第28話、引く気のない錬金術師。

「あう、話せなかった・・・」


山奥で変な物を見つけた事、一応伝えようと思ってたのに。

知らない人が居たのが気になって、取り敢えず山菜だけ渡して逃げてしまった。

向こうもチラチラこっちを見てたから、気になったのは仕方ないよね?


「で、でも、山菜は渡せたし、まだ、良いか、な?」


いきなり逃げなかったから、今日は良く頑張ったと思う。うん。

うんうんと頷きながら宿に戻り、ライナのお店が閉店になるまで仮眠をとる。

閉店になったら山菜の入ったカバンを持って食堂に向かった。


「ライナー、お土産持って来たよー」

「あら、ありがとう。珍しい、山菜いっぱいじゃない」

「う、うん。山の様子を確認しつつ歩いてたら、いつの間にかいっぱいに」

「あはは、成程。これ全部貰って良いの?」

「うん。半分は門番さんにあげたから、もう半分は全部ライナへのお土産だよ」


そう頷きながら応えると、ライナは一瞬動きが止まった後に嬉しそうに笑った。


「そっかそっか。じゃあ今日はこれで美味しい物を作りましょうか。明日に回した方が良い物は明日出してあげる」

「わーい♪」


笑顔の意味は良く解らないけど、ライナが楽しそうなので私も楽しい。

美味しい食事も出て来そうなので、両手を上げて子供の様に喜ぶ。

お肉は持って帰って来れなかったけど、こういう時は山菜でも良いかもしれない。

今回は明日も山に向かうつもりだし、鞄いっぱいに採って来よう。


「・・・多分、山狩りするぐらいの勢いで採らないと、山菜が無くなるって事は無いと思うし」


あの山の奥地の草木は普通の理屈で生えていない。

魔法の岩から放たれる力で成長している、という部分が大きいんだろう。

だから山自体を切り崩しでもしない限り・・・下手をすればそれでも生えて来る。


あれはそういう魔法だ。様々な理屈を無視するだけの力を持った魔法だ。

もし反対側にも同じ物が見つかれば、油の良い匂いがお腹を攻撃してくる。

ああ、炒め物のスパイスの香りも余りにも暴力的だ。


「・・・あ、もうダメ、何も考えられない」


厨房から香る匂いに思考力が完全に無くなっている。

もう「早く食べたい」で思考が埋め尽くされ、テーブルに突っ伏して出来上がりを待つ。

この拷問の様な時間が辛いけど幸せでもある。

だってこのまま頑張って待っていれば、美味しい食事が出てくるんだから。


「はーい、お待たせ。召し上がれ」

「わーい!」


出来上がって並べられていく食事に、さっそくとガツガツと食いつく。

口の中に広がる物が幸せの味なのだと感じながら、一心不乱に食事を続ける。


「ふはぁ・・・ひあわせ・・・」

「ふふっ、セレスは本当、食べてる時は幸せそうよね」

「だってライナの料理、美味しいもん」

「それは光栄。はい、明日のお弁当」

「ありがとぅ~、えへへ、ライナ大好きー」

「はいはい」


お弁当を受け取って喜ぶ私に、苦笑しながら頭を撫でてくれるライナ。

それが心地良くてされるがままになっていると、ライナも席に着いてお茶を口にする。


「で、セレスの目当ての物は見つかったの?」

「ううん、欲しい物は無かった。でも、変な物は、見つけた」

「変な物?」

「うん、説明が難しいし、まだ何も解ってない様なものだけど・・・念の為、暫く山には近づかない方が良いと思う。何が有るか解らないから」

「・・・そんなに危険な物が有ったの?」

「うーん・・・危険、かもしれないし、そうじゃないかもしれない。現時点では解らない」


私の見立てでは危険度は半々だ。つまり本当に解らない。

調査を進めてみなければ、おそらくこの答えは出ないだろう。


「それ、あの門番さんには伝えたの?」

「う、ううん。言いたかったんだけど、周りに人が居たから、伝えれて、ない・・・」

「あー、じゃあ明日彼が店に来た時にでも伝えておくわ」

「うん・・・お願いします・・・」


門番さんは最近この食堂に良く来るようになったらしい。

どうやらライナとも仲良くなったらしく、私の事を色々話していると聞いた。

私が話せなかった事を後で伝えてくれているので、何時もとても助かっている。


「じゃあ明日も山に向かうのね?」

「うん、暫くはお肉、持ってこないかも」

「気にしないで良いわよ。セレスがちゃんと外に出たいと思ってるなら、それで良いの」

「うん・・・」


ライナはこう言ってくれるけど、山奥に向かう事は私にとって引き籠るのと余り大差無い。

だから笑顔で喜ばれると、少し胸の内に罪悪感が湧いてくる。


私が引き籠るのは人に会いたくないからであり、人に関わりたくないからだ。

勿論出来ればベッドで惰眠を毎日貪りたいけど、人に会わなくて済むなら余り苦痛は無い。

気になる事は、ライナの危険になる事はちゃんと排除しておかないと。その方が大事。


「じゃあ、また明日。お休み、ライナ」

「はいはい、お休み」


食事も食べ終え、一通りお喋りもして、手を振って食堂を後にする。

そのまま宿にまっすぐ帰って寝て、起きたら昨日と同じ様に門へ向かう。


「あう・・・今日は、居ない・・・」


どうやら今日は門番さんが居ない様だ。知らない人しか門に立っていない。珍しい。

少し怖いけど門まで近づいて、フードを外して見せてからそそくさと門を通る。

