第27話、奇妙な物を見つける錬金術師。
門を出た後そのまま山林を突っ切り、使えそうな物を採取しながらまっすぐに進んでいく。
魔獣が近寄らない境界部分が判明していないし、取り敢えず今日はそれだけで良い。
今日一日で調査を終える気は無い。というか、一日で調べ切るのは絶対に無理だ。
ただ道を直線に突き進むだけなら大して時間はかからない。
だけど今回の主目的は危険の有無の調査だ。
一度突き進んで安全だったから大丈夫、なんて事は絶対にあり得ない。
「そもそも考え方が、少し違う、かも」
さっきは魔獣がこちら側に来れない理由を探ろうと思っていた。
だけど考えながら歩いているうちに、それもそれでおかしい事に気が付く。
別にこの山の向こうは海じゃない。向こうもまだまだ陸続きだ。
むしろ地図的には確か向こう側の方が首都だったはず。
おそらく山林はこの街よりも切り開かれ、発展した街並みが有るのだろう。
だから魔獣被害が少ない、という可能性は大いにあり得る。
あり得るけど、ゼロというのはおかしいんだ。
「陸続きなら、向こうが発展しているなら、尚の事山の恵み豊かなこちらに流れてくるはず」
山林を切り開き街を作る。それは人にとって生活を豊かにする為の行動。
だけど、山に住む動物達にとっては、住処と餌場を奪われたのと同じ事だ。
だから奪って来た人間に牙を剥き、敵わないと知れば別の場所に逃げる。
そうなればむしろこの街に魔獣が増える方が、流れとしては自然だ。
「なのに、この辺りには、魔獣の気配が一切しない」
魔獣の気配だけじゃない。大型の獣の気配もしない。
小動物や小鳥達はそこかしらに居るけど、それを超える生き物の気配は無い。
反対側と変わらずこちらも山の幸は豊かだし、餌場を求めるなら来ない理由は無いはずなのに。
「やっぱり、何かが、おかしい」
進めば進む程に、山の環境に違和感が増して来る。
余りに山の環境が、草木の育ちが良すぎる。
それらを餌とする動物達が少な過ぎる。
「虫と雑食の小動物とかは、居るみたいだけど・・・それを餌にする鳥、ぐらいかな・・・肉食動物は」
普通こんな歪な環境だと、何かしらの動物が異様に増えたりする事が有る。
自身を狩る脅威が無くなった事で、気兼ねなく繁殖を繰り返せるから。
だけどこの山はその気配も感じない。それすらも何かしらの力が働いているんだろうか。
「―――――んっ」
今、何かを、越えた感覚が有った。
何か薄い膜の様な物を破って入った様な、変な感覚。
それと同時に頭に痛みが少し走る。何かが頭に入り込んで来る様な不快な感覚だ。
「・・・やっぱり、何か、ある」
引き返せ。これ以上進むな。進んではいけない。進めばきっと良くない事が起きる。
「・・・私がそんな事、考える訳ないじゃない」
未知に対し、恐怖を感じるだけで引き下がるなんて、私の思考じゃない。
確実に私に私じゃない思考を、感情を持たせようとする何かがこの先に存在している。
これは危険だ。間違いなく人間に作用している。
「このせいで、奥地には人や大型動物が来ないんだ」
多分一定レベルの生物に対し、今の様に思考誘導が為されるようになっているんだろう。
本能ではなく思考を使い、その思考のせいで感情に負ける。
意味も無く、理由もなく、この先に進む事を、怖いと考えてしまうせいで。
いや、もしかしたら小動物には最初から効かない可能性も有るかもしれない。
虫や小鳥だって、脅威を感じれば逃げるのが普通だろう。
ただどちらにせよ、やはり何かが有った。
「誰が、何の為に・・・あ」
そこでふと気が付いた。これを仕掛けたのが人だった場合どうしよう、と。
完全にその事が思考外になっていた。ど、どうしよう。お、お話出来るかな。
「し、知らない人は怖いけど、ら、ライナに、何かするなら、ぜ、絶対許さないもん・・・!」
そうだ、私はライナの為に調査をしているんだから。
だ、誰が、出て来ようと、絶対逃げないもんね。
それに門番さんやマスターにも、危険が在るかもしれないし。
お世話になってる人なんだから、もし危険ならどうにかしないと。
「で、でも出来れば、一人でありますように・・・!」
大人数相手に話せる気がしないし、むしろちゃんと意志を保てるかも怪しい。
見た瞬間その場で逃げ出しそうなので、なるべく一人であって欲しい。
「うう・・・全然考えてなかったよう・・・」
自分の浅慮に対して不安を覚えつつ、それでも足は止めずにずんずんと先に進む。
