。
『今後は彼女専属の交渉人として働いて貰う。君以外から彼女の個人的な情報を手に入れられた事は無い。今も彼女は必要最低限以外の事を喋らず、君が自分側だと主張している様だしな。勿論彼女が同行を望んだ場合、必ず付いていく様に。彼女の指示には絶対に従え』
領主は俺の袖を握る女の手を見てから、そんな事を言い放った。
つまりだ。今迄と違って、兵士の仕事をしつつ合間にフードの女の情報を仕入れる訳じゃない。
領主とフードの女の公認で、二人を繋ぐ仕事を専門でやれと言われた訳だ。
『勿論それに見合った給金を渡すし、君には相応の権限を与えよう。その代わり、危険は承知してくれ。これも領民と街の為だ。一度は兵士になったのだから・・・解ってくれるな?』
完全な脅しじゃん、あれ・・・。
断れば街に居られると思うなって、言外に言ってんじゃねえか。
しかも隣では袖を握る力が更に増したし。
はいはい解りましたよ。頷けば良いんでしょう。
もう色々全部諦めた気分になり、俺はあの場で了承の言葉を告げた。
「・・・俺、何か悪い事したっけ?」
女に精霊の居る所に明日行く旨を伝えられ、宿を出て大きな溜息を吐く。
ああは言ったけど行きたくねぇー・・・でも行かないとそれはそれで怖いんだよなぁ・・・。
「はぁ・・・精霊が懐いてくれてるっぽいのだけが救いか・・・」
何故か解らないがやけに懐かれたんだよな。
一緒に食事したから、という理由なら領主にも懐きそうなものなんだが。
マスターには割と良い感情向けてたっぽいけど、領主にはあんまり良い感じじゃなかった。
判断基準が良く解らない。料理を作った食堂の娘に懐いた理由はまだ解るけども。
「悩んでも仕方ないか・・・怖いなぁ・・・あの化け物の前には立ちたくないなぁ・・・」
無事五体満足で帰って来れる事を祈ろう・・・ああもう、誰か助けて。
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