通ったら即座にフードを被り直し、そのまま昨日とは反対の山に入った。


「と、止められなかったから、良い、よね?」


最近門を通る時は何時も門番さんが居たので、知らない人なのは久々で怖かった。

やっぱり私、人に慣れた訳じゃないんだなって実感する。

でもそれと同時に、自分が怖くない人だと認識している人なのも自覚出来た。


「・・・よし、ライナの為にも、門番さんの為にも、危険が無いかちゃんと調べないと!」


気合いを入れて山道を進む。目的地なんて解らないので、取り敢えずまっすぐに。

暫くは山菜を取りながら、ただひたすらに進み続けた。


「―――――やっぱり、か」


するとある程度奥地に入った所で、昨日と同じ感覚が体を襲う。

この先に向かうな。引き返せ。ここから先は危険だ。

何の理由もなく、そういう風に考え始めてしまう。


「危険なんて、何処にあるの。毒草ぐらいじゃない」


毒の有る草木も生えているので、それが危険と言えば危険だろう。

普通に美味しい山菜と見分けがつかない物が有るからなぁ。

食べると美味しいって事は多いんだけど、そのおいしさと引き換えに大変な事になる。


「あれは・・・苦しかった・・・」


お母さんに実践で学ばされた事を思い出す。

流石に死ぬ様な毒は取り除いてくれたけど、それ以外は助けてくれなかった。

説明したし現物見せたのに間違えるのが悪い、とか言われたっけ。


「それからは二度と間違えた事ないけど」


あの苦しみを味わうのは二度とごめんだ。

そう思い必死で覚えた子供の頃が懐かしい。

ある意味では私にとって、思い出の植物になるんだろうか。


「・・・嫌な思い出」


表情が死んでいくのが解る。だってあれ本当に苦しかったんだもん。

お母さんは解毒剤を事前準備していたのに、私が一日苦しんでから飲ませたし。

というか私は採取時に除けてたのに、調理時にお母さんが混ぜたんだもん。あれは酷いと思う。


「い、いや、今は忘れよう。調査、調査をしな―――――ぐっ、あっ・・・!」


頭を振って足を進めたその瞬間、昨日とは比較にならない何かが頭に入り込んできた。


「頭・・・いたっ・・・うぐぅっ・・・!」


思考誘導ってレベルじゃない。頭を直接かき混ぜられているかの様だ。

不味い。これは不味い。流石にこれは無視して進むという話じゃない。

でも、この強さは、間違いない。この先に『何か』が居る。


「―――――ぐっ・・・なら、進む・・・ライナを、危険な目には、遭わせない・・・!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「じゃあ、また明日。お休み、ライナ」

「はいはい、お休み」


宿に帰って行くセレスに手を振って見送り、扉を閉めて施錠を確認する。

そのまま後片付けに向かうと、思わず笑みが漏れるのが解った。


「あのセレスが、ね・・・」


人との会話が苦手で、私以外とは碌に人付き合いが出来なかったセレス。

あのセレスが、私以外の誰かと、積極的に接している。

勿論普通の人にすれば些細と言って良い程度だとは思うけど。


「それでも良い傾向、よね」


元々住んでいた土地を引っ越す時、とても気掛かりな事が有った。

私が居なくなって、セレスはちゃんとやれるのだろうかと。

自分が見知らぬ土地に向かう事よりも、親友の事の方が心配だった。

だからセレスと再会した時も、あのセレスに対応出来たんだと思う。


「親友、か」


私はセレスの事を、手はかかるけど可愛い相手だと思っている。

それは単純な事実で、だからってセレスを下に見た事なんて無い。

でもセレスはきっと、私の事を親友と言いつつ自分を下に置いているだろう。


「感謝は、私の方が、大きいんだけどな」


あの子は怒らせたら何をするか解らない。最初はそう思っていたのは間違いない。

だけどセレスはその激情を、大事な物を守る為にも使える子だ。


「本人は大した事してないつもりなんだろうけどなぁ・・・」


幼い頃の記憶だから、しっかりとした状況の把握は出来てないし、詳細は思い出せない。

だけど私は確かに、幼い頃にセレスに助けて貰った覚えが有る。

彼女は自分で思っているよりも、もっと素敵な内面も持っているんだ。


「あれを、他の人に向ける事が出来たら・・・きっともっと皆に好かれるよ、セレス」


そう思って門番さんの誤解や、マスターにも色々説明してるんだけど、中々上手く行かない。

特にマスターに限っては、私の言う事一切信用してないんだよなぁ。


「ただの人見知りだって何度も言ってるのに」


あんな危ない目を人に向ける人見知りが居てたまるか、といつも返される。

しかも人見知りなだけなら常に戦闘に備えた動きをする訳ないだろうとも。

そんな事言われても、食堂の料理人にそんな事解る訳ないじゃない。


「むー、せめて門番さんとはもうちょっと上手く行って貰わないと」


マスターの反応を思い出して少し不機嫌になりつつ、今後の方向を考える。

最低限門番さんとは、私と同じ程度は話せる様になって貰いたい。

せめてセレスがもうちょっと本人の前で喋る事が出来たら良いんだけど。

文章で書いて伝えても、あんたが指示したのかとか言われるからなぁ・・・。

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