するとまた何か、先程と同じ様に膜を破った様な感覚に襲われた。
頭に流れる危険信号は更に強くなり、だけどそれも無視して歩を進める。
「・・・これは、確実に、おかしい」
この辺りには、生き物の気配が無い。
小動物だけの話ではなく、虫すらも動いている様子が無い。
そんな事は有りえない。有っちゃいけない。
虫も小動物も居ないのに『植物だけが健康に育つ』なんて絶対にあり得ない。
周囲には相変わらず良く育った草木が有る。
病気も何もしていなさそうな、とても健康そうな立派な樹木が沢山生えている。
受粉を動物に任せる植物も、動物が居ないのに当たり前に様に生えているんだ。
「偶々今だけ動物が居ない?」
そんな馬鹿な事が有るだろうか。
もしそんな事が起きているとするなら、今ここにそれだけに危険が迫っている事になる。
いや、まさか、だから動物が消えた、という事なんだろうか。
「もしそうだったら、今日は帰って迎撃準備しないといけないかも・・・」
周囲の生き物が全て消える程の脅威。そんな物が真面な存在なはずがない。
少なくとも、人間じゃ、ない。
「なら、何も、怖くない」
心が落ち着いて来るのが解る。相手が人間じゃないなら何も構わない。
頭に走る私じゃない警告を無視し、私の思考を巡らせる。
現時点で戦闘になったとして、使える手札は余り多くない。
火薬が見つかっていれば良かったけど、無い以上は持っている分で対処するしかない。
そう決めて「向かうな」と誰かが警告を発する声が強くなる方向へと、黙々と足を進め続ける。
「・・・これ、は」
暫く歩き続けると、何だかよく解らない空間に出た。
先程迄豊かだった木々が、何かを避ける様に一切生えていない空間が在る。
土はむき出して草も生えておらず、その空間の中央には大きな岩が置いてあった。
「・・・強い魔力の流れを、感じる」
置いてある岩から、強い力が発されている。
あれだ。この思考誘導の原因はあの岩だ。
あれが有るから人間も動物もここまで来れないんだ。
「でも、何で・・・」
周囲を見回しても、ただこの岩が有るだけで他には何も無い。
取り敢えず岩に近づいて、そっと触れてみる。
「・・・これ、自然物じゃ、ない。少なくとも普通に出来た岩じゃない」
良く見ると岩には何かの文字か模様の様な物が刻まれている。
最低でも誰かがここに置いたのは確実で、多分これは魔法で作った岩だ。
自然発生した岩に力を籠めたんじゃない。これ自体が魔法なんだ。
「だけど、こんなに強い魔法、人間に早々出来ると思えないけど・・・」
何かの媒体を用いたり、補助的な何かによって力を増幅している訳でもない。
只々純粋に、この魔法だけで周囲に影響を与え、今もここにあり続けている。
おそらくこの周囲に生き物が居なくても木々が育つのは、この岩の力なのだろう。
ただ力が強過ぎて、岩のごく近くには木々が生きていられない。
多分そんな所だと思う。強過ぎる力に耐えられないんだ。
こんな事を人間がやれば、出来たとしても一生廃人か二度と魔法が使えなくなるだろう。
それぐらい、この岩は、異常な物だ。私も出来る気がしない。
「・・・ちょっと、思い当たる物は有るけど、決めつけは危険かな」
余りにも異常な物が見つかった事で、逆に原因の予想が立てられた。
こういう現象に少しだけ身に覚えが有る。
勿論それが間違っていない保証はないし、今の所は判断材料が少な過ぎるけど。
「取り敢えず、もう日も暮れる。今日の所は帰って、明日は向こうの山を調べてみよう」
ライナの話では、門を越えてこちら側には魔獣が居ない、と言っていた。
となれば同じ物が街道を挟んで逆の山にも在る可能性が有る。
まだ結論を出すには早い。最低限向こうの調査をしてからにしよう。
「よし、じゃ、今日はかえろ」
岩からなるべく離れてから絨毯を広げる。
魔力の影響が強過ぎて上手く飛べない可能性が有ったからだ。
実際岩を調べている間は勝手にうぞうぞと動いていたので、確実に影響を受けているだろう。
絨毯の上に鞄を乗せて、自分も乗ってから飛び上がる。
これのおかげで行きは兎も角、帰りは体が軽いのが本当に良い。
「今日は薬の材料より、山菜の方が多いや・・・ライナにお土産にしよう」
ちょっと普段の採取とは違ったけど、これはこれで良いよね。
ライナ喜んでくれるかなー。あ、そうだ、門番さんにもおすそ分けして帰ろう。
あ、鉱石全然探してない。途中から目的が逆になってた・・・。
