第26話、火薬を求める錬金術師。

そろそろ火薬が欲しい。割と何度も山には入っているのに火薬の素材が見つからない。

近くに火薬になる鉱物の類は無いらしく、どうしても火薬の素材は手に入れ難い様だ。

正確には鉱物が無いという事ではなく、鉱山が無いのだけど。


「それもちょっと違うか」


鉱石が見つかる山は近くに在る。ただ今迄やってこなかっただけだろう。

私としては勝手に掘って良いなら掘るんだけど、それは止めてくれと言われている。


「威力を抑えれば良かったかな・・・」


新しい事をやる時は教えて欲しいと言われたので、門番さんには伝えに行った。

とはいえ先にライナにその事を話して、ちゃんと言って来いって言われたからだけど。


その際採掘に使おうと思った魔法石を上空に放ったら、絶対に止めろと言われた。

そんな事されたら土砂崩れが起きかねないし、魔獣がどう暴れるか解らないと。

仕方ないのでそれからは大人しく山を掘らずに済む範囲で探している。


「結界石で固定しつつ壊していくつもりだったんだけどな・・・」


それでも門番さんに「頼むから止めてくれ」と言われては仕方ない。

なので今日は反対の山に向かおうと思っている。


今までは魔獣を狩る必要もあったから、魔獣の居る山の方にしか行った事が無かった。

ライナが言うには反対側の山には魔獣が出ないと、そう言っていたはず。

だから山菜を取りに向かう人もいるし、安全が確保されている。


「それが、おかしいんだけど、ね」


あの山には多分何かが有る。だって色々と腑に落ちない事が多い。

街から反対側の山にはあれだけ当たり前に魔獣が居る。

なのに途中に街が有るからって、川で分断されてる訳でもないのに魔獣が居ないのはおかしい。


何よりも私が入って行こうと思わなかったのが異常だ。

私は人と会うのは怖いから、外に態々出たいとは思わない。

だけど近くにまだ探索して無い場所が有るのに、態々そこに行く選択肢を外していた。


勿論魔獣が居ないから、というのは確かに理由の一つだ。

だとしても、火薬を探していながら、近場よりも遠くの山へ向かったのは解せない。


「思考誘導されてる」


あの山には、確実に、何かが有る。

多分この街に住む人達は、無意識に山奥に入るのを避けているんだ。

そして魔獣はその影響をもっと濃く受けるから、そちら側の山には入って来ない。

人間と魔獣の差異の理由は解らない。取り敢えず行ってみないと。


「火薬探しのついでに原因調査に行こう」


これが私の考え過ぎなら別に構わない。それなら何の問題も無い。

だけど実際に思考誘導がなされていたら・・・。


「ライナに、危険が在るかもしれない」


それだけ多くの存在に影響を与える何かが有る。

もしそれが危険な物で、だから近づけないのだとすれば、安全なのは今だけだ。

何時かそう遠くないうちに、安全ではなくなる可能性が有る。ライナに危険が迫る。


それは駄目だ。それだけは駄目だ。気が付いた以上、放置は出来ない。

取り敢えず反対側の山の探索に行く、という事はちゃんと門番さんに伝えてる。

とはいえ何時も通り、門番さんが私の意図をくみ取ってくれる会話だったけど。


「お酒飲めば・・・話せるけど・・・あれは駄目だ・・・」


門番さんにお咎めなしと伝えられた時、私は完全に酔っぱらっていた。

言われた事の概要は覚えているけど、細かい内容は覚えていないぐらいに。

何よりも問題は、部屋着の格好を見られてしまった事だ。


「あう・・・だ、だめ、思い出しちゃ、だめ・・・!」


ああう、顔から火が出そうだ。そのせいで数日は門番さんと全然話せなかった。

話しかけられてもおずおずと目を向けるしか出来ず、門番さんも困って黙っていたっけ。

いや、だから、思い出しちゃだめだ。平常心。平常心だ。


「はぁ~・・・ふぅ~・・・」


深呼吸をしてから服を着替え、外套を纏って鞄を手に取る。

鞄の中に絨毯を詰めてから宿を出て、いつもと違う方向へ歩いて行く。


「うう、今日も、見られてる・・・」


人の目が今日もいっぱい突き刺さっている。

最近は出歩くといつもこうだ。何時もヒソヒソ話が微かに聞こえるのが心に悪い。


「ライナは、評判が良いからだっていうけど、怖いよ・・・」


余りに怖いので最近ライナに相談したら、自分の仕事が街に知れ渡っているからだと言われた。

それはつまり、仕事の成果を、皆が評価しているという事だ。

私を、いつも、見ている人が居る。見られている。噂されている。


「・・・怖い」


人の目が、思いが、考え方が、怖い。

他人の考えている事が解らない私には、とても。


言葉の裏なんて解らない。言外の言葉って何?

