第29話、『何か』に遭遇する錬金術師。

「ぐっ・・・」


進むと決めたとはいえ、このまま進み続けるのは無謀かな。

流石にちょっと影響が強過ぎる。

思考は何時も通りに保てても、頭が割れるかと思う様な痛みは辛い。


「二個・・・いや、念の為三個使おう」


痛みを堪えながら結界石を取り出して、三つ重ねで発動させる。

ただし同時に切れると困るので、時間差で切れる様に一つずつだ。

三つ目の結界を張った瞬間に頭痛が一瞬で消えたので、力を抜いて大きく息を吐いた。


「はぁ~・・・少し、油断した。いきなり今の強さで来るとは思わなかった」


もう少し段階を踏んで、最低でも昨日と同じ状態になると思っていた。

まだ魔法の岩も見つけてないのに、ここまでの負荷がかかるのは流石に予想出来ない。

小鳥や小動物はまだ居る事を考えると、大きい動物にだけ効果が有ると思った方が良いかな。


「最初から結界石を使ったら、状況把握も出来ないし、仕方ない」


取り敢えず身体の状態を確かめ、特に異常が無い事を確認。

どうやら強烈な頭痛だけで、それ以外に影響は無くて済んだらしい。

結界石を使ってすぐに影響が消えた事を考えると、体に直接干渉している訳ではなさそうだ。

もし身体その物に異常が起きているなら、結界を張った後も暫く頭痛が続くはず。


「最近は毎日補充してるから結界石には余裕が有るけど・・・先に進むのに張り続けなきゃいけないとなると、流石にちょっと厳しいかな」


森の木々の隙間から空を見上げ、日が真上に届いているのを確認する。

今から使い続けて日暮れまでは・・・この数じゃ保たないな。

結界石は一瞬で消える物ではないけれど、何時までも張り続けていられる物でもない。

魔法の影響が強くなればその分消費速度も上がるだろう。


半分。半分の結界石を使って成果が無かったら、流石に今日は一旦退避だ。

戦闘が有る可能性を考えると、そこは流石に甘く見積もれない。

ライナの為にも安全を確保したいけど、それで無茶して死んだら元も子もない。

・・・それに多分、ライナは優しいから、そんな事になれば悲しませる。


「よし、頭は、冷静に動いてる」


さっきまでの思考誘導は一切無い。

気持ちが逸って判断を間違えている事は無いし、状況判断も出来ている。

現状は進む事には何の問題も無さそうだ。これなら大丈夫だろう。


「取り敢えず、進もう」


周囲を詳しく観察しながら歩を進める。

虫や小鳥の移動を確認し、蠢く動物達の音も良く聞いて。

進むべき方向を逐一確認しながら前に前に進んでいく。


「・・・やっぱり、ある程度進むと小動物すら居なくなる、か」


暫く進み続けると、昨日と同じ様に草木以外の生き物の気配がしなくなった。

つまりは正解の道筋を歩めていると判断し、そのまままっすぐに突き進む。


その途中、結界石を四重にしないと耐えられない痛みが頭に走った。

おそらく反対側の山に在った岩より強い魔法が力を放っているのだろう。

これは、流石に、消費量が厳しいな。


「場所は、大体解った・・・ここまで奥なら、ライナに入らない様に言っておけば、一応安全かな。門番さんにも伝えておけば、多分大丈夫だよね」


最初に頭痛が襲って来た場所からはかなり奥地にまで入り込んでいる。

ここまで奥地に入り込む人間は、私の様に目的が無ければ入っては来ないだろう。

まあそもそも、目的が無い限り頭痛に襲われる範囲まで入らないと思うけど。


「・・・一旦引き返す、方が、良いかな」


結界石の減りが予想より早い。おそらく結界石無しでの戦闘は出来ないと思った方が良い。

私の見立てが甘かったと、ここで引くのも賢い選択だとは思う。

だけど予測では、もう少し進めば昨日と同じ様な岩が有るはず。


ただそこに辿り着けば『何か』に遭遇する可能性が高い事も確かだ。

そうなれば、戦闘になる可能性は非常に高い。

ここまで徹底的に動物を排しているテリトリーに、態々入り込んで行こうとしてるのだから。


「・・・いや、行こう」


結界石が半分になったら引き返すと最初に決めたんだ。まだ半分には届いていない。

それに帰りは行きと違ってただまっすぐ帰るし、結界石の消費は少なくて済む。

最初の予定通りにしようと決め、そのままドンドン山奥へと進み続ける。


「・・・あった」


暫く歩き続けると、遠目に昨日見た物と同じ様な岩を発見した。

岩の周囲には雑草も生えていない為、木々の隙間からその存在がしっかりと確認出来る。

そして、その周囲にいる『何か』も遠目で確認した。


「小人・・・じゃない。物質を通り抜けている。死霊の類でも無さそう。精霊だ、あれ」


岩の周りに小さい精霊が大量にひしめき合い、何かを食べている様に見えた。

距離が遠すぎて流石に詳しくは解らないけど、綺麗な石の様な物をガリガリかじっている。

それを確認して、少しだけ肩の力を抜く。


「精霊だったなら、取り敢えずまだ安心、かな。近づかなければ、攻撃されないと思うし」