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もう少しで完全に日が沈む。そろそろあの女が帰って来る頃合いだ。
そう思い女が入って行った山の上空を見ると、最近見慣れた姿が浮かんでいるのが目に入る。
「いつ見ても訳の解らない光景だ・・・」
空を飛ぶ絨毯。御伽噺みたいな道具を当たり前に使う女。
錬金術師って奴に出会ったのはあの女が初めてだが、皆あんな事が出来るんだろうか。
もし出来るなら、錬金術師が世界で名を馳せていない理由が解らん。
あれに乗って空から攻撃するだけで、凄まじい脅威だと思うんだが。
ただもし錬金術師っていう物が等しくあの女と同じなら、世間に興味が無いからというのが理由かもしれない。
あの女は人に関わる気が全く無さそうだからな。
「お、帰って来たのか。流石担当者、気が付くのが早いな」
「もう一発殴ろうか?」
「いやいやいや、今のは別に変な発言じゃないだろ。慣れてるなってだけじゃん」
「・・・慣れたくなかったけどな」
「しっかし、凄いよな、あれ。便利そうだよな」
「そうだな」
あれが欲しい、という依頼は酒場にも入っているらしい。
だがマスターはその依頼を撥ねている。
あれに関しては領主からマスターに、作らせるなという話が通っているそうだ。
多分あれに限らず、幾つかの薬や道具に関して制限をかけられている。
「便利って事は、何かが起きるって事だと思うけどな」
例えばあの女の使う、魔法石、とかいう道具だ。
俺に渡した結界石もそうだが、こんな代物が市場に出回っているのを見た事が無い。
今も街にこの道具は出回っていない。出回らせていないんだ。
「まあ、あの絨毯は使えないけど」
実は上に言われて、あの絨毯や魔法石が使えるのかどうか調査をさせられた。
びくびくしながら絨毯に乗せて貰ったら、俺にはピクリとも動かせなかったという結果が有る。
どうやら使う為には魔法が使える必要が有るらしい。
その上魔法が使えても、絨毯の操作には独特の魔力操作が要るとも言われた。
魔法石に関しては、暴発しない様に鍵がかけてあるらしい。
その鍵を外す技術が無いと危ない代物だと言っていた。
一応気にせず使う様にも出来るが、その場合自分も被害に遭うことが前提だそうだ。
つまり大威力の魔法を自爆覚悟で放つ、という事になる。
言葉少ない女の言葉を解読した結果、そういう事だと上には報告した。
領主側近に使えそうな魔法使いが居ないのに、市井に出て来ては不味い。
そう考えた結果、領主は態々マスターに話を通しに行く事を決めた。
税の軽減と色々な優遇を条件に、女がマスターからしか仕事を受けない様にしろと。
「俺にはどうでも良いんだけどなぁ・・・」
俺はただ平穏に暮らせれば良いだけなのに、何でこんなややこしい事になっているんだろう。
女が地上に降りて絨毯を丸め、鞄に縛り付けるのを眺めながらため息を吐く。
そこに珍しく、もう日も落ちるこのタイミングで荷車が走って来た。
いや、最近はそうでもないか。女の薬を求めて真夜中以外は良くに来るようになったのか。
最近女が通らない限り門番をやる機会が少ないから、感覚が色々とちぐはぐになっている。
荷車の方は同僚に任せ、俺はフードの女の対応をする事にした
女は俺の傍まで寄って来ると、フードを取って鋭い目を向ける。
最近は注意しなくても取る様になったから、変に機嫌を損ねる事が無くて本当に助かる。
ただ女は何故か俺の反応を待つかの様に、じっと動かない。
え、なんで、行って良いよ。確認したから別に良いよ。
「あー・・・おかえり・・・その、何か異常は、あったか?」
女は山に何かを調べに行く、と言っていた。
元々は鉱石を見つけたいという話だったが、何かそれ以外に思い付いた事が有ると。
相変わらず本人から詳しい話は聞けず、食堂の娘に話を聞けたから解った事だが。
「・・・これ、あげる。じゃあ」
「え、あ、え?」
だが女は同僚が調べている荷車をちらちらと見た後にフードを被り直し、俺の質問には答えずに鞄から大量の山菜を取り出して押し付けて来た。
そして今度は俺の反応など一切待たず、そのまま街に入って行く。
「・・・え、何、何で山盛りの山菜渡されたの?」
ああもう、あの女本当に全然解んねえ!
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