思っている事をそのまま口にする事の、何が駄目なの?

解らない。私には何も解らない。その場の空気なんて、目に見えないもの。


「・・・あ」


身を縮めながら門まで向かうと、門番さんが門番をしているのが目に入った。

あ、いや、ややこしい。えっと、リュナドさん。中々言い慣れない。

今の所一度も名前を呼んだ事が無いので、言い慣れないというのもおかしいか。

彼の姿が見えた事で、暗い思考が中断された。それが、少し心地良い。


「よ、よう・・・今日は予定通りこっちに向かうんだな?」

「・・・ん」


門番さんは私に気が付くと、向こうから声をかけてくれた。

今日は余り焦って無いので、背後から忍び寄って驚かせる様な事もない。

門番さんの問いに頷いて答えてフードを外し、いつもの様に彼を見上げる。


「ん、じゃあ、その、問題無いから、気を付けて、な」

「・・・ん」


門番さんの気遣いに頷いて礼を返し、フードを深く被り直す。

彼が見送ってくれる事で少しだけ気分が和らぎ、そのまま即座に街道を逸れて山に突っ込む。

さて、何が見つかるかな。何も見つからない方が良さそうな気もするけど。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今日はのんびりと門番の仕事の日だ・・・ったら良いんだけどな。

フードの女がこちらに来るという話で、警邏だったはずが急遽門番をする事になった。

最早女が街を出る事が事前に解っているなら、お前が必ず対応しろとばかりの変更だ。

偶には嘘ついてやろうかな。最近正直ちょと腹立って来たぞ。


「お、来たぞ、お姫さんが」

「・・・嫌味かこの野郎」


同僚が厭らしく笑いながら指をさすと、こちらに向かって来るフードの女が確認出来た。

奴らにしたら対岸の火事なので、大体こうやって揶揄ってきやがる。

なら代わってやるぞと言っても、どいつもこいつも首を横に振る始末だ。

心の中で溜息を吐きつつ女を見据え、近づいてきた所で声をかける。


「よ、よう・・・今日は予定通りこっちに向かうんだな?」

「・・・ん」


機嫌を損ねない様に恐る恐る声をかけると、女は頷きつつフードを外す。

何時も通りの鋭い目線に少し怯みながら、取り敢えず問題無いアピールはしておく。


「ん、じゃあ、その、問題無いから、気を付けて、な」


これは女にも周囲、両方への対応だ。どちらにも相変わらず問題は無いというアピール。

鉱物の事もこの間色々言われ、上に話を通す事は伝えてある。というか、既に話してある。

この言葉はそれも含みでの、何の問題も無いという答えだ。


女が書いた取れそうな鉱物のメモを見て、領主は大分ノリ気になっているらしい。

何せ今まで山の採掘なんて、危険過ぎてやってられなかったからな。

どれだけ先になるかは解らないが、女が欲しいという物を渡す日はいつか訪れるだろう。

ただそれを、何も知らない周囲の人間に言う訳にもいかない。


正直、何で俺がこんな交渉役みたいな事してるのかと、一瞬色々嫌になる。

俺が少し気分を落ち込ませつつ女に伝えると、女はフードを被り直して頷いた。


「・・・ん」


頷いて顔を上げた際、口角が少し上がっていたのが見えた。

どうやら今日はご機嫌を損ねずに済んだらしい。

最近は多少機嫌を解り易く伝えてくれるのが、この関係の唯一の救いだろうか。


女はそのまま街道を進む、などという事は当然の様にしない。

そのまますぐに山林に向かっていき、ずんずんと進んで姿を消す。

そこでずっと黙っていた同僚がやっと口を開いた。


「仲が良いねぇ。うんうん、良い事だ」


同僚が凄く他人事だったので、ムカついたので一発殴っておいた。

俺は悪くないと思う。

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