おそらく予想するに、あの岩はあの精霊達で作り出した魔法なんだろう。

精霊は人間よりも遥かに大量の魔力を保有しているし、あれぐらいの魔法は余裕なはずだ。


人や動物を排除している理由は、精霊達が食べている石じゃないだろうか。

これも予想でしかないけど、あれはあの精霊達の好物なんだろう。

そして多分、人間達が覚えていないぐらい昔に、人間達が取って行こうとした。

それを避ける為に精霊達は人避けの魔法を張った、という辺りじゃないだろうか。


「これだけ強力な人避けだと、何かが封印されているか、死霊の類でも居るか、不味い魔獣が居る可能性も考えていたけど・・・予想していた中で一番平和な結果で良かった」


しかしあれ、何を食べているんだろうか。

綺麗にキラキラ光っているし、様々な色の石が散らばっている。

普通の石も混ざっている様だけど、多分何かしらの鉱石なんじゃないだろうか。


「あの精霊、山を崩さずに鉱石を掘り出せる、のかな」


あの魔法の岩は、人避けや植物の成長以外にも効果が有るのかもしれない。

流石に希望が過ぎるけど、あれが有ると山中に鉱石が増えていく、とか。

もしそうなら少し分けて貰えないだろうか。

いやでも、あれの為に人避けの結界張ってるなら、分けて貰うのは無理かな。


「―――――あ」


精霊達の目が、一斉にこっちを向いた。しまった、近付き過ぎた。


「えっと、敵じゃ、ない――――――そうだよね、通じないよね、知ってる」


精霊達は私の存在を確認すると、ワタワタと慌てたように岩の背後に逃げて行く。

逃げて行くけど、これは罠だ。魔力が異常に、歪に岩の背後で圧縮されている。

近づけばそのままどーんと粉みじんに吹き飛ばされ、訳が解らないうちに死ぬだろう。


「やってしまった。今回は完全に失敗・・・」


私が近づかないのを見て、罠に嵌められないと察した精霊達は本性を現した。

岩の背後から大きく影が膨らんでいき、周囲の木々を超える程に大きな精霊が現れる。

地響きを鳴らしながら足を踏み出し、明らかに存在として違う物がそこに現れた。


「これは、流石に不味いかな。逃がすつもりは無さそう。逃げたら多分、街にまで被害が出るかな。そうなるとライナが危ないし、逃げるのは諦めた方が良いね・・・」


精霊の強さはその辺に居る魔獣の比ではない。

自然の力を受けて発生した超常存在であり、人間なんかゴミの様に排除出来る。

下手な魔法は通用しないし、むしろそのまま跳ね返す奴もごまんと居るのが精霊だ。

人避けはあくまで、ゴミの相手をするのが面倒なだけだろう。


私の素の力では、どうあがいても、絶対に勝てない。

それぐらいに、精霊という物は存在としての格が違う。

向こうもそれが解っているのだろう。完全に私を見下してプチッと潰すつもりだ。


「・・・本気でやるしかないか」


私の素の力では当然勝てない。そんな事は良く知っている。

そう、知っているんだ。だから勝つ方法が有る事も知っている。


「お母さんが契約している精霊と、どっちが強いかな」


私が生まれる前から家に居た、厭らしい笑顔の精霊を思い出しながら戦闘に備える。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うおおおお!? な、なんだぁ!?」


街の警邏をしていると凄まじい振動に襲われ、遠くから原因らしき地響きが耳に入る。

音の方向へ目を向けると、今までで一番理解出来ない物が目に入った。

フードの女が来てから色々あったが、今回に比べたら可愛い物だと思う程に。


「なんっ、だ、ありゃぁ・・・!」


大きな、とても大きな半透明な何かが、山の向こうに聳え立っている。

全く見た事が無い物な上に揺らいで見え、それが余計に恐怖を煽った。


「ばけ、もの・・・」


大き過ぎて正確に予測は出来ないが、あの大きさなら街にはあっという間に近づけるだろう。

そうなればこの街に、あんな化け物に対抗出来る存在なんて居ない。

簡単に街は破壊つくされ、人はきっと、大量に死ぬ。


「何で・・・何でだよ・・・!」


クソッタレ、本当に平和な街だったんだぞ! 今迄本当に何もなかった街なんだ!

なのに、何で最近、こんなに――――。


「――――!」


無意識に胸元を握り締め、指先に硬い物を感じる。

あの女に貰った石。結界石とかいう物だ。

何故かそれを握った瞬間、少しだけ頭が冷静になって来た気がした。


「そうだ、あいつなら」


もしかしたら、フードの女なら、何か打開策を持っているかもしれない。

余りに希望的観測だとは思う。だけど、あいつなら何とかしてくれる気がする。

震える足を無理矢理動かし、恐怖で吐きそうになるのを抑えながら走る。


「宿に居てくれよ・・・!」


あの女が二日続けて外に出る事は滅多にない。

だからきっと、昨日出かけた以上は宿に居るはずだ。

いや、頼むから、居てくれ・・・!

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